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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 最終章「探偵藤巻博昭は常にボヤく」
78/84

78 探偵と心霊探偵



「私、探偵社を名乗っていますけども、実はたかだか個人経営の一人探偵社で、その実霊感捜査で生計を立てております」


 都住夏織がこんな調子で挨拶して来るものだから、藤巻も美央も怪しくて怪しくてしょうがない。

 確かにこの数年の間に、藤巻も美央も心霊体験をして来た事は間違いの無い事実なのだが、「偶然見てしまった経験」と「自ら見えると言って回る」のとは全く違うのである。

 つまり藤巻も美央も、このテーブルの反対側に座る都住夏織とは、自分たちとは似て非なる全く異質な存在だと認識したのであった。


 改めて店内の照明を点けて、ボックスシートに座った藤巻たち、コーヒーも水も出ないBGMすら流れないセピア色の殺風景な違和感に包まれながら、夏織の説明が始まった。


「唐突に確信に迫ると、そちらも混乱をきたすでしょうから、私の性質から説明させて頂きます」


 凛とした表情の夏織は、藤巻探偵事務所調査員 藤巻博昭の名刺をテーブルの目の前に置きながら、“桐子を撃破したキレッキレのイケメン経営者探偵じゃないのか”とちょっと残念がりながら、胸を張って自己紹介を始める。


 彼女は関東圏を中心に、警視庁と警察庁にあるパイプをフル活用し、指名手配犯や広域指定事件の捜索に協力しているのだと言う。

 それが元で、懸賞金のかかった指名手配犯の案件や、情報提供料が発生する行方不明者や失踪者の案件を回して貰い、その金で生計を得ているのだと言う。


「私には幼い頃より“読む”力が備わっており、現場に残された物品や遺物から、その場にいない者の跡をたどる事が出来るのです」


 ふうん、なるほどねえと、気乗りしない返事を返す藤巻。

 美央は先程の涙がこたえたのか、未だに垂れる鼻水と格闘しており、夏織の話を興味深くは聞きながらも、小脇に抱えたティッシュの箱でいちいち鼻をかんでいる。

 だが、夏織がこの次に繰り出した言葉に、二人はあっという間に惹きつけられる事となる。


「これだと残留思念を拾う超能力者のようにも聞こえますが、私は霊能者です。付随する能力ですが、体調が良いと霊の姿が見えるし、普通の人間の悲運も見える時があります」


 ーー先日、こちらのお店でコーヒーを頂いた際の事なのですが、マスターの右頭部に黒い霧がはっきりと見えました。脳に関わる何かの病理で、マスターが具合を悪くして倒れると見えたのです。


「確かにその通りです、その通りなんですが……! 」


 藤巻は前のめりになった美央の腕を掴む。それ以上詰め寄るな、それ以上口にするなと言う意味であり、彼女の見える力とマスターの病気を繋げてはいけないと言う警鐘が含まれている。

 もし彼女が本当に見えるとして、マスターの病理が発症する前に確認出来たとしても、それを本人や周囲の者たちに教えなかったのには、教えられない理由があったと言う事。もし冷酷な性格で見て見ぬ振りをする人物であるなら、今この場に訪れる事も無ければ自分の能力をわざわざ伝える事も無い。


「藤巻さん、ご配慮ありがとうございます。万人を平等に救う事が出来れば、私もこれほど苦しまなくて良いのですが……」


 都住夏織の凛とした表情の中に陰りが見える

 今まで様々な局面に遭遇して、その都度苦悩を重ねて来たのだろうと藤巻は察したのだが、まだ彼女が語る要件の核心にたどり着いていない事は確か。藤巻は真顔で続けて下さいと促した。


 ーー都住夏織がその後語った内容は、藤巻と美央にとって実に興味深く、そして想像の範疇を超える奇々怪界な話であった。


 まずこの長野市の北部方面、北部の巨大な団地群において、救急搬送が激増していると言う話。

 脳疾患や心疾患、内臓疾患など病状は様々なのだが、この地域だけが吐出して出動回数が増えているのだと、消防関係者が噂しているのだと言う。

 そして、その消防関係者たちが救急隊員から聞いた話として、意識のある患者たちのほとんどが「かごめかごめの歌」を聞いたり、少年の幽霊を目撃したと証言していると言うのだ。


「かごめかごめの歌……ですか? 」

「そうです、古くから全国的に歌われている童歌です。江森さん、叔父様から歌を聞いたり霊を目撃したりと、そのような話は聞いていませんか? 」

「いえ、叔父は今日の昼頃にやっと意識が回復したばかりで……」

「そうでしたか。藪から棒に申し訳ありません」


 それにマスターが倒れているのを発見して通報した際には、すでに意識不明の状態であった事から、美央が答えに窮するもそれは致し方無い事。

 ただ、何で今「かごめかごめ」の歌や幽霊なのかと、美央は不審がっている。

 藤巻にも同じ事が言えるのだが、いよいよ知的好奇心の誘惑に勝てなくなったのか、藤巻は夏織と立場を変えて逆に質問をぶつけたのである。


「都住さん、二つの質問がある。かごめかごめが聞こえたり幽霊を見て一体何が問題なのか。そしてあなたは何を思いどう行動に移す積もりなのか」


 この二つの質問は気持ちよく核心を貫き、夏織に好意的な微笑みを浮かべさせるに至る。

 自分の素性と状況を語った以上、必然的に最後まで説明するべきだとは夏織も思っていたのだが、まさかこれほどに気持ち良く、ズバリと突き刺して来るとは思わなかったのだ。


「あの歌に何かしらの呪いがかけられた……呪歌の可能性があります。それが本当なら、私が全力で阻止します」

「呪いの歌って事は、もしかしたらマスターも呪いの影響を受けた可能性があると? 」

「可能性はあります。自然の摂理、運命であるならば私が手を出す事は許されませんが、呪いであるなら話は別。呪いを解くのが私の使命です」

「……そんな、叔父に限って人から恨まれる事なんてあり得ません! 」

「美央ちゃん落ち着いて、特定の人間ではなく無関係の人間を狙う、テロの可能性だってある」


 ここで藤巻は「おや? 」と思う

 自分で言っておいて何なのだが、目に見えない力を使って人を不幸のドン底に叩き込むやり口……何か心当たりがあるような、腹の底がうごめく違和感を抱いたのである。

 だが、まだそれは口にしない。今は「かごめかごめ」の謎について一つでも多くの情報を得ようとする事が重要だと判断したからだ。


「かごめかごめ……子供の遊び歌として古くから馴染みのある曲だが、難解な歌詞もあって都市伝説としても騒がれる曰く付きの曲」

「藤巻さんもよくご存知で。その要約から人権的な意味合いもあるとして、曲の放送が出来ない地域もあるとか」


 ーーかごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ? ーー


 この歌詞の意味、この歌詞の中に流しこんだ呪いの意味が分かれば、この集団重篤者発生事件が見えて来るのかと、藤巻は頭をフル回転で回し始める。

 だが、もう一方で探偵としての冷静な理論構築や状況フローチャートも脳内で活発に形成されているのも確か。


 そして「探偵」藤巻博昭は、テーブルの上に両手をつき、左右の指を絡ませながら、今までに無い真剣な顔付きで、心霊探偵都住夏織にこう切り出した。


「都住さん、俺は噂を辿って被害者を特定し、被害者とその周辺から情報を聞き出し、被害者と呪いの接点を探りたい。ウチの会社から調査員も出す、協力してくれないか? 」


 あら、一介の調査員のはずなのにやけに柔軟性があって猛々しいわねとは言わずに、夏織は頼もしそうに素直にうなづいた。




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