なにわがた
なんとなく、百人一首から連想した話です。
見慣れてしまったメッセージ。
カッとなって打ち込んだ言葉は、なんとか送信ボタンを押す前に消せた。
ほんとに、私のこと好き?
何度も聞こうとして、でも怖くて聞けずにいる。
ちょっとだけど年上だから。お姉さんぶって余裕あるフリして、理解あるカノジョのふりで、いつもみたいに「仕事なら仕方ないね。がんばって」なんてごまかして。
1時間でも30分でも、もっと少ない時間でもいいから顔が見たいって思うのは私だけなのかな。
「でもさーそんなんスパーッと言えたらこんな苦労しないじゃんかあ……」
テーブルにほっぺを片方くっつけてグラスを撫でる。
くるくる。くるくる。
指の跡はすぐに流れていく。
ほんわか熱くなった指にぬるい水滴。
くだを巻いても誰も気にしないくらいのざわめき。
気持ちがいい。
落ち着かない。
くるくる。くるくる。
「そりゃあさ、最初に告白したのは私だよ? だけどさあ、もう何年付き合ってんのってハナシじゃん。惰性で続いてるだけなのかなあとかさあ、考えちゃうじゃん。
今月会えたの結局ゼロだよゼロ。あ、あと何時間か残ってる? いいよもうニアリーイコールだよってかもはやイコールだね。
もうさあ、仕事忙しいのは分かってるしさあ、困らせたくないから言わないけどさあ、なんかさあ」
あっ、なんか目もとが熱いぞ。視界がやばい、歪んでる。
パッと体を起こしてグラスの中身をごくごくっと飲み干した。喉の奥をつうっと通っていく感じが気持ちよくて、物足りなくて、片手をあげて宣言。
「すいませーんビールもひとつー」
「あんたそろそろやめなよ。いつもの量超えてるからね?」
「はいはーい」
「お願い今夜つきあって!」って言ってここに呼び出して、開口いちばん「ヤケ酒するから」って宣言したもんね。
言ったもん勝ちだもんね!
「潰れても回収しないからな」
「大丈夫だもーん潰れないもーん酔ってないもーん」
新しくなったジョッキを掴んでひとくち。
にがい。
すごい顔をしてたのか、目の前で苦笑いされてちょっとへこんだ。
友達はみんな知ってる、私が苦いお酒を好きじゃないこと。
あえて飲むのは大人ぶりたい時か、
彼のことでヤケ酒してる時だけってこと。
「会いたい、くらい言えばいいじゃん。なんでダメなの?」
「めんどくさい女とか思われたくないもん」
「都合のいい女ならいいんだ?」
「うっ……」
さすが、痛いところを突いてくる……。
「いいじゃん軽いノリで言えば。案外向こうも、あんたから言われたいのかもよー」
「うわぁすごい棒読み。心がこもってなーい」
「文句あるなら帰る」
「わーそれ思いつかなかったー! ありがとう神様仏様親友様!」
「重い重いおもいっ」
「ごめんマジ謝るから帰んないで見捨てないでええええええ」
「分かった分かった分かったから離せ重いー!」
立ち上がりかけた彼女の腕に渾身の力で縋りつく。
ここで逃がしてなるものか!!
なんだかんだ言って、グチ飲みに付き合ってくれるのはこの子ぐらいなんだもん。
体重がかかったせいでズレた服を直して、深くため息。ほんとすいません。
「ネガティブ思考すぎて自分の首絞めるの、あんたの悪いクセだよ」
「うん……」
「ずっと言えないままでいいの?」
つう、と水滴が線を引いて落ちる。
「……だってさあ、」
ああ、イヤだな。
ダメだよ。
「同じくらい好きでいてくれてなかったら、て、思ったら、」
あとからあとから落ちていく。
指で拭いても拭いても流れて落ちて。
「怖、くて」
ああメイクが落ちちゃう。ウォータープルーフ頑張ってくれるかな。こんなところでボロ泣きしてごめん親友、でも止められなくなっちゃった。
「同じりゆ、で、フラれたら。も、わたし、」
「だ、そーよ。
分かったらさっさと謝り倒して収拾つけなさいな、色男」
ぽすん。
俯いた頭にやさしく触れた、よく知ってる感触。
「……どーも」
顔を上げると、苦りきった瞳が見下ろしていた。
「次はあたしの酒に付き合いなさいよー?」
「……えっ、なん、どゆこと!?」
「オヤスミ〜」
ひらひら伝票を振りながら、スタスタと遠ざかるロングヘア。ああ、今日も髪キレイだなー……じゃなくって!!
「えっ……な、し、仕事じゃ……」
「仕事中に怖いオネーサマからメールで呼び出し食らった。さっさと終わらせて回収しろってさ」
さっきまでのフワフワした感じはどっかへ飛んじゃったみたい。あれだけ飲んだのに。
「帰るぞ」
「か、え!?」
「終電なくなるだろ。送る」
私のバッグをひょいと取り上げて、暖簾をくぐって出ていく。慌てて席を立って、ありがとうございましたーという声を背中に、引き戸を開けた。
「あ、あのさ!」
「ちゃんと言えよバーカ」
「はぐあっ」
額にビシリと衝撃。
「惰性で続いてるだけかもとかふざけんな。……こっちのセリフだっつの」
有無を言わさず右手を捕まれて、ずるずる。
だけど夜風がひんやり、気持ちいい。
顔が、熱い。
「いくら聞いても『大丈夫!』だの『仕事がんばれ』しか言わねえし、オフに誘っても二言目には『仕事はいいの?』だし、お前どんだけオレのこと社畜だと思ってんのマジありえねえ、たまには会えて嬉しいとか可愛いこと言ってみろっつうのホントお前」
「……お迎え! 来てくれて嬉しい! 会えて嬉しい! 好きー!」
ぎゅむーっと右腕に抱きついて、叫ぶ。
慌てて引き剥がそうとしてるけど、知らない!
酔っ払いに常識的な振る舞いを求めちゃいけないのだよ。
「両極端なんだよお前ええええ!」
「えー可愛いこと言えって言ったのそっちじゃーん面倒くさいなー」
「面倒くさいのはおめーの方だろーがっ! あああっ分かったから離せ! 歩きにくい!」
「ごめーんね? 大好き」
見上げて、にっこり。
もう年上のプライドがーとか言わないから。
「知ってる」
「はあああああ? うっわムカつく何その上から目線ー」
「お前みたいな面倒くさい女、構ってやるのはオレくらいのもんだってことだよバーカ」
髪をぐしゃぐしゃに撫でくりまわして、右手をつないで。
今度はちゃんと、歩幅を合わせて。
「帰るぞ」
「……うん!」