50 オフレコ ケース2
「皆さんこんばんは、いけモンチャンネルのいけちゃんです! 」
「皆さんこんばんは、いけモンチャンネルのモンちゃんでございまする! 」
「さあ、やって来ました、いけモンチャンネル全国心霊探訪シリーズ長野編、今回で三回目となりますが、今日は廃村に来ております! 」
いけちゃんの司会進行で始まった動画、二人だけにスポットの当たるようなピンポイントの照明ではなく、今回は視聴者にもその周囲が見渡せるような広範囲の強い光が当たっている。
その映像から見てとれる範囲で察すれば、幅が狭くて乗用車が一台やっと通れるようなコンクリート舗装の道で、緩やかな上り坂が二人の背後に垣間見えた。
そして画面中央の二人から向かって右側にはまだところどころ残雪の残る急峻な法面が見えて、左側は全くの暗闇。つまりは、かなりの山奥でロケが行われている事が伺え、この農道とも言って良い道には一切の街灯の灯りが見当たらない事から、人里離れたまるで生活臭の無い場所でロケが行われているのだと理解出来た。
「今日はと言うか、今宵は長野市の北東に位置している飯山市に来ております」
「北陸新幹線の駅があって、スキーで有名な野沢温泉村の玄関口になっている市ですね」
「おっ、モンちゃん台本通りの解説ありがとうございます。カメラさん、ちょっと谷側にカメラを回してください。あの下の方にポツポツ輝いているのが、飯山の街の灯り。つまり我々は飯山市を囲む山々の一つに来ているのです」
ーー原田知世主演の映画「私をスキーに連れてって」でバブル期にスキーがブームとなりました。その時期はこの飯山市も空前絶後の好景気に湧いたそうなのですが、バブル崩壊後は廃れに廃れ、今では人口二万人を切る寸前にまで落ち込み、高齢化地区と限界集落だらけの寂しい市となってしまいましたーー
しかし近年ではインバウンド効果も確認され、日本を訪れる外国人に対して、どう展開すれば良いのかが模索されている事を註釈として付け加え、いけモンの二人はフリートークへと移行した。
「閉鎖されたスキー場や潰れたペンションもそのままで、寂しい感じはするよね」
「新幹線が止まるんだから、企業とか誘致すれば良いんじゃね? 」
「おっ、モンちゃん鋭い意見だね。アニメ会社とか呼んでも良いかも知れないよね」
「いやいや、アニメ会社はブラックが多いらしいからねえ、経済効果的にどうなのよって感じするよ」
動画冒頭に行われる説明からのフリートークも終わり、いよいよここは一体どこなのかと言う説明に入り、先が気になり焦れ始めていた視聴者に対し、安堵と予備知識としての恐怖を刷り込み始めた。
「ここはですね、昭和後期まで人が住んでいた郷津と言う集落です。廃村と言うか廃集落ですね」
「飯山市街から結構山奥へ来てますよ」
「こういう細い道が延々と続いていたから途中で心細くなりましたが、何とかたどり着きました。視聴者情報をくれたマリアンぬさんありがとうございます」
「マリアンぬさん、ありがとうございまんぬ」
ーーマリアンぬさんからの情報によりますと、この郷津集落には八世帯の家があり、古くから農業を営んでいたそうです。民家ほどの大きさですが立派な分校もあって、教師も常駐していたのですが、平成を待たずして集落全ての人が街に降りてしまい、この郷津集落は廃集落となりました。何故人々がこの田舎を捨てたのかには、訳があるんですーー
いけちゃんこと小池亮平が、手にした一枚の紙切れを読み続けながら、さあ集落の中心に移動しましょうとモンちゃんに声をかけて、画面に背を向けて坂道を登り始める。
いけちゃんが手にする紙切れには動画視聴者からの投稿がそこに書き連ねてあるのだろうが、機械的に淡々と読み上げる調子のそれは、かえって見る者の不安を掻き立てており、小池の意図的な演出なのかも知れないが、見事にハマっていた。
ーー郷津集落八世帯の一つに、とある母子家庭の家がありました。夫を早くに亡くした妻が夫の農業を引き継ぎながら、女手一つで一人息子を育てていたらしいのですが、その一人息子がどうやら成人になる目前で精神を病んでしまい閉じこもってしまったらしいのですーー
二人は郷津集落の中心にたどり着く。
道は相変わらず古びてあちこちに亀裂の入った、コンクリート製の細い道なのだが、二十五メートルプールほどの開けた空き地に、分校兼公会堂の小さな木造の建物が見える。
道から懐中電灯でそれを照らすと、雪の重みに耐えられなかったのか屋根はひしゃげて柱がむき出しになっており、長年放置して来た結果が時間の流れを感じさせた。
「この先の道なり二軒目の家だよね」
モンちゃんが指を指して、進むべき方向を画面にアピールする中、再びいけちゃんが「いわく付き」の理由をナレーションし始める。
周囲には未だ残雪が膝の高さほどに積もり、よく晴れた月明かりが反射するのか、真夜中ではあるのだが夜目が効くならば林の奥まで視線が通り、真っ暗闇の恐怖と言う絶対的な不安を払拭しているのが幸いなこの状況。早春の山奥に白い息を吐きながらも幾ばくかの安心感を抱いて二人は歩いて行く。
ーーその息子は母親や周囲の人々に対して暴力的な振る舞いはしないものの、夜中に突然奇声を上げたり、昼間はじっと自分の部屋の窓から道行く人を睨み続けたりと、奇行が目立てば目立つほどに、その家と周囲の家々の関係は疎遠になって行ったそうだーー
「そんなある日の朝、集落の人々が目を覚まして農作業に出かける準備をしていると、どこからともなく叫び声が聞こえて来るではないか」
「いけちゃん怖え、怖えよう……」
「どうやらその叫び声は母子家庭家族のお隣さんの旦那らしく、家の家族に向かってやれ救急車を呼べだの警察を呼べだのと大騒ぎ。聞き付けた集落の男たちが集まってみると、老いた母親が庭の柿の木で首を吊っていたのです」
「ここ、ここ! この家だそうです。まさにこの家! 」
モンちゃんといけちゃんが互いに離れて画面中央に空間を作るーーカメラがズームして家の全景を撮れるようにとの配慮だ。
ーー多分、あの玄関脇に立つ木が、母親が首を吊った柿の木なのだと思います。そして古びた家は今は朽ち果ててはいますが、精神を病んでいたその息子は、自分の部屋でメッタ刺しになった遺体で発見されたそうです。母親の遺書は無く動機は掴めないものの、被疑者死亡のまま殺人事件として立件されるも、落とし所の無いこの事件は完全に風化してしまいましたーー
「マリアンぬさんからの情報で、何故ここが地元最恐スポットだと言われるのか、理由が書かれています」
「いけちゃん帰ろうよ、俺もうマジ無理だよ。前回の廃ラブホよりガチで怖えよ」
「肝試しや怖いもの見たさで足を運ぶと、非常に高い確率で見たり聞いたりしちゃうんだそうです」
「見たり? 聞いたり? 」
この辺のモンちゃんの返しは合いの手である。知っているのだが知らないフリをして質問し、進行役がそれをきっかけに新たな情報を提示するような流れ……撮影兼構成作家吉川が加入した結果、このいけモンチャンネルは素人動画チャンネルの域から、テレビ番組コンテンツとしても遜色のないクオリティに昇華した事が伺える。
「まず、高い確率で柿の木に吊り下がった黒い影が見えるそうです」
「ひいいっ! 」
「そして、やはり高い確率で奇声を上げる男の声が聞こえるそうです」
「ヤダ、ヤダよもう帰ろうよ」
彼らのポリシーで、廃墟は外から覗いても決して中に入って家探ししないと言うルールがある。いくら廃墟だからと言っても、未だに財産として固定資産税を払っているケースもあり、他人の資産である可能性がある以上は積極的に中に入って「違法」であると指摘されたくないためーーつまりはネット炎上の抑止ルールなのだ。
「高い確率だ」と言う以上はと、そのいわく付きの家の前でカメラを回し続ける一行なのだが、十分以上回し続けても何ら変化が現れない事で「撮れ高」が低い事を認識したのか、再び分校兼公会堂跡地近辺に戻る事を決め、一旦カメラを止めてなだらかな下り道を歩き始めた。
眼下には飯山市街のいかにも人口が少なそうな弱々しい街の灯りが垣間見え、その周囲は暗黒と言っても良いほどの森や林の自然が眠っている。
季節がら虫の鳴き声も動物の鳴き声も聞こえない、シンと静まり返った郷津集落、分校跡地に向かって歩く三人の足取りは不思議に早い。
人間が無意識に抱く様々な恐怖の種類の中で、暗闇の恐怖と、死角……つまり背後の恐怖が彼らの腹の底で危険信号を発しているのか、ゆっくりとした足取りがいつの間にか三人が三人とも競歩のように必死に歩き始めているその時だ。
「ギャアアアアアア、ギャアアアアアア! 」
最後尾の吉川がその叫び声に電気的に反応し、思わずつんのめって盛大に転ぶ。
懐中電灯の明かりが盛大に揺れた事で吉川の転倒に気付いた小池と土門は、聞いているこちらが発狂しそうな恐ろしい悲鳴に腰を抜かしそうになりながらも、振り返って転んだ吉川を二人で抱え上げ、顔面蒼白になりながらもカメラを回そうかどうしようかと、自分の恐怖心と職業気質を天秤にかけている。
「イーッヒッヒッヒッ、イーッヒッヒッヒッ! 」
再び襲い掛かる叫び声。今度は悲鳴ではなく大きな笑い声で、その毒々しさは三人の心を完全に折ってしまったのだ。
「もう限界、逃げるしか無え! 」
「音は拾えるかも知れないから、スイッチを入れたまま逃げよう! 」
吉川はビデオカメラの録画を再開しながら、小池たちに従って下り坂を駆け出す。分校跡地にも寄らずにそのまま道を駆けて、車に飛び乗って逃げ出す一心でだ。
「ギャアアアアアア、ギャアアアアアア! 」
まるでいけモンチャンネルの撮影に訪れた三人組に対して威嚇するかの様な悲鳴は、彼らが車に乗って一目散に逃げ出すまで続いた。
全く人気の無い廃集落であり、飯山市の主要路線上にある集落でも無い行き止まりの山奥。いけモンチャンネルの三人以外に人がいないのは間違いの無い事実である事から、この狂気じみた叫び声は第三者のものであり、仕込みではないのであろうが、不思議な事に録画を再開させたそのカメラの音声に捉える事は出来なかった。
結局、「いけモンチャンネル の全国心霊探訪シリーズ 長野編#3」の内容としては、二人がいわくつきの廃屋にたどり着いてしばしの観察の後に画面は一旦止まる。
再び動画が繋ぐ様に再生された際には場面が急に切り替わり、細い道をひたすら走っているようなブレにブレた荒れた画面の中で、いけちゃんとモンちゃん、そして吉川の三人が「逃げろ、車まで逃げろ! 」「声が近づいてる、追いかけて来てるよ! 」と叫ぶパニック状態の映像が配信された。
三人は無事に車に乗って飯山市街を目指して事なきを得たのだが、何故配信された動画の中で三人が逃げ惑っていたのか説明が無かったため、かえって視聴者たちの好奇心をくすぐってネット掲示板で議論が絶えなくなるような、記録的ヒットの動画となったのである。




