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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 最終章「探偵藤巻博昭は常にボヤく」
73/84

73 コーヒータイム 後編



「これ、何とか……何とか宗雲さんから聞き出した情報なんだけどね」


 テーブルに両肘をつき、前のめりになって語り出す都住夏織の表情は、桐子について深刻に語る悲壮感漂う術師のそれでは無くなっている。

 何故ならば、本筋の桐子の話から謎の探偵像に逸れてしまったそれは、もはや謎の探偵にまつわる情報提供と考察ではなく、気になる男子について語るような女子会トークに変貌しつつある。


「どうやらその探偵さん、探偵事務所の経営者なんだけど、まだ若いらしいのよ」

「若いって……どれくらい若いのですか? 」

「まあ宗雲さんが若いって言うくらいだから怪しいけど、多分私と似たり寄ったりくらいだと思う? 」

「あら、夏織さんと同じくらいで経営者か。違いますねえ」

「何か私と比べてるみたいで腹立つわね」

「いえいえ、馬鹿になんかしてないですよ」


 この子は悪意が無いくせに、こう言う事平気で言うの子なのよねえ……と、呆れ顔で姫子を見詰めるも、キラキラと瞳を輝かせる彼女には思った通り一片の悪意も感じられない。


「まあいいわ。それでね、話は戻るけどその探偵さん……陸自のレンジャー上がりなんだって」

「りくぢのれんじゃあ? 」

「陸上自衛隊の兵隊さんの中でも、選ばれた屈強な人たちって事よ」

「わあ、凄い人なんですね! 」


 何だか良く分からないが、とにかく凄いんだろうなと頬を紅潮させて喜び姫子。世間知らずも甚だ行き過ぎなのだが、他の雑学を切り捨ててでも彼女には学ぶ事があったのか、世間知らずを恥じていないように見て取れる。

 そして夏織もそれをちゃんと理解しているのか、世間知らずを責めたりはしなかった。


 【陸上自衛隊で鍛えた鋼の肉体! その肉体美をもってして桐子と闘った男! 】


 まるで全盛期のアーノルド・シュワルツェネッガーが白パン一枚で筋肉ポーズをとっている様な、マッチョで歯が白く輝くヘラクレスを想像して高揚する姫子。


 方や夏織は

 【まだアラサーでありながら会社を経営するキレ者! リッチなイケメン探偵! 】と、二人揃って勝手な想像に翼を羽ばたかせていた。


「……いっきしゅん! へぁっくしゅん! 」


 姫子と夏織が座る一番奥のボックスシートから遥かに離れたカウンター席から盛大なくしゃみが店内に轟く……

 コーヒータイムのマスターを目の前にした、「いつもの席」に座った藤巻博昭が、マスターの謹製ドライカレーとジャックダニエルの水割りを注文した途端に、鼻がムズムズしたのか耐えられなくてクシャミしたのだ。


「藤巻さん、季節外れの夏風邪ですか? 相変わらず流行に乗らないですね」


 秋風が吹き始めているのに今更夏風邪かと、美央は感心しながらクスクスと笑う。


「失礼な人ですね美央ちゃん。昨日の夜から張り込みで俺寝てないんだよ? 街の風は俺には冷たかったんだよ? 」


 笑う美央に猛抗議する藤巻だが、顔は半分苦笑いしており、本気の抗議では無い事が伺えるーー互いが社交辞令だと分かった上でのジャレ合い、会話のジャブ応酬と言ったところ。


 だが、美央は感じていた。この夏が通り過ぎたあたりで何かしら心境の変化があったのか、藤巻の雰囲気が変わりつつある事に気付いていたのだ。


 ーーへそ曲がりは相変わらず、藤巻理論も相変わらず。だけど何だろう、カミソリみたいな鋭い雰囲気が弱まり、穏やかな空気をまとってるようなーー


 それまではまるで、当たり前のように隣に座る「クラスの男子」に接するような感覚で藤巻を見て来たのだが、桐子による集団自殺事件が発生して解決されたこの夏が過ぎてからは、何故か日を追うごとに藤巻が年相応の深みある大人に見えて来て仕方がなかったのである。


 まあ、それならそれで良いかなと、美央は気持ちの中でちょっと上目遣いになりながら、忙しくなったコーヒータイムの厨房とカウンター席で、コミュニケーションを重ねていた。

 もちろん美央は、この夏藤巻の異性関係に何が起きたのかまでは知らない。一家心中した恋人と再会して、止まっていた自分の時間が再び動き出したなど、知りうる訳が無かった。


 だから表向きの理由を持って藤巻が変わったのだと美央は認識していた。

 ちょうど今、マスターがその「表向きの理由」について、珍しく藤巻に質問を投げかけたばかり。

 スパイシーな湯気が上がる出来立てほやほやのドライカレーが目の前に置かれ、ジャックダニエルが注がれたグラスを口につけ、ごくりと一口喉に流して幸せそうな顔をする藤巻に向かって、マスターは問いかけたのだ。


「社長を辞めてから、忙しいそうですね? 身体は大丈夫ですか」と


 そう

 藤巻は藤巻探偵事務所の代表を池田祥子に譲り、単なる平社員・調査員として、会社に籍を置いたのである。


「身体は大丈夫ですが、不思議ですねえ。……代表やってる時より、給料が良いんだもん」


 笑顔とジョークで返す藤巻。桐子事件終結の際に、泥酔しながらも池田祥子にその旨を伝え、既に資本の変換も済んで実質的な経営者だからと留意されたにも関わらず、藤巻は代表の座を降りたのである。


 ーー理由は現場に復帰したいから。会社に迷惑をかけず独自調査を行いたい事があるから


 きっかけは盆休みの初日だった。

 エアコンの涼しい風に身体を冷やしながら、ぼんやりと昼過ぎのテレビを眺めていた時に、藤巻のスマートフォンに着信が入る。探偵事務所のデカ松さんこと松田末松からの連絡で、依頼されていた件について情報が入ったとの事。

 その内容を聞いて藤巻は目玉が飛び出さんばかりに驚いたのだ。


『廃墟の土蔵で亡くなってた仏さんについて、長野県警から情報を得ました。亡くなったホームレスの身元が判明、歯の治療痕で失踪者リストと一致したそうです。名前は牧野チエ……』


 この名前がデカ松さんから出た瞬間に、藤巻は血相を変えてソファから飛び上がった。それだけ衝撃的な名前であり、忘れもしない因縁めいた人物だったからだ。


 ーー二十年以上も前になるが、マンション最上階から落下して死亡した臼井圭子。最近の幽霊騒動で彼女と対面した際に「私は殺された」と藤巻に告白し自殺を否定した。

 それならば、彼女の名誉を回復する意味でもと彼女を殺した真犯人を探していた藤巻は、臼井圭子の希薄な人物相関図の中で、ブラックボックスとも言うべき謎の人物を前に、調査が中断して暗礁に乗り上げていた。

 それが、スナック「みすず」のママ、行方不明になっていた牧野チエ本人なのだ。


『県警は当初、ホームレスの自然死だと見ていたんですが、司法解剖の結果、縊死 (首吊り死)の可能性が出て来たにも関わらず、土蔵内にロープが無かったり、梁などにロープを巻き付けた痕跡が無い事から、他殺の可能性も鑑みて捜査を始めるそうです』


 (地獄放送局事件で、浩太郎君が証言していたのは、この光景だったのか)


 自殺した女性が実は、自殺ではなく他殺だった

 その女性の無念を晴らそうと調査を開始すると、関係者まで不自然な形で死んでいた

 警察は牧野チエの死については調べるだろう、だが臼井圭子の死までは追えないし、その裏に広がる闇に辿り着けはしない!


 藤巻博昭が探偵事務所の代表を降り、いち調査員として全てを白日の下に晒そうと決意した、これがきっかけであったのだ。


「経営しなくて良いなら、お気楽社員道一直線じゃないですか。藤巻さん、頑張らないとダメですよ」

「ウチは弱小ですから頑張ってますよう。どこかの誰かさんみたいに三足のワラジ履いてなんかないですよう」

「三足? 二足のワラジなら分かりますが、三足って何ですか? 」

「一つは学生さん、もう一つは喫茶店のアルバイト、謎のもう一つは怪しい怪しいマンガ家さん……かな? 」


 奈津子以外知らないはずなのに、何でこの人は私が同人誌を作っている事を知っているのかと、美央は頭の先から耳たぶから、身体中のありとあらゆる末端まで真っ赤に染めて湯気を放ち、ぐぬう……何故それを知っていると藤巻に詰め寄る。


「あはは、簡単な推理だよ。まず美央ちゃんは年相応の流行・おしゃれに興味は無いし無頓着。これで大きな世代グループから外れた。そしてバイトしてても常に金欠、車に興味も無い事から、何かに投資している。サブカルチャーの話題には敏感で、たまに爪の間に黒インクが残ってる。だから怪しいマンガでも描いて自費出版でもしてるんじゃないかと言う結論に結び付く? そうだね、ジャンル的には……」


 ぎゃあああ! やめろ藤巻それ以上は言うな、みなまで言うな! と、美央が半狂乱になって発言を制止する事は無かった。ボックスシート奥に座っていた都住夏織と都住姫子が会計を済ませようとレジの前にやって来たからだ。


「お会計をお願いします」

「あ、はい! 毎度ありがとうございます! 」


 秘密がバレそうになった美央は脱兎のごとくレジ前に移動し、藤巻との会話を強制的に打ち切って難を逃れた。


「ブレンドコーヒーとクリームソーダ、チョコレートパフェで……」


 財布を取り出した夏織の傍に立つ姫子は、喫茶店デビューとその内容に大満足の笑顔で美央を見詰めている。


 やがて清算も終わり、美央の爽やかな挨拶が退店して行く夏織と姫子の背中にかかるのだが、最後にマスターの「ありがとうございました」の挨拶が投げかけられると、二人は一瞬だけ足を止めて、チラリとマスターに視線を向けながら会釈する。その時の二人の表情は何か複雑な表情をしており、喉に魚の小骨が刺さったような、とてもじゃないが大満足とは言えない表情であった。


「……おば様」

「夏織お姉さんでしょ、姫ちゃん」


 コーヒータイムから出て、歩道を歩き始めた二人。せっかくの甘味なひとときを過ごしたと言うのに、何やら二人とも浮かない表情だ。


「あのおじさん……もしかして」

「言いたい事は分かるけど、ダメよ姫ちゃん。運命なのよ」

「でも、でも、せっかくの良いお店なのに」

「気持ちは分かるけど、力持つ一族だからこそ公平にしなきゃいけないの。他人の運命を変えちゃダメ」


 一体誰に対して、何についての会話を重ねているのかは分からないのだが、沈鬱な二人の表情は口を開くまでもなく「残念だ」と語っていた。




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