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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 最終章「探偵藤巻博昭は常にボヤく」
79/84

79 「かごめかごめ」の呪い



 かごめかごめ かごのなかのとりは いついつでやる

 よあけのばんに つるとかめがすべた

 うしろのしょうめんだあれ



 子供たちの遊びとして古くから全国にあるこれは、目隠しした鬼役の者を中心に据えて他の子供たちが輪になってこの歌い、歌い終わった時に鬼の後ろに誰がいるのかを鬼が当てる遊びである。

 だが、その歌詞にはしっかりとした定説が無く、そのぼんやりとした描写から、謎や別の意味が含まれていると唱える者もいたり、徳川埋蔵金のありかを歌っていると唱える者や、人権的に不適切な歌だと忌避を唱える者もいるほどに、謎に包まれた歌である。


 歌詞の冒頭にある「かごめかごめ」とは、竹で編んだ籠の目を表すと言われていたり、囲め囲めと鬼を中心に取り囲むさまを表すとも言われていたり、更には籠女(かごめ)……籠を抱いた女すなわち妊婦であると言われるなど、この出だしだけでも選択肢が無数にある。

 これにとどまらず全ての歌詞のひと節ひと節に意味があるとするならば、それらは膨大な意味を持つ事になるのだ。


 何故、この「かごめかごめ」の歌詞に隠された意味を読み解かなくてはならないのかと言えば、呪いを解くのに必要であると言う理由がある。呪いの根源にたどり着くのにも重要な情報源ともなり得る。


 “誰が、いつ、何を目的として、何を基点に、呪いの歌を広げたか”


 “物に呪詛を植え付けた呪いなのか、蟲毒なのか、負の言霊を呪詛として投げかけたのか、それとも真実の言葉・仏の言葉である真言を悪用したのか”


 共通点の分からない人々に対して様々な病気を引き起こした謎の呪い。その核心に迫るため、心霊探偵都住夏織は現在の自宅がある東京には戻らず、長野市の北にある実家、刈田神社に身を寄せていた。

 兄が神主を務め、そしてその娘である姪っ子が巫女を務める由緒正しい修験道の拠点で思案を重ねていたのである。



 ーー籠目籠目、籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、鶴と亀が統べた、後ろの正面だあれ? ーー


 新聞に入って来るチラシの裏に、やや細文字の書きなぐりがある。書道の心得がある様な、細くて丁寧でありながらも、荒々しく散らばった女性の字だ。


 ーー囲め囲め、籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、鶴と亀が滑った、後ろの正面だあれ? ーー


 その下にはこんな殴り書きも

 籠女(妊婦)→祝い歌になりそう→ダメ……と記号も含んだ走り書きなど

 チラシの裏に書きなぐった本人は、大きくバツ印を書いたりグチャグチャと渦を描いて荒れたりと、だいぶ迷路の中で行き詰まっているようである。



 コーヒータイムで藤巻たちと接触した次の日の事、長野市の北部巨大団地群の最北端にある刈田神社、その社に隣接している都住家の今は夕飯時。

 広い畳敷きの中央に置かれたテーブルには卓上コンロが置かれて、久々に実家へ帰って来た夏織のためにと鍋が振舞われていたのである。


「夏織ちゃんごめんねえ、まだ季節じゃないからキノコが無くて」

「お義姉さん、そんなに気を遣わないで! 私も手伝うから」

「いいからいいから! 先に食べてて」


 この都住家の家主で刈田神社の神主でもある夏織の兄・都住征吾は、本日のお務めは全て終了とばかりに、妻の(めぐみ)特製ナスのぬか漬けを酒のアテに、チビチビと熱燗を楽しみ始めている。

 その隣、娘の姫子は夏織の走り書きに興味を示すも、グラグラと煮えたぎる鍋の上で踊るはんぺんと言う名の大好物に気を取られ、はんぺんとチラシを瞳が行ったり来たりと忙しそう。

 夏織は未だに鍋どころかアテにすら手を付けずに、瓶ビールを手酌でビールグラスに注いてはガブガブとグラスを空にする。そして左手で頭をかきむしりつつチラシの裏をギロリと凝視していた。


「はい、お待たせ様です。おやき出来たから食べてねえ! 」

「うはあ、おやきと来たか! お母さん、切り干し大根は? 切り干し大根はどれ? 」

「この一列が切り干し大根。姫ちゃんもそろそろ家事覚えて手伝ってよう」

「食べ盛り、今だけは食べ盛りを主張したいです! 」


 なかなかに賑やかな都住家の食卓。

 都住征吾も席に座って晩酌をやりながらも、妹の悩む姿に手を差し伸べようとしていたが、いかんせん先代の跡を取って神主となったが、妹のような霊感は一切無く、ありきたりな神社の管理と祭事の進行で精一杯。

 可愛い妹のためにと知恵を絞り出すのだが、結局はアドバイスなどは何も言えず「今は忘れて食べろよ」としか言えない。

 妻の恵もあらあらまあまあと夏織の苦悩に同情はするが、征吾以上にこの手の話が分からない全くの素人で、夏織のためにと鍋の具やおかずを取り分けてやる以上に口を挟むのを自重していた。


 その中で姫子だけはマルチな才能を発揮している。


 夏織が新しいチラシをテーブルに乗せては何度も何度も歌詞を書き、それがフローチャートのように広がって行く様を「なるほどなるほど」と目の当たりにしながらも、それ私のはんぺん! お父さん、そのおやきは野沢菜だから私の! お父さんおやきの中身見てお皿に返さない! と、まるで食卓の将軍のように夕飯の品全てに目を光らせているのだ。


 ーー籠に閉じ込めた鳥が開け放たれる。それはつまり蟲毒を意味するのか? ーー


 ーーだが、同時に目撃された少年の霊が当てはまらなくなる。少年も蟲毒の材料となったなら、それこそ大事件なのだがーー


 行き詰まった夏織が瓶ビールを飲み干し、「義姉さんごめん、もう一本だけちょうだい」とヤケ気味に立ち上がった時、姫子は唐突にこの歌の歌詞を口にした。


 一瞬ピタリと動きを止める都住一家

 鍋のグラつく音だけが雑音となって各々の鼓膜を刺激する中で、姫子の神秘を宿らせたかの様な歌声がそれをかき消したのだ。


「姫ちゃん、何か見えたの? 」


 腰を下ろした夏織は慌てて姫子に詰め寄る。

 すると頭の中で言葉を整理しているようだった姫子の難しい表情がふわりと晴れ、この閃きが本当ならばとボールペンを手に、いそいそとチラシに歌詞を書き込み始めたのだ



 【籠女籠女 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの番人 鶴と亀が滑った むしろの少年だあれ?】



 姫子は籠女として、頭の節を妊婦だと読んだ。そして籠の中の鳥を、まだ産まれる前の赤ちゃんと読む。


「この、夜明けの番人と鶴と亀、三種類の動物が表現されてると感じたの」


 夜明けの番人とはつまりニワトリ、朝を知らせる鳥なのだが、昼と夜、光と影、陰と陽の「陽」の時を知らせる役目にある者と考える。そしてそれに続く二つ目と三つ目が吉兆や繁栄を表す鶴と亀であり、これで三種類の動物が存在すると姫子は言う。

 そしてそれら三種類の動物が「滑った」……力及ばなかった、力尽きた結果、光輝く世界は来ない、繁栄も栄華も無い、全ての終わりである暗黒と絶望を意味していると言うのだ。


 更に姫子は後ろの正面だあれ? ではなく、「むしろ」の少年だあれ? と結ぶ。

 むしろとは藁などを毛布の様に編んだ物で、古くは死体や遺体、、、特に道端に転がっていたり、水死体にそれをかけて覆っていた歴史がある。

 つまりこの締めの節では、その子供の死体は誰? と問うているそうなのだ。


 これだけ聞いても、父の征吾も母の恵も、叔母の夏織も腰を抜かさんばかりに驚き、完全に凍りついてしまったのだが、駄目押しする様に姫子は語り続ける。

 それらの節と節を合わせると、こう言う情景が見えて来ると言うのだ。



 そこの妊婦さん

 (かごめかごめ)


 そろそろお子さんが産まれるようですが

 (かごのなかのとりは いついつでやる)


 残念ながらあなたには後ろ盾がありませんよ、運も尽き果てているようです。

 (よあけのばんに つるとかめがすべった)


 だからあえて聞きます。あなたの後ろにいる水子、全く供養していませんね。供養もしていないのに、新たに子供を産むのですか?

 (むしろのしょうねんだあれ? )


 これらの行間を読みながら、一つの流れにして歌い手の気持ちを文章にするとこうだ


 【あなたは水子の供養もしていないのに、また子を宿したのか。許さない、絶対許さない】



「つまりね、蟲毒や真言や式神などの呪詛じゃなくて、水子の霊や堕胎した際の胎盤を利用した悪鬼の呪いで、早くに子供を亡くしてしまった親たちの罪悪感を狙って仕掛けられてる……私にはそう感じるの」


 言い終わった姫子は、満足そうな表情で大きく息を吐き出し、正座する事でだらしなかった姿勢を一度糺して、さあ! がっつり夕飯の時間ですようと、完全に硬直していた両親と夏織の張り詰めた空気を壊す。


「水子の呪いなら、不動明王真言で調伏するのが有効か……。姫ちゃんキレッキレだね! ちょっと私感動しちゃった! 」

「おば様、抱きつかないで! ぐうう、頬すりすりしないでえ」


 感激のあまり姫子に抱きつきながら押し倒した夏織、姫子の脇腹の肉をプニプニしたりお尻の肉をガッと掴んだりと、それこそやりたい放題なのだが、姫子は姫子でイヤイヤ言いながらも楽しんでいる素ぶりが見え、叔母と姪っ子のじゃれ合う姿はなかなかに和やかであった。



 だが、この空間で一人だけ納得していない者がいる。

 後はあの探偵さんが呪いの中心を炙り出してくれるだけだと、姫子と夏織は大喜びする光景を、姫子の母はお茶を片手に楽しげに見詰めている。

 都住一家の長である都住征吾だけは、熱燗を手にして平静を保ちながらも、ひどく悲しげな瞳でそれを見詰めていた。


 (姫子、姫子! お前の口から水子とか出ちゃうなんて、父さんショックで涙が出ちゃうよ! まだまだ可愛い子供だと思っていたのに、お父さんと結婚するって言ったのに! )


 無言を貫き平常心を自分自身に言い聞かせる征吾ではあるのだが、腹の中で煮えたぎる儚い葛藤は、ミミズクがほうほうと可愛げに鳴き続ける深夜まで続いたそうだ。




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