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65 真夏のホラー



 長野市北部の巨大な団地群を東西南北に四分割する主要幹線道路の脇には、様々な郊外型店舗がひしめき合っている。


 大型書店、コンビニ、回転寿司、スーパー、カラオケ、釣具屋、百円ショップ、エトセトラエトセトラ……。

 もちろん、これらの中に地元密着型個人経営の喫茶店『コーヒータイム』もあるのだが、既に夜も更けて来たこの時間にコーヒータイムの看板に灯りはついておらず、街は若者の時間となっていた。


 その郊外型店舗が並ぶ一角にファミリーレストランがあり、週末の深夜は若者たちや恋人たちが他愛もない会話で賑やかに盛り上がっている中、とあるボックスシートに詰めている三人の男女だけが何故だか盛り上がっていない。いや、盛り上がっていないどころか、むしろ深刻そうな表情のまま小声でやり取りする姿は、見る者によっては犯罪の香りのような良からぬ相談をしているようにも見えた。


 酸味のあるトマトソースと濃厚チーズが溶けたイタリアンハンバーグ、ピッツァマルゲリータ、欲張りなミックスグリル、カルボナーラやミートソース、山盛りのポテトフライ、これらを目の前に賑やかな歓談が行われている中で、男一人と女性二人のボックスシートでは、ドリンクバーのコーヒーカップが三つあるだけのささやか過ぎる注文内容……

 その三人とは、星城女子大学に通う江森美央と、星城女子大学短期学部・看護コースを履修する一年生、深沢美咲。そして彼女たちの対面に座るのは藤巻博昭……美央から急な呼び出しを受けた藤巻が、深沢美咲の相談を受けている図式であったのだ。


 『旧友の友人が自殺した』


 閉店間近のコーヒータイムに突如現れた深沢美咲はそう言って先輩の美央に相談を持ちかけた。

 学部も学科も違う二人はもちろん面識など無く、いきなり面食らった美央は、何故自分を頼るのか? から説明を受ける必然性があったのだが、結局のところ「さいですか」と納得した。


 ーースティグマータ事件の生き残りの一人、江森美央には心霊探偵と言う強力な後ろ盾があるーー


 ……どこが噂の出所なのかさっぱり分からないが、スティグマータ事件の最中に自分と奈津子以外の怯えている人たちにも接触した事は確か。案外噂話の犯人が奈津子なら、どうしてくれるんだ何かおごれと詰め寄る事も出来るのだけどなあと思案しつつ、美央は美咲の切り出した本題に耳を傾ける。


 美咲の話によると、先月の終わりに高校時代の仲良し四人が集まってドライブに出かけたとの事。

 ただ目的も無く車を転がしても退屈なだけだし、出掛けた先で花火をやって大騒ぎするほどのパーティピーポーでも無いし、下手に峠を転がしていればムキになって追いかけて来る狂犬みたいな車もある事から、地図のマップで探して珍しい場所に行ってみようと車を走らせたのだそうだ。


 場所は長野市の西側を囲む山々の中で際立って目立つ戸隠地区。それも、戸隠神社や蕎麦屋が並ぶ観光エリアとは全く別の集落。

 色んなテレビ局で放送している人気コンテンツ、山奥にぽつんとある一軒家を目指して深夜のドライブに出掛けたのだが、たどり着いた家は既に廃墟で、幽霊の集団を目撃したどころか死体も発見して警察沙汰になってしまったのだとか。


 現場検証と事情聴取に四人は応じて、その晩は無事帰宅したそうなのだが、これからがその相談の本題。その後四人の仲間のうち一人が投身自殺、そしてもう一人が“今日”首吊り自殺の直後を親が発見し、緊急入院したそうなのだ。


 『何かに呪われたのではないかと思うと、気が気じゃなくて夜も眠れません! 』


 泣きそうな顔で詰め寄る美咲を見て、実際に死者が出ているなら事は重大だと判断した美央は、コーヒータイム終業に合わせて藤巻と連絡を取ったのである。


 ファミリーレストランの店内、一角だけ重苦しい空気が漂うボックスシートで、美咲から一連の説明を聞き終えた藤巻は、自分の頭の中で反芻を始める。

 身にかかる不幸を拭い、助かりたいと願う美咲の説明の中から、事象の原因が何で、対応策はどう構築するのかと組み立てているのだ。


「深沢さん、これからいくつか質問するけど良いかな? 」

「は、はい」

「君たちが発見した死体についてなんだけど、身元不明のホームレスと言う事で間違いないね? 」

「はい。死体の周りに荷物が散乱していたので、農作物やゴミ野菜を狙う田舎回りのホームレスだと警察の方が」

「ふむ、なるほどね」


 ーーさすがに死因や遺留物などの細かい話は一般人には教えないか。デカ松さんにお願いして県警から聞き出してもらうかーー


「それと君たちが見た幽霊の集団と言うのは、廃墟の中を探検してる時に現れたんじゃなくて、車に乗って逃げようとしたら現れたんだね? 」

「……そうです。」

「元々家自体が因縁に包まれていたなら、君たちが入って来るのを拒むだろうから、廃墟に入った時点で異変は起こるよね」

「そう言われれば……。確かに母屋では何もなくて、土蔵で死体を発見した後ですね」

「何かのスイッチが入った。触れてはいけないものに触れたのか、はたまた踏み入れてはいけなかったのか」

「あれ? 藤巻さんって……スゴ腕の心霊探偵さん……なんじゃ? 」


 冷めたコーヒーを口に含んだ途端にこのセリフ。藤巻は「ごぶっ! 」と吹き出し鼻からコーヒーを垂らしてケンケンと咳込み始めた。

 すると本人が望まない噂話が広まってしまった事を申し訳なく思ったのか、美央が慌ててハンカチを差し出した。


「うん! ……深沢さん、良いかい? 俺はね、霊感なんてまるっきり無いし、霊能力なんてのも持ち合わせていない、ただの探偵なのよ」

「あ、はい……」


 “藤巻がヘソを曲げ始めた!? ”


 そう感じた美央は慌てて両者に割って入り、この探偵さんは霊感でトラブルを解決する能力者ではなくて、視野の広さと多面的な考察で事象を丸裸にしてしまう頭脳派の人だと説明する。

 その頭脳派と言うのがちょっとだけ心地良く響いたのか、藤巻は脱線をこらえる自分を褒めているようなちょっと自慢げな顔で、再び話の本筋を進め始めた。


「自殺した野口遼君、そして今日未遂に終わった加奈井仁美さん。二人について異変を感じる事はあったかな? 」

「当日みんなは別れるまで普通でした。その後はあまり連絡を取らないまま、三日後に溝口君から野口君が自殺したと連絡が来て、今日また溝口君から仁美が自殺未遂起こしたと……」

「三日、三日の感覚で異変が起きるのか」


 眉間に皺を寄せたまま、美央に視線を向ける。

 彼女も彼女なりに今の話に考察の翼を羽ばたかせているようだが、主役は藤巻であると言う線引きをしっかり引いているのか、無言のまま藤巻の発言を待っている。


「深沢さん、話を総合した上でざっくり言うよ。君たちは何か不幸が起きるスイッチを入れてしまった、そして不幸は動き出して、三日に一人のペースで君たちに不幸をもたらしている。そうだね? 」

「藤巻さんの言う通りです」

「そしてその原因が何なのかまではまだ掴めてはいない。君から聞いた話で考察してもまだ正直情報量が足りない」


 ーー家に因縁があるのか、家に何かが棲んでいたのか。それともさっきの話にある土蔵が因縁の中心なのか、呪いなのか、霊の恨みなのかーー


「いずれにしても、ちょっとだけ俺に時間をくれ。次の不幸まであと三日……それまでに解決出来るならそれに越した事はない」

「はい、よろしくお願いします! 」


 美咲は今にも泣き出しそうなくしゃくしゃな顔をしながら藤巻に頭を下げた。まさに懇願と言う類のもので、場所が場所なら土下座する覚悟を秘めた願いだった。



「……それだけ切羽詰まっている、それだけ彼女が煮詰まっていると言う証拠だろうね」

「私も……あんな感じだったのかなと思うと、他人事には思えません」


 ーー自分がそうであったように、深沢さんも恐怖に打ち震えている。彼女も蜘蛛の糸が垂れて来る事を心から願っているーー


「何とかしてあげたいです」

「ああ、何とかするさ」


 成功報酬としてギャラが払われる訳ではない。むしろギャラを受け取ってしまうと、ビジネスとして成立してしまい、いよいよ心霊探偵として人々に認知されてしまう。

 いっぱしの探偵を気取っているからそれは嫌だが、だがあの子は助けてやりたいな……


 帰り道の途中、美央から距離を取り、ポケットからマルボロメンソールを取り出してくわえ、ちょっとごめんよとガードレールに腰を下ろして火を付けた。


 明日の夜だな。やはり同じ条件で現地を確認してみる必要性がある。先に母屋を探索し、その次に土蔵を除いてみて……


「……うん? 」


 ハッカの強烈な清涼感で頭の中をシャキッとさせながら、どう立ち回れば三日以内に展開が見えてくるかと呟いていると、タバコの煙が届かないちょっと離れた場所で藤巻を待つ美央の表情が怪しい事に気付く。自然に上がる口角を抑えようと、口元をもごもごもごもごと動かしているのだ。


「美央ちゃん、どうしたの? 何ニヤニヤしてんの? 」


 さすがに自分自身でもニヤニヤしている事を自覚していたのか、藤巻の問い掛けをそんな事無いですよと真っ向否定しない美央。微かにデレが見え隠れする表情のまま手をパタパタと忙しそうに振る。


「い、いや、だって……深沢さんも面白い事言うなあって思いまして。いやだもう、あははは! 」


 とりあえず相談が終わり、解散しようとした際の事なのだが、深沢美咲は怖くて移動出来ないから親に迎えに来てもらうから店に残ると主張し、退店するなら藤巻と美央でどうぞと言い出したのだ。

 深夜なので親に迎えに来て貰って、親と帰宅する事ほど安全な状況は無いのだが、気遣う藤巻と美央に遠慮するように言い放った美咲の一言が、どうやら美央にとって右から左へ聞き流せない一言であったらしい。


『それに、今日は週末だし、お二方の邪魔をしちゃいけないと思いまして……』


「にひひひ、側から見ると私たちってそう言う関係に見えるんですかね? 」

「な、何だ? 美央ちゃん何を浮かれてる? そう言う関係って何だ? 」


 何やら背中に悪寒を感じる事態。

 ちょっと良く分からないんだけど、この()何でこんなにニヤニヤしながら身体をくねくねさせてるの? と、この場からどう逃げ出そうかと周囲を見回すと……


「ひいっ! 」


 小さな悲鳴を突如上げた藤巻の視線の先。電柱に付けられた街灯の灯りの下に何と、愛犬のパグを連れた池田祥子の姿が見えるではないか。


「あっ、祥子さんこんばんは! 」

「しょ、祥子さん……こんな時間にどうしたのよ? 」


 見つかってしまったと言う、口元の苦々しい表情を噛み殺しながら、祥子は慌てたようにこう言う……あっ、ちょっとジャガーの散歩に出ようと思って、偶然ね。


 ーーこのシチュエーション、下手なホラー映画よりも怖いんだけどーー


 美央の豹変と祥子の出現、なかなかに真夏のホラーを体験しながら、いよいよ藤巻の闘いが始まったのだ。





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