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49 オフレコ ケース1



「どうも皆さんこんばんは、いけモンチャンネルのいけちゃんです」

「皆さんこんばんは! いけモンチャンネルのモンちゃんでございまする」

「さあ! 今回から始まるのは長野編と言う事で、さっそく我々は長野市近郊のとあるダムに来ております! 」

「いけちゃん、ヤバイよ……俺もう足が震えてるんだけど」


 いきなり始まったオープニングのやりとり。

 二人のやりとりはもちろん、ユーチューブのいけモンチャンネルで配信されている動画で、生放送ではなく録画配信である。作品は新たな新作動画がアップロードされ、タイトルは「いけモンチャンネル の全国心霊探訪シリーズ 長野編#1」。いよいよこの長野市を中心として、人気ユーチューバーたちがネット動画の配信を始めたのだ。


「さっそくビビりのモンちゃんも腰砕けになっていますが、今晩は記念すべき第一回の配信なので、我々はそれなりに恐〜いところに来ています」


 ハンディカメラのライトに照らされながら画面の中央に立つ二人、周囲や画面奥まで照明の明かりは届いていないものの、照らし出された範囲を見ればそこはコンクリートで敷かれた道が緩やかに弧を描く道。両側は人間の身長ほどの壁がそびえており、まさにダムの上部である事が伺える。


「そりゃあ腰砕けになりますよ、ただのダムじゃなくて……アレなダムなんでしょ? 」


 ヒップホップ風の服装のいけちゃん、そしてドレッドヘアーが目印となるワイルドなモンちゃんの二人、そのワイルドなモンちゃんがいけちゃんの腕にしがみ付き怖がる姿は、もうこの時点で笑いの要素をたっぷりと含んでいる。


 司会役のいけちゃん、盛り上げ役のモンちゃん……今までずっとこのスタイルで活動を続けて来たのか、視聴者が違和感を覚えないような手慣れたトークを駆使し、このダムの概要とその恐怖の内容を説明し始めた。


 ーーこのダムはですね、裾野川ダムと言う名称で、昭和の時代に作られた古いダムです。長野市を縦断して信濃川に合流するとある川の水量調節用のダムなのですが、このダムが実は、自殺の名所として地元でも有名なダムなのです。今は辺りが真っ暗で見えませんが、このダム湖の上流側に川をまたぐ裾野川橋と言う県道を通す大きな橋がありまして、そこでですね……あるんですーー


「と、ととと投身自殺」

「そう、投身自殺が年に何件か発生して、このダムに流れ着くんですよ」

「怖え、怖えよいけちゃん! ここだろ、ここに流れ着くんだろ? 」

「あはは、ビビり過ぎだよモンちゃんは、まだ俺は本当の怖さを話してねえっつーの」


 再び画面に向かって語りかけるように、いけちゃんが口を開く。「勿体ぶってますよ」と視聴者にアピールする、一番の注目ポイントだ。


 ーーこのダムの上部と観覧者用の駐車場はですね、夜中のドライブ中にカップルが良く訪れるデートスポットでもあるのですが、良く晴れた星空の夜に、何度も幽霊が目撃されるんです。カップルが駐車場に車を停めてなかなかに良いムードになっている中で、ふと外の景色に目をやる。もちろん月明かりと星明かりしか無いのではっきりとは見えないのですがーー


「……ダムの上部に人影がズラリと並んでいるんです」

「ダムの上部にって、もしかしてここら辺? 」

「そ、まさしく俺たちがいる場所にズラっと並んでるの」

「ばっ、馬鹿、それを早く言えよ! どうすんだよこんな所来ちゃって! 」


 泣きそうな顔で叫びながら、いよいよいけちゃんの腕にガッチリとしがみついたモンちゃん。両足がガクガクと震えているのが、映像からもバッチリと見てとれる。


「もし映像でそれが撮れれば最高じゃん。さて! 我々はこのまま対岸側にあるダム事務所まで行って、引き返して来たいと思います! 」


 懐中電灯のスイッチを入れて、画面に背中を向ける二人。映像の画面下には「モンちゃんすでにビビり度MAX」とテロップが入っている。


 自分が抱える恐怖があからさまに伝わって来るような足取りで、および腰で身構えた二人はジワリジワリとダム上部の通路を渡りながら事務所を目指す。

 ポツリポツリと等間隔に置かれた古い街路灯は、蛍光灯も何やらくすんでいるのか青緑の寒々とした灯りで地面を照らし、それだけでも歩く者の寂寥感をくすぐって離さない。

 時間は結構な深夜なのか、上流側に渡る裾野川橋にも行き来する車は一台も無く、薄曇りで「もや」のかかるダム周辺では、遅い春が到来した長野よりも標高が高い事もあり、まばらに散った残雪が見る人を余計に寒々とさせていた。


 ーーここで一旦動画が静止状態になり、男の抑揚の無いナレーションが挿入されるーー


『覚悟を決めてダム事務所に向かって歩く二人の後ろ姿。いけちゃんの左側ダム下流部の空間にご注目頂きたい。街路灯に照らされたもやが、女性の顔を形作っているように見えるのだ』


 一度静止した画面が数秒分巻き戻り、その女性の顔が見えると言う瞬間まで再生される。


『お分かりいただけたであろうか。それではスローモーションでもう一度』


 今度はその女性の顔らしき部分だけ切り取って画面一杯に拡大し、スローモーションで再生される。


『大抵の自殺者はダム湖に浮かんでおり、ダム職員に見つけられた後に警察に通報され、家族の元や寺社に渡され供養されるのだが、まれに浮かんで来ない者がいる。裾野川橋には靴が二足綺麗に並べられたまま、行方不明のままになってしまった者……』


 もやで形作られた女性の顔、そう言われればそうかなと思ってしまう程度の代物なのだが、今度は完全にその顔をアップにしたまま画面は静止し、ナレーションは締めの言葉に移った。


『いけモンチャンネルのこの二人に、私はここだよ、早く遺体を見つけておくれと、訴えかけてきたのであろうか』


 この第一回の配信で「何かが見えた」と別ナレーションが入ったのは、後にも先にもこの一箇所だけ。後はダム事務所に到着した後に再び駐車場を目指す二人の恐れおののく姿をクローズアップしながら、駐車場にたどり着き、動画の本編は終了した。



「土門君、小池君、お疲れ様でした」

「いやあああ、疲れたねえ! 吉川さん途中で転びそうだったけど大丈夫だった? 」


 第一回の長野編動画配信から時系列的は遡り、まさにその動画を撮影した直後の裾野川ダム駐車場。

 撮影を終えた演者の小池と土門、そして撮影と構成作家を兼ねる吉川がやり切った充実感に安堵のため息をつきながら撤収を始めた際の事。


 カメラや照明を片付けてレンタカーに乗せ、小池たちは撮影用の衣装から普段着に着替え、三人でレンタカーに乗り一路長野市街地にあるマンスリーマンションへと帰ろうとした時に起きたオフレコ (記録に載せない、非公式)の出来事である。


 いくら幅の広い県道と言っても山の中腹にダムがある事から、蛇の様に左右にうねる道をひたすら街の灯りに向かって下って行くのだが、街灯すら無い真っ暗な夜道で左右は森に囲まれている。別段何がきっかけと言う訳でも無いのだが、心細くなった三人は必要以上にカーステレオのボリュームを上げて音楽を流し、必要以上に大きな声で雑談を繰り返しながら笑っていた。


「小腹がすいたね、帰りに何か食ってこうか」

「この時間なら牛丼かファミレスだね」

「信州味噌のミソラーメンが食べたいです」

「吉川さん味噌の違い分かる? 俺おととい食べたけど分からなかったよ」


 あっはっはっ……と、終始こんな調子なのだが、たまたまこの時一台の車とすれ違う。

 三人を乗せたレンタカーは長野市街地に向かう「上り」、対向車はこの先にある町村に向かう「下り」で、屋根の上に提灯が光っていた事からそれがタクシーである事が伺えた。


「こんな時間にタクシーだ」

「別に珍しくないっしょ」

「こんな時間だからなんでしょうね。遅くまで飲んでればタクシーぐらいしか帰宅手段が無いのでは? 」

「でも予約ランプ点いてたから、誰か客を迎えに行くんじゃ? 」


 やっとすれ違った一台の車に話題が飛ぶと、バックミラー越しにどんどん小さくなっていたタクシーが急停止させたのか、ブレーキランプを真っ赤に輝かせているではないか。


「あれ? タクシー止まったよ」


 止まったとしても、ウチら三人には関係の無い話と、再び意識を前方に移して気楽な帰り旅を始める。

 だが驚いた事に、その急停止したタクシーは勢いよくUターンして、小池たちの乗るレンタカーに向かって猛追して来たのである。


「な、何だ何だ!? 」

「眩しい! 嫌がらせかよ」


 追いかけて来てぴったりと後ろに付いたタクシーは、ライトを何度もハイビームに切り替えてパッシングをし、それだけに飽き足らずクラクションもパンパンパン! と盛大に鳴らし続けたのだ。


 非合法組織の団体員が乗る黒光りする車や、車高の低いヤンチャな車であれば、煽り運転でイタズラされているのだと言う事も分かるが、相手は認可事業のタクシーであり、乱暴な運転で他の車に深刻な嫌がらせをする事などあり得ない。

 止まった方が良いかなと、上ずった声で承認を求めて来た吉川は、小池と土門のそうした方が良いかもと言う弱々しい声に背中を押され、ハザードランプを点灯させながら路肩にゆっくりと停車させた。


 路肩に止めた小池たちのレンタカーに続いて、タクシーも同じくレンタカーの後ろに停車する。これはどう考えても小池たちに用事や目的があって停車したのは間違いなく、ハイビームによるパッシングやクラクション連打を鑑みれば、あまりタクシーの運転手が好意的ではないのだと推察も出来る。


「あの……何か御用でしょうか? 」


 ドアを開けて車外に出て小池たちは、同じくタクシーから降りて来た中年の運転手に恐る恐る訪ねると、運転手からは思いもよらない内容の怒声が返って来た。ーー開口一番怒鳴られたのである。


「君たちは一体、人の命を何だと思ってるんだっ! 」


 いきなり怒鳴られ、そしてその内容が漠然としていたため、小池も土門も吉川も一体何の事やらさっぱり分からずに、ついつい呆けて目をきょとんとさせている。


「週末の楽しいドライブかも知れないが、いくら何でも車の屋根に人を乗せて運転するなど、もってのほかだと思わないのか! 」


 ……はい? ……

 

 いや、屋根の上に人なんか乗せてないし、ウチらは元々三人ですよと、鼻息の荒い運転手にありのままを話すと、そのタクシーの運転手はみるみる顔を青くしながら、何故ここまで猛々しく問い詰めたのかその理由を話し出した。


「すれ違った時に君たちの車の屋根に、若い女性がしがみ付いていた。命に関わる危ない遊びだと思って、引き返して君たちを止めたんだ。止めたんだが……」


 ……互いの車が停車するまで、その女性は屋根にしがみ付いていた、髪の毛を振り乱しながら必死の形相でしがみ付いていたんだ……


 なんとなく、あまりそれについて考えたくないのか、文字通りなんとなく、それが一体何なのか理解出来たタクシーの運転手と小池たち。

 後味の悪い沈鬱な表情のまま、再び車に乗り込んで互いの目的地に車を走らせて行った。





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