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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 最終章「探偵藤巻博昭は常にボヤく」
80/84

80 慰労会


 長野市北部を縦断して日本海に抜ける鉄道がある。

 JRから第三セクターに経営移譲されたその路線は万年赤字路線ではあるものの、全く乗降客がいないと言う訳ではなく、完全なる車社会となったこの時代においても、朝から晩までカタコトと車輪を鳴らしつつ通勤通学や買い物客を、長野市市街地と風靡な田舎とを結んでいる。


 都住家においては、姫子が奇跡とも言うべき「かごめかごめ」の歌詞に込められた呪いを解読した頃と同じ時間帯。

 姫子と夏織が喜びのあまりじゃれ合いつつも調伏の体制を整え、あとは呪いの中心点・発生源特定の連絡を待つだけとお茶をすする頃、藤巻はその第三セクターの鉄道路線のとある駅前で、仲間たちとテーブルを囲みながら焼肉の煙をもうもうと上げていた。


 始発駅の長野駅から二つ三つ駅を通り過ぎたその駅前。駅前と言ってもきらびやかな商店街が並んでいる訳ではなく、四、五件の個人商店が点在するだけで、そこを通り過ぎると住宅地がデン! と広がるまことに味気の無い駅前なのだが、その店の中の一つに、昭和の時代から繁盛を続ける「焼肉 しなの」と言う店がある。

 藤巻「たち」はこの店に集っていたのだ。


 昭和の高度経済成長期から今の今まで生き残り、繁栄を続ける焼肉しなの。「安くて旨い肉を提供する」事のみを追求して来た結果、地元の住民だけでなく遥か遠方からもその肉を求めて訪れる者たちで常に賑わい、知る人ぞ知る隠れた名店となっている。

 だが、美味しいとリーズナブルが並立するそ店の構えはまさに昭和そのもので、とにかく上等な肉を安価で提供する主旨の元、店のメンテナンスまで行き届かなかったのは事実。


 テーブル席や小上がり席は古びて悲鳴を上げそうな椅子やテーブルが並び、店内の壁は焼肉の煙が染み付いたのか、触るとベタベタしそうなカラメル色に染まっている。

 しかし、壁に貼られた昭和アイドルのビキニ姿のポスターは、色褪せてセピア色に変色こそしているものの、砂浜で生ビールのジョッキを掲げるその笑顔だけは色褪せていない。

 そしてテーブル席や小上がり席のテーブル一つ一つに置かれた四角いガスコンロは、固まっ油が黒くこびりついて一回り大きくなっているが、焼き網だけはピカピカに輝いて自分の出番を待っている。

 ランチタイムのサラリーマンが利用するのか、床から天井まで続く古い棚には日焼けしてカラカラになった週刊少年誌やコミックがぎっしりと詰め込まれているのだが、里見圭の「なんか妖かい!?」や、人類滅亡を目指す野望に燃えて、ひたすらノストラダムスの詩を解釈するのが好きで好きでしょうがない某少年週刊誌のミステリー調査班のマンガが置かれている事からも、世代を超えた時間がこの店にある事を実感出来るほどだ。


 ーー小上がり席のテーブルをくっつけて食べろ食べろの大騒ぎーー


 藤巻を中心として集まったそこには、探偵事務所の社員そして協力者たちが「これでもか」と肉を乗せて、もうもうと香ばしい煙を立ち上げている。


「純ちゃん、上ロース三人前とハラミ三人前お願い! 」


 この店の三代目は、俺の高校の後輩なんだと先輩風を吹かしながら、まるで鍋将軍ならぬ網将軍のように、各人の皿の上と網の上で焼かれる肉の色と皿に盛られた肉の残量に気を遣っているのは藤巻博昭。今回の焼肉パーティーの主催者だ。


 そして彼の周囲を囲むのは、「焼肉は酒のアテ」と豪語する藤巻探偵事務所の現社長・池田祥子。強気の発言通り、口に運ぶ焼肉一枚に対して飲み込む生ビールの量が尋常ではなく、まるで鉄の胃袋と肝臓を持っているかのごとく、笑顔で生ビール大ジョッキのお代わりを繰り返している。

 藤巻と池田の向かい席には、藤巻探偵事務所の調査員、長野県警を定年退職後にセカンドライフ目的で探偵事務所に入社して来た、元生活安全課の鬼刑事、「デカ松さん」こと松田末松と、建築業界で働いていたが、探偵を夢見てこの世界に足を入れた田辺旭がいる。

 デカ松さんは冷酒をちびりちびりと味わいながら、油気の少ない肉を選んでは、一枚づつ丁寧に焼いて口に運んでいる。田辺は焼肉しなのが提供する肉の高いクオリティに感動し、妻と娘にも食べさせてあげたいと涙目に。藤巻は笑いながら家族のために折詰を用意する事を約束していた。

 そしてテーブルを合わせた隣のエリアには、木内奈津子と弟の浩太郎、更には浩太郎の彼女である成田礼子の姿がある。三人も藤巻に奢りだから来いと呼ばれて、若さを武器に上カルビをじゃんじゃん焼いては、満面の笑みでまだまだ足りないと胃に放り込んでいた。



 藤巻に呼ばれた仲間たち。

 彼らには呼ばれた理由があり、上質な肉を心から楽しむ権利を有していた。

 探偵事務所の職員たちも、そして奈津子たち学生も、藤巻たってのお願いで朝から調査員として足を棒にしながら動いていたのである。


 藤巻は昨晩、コーヒータイムで「かごめかごめの呪い」を解決するために都住夏織との共闘を承諾した。

 そして別れ際に夏織に依頼をしていたのであるーー被害者のエリアマップを作りたい。至急噂を遡って救急隊員たちから情報を得てくれ、と


 長野市消防局に依頼して許可を貰い、救急隊員たちから証言を引き出す事など、警視庁、警察庁に顔が効くほどの力を持つ都住夏織には造作も無かった。

 長野市の鬼門を護る刈田神社の“都住家”には、そう言う力があると言う証拠でもあった。


 かくして、被害者つまり、救急搬送された患者のリストは昨晩の内に藤巻の手に入り、今日は朝からその裏付け作業。藤巻は仲間たちに声をかけて総動員し、情報収集に費やした。

 今はその慰労会。社長の池田祥子から調査費として食費を捻出して貰った藤巻は、成功報酬の出どころの無いこの心霊事件で、「ご苦労様でした」と仲間たちを会社の金で労っていたのだ。


「藤巻さん、私たち役に立ちました? 」


 上カルビで体内を焼肉色に染め上げた奈津子は、一度インターバルを取りたいとわかめスープを頼み、口内と食道と胃をさっぱりさせながら藤巻にそう質問する。


「やあ、ありがたかったよ、探偵事務所のコワモテさんたちだけじゃ怪しまれるからね。学生の雰囲気を出してくれたのは非常に効いたね」


 被害者の住所や入院先の情報を手に入れ、被害者家族から情報を得るために個別にお宅訪問したり、病室を訪ねたのだが、さすがに心霊調査にご協力くださいとは言えず、また堅苦しい調査だとあまりプライバシーに迫るような質問も出来ないため、藤巻は仲間たちに訪問した際にこう切り出すようにと指示を出したのである。


『我々は、なんちゃら大学の公害研究室チームです。ダムや道路などの重低音・低周波音の被害調査をしておりまして、お話を聞かせていただけないでしょうか? 』


 救急搬送された被害者たちの多くは、現代病とも言うべき時代を象徴するような症例なので、こう切り出せば当たり障りのない情報だけでなく、メンタル的な部分やその人の歴史も聞き出せると考えた藤巻。その策は見事成功したのである。


「慰労会が終わったら俺は再び事務所に行って、皆が入手してくれた情報からエリアマップを作る。上手く行けば根源に辿り着けるかもな」

 

 一切酒を口にしない藤巻は、牛タンと塩ハラミを交互に焼きつつ、予約すら取るのが難しい店だから今日食べられるのは奇跡に近い、食べられるだけ食べろ、欲で食べろと席を盛り上げている。


 ーー上等な焼肉って、カニ食べる時みたいに無言になるよねーー


 店構えからは全く想像出来ないその肉のクオリティの高さに、誰もが完全に焼肉の虜になっていた頃、「お待たせしてすみません」と、慌てた美央が駆け付けた。


「美央ちゃんお疲れ様」

「美央ちゃん今日は飲めるんでしょ? 私の生ビールに付き合ってよ」


 仲間たちに労いの言葉をかけられながら、いそいそと席についた美央は、雑談する暇も無いとばかりに藤巻を真剣に見詰めた。


「藤巻さん、叔父から聞きました。……やはり歌は聞こえたそうです、それに少年の霊も見たと」

「そうか分かった、ありがとう。美央ちゃん悪かったね、嫌な役をさせてしまった」

「いいえ、気にしないでください。それよりも藤巻さんが解決してくれる事、願ってます」


「さあさあ、一息ついたら食べよ食べよ! 美央凄いんだよここのお肉! 」


 奈津子が美央の背中をさすりながら、気持ちを切り替えて美味い肉を食べろと促す。

 浩太郎も礼子も、更には探偵事務所の職員たちもが、やれカルビが口の中で溶けるとか上ミノこりこりだとか、美央を焚き付ける。


「焼肉屋さんに入るなんて、家族でもあんまり無いから……迷うよねえ」


 テーブルの上に並べられ、まだ残っている肉や、メニュー表と壁に垂らされたお品書きをキョロキョロと眺めては悩み始めた美央であったが、突如「ハッ! 」っと……何かを思い付いたような劇画調の表情に変わり、その流れで店員を呼んだ。


「すみません! とりあえずライスの大を一つください! 」


 まだ残ってるお肉を頂くとして、先ずは白いお米が大切よねえ……と、ホクホク顔が美央の心情をそう物語っているのだが、この場にいる者たち全てが、美央の姿を見てこう思ったに違いない。



(……この期に及んで肉よりライス大とか、何て安上がりな人なんだ……)




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