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08 木内奈津子と江森美央



 星城女子大学の昼はなかなかにかしましい。


 弁当を持参する者、簡単な軽食をと生協に求める者、学生食堂でガッツリいただく者など、それこそ学生一人一人の趣向も相まって多種多様なのだが、新年度新学期が始まった直後と三ヶ月が経過した七月上旬の今では様相が全く違う。

 慣れない環境の中で個として動いていた者たちも、やがて離合集散を繰り返しつつ、四ヶ月も経過すると「かしましい」に変化するのである。

 つまりは、右を向いても左を向いてもどこにも知り合いのいない新学期スタート時点は、警戒しながら言葉を選びながら学友たちとありきたりな会話に終始するのだが、慣れて来て相手の素性や思考・嗜好が見えて来ると、類が友を呼んだ結果の集団の中でぐいぐいと踏み込んだ発言を始め、その応酬が話に花を咲かせるのである。


 ここ星城女子大学キャンパスでも自慢の施設、「カフェ・サンマリー・デュモン」でも、新学期当初のお通夜の雰囲気は消え失せ、談笑の絶えない場となっている。


 天ぷら蕎麦とおにぎりセットや、カレーライスと半ラーメンセット、豚生姜焼き定食などがまるで似合わないお洒落なカフェテリア風施設の中、ちょうど昼時で賑わいもピークに差し掛かっていた時、木内奈津子の誰よりも大きな声が店内に響く。


「美央、こっちだって、こっちこっち! 」


 ボックスシートで立ち上がって手を振る奈津子の視線の先には、これでもかと言う量の料理をトレーの上に乗せた人物が、挙動不審にキョロキョロと通路を往復しながら周囲を見回している。その彼女こそ江森美央であり、奈津子が呼び寄せていた人物である。


「すまぬ、すまぬ。気がつかなかった」

「先に食べ始めちゃったよ。って言うかあんた……それ本当に全部食べるの? 」


 たっぷりかかったメープルシロップがバターの塩味を引き立たせるプレーンのパンケーキと温野菜サラダを、ロイヤルミルクティーで胃に流し込むシンプルな奈津子に対し、ハヤシライスとカップポタージュ、そしてサラダバイキングで乱獲した山盛りサラダと食後のデザート用にアメリカンドックを購入した美央。

 何をもって奈津子に勝利したのか凡人には理解出来ない得意げな顔をしている。


「食べますよう。これくらい食べなきゃ、この先生きのこる事は出来ません……きのこる事がね」

「その文化的マイノリティを前面に出すのはやめない? 今どき誰もきのこるなんて知らないわよ」

「奈津子が知ってれば良いじゃん。へへ、いっただっきま〜す」


 木内奈津子と江森美央は星城女子大学の心理福祉学科を専攻する一年生である。

 元々この二人は長野市内にある高校で出会い、クラスメイトから親友になって、二人して同じ大学の同じ学科を専攻する間柄になっていた。

 大学で知り合って親交を深めるのではなく、元々三年も前から親交があった二人は、「今度合コンがあって」とか「バイト先の高校生がイケメンでね」だのと、周囲に男性の存在があれば、決して口にしない内容で盛り上がる学生たちとはちょっと毛色の違う……もっとコアな内容の話題に触れていた。


「美央、分かったわ。何であんたがそんなに羽振りが良いか」

「えっ、何? 何の事? 」

「今ね、やっと繋がったの。点と線が繋がったのよ」


 不審げな顔をせり出し、首をねじりながら美央の顔を見詰める奈津子。彼女流の勿体ぶったアクションである事は明白で、慣れている美央にはどうって事は無いのだが、次の瞬間奈津子の口から出た断罪の言葉がど真ん中ストレートで胸を貫き、美央はひどく挙動不審に陥った。


「ねえ美央、あんたのお昼代……それコーヒータイムのバイト代じゃないよね? またあんた同人始めたでしょ? その売り上げ金だよね? 」

「ど、同人!? いや、あはは、そんな、まさかね」

「おかしいと思ってたのよ。何かあんたの画風と言うか絵柄がそっくりなのがあって」


 サドっ気を醸しつつニヤニヤしながら追求の手を緩めない奈津子、ひるがえって美央は目を泳がせながらのらりくらり、逃げの一手で幕引きを狙う。


「レディー・羽賀だとバレちゃうから作者名を変えたんだよね、ね? ボイラー・スウィフト先生」

「あは、あはは!」

「ボイラー・スウィフトだけじゃないよね、アリャリャナ・グランデ先生? いや、ベイティ・ケリー先生? 」

「違う、違うのです! 新作書き下ろしじゃなくて、過去にデータ化しといた未発表作品をですな……」


 江森美央、完落ち。あっけなく全面自供。

 同人誌作成を続けているのが理由で勉強が遅れるならば、教えもしないし先にどんどん単位進めるよと、突き放しながらも愛情のある親友らしい言葉に打たれたのか、美央は洗いざらい白状し勉学に励む事を奈津子に約束した。ーー通算何回目の約束なのかは両人とも忘れている程度に。


 あまり大声で話せない内容を、胸を張って大声で話し、平気でいられるのがこの「かしましい」世界。やはり男性のいない世界ではここまでぶっちゃけるのかと驚きの連続だが、この江森美央と木内奈津子はそんな世界にあってもなかなか大声で話せない内容の会話を重ねている。

 だが、今はこの通り趣味の同人誌作りに情熱を燃やす美央と、なかなかに目が肥えた読み専の奈津子と言う関係において、少年同士の恋愛が発展して「ああっ、そんな場所であんな事を!? 」と小声でシチュエーションを提示し合っては顔を赤らめ盛り上がってはいるものの、今年の春先……遡ること三ヶ月ほど前には、二人の顔から一瞬笑顔が消えた時期がある。

 同じ学部の学友がトラブルに巻き込まれ、美央も奈津子も死を覚悟せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。


 幸いにも美央の知人の力添えが功を奏し、命の危機から脱出した二人はまた、いつもの二人に戻ってかしましくもたくましき日々を送っていたのであった。


 二人の昼食も折り返し地点を越えて終盤に差し掛かる。

 奈津子はロイヤルミルクティーを飲み干すだけの時間調整に入り、美央はアメリカンドックを満面の笑みでほおばりながらも、甘くない食後のデザートならば野沢菜おやきが良かったかそれとも、切り干し大根おやきが良かったかもと贅沢を言い出していると、通路側から二人に声が掛かった。


「そこのお二人さん。ごめんなさい、相席お願いしたいのだけど……」


 美央と奈津子が振り向くとそこには、国際交流学科の講師、吉野真里が立っているではないか。


「あ、吉野先生。どうぞどうぞ、お座りください」

「美央ちょっと詰めて、私がそっちに行くよ」


 奈津子はトレーを持って立ち上がり、反対側に座る美央の隣に腰をうずめる。どうやら吉野は遅れて来たのか、タイミングが悪く席を探していたようである。


 何故学科が違うのに、講師の吉野とこの二人が知己にあるかと言えば、今秋から始まる海外留学生受け入れの際に、地元民である美央と奈津子の家庭が、ホームステイ先として大学側に協力を申し出た事が起因する。

 ホームステイ受け入れの前段階・下準備として、美央と奈津子は吉野が週一で開く日常英会話の授業を受けていたのである。


 いつもなら、それ程歳の差が無い吉野に対して、二人は姉を慕う妹の様に接し、吉野は自分の趣味でもある2.5次元アイドルの話を聞いて聞いてと喋りまくるのだが、何故か今日は違う。

 背中を丸めながら伏し目がちに席についた吉野は、コーヒーとハニードーナツが一個だけ乗った自分のトレーを見詰めたまま、手も付けずにため息を繰り返したではないか。

 もちろん、美央と奈津子が抱く吉野のイメージとは全くの正反対。そして思い詰めている様に見受けられるのだが、構ってちゃん特有の「聞いて聞いて! 」オーラは一切放っておらず、むしろ近しい者すら寄せ付けない冷たくて分厚い壁に阻まれているようだ。


 ……何か機嫌が悪いのかな? ……

 ……何だろ? 何か悩んでる……


 聞き出すに聞き出せない雰囲気、かと言って会話が盛り上がる鉄板ネタを振ったとしても、それに乗って来ない拒絶を感じた美央と奈津子は、「私たち食事終わりましたので行きます。ごゆっくりどうぞ」と退散するしか無かった。


 いずれにしても、今日の夕方は週に一度の日常英会話の授業がある日。もう一度吉野真里と顔を合わせるチャンスがある。

 無双的お節介焼きと言うところまでは行かないが、さすがに近しい者に異変があれば手を差し伸べたいと思う美央と奈津子。


 吉野を心配する事がやがて、驚愕と恐怖に彩られた事実に繋がるなどとは夢にも思っていなかった。





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