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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ スティグマータ(聖痕)事件編
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06 探偵 藤巻博昭





 週末の金曜土曜の夜ならば、若者や恋人たちが眠らぬ夜を満喫するのであろうが、日付けが変わった月曜日であるならば、田舎の夜は完全に闇の中で静寂に包まれている。しかし、今晩はいささか趣向が違う。

 低気圧本体がいよいよ本州に上陸し、標高の高い山々に囲まれ台風すら逃げて通る“鉄壁の長野県”も、昼からしとしとと雨が降り続くぐずついた天気へと変わり、屋根に当たる雨粒や軒をチョロチョロと流れる水が“週明け”を賑やかに彩っていた。


 小雨が降りしきる午前二時頃の若槻台公園。

 不審者の出没を警戒してか、利用者もいないのに一晩中街灯が輝くこの公園で、今宵は何故か一人の男性がくしゃくしゃのビニール傘をさして立っている。


 スーツ姿にネクタイを緩めたその男は、ポケットにずっと入れたまま手をつけていなかったマルボロメンソールを取り出し、禁煙の誓いを破ろうと開封済みの箱の蓋を開けて一本口元に。一息吸って湿気っていない事を確認すると改めてライターで火をつけて、紫煙をゆっくりと肺に入れて目を細めた。


 男の名は藤巻博昭、美央から「ヘッポコ探偵」と影でからかわれる不倫調査を主業務とする暴き屋であり、美央がアルバイトしている喫茶店「コーヒータイム」の常連そして、美央とは言葉遊びで時間を潰す間柄だったのだが今は違う。


 日付けが変わる前の日曜日、夕暮れ時のコーヒータイムで相変わらずウイスキー片手にカウンターを陣取る藤巻に一本の電話が入る。

 マスターが固定電話を取り二言三言話し終えると、怪訝な表情そのままに「藤巻さん、美央ちゃんからだよ」と、藤巻に受話器を回したのである。


 不審に思いながら受話器を耳に当てると、今にも泣き出しそうに酷く怯えた美央の声が、藤巻さん助けてと乞う声が、藤巻の胸を締め付ける。


『頑張って調べて考察して……そしたら当たりだったの。私と奈津子で見ちゃった』


 藤巻は酷く後悔した。

 安い小説にでも出て来そうな怪奇現象と心霊バスターズ程度の話だろうと勝手に解釈し、美央が真実にたどり着く近道を気軽に教えてしまったのだ。

 ノリノリで相談を受け、ノリノリで考察の技法を教えなければ、彼女とその友人はまだ年相応の明るい女子大生でいられたはずなのに、今となっては“死のカウントダウン”に抗う事も出来ずに、怯えながら最後を待つしかないのである。


 二人目、三人目のスティグマータ体験者も、日曜日の午前中に死亡が確認されたと言う事なら、共通する事実としては【スティグマータ現象から五日目で死亡】。つまり美央も友人も、残すところ後四日で不幸な結果に陥ると予測されるならばと、藤巻は立ち上がったのだ。破滅の道を示してしまった責任を取る積もりなのである。


 ーー昨晩、美央たちが取った行動の詳細を聞き出し、若槻台公園をスタートとして同じ行動を取る。


 藤巻は注意深く周囲を見回しながら、ゆっくりと足を進め始める。


 考察の参考にと、コーヒータイムの本棚の隅に置かれた公民館の自費出版物である「北長野の歴史」に目を通し、閉店帰宅後はネットを通じて史跡から神社からこの土地や近隣に関連ありそうな情報に、片っ端から目を通した。


 柊館から北西の方角、直線距離で約2キロメートルの場所……長野市境北限の山「三登山」の中腹に蚊里田(かりた)神社がある。「誉田別尊・ほむたわけのみこと」つまり応神天皇を祀る由緒ある神社で、怪奇現象や心霊現象など聞いた事が無い。

 また、その三登山の西側中腹には石灰岩が剥き出しになった場所があり、古くから「白岩・しろいわ」と言う名の霊場として修験者が利用していたと伝え聞くが、修験道と言う宗教的な話が伝えられるだけで怪奇現象や目撃談など聞いた事も無い。

 あと因縁がありそうだと思えるのも、長野北病院が古くは傷痍軍人病院だったと言うだけで、伝え聞くようなものは一切無い。

 そして、長野北病院が謎の影の目的地であると言う見解に対して真っ向から否定出来る要素が、今まさに現場の近くにいる藤巻の脳裏に閃く。


 西北西から東北東に移動して行ったとされる影を、一人目の犠牲者、二人目、三人目、そして美央と友人の目撃ポイントの位置を確認すると、南北に渡って大きな幅がある事が分かったのだ。

 一人目から三人目までは、上空から見るとアルファベットのLに見える、柊館の一番北側。

 美央と友人は、その柊館の南側に面する道路を東に数十メートル進んだところ。


「謎の影は、進行方向が定まっていない……? つまりは目的地が無いと言う事か。これだけブレ幅が大きいと言うのは、発生源が以外と近くにあり、放射上に動いている……?」


 小雨の中を考えながら歩き続け、いつの間にか星城女子大学の正門までたどり着いた藤巻、とって返す様に西に向かってせかせかと歩き出す。


 ーー柊館の西側には何があった?


 ーーまだ開発されてない森がそのままあっただけ


 ーーその森の西側には?


 ーー住宅地が始まってる


 ーー何か無いのか、因縁がありそうなものは!


 一つとして見逃す事が無い様にと、柊館の前を西に歩く藤巻は、次々と変わる視点の先から代わる代わる湯気が出るほどの熱量を持って見詰めている。まさにしらみつぶしと言うやつだ。


 やがて、柊館の西側にある森の一箇所に、人によって作られた道を見つける。軽トラックのタイヤの跡が何本も見受けられる事から、この丘の所有者……地権者の作業道かなと認識した瞬間、藤巻は「何か」と目が合って身体をビクリと震わせる。


 見たのだ


 ちょうどそれが動き出そうとする所を、ばったり出くわしてしまったのだ。


 本来ならば、自分は六人目の犠牲者になるのかも知れないと恐れおののき、男であっても悲鳴の一つも叫ぶ様な戦慄の光景なのだが、この時の藤巻は意外な感情に支配され、恐怖を微塵たりとも身体から発する事は無かった。


 ……何故なら藤巻は、激怒したのだから


「何がスティグマータだ、何が神の顕現だ! まるっきり話が違うじゃねえかバカヤローッ! 」


 藤巻が遭遇したのは、聖人でも天使でも聖母マリアでもなかった。

 彼の前に立っているのは、ほどいた長い黒髪をバサバサに揺らし、薄手の白い着物……死に装束を着た真っ青な肌の女性。

 頭には鉄輪を被り三本のロウソクを立て、右手には金槌、左手には何と藁人形を持った、丑の刻参りの女性であったのだ。


「ふざけんな、ふざけんじゃねえぞ! 勝手にやってろバカヤロウ! 」


 スティグマータ騒ぎと、この呪いの藁人形、どこでどう話が変わって行ったのか、藤巻は瞬時に理解した。

 丑の刻参りは他人に見られてはいけない……だから見たなと言ってお前は復讐を始めたのかと。

 そしてスティグマータ、お前のその左手に持つ藁人形……頭と両手と両足に小さな釘が刺さってる。ご丁寧になぶり殺しにしといて最後に五寸釘で心臓へトドメか……と。


 藤巻の前に立つ丑の刻参りの女性は藤巻の罵声を浴びても、陰気な表情を何一つ変えなかったのだが、藤巻が理解した途端に、「……見たな……」と一言そえながらおぞましい笑みを口元にたたえ、そのままその場で消えてしまった。


「こりゃあ予想外だったな……ちょっとヤベエか」


 額から垂れて来た血が左目に入り、景色が赤く見え始めるのだが、拭う事よりも先にやる事があると……上着のポケットからマルボロメンソールを取り出して、本日二本目のタバコを吸い始める。

 どうやらタバコは、彼にとって熟考する為の促進剤のようでもある。


「ここがお前の本拠地か、昼間になったら徹底的に調べ上げてお前を暴いてやるから……覚悟しとけよ」


 実際の呪物を見付ける事が出来れば、そしてお焚き上げで浄化しちまえば……まだ人間様のターンでいられるかな?

 さてそれはそれとして、汚れても良い服あったよな。……前の会社の作業服あれば都合良いけど。


 そうぶつぶつと呟きながら身を翻し、帰路に着く藤巻。

 どことなく緊張感の無い飄々とした風体ではあるが、このカタカナで呼ばれていた事件が、実はベッタベタの和風な事件であった事を暴いた立役者である。


「美央ちゃん、ふわとろオムライスやふわとろ親子丼なんて、火力をケチった鼻水みたいな食べ物じゃないかってまた言ったら、……ドン引きしてくれるかな? 」


 まるで負けると言うカードを持ち合わせていない、なかなか胆力を持ち合わせた探偵であった。



   スティグマータ --終わり




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