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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 最終章「探偵藤巻博昭は常にボヤく」
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76 都住姫子 16歳



 都住(つすみ) 姫子十六歳は、巫女の修行よりもお風呂が嫌いである。護摩行や滝行や登山や座禅行や境内の掃除よりもだ。

 だがお風呂と言っても、頭や身体を洗うのが嫌いだったり、長々と風呂に入っていられないと言う根っからの風呂嫌いではない。

 風呂から上がり、脱衣所の大きな鏡で自分の裸体を見てしまうのが嫌いなのである。


 元々が清潔好きなので頭髪はしっかり洗うし、ボディーシャンプーで辺り一面泡だらけになるほど身体もゴシゴシ洗う。また、ぬるめの風呂に入ればポカンと開けた口からよだれが垂れそうなほど幸せそうな顔で長風呂する。

 だが、思春期に入ってからは脱衣所の大鏡が嫌いで嫌いでしょうがない。出来れば自分の姿が写っても視線を避けて通過したいのだが、それも出来ずについつい自分の裸体を見返してはため息をつく。


 もちろん、都住姫子は叔母の夏織よりも遥かに強力な力で『読む』事も出来るし『見る』事も出来る。だが脱衣所のその大鏡が何かを訴えて来ていたり、不吉な未来の予兆を見せている訳でもない。


 ーー思春期に入った彼女は、ただ単に自分の体型が気に入らないのだーー


「おお……今日も今日とて、見事な幼児体形ですなあ」


 大好きな風呂を心ゆくまで堪能した姫子は、ついつい鏡に映る自分を見てしまい、全裸で大鏡の前に立ちながら、呆然と独り呟く。


「胸も微妙で全体的にちょっとぽちゃっとしてても、この……脇腹が、脇腹にくびれさえあれば! 」


 むにっと脇腹の肉を掴み、ぐぬうと鼻から怨嗟の叫びを絞り出す。

 思春期に入ったからと言って、好きな男子が出来たと言う訳でもなく、男性アイドルにぞっこんと言う事もない。

 勉学に勤しみながら父の指導の元で厳しい修験道の修行をする彼女は、テレビを見ないどころか、パソコンもスマートフォンも持っておらず、まるで今どきの女子高生ではないからだ。


 だからと言って興味が無いのとは訳が違う。

 姫子は姫子なりに、大人の女性に憧れる部分があって自分の体型を気にしていたのだ。


 ( 姫ちゃん、姫ちゃん電話よ! )


 鏡に映る自分の顔に向かい、むっすりと睨めっこを仕掛けていた姫子の耳に、遠くから母の呼び声が届いた。どうやら都住家の固定電話に着信が入っているらしい。


「はあい、今行くよう」


 用意しておいた替えの下着だけを履き、アントニオ猪木のようにバスタオルを首から垂らし、あられもない格好のまま脱衣所を出た姫子は、鼻歌を歌いながら玄関脇にある固定電話に向かいスタスタと廊下を歩き始めた。

 その恥じらいを微塵も感じさせない堂々とした姿は、家族は路傍の石とでも言いたげな無神経。

 居間で缶ビール片手に野球のナイター中継を見ていた父が、姫子の姿を見て思いっきりビールを鼻から吹き出した事にも気付いていない。


「もしもしお電話変わりました」


 よそよそしい応対で電話口に出た姫子は、相手の聞き慣れた声を耳にすると、あっという間に表情を和らげた。どうやらクラスメイトからの電話らしい。


「ちょうど今お風呂から上がったとこだよ、よっちゃんは何してたの? 」


 朝から夕方まで同じ高校の同じクラスで顔を合わせていた、このよっちゃんと言う相手と長話を始めた姫子。

 やれ英語担任の何何先生の頭に長い糸くずがあって授業中にずっとなびいていて笑いをこらえるのに必死だったとか、相撲部の香川君の巨大な弁当箱にご飯がぎっしり詰められており、それを箸で四角に切ってブロック状の固形で食べる姿が豪快だとか……

 廊下を通りかかった母親が風邪ひくから服を着ろと怒るほどに、かしましい会話は続いていた。


 だが、このよっちゃんが姫子と本当に話したかったのはバカ話ではなく、これらはあくまでも導入部分。ボクシングで言えばゴング直後のジャブ挨拶。

 やがてよっちゃんは雑談よりも優先して話したかった核心へと話題を変えた。


(ところで姫ちゃん、かごめかごめの噂って聞いた? )


「うん? かごめかごめって……あの曲の事? それに噂って」


(そっか、姫ちゃんのところにはまだ伝わってないのか。てっきり調べ始めてるのかと思った)


 童歌の『かごめかごめ』が何やらこの長野市界隈で噂になっている……これ自体がもう胡散臭い話ではあるのだが、姫子はそれに対して怪訝な表情を見せる事は無い。また嘘臭い都市伝説なんか引っ張り出して来てと、苦笑いせずに話に食いついたのである。

 それは、よっちゃんが言うところの「てっきり調べ始めてるのかと思った」ーーこの言葉が、姫子の立ち位置や女子高生とは別の顔を持つ者である事を意味していた。


 秋の夜長の冷え冷えとした空気が漂う自宅の廊下は、このまま姫子が裸で通話を続けていると、湯冷めして風邪をひいてしまうほど。だが姫子はそんな事は御構い無しとばかりに、よっちゃんの話を真剣な相づちで聞いている。



 彼女が姫子に伝えた内容とはこうだ。

 よっちゃんの兄が長野市消防局に勤めており、その同僚たち……特に救急隊員を中心に囁かれていた話なのだが、昨今、長野市北部で救急搬送の依頼が劇的に増えているのだそうだ。

 搬送される患者は重篤な状態であったり既に死亡していたりと様々なケースがあるのだが、言葉を発する事が出来た患者が搬送中に、口々に「かごめかごめの歌が聞こえた」と語っていたのだそうだ。

 搬送された患者は脳障害や循環器障害など、症状は様々で一括り出来ないほどに多岐に渡っているのに、かごめかごめの歌が聞こえたと患者が口々にするのはおかしい……

 患者の中には、かごめかごめの歌と一緒に見た事も無い少年の姿を見たと言う者もいる。


 姫子が身体をぶるっと震わせたのは、湯冷めが起因しているだけではなかった。何かこう、社会に対して見知らぬ力が闇から手を伸ばして来ているように思われ、それで戦慄を覚えたのである。


「よっちゃん、わざわざありがとうね。その噂……私も気にして探ってみるね」


 明るい声で謝意を示し、そろそろ明日の宿題やらなきゃと穏やかに通話を切り上げた姫子。

 だが、その表情はまるで穏やかではなく、まるで混雑する駅の改札口でプリペイドカードを落とした時のような、ひどく狼狽する様を地で行っていたのだ。


 ーー何故なら、姫子はそうかも知れない人物を見た覚えがあるからーー


「だってあの人、運命だと思っていたから。……もしかしてそれが原因ならば、私とおば様は見捨てたも同然」



 こら姫子! いつまでそんな格好してるの!

 台所から顔だけ出した母のカミナリが襲うも、そんな事で怯んではいられないと母親の顔すら見返しもせずに、慌てて受話器を取り上げて電話番号をガチャガチャと乱打した。


「……おば様? 夜分にすみません姫子です。おば様、今どこにいらっしゃいます? まだ長野に? ……良かったあ! すみません、今すぐ行って貰いたい場所があって、そう、今すぐに! 先日おば様とご一緒した喫茶店に行って店の様子を……」


 散々受話器の向こうから夏織お姉さんと呼びなさいと怒られながらも、どうやら姫子の願いは伝わったようだ。


 ホッと胸を撫で下ろしながら、へくちいん! と廊下でクシャミを響かせる姫子。

 冷え切った身体が温もり欲しているのか、自動的に鼻水をタラリと垂らして姫子に抗議する中、自分の情け無い格好にようやく気付いたのか、そそくさと自分の部屋へと駆けて行った。



 どこで発祥したのか、そして歌詞にはどのような意味や想いが含まれているのか、そのあまりにも難解な歌詞とおどろおどろしい解釈の数々で、童謡と言うジャンルから外れてしまった童歌『かごめかごめ』。

 都市伝説としてもテレビで度々取り上げられていたこの歌なのだが、何の訳あってか、今はこの長野市北部をドス黒く覆っていた。




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