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納得はできないし理解したともいいがたい。
それでも、今わたしがインターフェースアーマと強化外骨格を纏い、クマバチのコックピットにおさまっているのは、やはりわたしが人間ではないからだろう。
頭のなかでうずまく任務の邪魔になるもの一切合切を、非合理的なものとして思考から追いだすことに成功している。
しかし感情は消せない。
今、わたしの心を支配しているのはやり場のない憤りだった。
かってに製造し、かってに不適格の烙印をおして、かってに放逐。兵器に人格を与えておきながら、人間味が強すぎるという理由で不良品あつかいにされる。
人類は絶滅寸前の窮地にあり、倫理や良識に重きをおける段にないことは理解している。機械化兵装はその窮地にあらがうための戦争できわめて効果的であることもわかっている。
それでもだ。心のそこから思う。くそくらえ。
「……ちくしょう」はたと気づいてたまらずうめいた。
ルークがいっていたとおりじゃないか。兵器になりきれなかった感情的な人造人間。怪物にも人間にもなれなかった半端もの。創造主を呪う失敗作。まさしく今のわたしそのものだった。
「クマバチと同期完了。いつでも起動できるよ」ルークの声がバイザーのなかで響いた。
システムの少年はヘカトンケイルと違いわたしに同情を示していたが、作戦に臨んで努めて事務的だった。
わたしはコックピットで身をよじり右翼側をながめた。格納庫のすみのバリケードが見える。バイザーの暗視と熱源感知により拡張されたクリアな視界のなか、鉄塊の隙間には不安そうな民間人の顔がならんでいた。
深く鼻息を吐く。感情を殺し、腹をくくった。
「諒解。シックス。そっちはどうだ?」
「移動中」防護マスクのなかのこもった声がかえってきた。
シックスは隔壁の開放を買ってでた。わたしの防護戦闘服を着て制御盤を目指して移動している。
車輛用の地上への直通通路と他エリアへの連絡通路。そしてクマバチが飛びたつための真上にある天井ハッチ。アバドンをおびきよせて外へひっぱっていくためには三つの隔壁を開けなければならない。
地上直通と天井ハッチにはすでにほかの兵士が配置につき、連絡通路にはシックスがむかっている。三か所でほぼ同時に開放操作をする手筈になっていた。
左側に目を凝らす。車輛や物資を移動させたことにより見通しがよくなっていた。
シックスの後ろ姿が見える。その先、隔壁と制御盤の前には十数人の人だかりができていた。
「なんだあいつら。シックス。状況を」
「お前がいっていた自殺志願の集団だろう。隔壁を開けようとしている」
さらに視野を拡大する。マリアが見えた。集団のなかには中尉の姿もあった。
バリケードのなかにいれば助かるかもしれないのに、そうまでして死にたいのか。
「作戦に影響はない。わたしが開けようがやつらが開けようがおなじことだ」
そのとおりだ。死にたいのであればかってにすればいい。こちらの準備は整っている。やつらの決起がこのタイミングで助かった。
自殺志願者たちの操作により連絡通路の隔壁が開きはじめる。
ほぼ同時に格納庫内にけたたましいアラームが響いた。居住区と外界、絶対に隔絶すべき二つの空間が通じようとしていることへの警告だった。
振動によって老朽化した壁の一部が剥落し、搬入路と天井ハッチがゆっくりと地獄への口を開けていく。
薄い陽の光芒がクマバチに射しこむ。外は日中のようだ。浄化作戦以降、空は灰色で埋めつくされてしまった。それでも久しく浴びる自然光は眩しかった。
「クマバチに火をいれるよ。備えて」
二基のターボエンジンが蒼い火を噴き、うなりはじめる。
そろそろアバドンがくるか。今一度左側の連絡通路を見やった。
目を疑った。マリアのかたわらには見なれた少女が立っていた。
「アム……」
アムは少し寂しげなうつろな表情をしていた。
マリアに肩を抱かれ、連絡通路の先の闇へと消えていく。
「ああ、そんな。だめだアム。ルーク。エンジンをとめろ」
「なんだって。もう遅い。アバドンがくるよ」
「シックス。女の子だ。そのなかに女の子がいる。彼女をバリケードまで連れていってくれ」
「手遅れだ。すでにやつらの跫音が近づいてきている。それに子供だろうが年寄りだろうがあいつらは死にたがっている。ほうっておいてやれ」
つきさっきまでわたしもおなじことを考えていた。まったくいやになる。わたしもシックスも、機械化兵装もバイオロイドもくそくらえだ。
「違う。アムは死にたいわけじゃない。母親を失い、マリアにそそのかされている。アムだけは特別なんだ」
すべてが嘘っぱちだったわたしという存在。空虚と最悪しかなかった数か月間の記憶のなかでアムとの短い時間だけがわたしを人間にしてくれた。
「アムを失うわけにはいかない。作戦は中止だ」
わたしはベルトをはずしてコックピットをはなれようとした。
「よせ。お前はそこから動くな。くそ。待っていろ」
シックスは珍しく感情的に怒鳴って駆けだした。
湖に入水するようにゆっくり連絡通路の闇に沈んでいく一団を目指して突き進むが、唐突に倒れ伏した。
いよいよ身体が限界なのか。違う。シックスの防護服は血まみれだった。
連絡通路のわきには小銃を構えた中尉がたっていた。自殺をとめようとしていると勘違いしてシックスを撃ったのだ。
シックスは伏せたまま応射した。中尉の茫然自失とした顔の左半分が爆ぜた。
「兵長。ここまでだ。離陸しろ」喀血のまじった弱々しい声が耳元でささやかれる。
シックスはなんとか立ちあがり、小銃を通路にむけた。
連絡通路のおくからは魔獣の吠え声と人々の悲鳴が聞こえはじめていた。
「お前は機械化兵装だ。わたしの代わりにアバドンを殺さなくてはならない。わたしはその代わりにお前がやるべきだったことをやろう」
「なにを。おい、よせ。やめてくれ」
シックスは小銃を斉射した。
通路の民間人もろともアバドンに連射を浴びせた。
尽きるまで弾倉を交換し、最後には小銃を棍棒のようにふりかぶった。
その姿は通路から溢れでてきた赤黒い魔獣の怒涛に一瞬でのみこまれた。
わたしの絶叫をターボエンジンの轟音でかきけしてクマバチは飛びたった。
クマバチの操縦はルークに任せてわたしはサイドドアガンに取りついていた。
銃架に固定された飛翔群放射器クレイモアをふりまわし、すさまじい勢いで瓦礫の荒野を追従してくる魔獣の群れに白煙状の弾片放射を浴びせつづける。
殺しても殺しても現れる魔獣のように、わたしの頭のなかには様々な慚愧の念がうかんでは消えていった。
自殺志願者の集団を最初に見たとき、なぜアムの存在に気づけなかった。なぜ作戦決行前にバリケードのなかにいることを確かめなかった。自分がバイオロイドであるという事実にうちのめされて、気遣ってやれなかった。
結局、わたしは自分のことばかりだ。介錯を望んでいたヨナはアバドンに喰い殺された。異質なわたしに世話を焼いてくれた曹長は自爆した。わたしを頼りにしてくれたお人よしの軍曹は心を壊した。そしてアム……。
わたしはだれの希望にもこたえられなかった。なにもしてあげられなかった。
たった数か月しかないわたしの記憶だが、そこには後悔しかない。
「ところできみのことはなんて呼べばいい?」
唐突にルークが訊いてきた。
呼び名なんてどうでもいい。もってあと数十分のつきあいだ。
しかしセヴィ兵長という虚構の記憶の名で呼ばれるのは抵抗を覚えた。
「グレイス」
なぜかその名が思いうかんだ。アムの母親の名前だ。はじめて聞いたとき、いい名前だと思った。
だがわたしにその名で呼ばれる資格はない。
「この外骨格を前に使っていたタルタロスの符丁は?」
「T67」
「ではそう呼べ」