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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 最終章「探偵藤巻博昭は常にボヤく」
81/84

81 被害者たちの共通点



 澄みきった夜空に輝く星々が、まるでドーム状に満遍なく空を覆い、逆に天井の存在を感じさせる「手が届きそうな」秋の夜空。

 月明かりに照らされた小さな雲が光と影のハイライトで鮮やかに浮き彫りになるような、穏やかで爽やかな田舎の夜が時を刻んでいる。


 長野市の北部に広がる無数の団地、その中の西側に広がる団地の一角の市道を、ゆっくりと家路に向かう男性がいる。

 年の頃は七十代であろうか、短く刈り込んだ白髪頭と黒縁眼鏡の奥にある、顔に刻まれた深い皺がその人物の歴史を語る男性である。

 既に年金暮らしであろう年齢にも見えるのだが、ピシッとスーツを上下着込んでネクタイを締め、そして左手には手を付けなかった折詰や日本酒のワンカップが入った紙袋を下げているあたり、団地の公民館で地区の会議と懇親会が行われており、その帰りではと伺えた。


 やっと自宅にたどり着いたのか、古いコンクリートのブロック塀に囲まれた門扉の前で立ち止まり、ふうと一度息を整えた後にスチール製の門をギイと開け、玄関へと向かう。

 昭和の時代に造成された比較的古い団地の中で、増築や改築をして来なかったのか、色あせたトタン屋根に、洗濯物を干すだけのベランダなど、見るからに当時の時代を再現するような二階建ての家。

 その家を前に老人は外灯のおぼろげな白色の明かりに照らされながら、玄関の鍵を開けて「ただいまあ」と中に入る。


「あら、お帰りなさい」


 台所から顔を出したのは、妻なのであろう老いた女性。多少背中が丸くなり始めてはいるが、しっかりとした足取りとはっきりとした言葉で、男の帰宅を迎えた。


「遅くなってしまったな」

「たまには外で羽を伸ばさないと、カビが生えますよ」


 老いた夫は家に上がりながら背広を脱ごうとするのだが、肩が凝り固まっていて脱げないのか、腕を上に下にと悪戦苦闘。その光景を見た妻は苦笑しながら、夫に近寄り手伝って脱がしてやる。


「やあ、ありがとう。肩が凝ったよ」


 お茶でも入れましょうかと、妻が背広を手に衣装箪笥にハンガーを取りに行こうとすると、夫は玄関に置いたままの紙袋に気付き、妻を呼び止めた。


「寄り合いで余ったお酒を貰ってしまった。僕は一杯やるから、君はこれを食べなさい」


 言葉だけを取れば冷たい命令口調なのだが、老いた夫の口からこれが出ると、この家庭が培って来た品の良さと、妻を気遣う優しさが垣間見れる。


「あらまあ珍しい、どら焼きですか」

「最近君が甘いものを食べる姿を見てないなと思ってね、これを食べると良いよ」


 ワンカップの日本酒だけを取り出した夫は、他に惣菜なども持ち帰っており、僕は手をつけてないから、お腹が空いたら食べると良いよと、紙袋ごと妻に手渡した。


「今日はもう遅いですし、また明日にでもいただきましょ」


 妻は紙袋を台所に持ち帰り、中身を振り分け冷蔵庫に詰め込み始める。

 夫は自室に赴きネクタイをほどいて寝間着に着替え、のんびり晩酌でもしようと、居間へと移動した。


 おしゃれとは程遠いような古いデザインの蛍光灯をカチリと付けて、居間にうすら白い明かりがひろがる。

 色褪せた畳と、歴史を語るような使い込んだテーブルが浮き彫りになり、夫は定位置へと座ると、テレビも点けずにプシュンとカップ酒の蓋を開けた。


「何か、つまむ物でも用意しましょうか? 」

「いや、これだけあれば充分だから、気を使わずに休みなさい」


 長い時間常温にさらされたぬるい日本酒に満足げに口をつけようとすると、夫の視界に鮮やかな世界が入って来た。

 テレビ、茶箪笥と壁に並ぶ先には仏壇があり、観音扉が開いた先には古びた位牌が置かれている。

 これだけならば普段の光景であり、夫もそれほど新鮮味には感じないのだが、その仏壇の手前に置かれた小さなテーブルが普段より鮮やかに飾られており、夫の眼を引いたのだ。


「……コスモスか、花とは珍しいね」


 その小さなテーブルとはお供え物を乗せる場所であり、笑顔の少年がポーズを取る写真を中央に菓子やお茶が供えられている中、小さな花瓶に生けられたコスモスの花が鮮やかさを浮き彫りにしていたのだ。


「夕方スーパーに買い物に行ったら、花屋さんで綺麗なコスモスが出てましてね、浩一も喜ぶかなと」


 台所から妻がそう答えると、男はカップ酒を手にしたまま立ち上がり、一度酒を供えながら遺影に手を合わせた。


 ーー浩一も生きていれば四十歳を越え、妻もいれば孫も育っていたろうに。可哀想な事をしたーー


 白黒写真ではなく、かと言ってウン百万画素の高画質光彩画像の写真でもなく、セピア色に色褪せる直前の昭和カラー写真には、入学式の記念なのか、ピカピカのランドセルを背負って玄関でポーズを取る少年の笑顔が。

 夫は目を開きゆっくり合わせた手をほどくと、供えた酒を手に立ち上がり、再びテーブルの前に座った。


 その時、夫は台所から盛大な音が聞こえて来た事に驚く。バタン!と言う大きな物と床との衝突音だ。


「どうしたね? 」


 つまづいて転んだのか、それとも物を落としたのかなと声をかけるも、台所から返事が戻って来る事はない。それどころか、妻の声すら途絶えた中でドタバタと床を叩くような音が聞こえて来た。


「どうした、何があった? 」


 異変を感じた夫は精一杯の力を絞り出して立ち上がり、急ぎ台所に向かうと、そこには驚きの光景が広がっていた。


 ーー妻が台所の床で横になり、両手で胸の中央を押さえながら足をバタバタと暴れさせ、床を右に左にとゴロゴロと転がり苦しんでいたのである。


 血走った眼が宙を泳ぎ、大きく開いた口からは「くええ! 」と怪鳥の鳴き声のような悲鳴を絞り出しながら苦しみ悶える妻。

 慌てた夫は傍に膝を下ろして大丈夫かと何度も声をかけるのだが、どこからそんな力が出るのかと言うような怪力で暴れたまま、助けようとする夫を近寄らせない。


「もうちょっと我慢するんだ、今救急車を呼ぶからな! 」



  かごめかごめ

  かごのなかのとりは

  いついつでやる

  よあけのばんに

  つるとかめがすべた

  うしろのしょうめんだあれ



 突発的な心筋梗塞にみまわれた妻は、救急搬送された後の救急医療措置でかろうじて命をつなぎとめる事が出来た。

 不幸中の幸いとも言うべきケースであったのだが、後の妻が語った内容として、かごめかごめの歌が聞こえた途端に、急に苦しくなって倒れてしまったとの事。

 さらに、駆け付けてくれた夫の背後に、見た事も無い少年が立っており、下卑た笑みを浮かべながら自分を見詰めていたそうだ。




 (……緊急車両が通ります! 緊急車両が交差点を通過します! ……)


 けたたましい電子音と騒がしい案内放送を夜空に響かせながら、救急車が北長野駅前の交差点を通過して行く。

 ここ、北長野駅前にある藤巻探偵事務所の事務所にもその音は響き、たった一人で作業を続ける藤巻博昭の心を逸らせる。

 早く解決しないと、この先も犠牲者が増える、、、救急車のサイレンが、解決を催促しているように聞こえたからだ。


「浅川団地に一名、檀田団地に二名、若槻団地、上野団地、浅川西条団地、徳間集落、稲田集落……」


 長野市北部に広がる巨大な団地群、その一つ一つを目で追いながら言葉にする。

 自分の机の上に広げた長野市の地図には、長野市の北部にズラズラと小さい付箋が貼られ、「かごめかごめの呪い」による被害者のエリアマップが完成し、その分析が始まっているのだが、それがなかなかに難航しているようだ。


「青い付箋は男性、ピンクは女性。こう見ると男女比率と死亡比率はとんとんか……」


 灰皿には吸い殻がどんどんと増え、「焼肉しなの」から事務所に戻って淹れたコーヒーサーバーのポットも、既に空になっている。


 被害者と被害者家族の家族構成は夫婦のみで、子供がいないケースが多い事が判明した。また、子供がいても、過去に別の子供が早逝している事例も確認出来た。


 地図に貼られた付箋の中で奇跡的に生還出来た被害者のそのほとんどが、かごめかごめの歌を聞いたり少年の霊を見たと証言しており、つまりは地図に貼られた付箋のそのほとんどが、呪いの被害者だと考えて間違い無いのだが、ここで藤巻がため息をつく。


「範囲が広すぎる。いくら田舎だと言っても、何万人もの人々が住むこのエリアで、これだけ広範囲に被害が広がっているなら、何を共通点として根源を暴く? 」


 髪の毛をガシガシとかきむしり、机の傍に置いてあるマルボロメンソールに手を伸ばすも、既に中身は空になっており、藤巻は空箱を鼻息荒くクシャクシャと丸めてゴミ箱に投げる。


「これだけ広範囲であるなら、呪いが個別訪問している事はあり得ないと判断していた。宅配する訳無いだろうし、新聞やテレビなどの公共媒体を介して発現するなら、長野市北部地域と言う範囲が説明出来なくなる」


 気晴らしを兼ねて近くのコンビニにタバコを買いに行こうかーーそう考えるも、良い感じに煮詰まっている集中力が気晴らしで散ってしまう事を恐れ、やれやれとタバコを諦めた。


 何か、何かが閃きそうなのだ


 何か見落としは無いか、何か気楽に見逃してはいまいかと、仲間たちが必死に集めてくれた資料を綴ったファイルを再び開ける。


「高野宏和 六十六歳、檀田団地、動脈瘤破裂で救急搬送も生還。家族構成は妻一人のみで、子供はいない。妻が妊娠中の事故で堕胎した経緯があり、子供が産めない身体になった。仏壇には水子供養がしっかりと成されており、恨みを買う事はあり得ない」


「渡辺かず美 七十二歳、稲田地区、心筋梗塞で救急搬送されるも生還。家族構成は夫が一人のみで、子供は過去に一人。子供が九歳の時の学校行事で臨海学校に赴いた際に日本海の波に飲まれて水死。仏壇は今もしっかりと手入れされ、菓子や生花なども供えられ今も厚く供養されている」


 ーー故人があらためて恨みを抱くような、ずさんな状態ではない。親は子の早逝を悲しみながら、今も丁寧に丁寧にその魂の安らぎを祈っている


 つまりは、悲しみはあったとしても、何ら落ち度の無い人々を無差別に狙った心霊テロ。被害者たちの心の片隅にある悲しみが利用されただけで、親が憎くて始まった呪いではない。被害者は無茶な因縁を付けられただけの事で、呪いの種類が違えば誰にでも被害が起こりうる……


「こいつは……愉快犯なんだ。騒ぎになれば誰でも良いんだ、一人でも多くの人々が不幸になれば、それが嬉しいんだ」


 歯ぎしりしそうな勢いで、怒りをあらわにする藤巻。

 厳しい表情で事件解決を再び心に決め、仲間たちが集めた情報を何度も何度も繰り返し読み返す。



 その時、藤巻の思考のチャンネルが切り替わる……「まてよ」と漏らした言葉、これがその合図だ。


 子供を亡くした親と言う、その人の人生の歴史に共通点があっても、それ以外はまるで共通点が無かったのだが、全く別の視点で見たところで新たな共通点が見えて来たのだ。


「このファイル……共通点があるじゃないか! どの親も丁寧に子供の供養をしている。ここに意味があるんじゃないか? 」


 ーー毎日毎日欠かさずに愛する子供の供養をする。何年経っても何十年経ってもそれを欠かさない。それは何を意味する?


 毎日仏壇の掃除をする


 毎日仏壇や遺影に手を合わせる


 毎日ロウソクや線香に火を灯し金を鳴らして手を合わせる


 毎日水や米をお供えして子供と会話する


 子供が喜ぶだろうと菓子や花を供える


「消耗品は何だ、消耗品はどこへ買いに行く! 」


 閃いた藤巻はいちいち怒鳴る

 それはこの状況の中で「何で俺がこんなに苦労しているんだ」と言う迷惑感から発生した怒りではない。今がチャンスだ、今こそ答えを出せ、ここで出なければ迷宮入りだぞと、自分自身を叱咤激励する怒声。自分に気合いを入れているのだ。


「ロウソクや線香は日持ちする。だから被害者たちを結びつけるそれほどの共通点は無い! 老いた夫婦の日々の生活を充足させ、尚且つ子供の供養の品も考える事の出来る場所! 」


 半ば立ち上がりながら、机の上に広がる地図をぐるんぐるんと食い入るように眺め回していた藤巻は、たった今自分の口から出た言葉が盛大に自分の鼓膜を振動させた瞬間に、地図上にあるとある場所にピタリと視線を固定させる。

 そしてそれがビンゴだとばかりに高揚感をたっぷり含んだ表情に変わり、ゆっくりと答えを宣言した。


「……団地中央のスーパー、ここに何か秘密がある……」




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