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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ スティグマータ(聖痕)事件編
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05 スティグマータ





 事象は多角的に捉えなければ結論は出ないと、探偵藤巻博昭は言う。


 “良いかい美央ちゃん、事象を真正面で、それこそ真っ直ぐな心で捉えたとする。斜に構えたり自分の願望から事象の形を変える者が多いこの社会で、真っ直ぐ捉える事は素晴らしい事だと思う。だけどもし、真っ直ぐな心で捉えているものが真正面を向いていなかったらどうする? 真正面だと思っていた事象の、実は裏を見ていたとしたらどうする? ”


 抽象的な言い回しで、聞く者によってはひねくれ者の御託程度にしか聞こえないこの言葉は、江森美央の心をなかなかのパーセンテージで共鳴させ、美央のその後の人生訓のランキング上位に喰い込む力を持っていた。


 “どんなに解像度の高いデジタルカメラでも、事象は二次元写真を前に一方向からしか読み取れない。せっかく真っ直ぐな心を持っているならば、3Dプリンターの様にあらゆる方向からスキャニングすれば、より真の全体像が見えて来るものなのさ”


 ほろ酔い加減もいよいよ佳境に入った藤巻は、久しぶりにバイトに復帰した美央のためにと、彼女の不安要素だった話を聞く事を快諾する。終始笑顔に努めていた美央であったのだが、時折見せる物憂げな表情から、何かしらの心配事を抱えていると、藤巻にいとも簡単に見抜かれたのである。


 待ってましたとばかりに喜ぶ訳にはいかなかった。

 まだ輪島依子の超常体験談……スティグマータの体験談程度なら、オカルト話だよ! 聞いて聞いてと美央は自慢げに話したのであろうが、その体験談の本人が亡くなってしまったとあれば、自慢げに話す訳にもいかない。

 更に、これだけで終われば輪島個人の話で済むのだが、学生寮柊館において輪島の個室が片付けられた後に、第二・第三の体験者が現れたとあっては、いくら超常現象好きな美央と奈津子であっても、興味本位で他人には話しづらくなっていたのである。


 だから藤巻には面白おかしく話したくなかったのだ。

 ちゃんと相談事として耳を傾けてもらい、藤巻の切り口で何かしらの光明を得ようと欲し、美央は起きた事聞いた事を主観を一切排除して藤巻に語ったのである。


 ・輪島依子は柊館で就寝中に動く影を見た

 ・その動く影は依子に危害を加えず去り際に「見たな」とだけ話し掛けて来た

 ・その現象後、身体に出血を確認するも痛み無し

 ・出血箇所は頭、両手の甲、両足の甲

 ・同じ講義を受ける友人(講義で知り合ったばかり)がクリスチャンで、それはスティグマータだと指摘される

 ・本人は心配だったのか、どうやら地元の教会に相談に行ったらしい

 ・しかし影目撃から五日後に輪島依子は死亡。不自然な点は見受けられず、急性心不全ではないかと警察が寮母に洩らしていたそうだ

 ・そして昨晩新たな影目撃とスティグマータ現象が二件発生した。一人は柊館の二階で輪島依子の隣室に住んでいた看護学科短期コースの一年生、もう一人は柊館の三階で輪島依子の部屋の丁度上にあたる福祉学科の二年生。二人とも輪島の最後を知っているので酷く怯えている


 ーーふむ、伝聞で構成されてるね。

 と、これらの話を聞いた上での藤巻の感想であり、それ以上の他意は無い。

 伝聞は伝聞として美央ちゃんが足で稼いで確認して行くのだよと勧めた後に、先ずは俺が気になった事を言おう、俺が疑問形で呟く話……その話を美央ちゃんが解消しようと検証作業を行えば、結構多面的な真実に近付くんじゃないかな?と、藤巻は彼自身が気になった項目を疑問形で語り始めた。


「目撃例が三件あって、三件とも証言に必ず出て来るのが“動く影を見た”だね。動く影って言うのは部屋の中をぐるぐる回ってるのかい? 」

「輪島さんの話だと、目の前を通り過ぎて行ったと……」

「それならば話は早い、その影は何処から来て何処へ行くんだろう? 」

「へっ? 影の目的? 」

「あはは、目的があるから影は移動するんだろ? そして目撃者に対して見たなと言うんだろ? 最初から目撃者に用事があるなら、影は枕元に立つんじゃないか? 」

「そ、そうですね……。そう言われれば」

「輪島さんの証言もさることながら、残りの二人の証言も重ね合わせられるなら、影の進行方角が見えて来るじゃないか。それを地図に線引きすれば、土地の因縁とか鬼門に向かってるとか、何か見えて来るんじゃないか?」


 終始こんな調子で藤巻は疑問形で美央の目からウロコをぽろぽろとこぼさせ、その疑問形に対して回答を導こうとすると新たな全体像が見えて来るよと、美央の目からこぼれ落ちるウロコを大量に収穫したのだ。


 影が人目につく場所にわざわざ現れておいて、見たなと言った理由は?

 三人が影を目撃した時間帯に共通性はあるか?共通性があるならば周辺に時間に起因する因果関係があるものはないか?

 スティグマータは神との通信・神との同化で奇跡に分類される現象だと聞く、ならば輪島依子は何故死んだのか? スティグマータ現象だと断言出来るのか?

 他の二人も輪島依子と同じ末路を辿る可能性があるのならば、輪島依子との共通性を探り、共通性をわざと外す事で生き延びる可能性はあるかどうか?

 輪島依子は教会に相談に行ったそうだが、カトリック世界では祝福すべき大ニュースを、何故教会は世界に発信せずに沈黙するのか?


「ね、ね、大したもんでしょ? あのヘッポコ探偵」

「そうね、確かに大したものね。ただ漠然と真相が知りたいと思ってただけだけど、今はどうすれば真相に近付けるのか、方法がしっかり見えてる」


 長野市北部、標高450メートルの“高地”では、四月の夜はまだ寒い。

 星や月がキラキラと輝く夜は、湿度が低くカラッとした寒さが吐く息を白くさせるのだが、低気圧が接近したこの曇天の夜は、冷たい湿気が身体にまとわりついて行動を鈍らせる。外出しようとする者の心を折るのだ。


 だが、この柊館から徒歩五分のところにある若槻台公園に木内奈津子と江森美央はいた。

 時刻は日付けが変わった深夜の二時過ぎ、この公園の駐車場に二台のスクーターを止めて、二人は夜露に濡れていそうな古びたベンチに腰掛けて、“その時”を待っていたのである。


 影の目撃もスティグマータ現象も、直接的な当事者ではないのだが、騒動が起こった当初は興味本位で話を耳にしてしまった事、その話を二人で面白おかしく語り盛り上がってしまった事、そして輪島依子が突然死してしまった事が、彼女たちの心の中に罪悪感としてこびりつき、自分たちに出来る事はないかと背中を押していたのである。


 ここ若槻台公園に赴く前は、この件について二人でじっくりと話し合った。

 明日の心配がいらない週末だと言う要素と、美央が高校時代から奈津子の家に足繁く通っており、奈津子の両親から歓迎されていたのもあって、家族ぐるみの鍋パーティーになってしまったのはご愛嬌だが、食後に奈津子の部屋で詰めた話はなかなかに理論的であり、噂話で喜びはしゃぐ年頃の女子会の様子ではなかったのだ。


 二人目、三人目の体験者から、動く影の進行方向を確認した。

 元々柊館の個室は据え付けのベッドであり、ベランダ側に足を向けて出入り口側に頭が向く。つまり方位的には足側が西南西、頭側が東北東となり、動く影は西南西から東北東に移動していたのだと推察された。

 更に、奈津子の部屋にあるデスクトップのパソコンを立ち上げ、インターネットの地図サイトを広げる。

 そしてどんどんと地図を拡大させて長野市の北部……柊館の建物を画面中心に表示させると、そこを中心として西南西と東北東の方角に何があるのかと目を凝らしたのだ。


 まず西南西……柊館周辺はほとんど森で、それを抜けると田んぼが広がっているだけで、更にスクロールした先には何の変哲も無い住宅地が広げるだけ。

 その住宅地は既に大きな長野市北部団地の一角であり、そこまで行けば小さな神社やため池が点在するのだが、それらと今回の騒動を因果付けしようとすると分厚い住宅地を縦断せねばならず、いささか無理があると判断。

 そして次に柊館の東北東を確認すると、やはり森が邪魔しているのだが、森を抜けた先には自分たちが通う星城女子大学本館があり、その東側には長野北病院があってそこが行き止まり。北部地域の丘陵地帯最外縁の急峻なのり面があり、その先にはガクンと標高の下がった長野市を縦断する、千曲川と豊野平野(新潟県に入ると信濃川)が広がっている。


『ならば、動く影の目的地は星城女子大学本館なのか、それとも長野北病院なのか……』


 星城女子大学には学園七不思議などと言うものは存在しない、ひどく退屈でお気楽な大学である事は知っており、大学が目的地である事は薄いと判断。その先にある長野北病院が怪しいかもと思い始めるのだが、病院イコール心霊ネタの宝庫だと勝手に結び付けてしまった自分たちを恥じる。


「あのヘッポコ探偵にそんな事言ったら、自分たちの願望を結果にすり替えてるって笑われる」


 つまり木内奈津子と江森美央は、もしかしたらそれ以外に要因があるのかも知れない、ネットでは表示されない小さな要因がそこにあるのではと、わざわざ二人で夜更かしし、コンビニでピザまんをカフェラテで胃に流し込んで、気合いを入れて目的地近所の若槻台公園にやって来たのである。


 もう少し雲が厚ければいよいよ大粒の雨が襲って来そうな重苦しい気配、改造バイクにまたがった体格だけ大人に成長した子供たちも違法マフラーで迷惑な自己主張をしない夜、奈津子と美央は懐中電灯片手に柊館へと歩き出す。

 公園駐車場の出入り口を道に出て右に進む事二分、東西に延びるそこそこ広い幹線道路へとぶつかる。その道を西に進めば広い住宅街、東に進めば大学本館と病院がある行き止まりの道だ。

 そのT字路を斜め右に視線をずらすと、騒動の中心である柊館が見える。


「あら、知らなかった。こんなところに道があるのね」

「地権者さんの作業道だね」

「季節的にはまだ根曲がり竹は早いから、ふきっ玉採りか」

「ふきっ玉は天ぷらにしても途中で飽きる、ふき味噌にしてくれるならご飯何杯でもいけるよ」

「相変わらず食欲の権化だね美央は。代謝が落ちてそのまま太ったら、二次元の男しか相手してくれなくなるよ」


 いやいや食べっぷりを褒めてくれる男性は必ず世界のどこかにいるはずだ……と、道路に沿って広がる森を眺め、かしましく会話しながら柊館の前を通過する。

 週末の夜であっても、さすがに寮の個室に明かりが灯っている部屋は無く、寝ている者たちに配慮したのか二人は声のトーンを落とした。


「美央、今思い出した事があるの」

「うん? 何を思い出したの? 」

「長野北病院って、昭和の初め頃からやってる病院なんだけど……」

「なんだけど……? 」

 

 ヒソヒソと顔を近づけて話す奈津子の表情は、意識して平静を保っているのだが、口元には何故か笑いをこらえる緊張が見え隠れする。美央を脅かす気満々なのだ。


「太平洋戦争があった時代は、傷痍軍人病院としてたくさんの兵隊さんの生死を見守ってたって」

「……お、おう」


 長野北病院の前身は、確かに傷痍軍人病院であった。それは事実であり公的な史実でも語られている。

 だからと言って即「出る」と結び付けるのはあまりにも無責任で、先人たちの生きた証や苦悩や苦痛を汚す行為なのだが、今の美央には効いた。

 好奇心や興味があるのと恐怖に耐性があるのは、全く別の話である事を美央が体現したのだ。


「帰ろ、奈津子帰ろう。……私ダメ、兵隊さんのジャンルはガチでダメ」


 奈津子は怖がらせようと意図して提供した話題は、美央にとってまさに外角低めの空振りコース。あっという間に腰砕けとなり、奈津子の腕にがっちりとしがみつくと、駄々っ子よろしく帰る帰るとぐずり始めたのだ。


「まったくもう、ビビりさんか」

「いやいや、これはあんたが悪い。いきなりガチなやつぶつけて来るあんたが悪い」

「せっかくここまで来たのに収穫無しで帰るなんて……」

「とりあえず収穫はキャンセルの方向で。あたしゃもう公園まで引き返す勇気も果てた」


 このチャンスを逃したら迷宮入りしちゃうかも知れないよと、奈津子は美央を諭しながら腕を振りほどこうとすると、背後からふわっと人をひと撫でする程度の風と、何故か「そこにある何か」の気配を感じる。おそらく美央も感じたのか、彼女の身体が一瞬だけピタリと動きを止めた。

 「もしや」「まさか」と本能が騒いだのか、二人は恐る恐ると言う言葉の対極に存在するであろう、「咄嗟」に振り返り、気配の方向を凝視した。


 だが、そこには何も見えず、何も存在していない。単なるアスファルトの道路が住宅街に向かっているだけ。


 だが、美央も奈津子もその気配がした方向に「それ」がいない事は知っていた。理論的に認識していた訳ではなく、視覚情報だけで認知していた。


 ーー二人が時計の逆回りに振り向いた瞬間、動く影が左から右へと移動していたのだーー


 つまりは、二人が見てしまったそれは今、二人の背後へと移動したと言う事。

 それは分かっているのだが、だからと言ってもう一度振り返るだけの勇気を、二人は持ち合わせていない。

 何故なら、見てしまった事でその後に繋がる恐怖を体験したくないからだ。


 (……見たな……)


 だが無情にも声は聞こえた、二人にはっきりと聞こえてしまった。木内奈津子と江森美央は、四人目と五人目の目撃者となってしまったのだ。


 目撃者であっても、体験者でなければまだ間に合うーーそんな希望や期待も無意味に等しかった。

 恐怖で足がすくみ、その場で抱き合いながらガタガタと震える二人の身体に、程なくして出血が見受けられたのだから。




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