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48 かき立てられる不安



「皆さんこんばんは。いけモンチャンネルの、いけちゃんです! 」

「どうも皆さんこんばんは。いけモンチャンネルの、モンちゃんでございまする」


 二人が画面中央で景気良く挨拶を始めるも、そのテンションの高さとは裏腹に、画面のそのほとんどは漆黒の闇が支配している。二人はカメラの照明に照らされてハウリング寸前にまで白く映っているが、背後の闇と彼らの間にぼんやりと映るのは草むらであり、どうやら彼らのいる場所は彼ら以外に人気の無いような自然に囲まれている事が推察出来る。


「先日の事なんですが、当チャンネルにメールをいただきましてですね、先ずはその紹介から始めます」

「はいはい」

「長野県にお住まいのピスタチオさん、ありがとうございます」

「ありがとうごさいま〜す」


 ヒップホップ風のラフな姿のいけちゃんが懐から一枚の紙切れを出して、その内容を読み上げ始める。

 ドレッドヘアーが特徴的ではありながら、人の良さそうなモンちゃんは、いけちゃんが読み上げる内容にいちいち相づちを打って話を盛り上げようとしていた。


 ーーいけちゃん、モンちゃんこんにちわ、「いけモンチャンネルの全国心霊探訪シリーズ」いつも楽しく配信を見ています。東北巡りもやっと終わり次の探訪先を考えているそうなので、私の地元である長野県の北信地方をお勧めしようと思い、メールを送りましたーー


 そのメールの内容によると、北信地方は古くから山岳信仰が浸透、修験道の盛んな土地柄であった。

 長野市……善光寺盆地を囲む山々には霊場や修験道の修行場所が数多く点在し、蕎麦と戸隠流忍者でも有名な旧戸隠村 (現長野市)の西にそびえる戸隠山は、鬼女「紅葉(もみじ)」伝説発祥の山であり、この険しい戸隠山自体も、「天照大神・あまてらすおおみかみ」が天の岩戸に閉じこもった際の岩戸であると言われている。

 また、善光寺盆地を囲む山々の南東角には、日本のピラミッドとも噂される霊山「皆神山・みなかみやま」が鎮座し、太平洋戦争末期に皇族避難先・大本営移設先として巨大地下壕が作られた経緯もある。アニメ世紀末オカルト学園では、皆神山が物語の舞台として登場していた

 つまり、古くから長野市近辺は超自然「スーパーナチュラル」の宝庫であり、いけモン心霊探訪のロケ先としては、シリーズを組めるほどに充実するのではないかと言う提案なのだ。


「ピスタチオさん、情報ありがとうございます。次回の恐怖ロケは、長野県の北信地方からスタートしたいと思います」

「どんな旅になるのか楽しみです。皆さんも楽しみにしててくださいねえ! 」


 二人が手を振りながら画面はズームアウトした後、動画はそこで静止画に変わって終了を告げた。



 コーヒータイムのボックスシートに陣取り、モーニングに舌鼓を打っていた木内奈津子と弟の浩太郎、そして成田礼子の三人組だが、突如来店したユーチューバーに弟の浩太郎が反応した。まるで芸能人と街でばったり出くわしたかの様な驚きようで、ソワソワとまるで落ち着きが無くなったのである。


 奈津子や礼子、もっと言えば藤巻や美央やマスターにしてみれば、さすがに田舎にはいないタイプだがお洒落な若者たちだなあと感想を抱く程度の存在。

 まるで心ここにあらずの浩太郎を不審に思った奈津子が異変を問い質すと、浩太郎はスマートフォンとイヤホンを取り出し、ユーチューブのアプリを起動させて「これを見ろ」と言い出した。


 前述の「いけモンチャンネル」の告知動画は、奈津子と礼子が肩を寄り添って見ていた内容なのだ。


 告知動画を見終わった奈津子と礼子は、隣のボックスシートに座った若者二人組が、どんな世界に身を置く人物たちであるのかどうやら理解したようだ。

 そして理解はしたが自分には……自分たちには興味は無いなと言う微妙な表情を浮かべつつ「う〜ん、なるほどなるほど」とイヤホンとスマートフォンを浩太郎に返す。


「……俺、ちょっと写真撮らせて貰って来る……」


 いくら姉や彼女の反応が鈍くて共感を得られなくても、俺にとっては憧れのユーチューバーだぞとばかりに、浩太郎は囁き声でそう言って静かに席を立ち、隣のボックスシートへと足を進めた。


「すいません、ちょっと宜しいですか? 」


 料理を待ちながら雑談していた二人は、浩太郎を見上げながら「はい? 」と穏やかに反応する。声の質からして迷惑そうな音色は混ざっておらず、見た目とは違って好感の持てる反応だ。


「人違いでしたら申し訳ありません。もしかしていけモンチャンネルの、いけちゃんさんとモンちゃんさんでしょうか? 」


 名前にちゃんが付いて更にさんが付いた滑稽な呼び方ではあるのだが、ネット上に表記する名前やアカウントネームを飛び越えて実名を呼ぶのはマナー違反だと感じた浩太郎の配慮だ。

 そしてその配慮が良い方向に影響したのか、いけちゃんとモンちゃんは満面の笑顔で、そうです我々がいけモンチャンネルの二人ですと丁寧な言葉遣いで答えた。


「俺は木内浩太郎と言います、プライベートの時間に申し訳ありません。その……いけモンチャンネルさんの大ファンで……その……写真を」


 浩太郎の照れながらの言葉とスマートフォンを手にしている事から、何を欲しているかを悟った二人は、そのまま席について浩太郎のフレームに収まろうとはせず、「せっかくだから浩太郎君も入りなよ」と言いながら立ち上がり、浩太郎を挟んで撮影出来るようにとフロアで浩太郎と並んだのだ。


「姉ちゃん頼む! 写真撮ってくれ」


 感激する浩太郎と終始笑顔のいけモンは三人でフレームに入り、見事に浩太郎の良い思い出となった。


 (何だろう? この人たちは芸能人? 有名人? ミュージシャンかな?) といぶかしげにその光景を眺めていた藤巻や美央も、このいけモンチャンネルの二人の物腰の柔らかさと誠意のあるファンサービスを目の当たりにして、なかなかに好青年たちではないかと、人は見た目によらない事を実感していた。


 程なくいけモンの二人にも料理が運ばれ、再び店は焙煎したコーヒーの豊かな香りが漂い、ゆったりとしたジャズが流れる穏やかな異空間に変わる。


 浩太郎のおごりだからと、半ば強引にパフェを頼んだ奈津子と、義理の姉に付き合いなさいとは言っていないものの、別腹だから一緒に食べようよと半ば強引に注文されてしまった礼子が、苺がゴロゴロと乗った贅沢なパフェについつい口元をほころばせていると、何やら隣のボックスで打ち合わせらしき話し合いをしていたいけモンの二人が顔を上げ、浩太郎の名前を呼ぶ。


「木内……浩太郎君だよね。木内君、ちょっと教えて欲しい事があるんだけど」

「あっ、はい! 何でしょうか? 」

「木内君は、この地元の方だよね? 」

「もうちょっと長野市街寄りですが、地元民ではありますよ」

「そっか、地元の人ならちょっと教えて欲しい事があるんだけど」


 いけちゃんがボックスから振り向きながら浩太郎に話し掛けており、モンちゃんは余計な口を出さないようにじっとそのやり取りを見詰めたままなのだが、いけちゃんが教えて欲しいと内容とは、浩太郎のあまりにも身近になってしまった内容であり、言葉を選びながら答えを考えなければならない、そう言うたぐいの質問だったのである。


『木内君、この辺でいわくつきの土地なんてあるかな? 』


 これがその質問だ。

 と言うのも、昨日いけモンの二人が長野入りし、マンスリーマンションを借りて長期ロケを行う事でロケハンーーロケーション・ハンティングを行い始めたのだが、なかなかに動画に乗せられそうなショッキングな場所が無いそうなのだ。

 明日になると撮影及び構成作家の吉川が合流して三人体制で本格始動出来るのだが、ネットで探ればそのほとんどがネタ切れのような古い情報で、なかなかに壁に突き当たっているのだと言う。


「自殺の名所とか、幽霊が出そうな廃墟とか……深夜撮影にうってつけの場所なんか無いだろうか? 」


 いけちゃんから浩太郎に話を振られた際に、店内にいる誰もが振り向くような大きな返事をしてしまった事から、奈津子や礼子だけでなく、美央や藤巻までもがこのやり取りを気にし始め、先のいけちゃんの質問に対して、誰もが思い思いの心当たりをくすぐられてハッとする。


 ーーこの店から北東に車で五分、民地の山林に呪いのワラ人形が打たれていて、昨年に恐怖の事件が起きた


 ーー星城女子大学の講師が、古いアパートで少女の霊に悩まされた


 ーーこの店からちょっと南、浅川の河川敷にあるお地蔵様。そのお地蔵様にすがる動物霊たちがいる


 ーー長野市の西側の団地で、殺されて埋められたとおぼしき女性の無念の声が、電波に紛れて聴こえて来る


 ーー私が去年住んでいた新築の家、そこに首吊り女の幽霊が出た


 ーー駅前のマンションに、殺人犯を教えてくれるお節介焼きの幽霊が出たけど表面的には終息した


 多分この話を持ち出せば彼らは喜ぶのであろう。彼らの撮影ははかどり、センセーショナルなその内容にネットは沸騰するのだろう。

 藤巻たちはそう思ったのだが、誰一人としてそれらの恐怖体験を口にする者はいなかった。


「いやあ、さすがに俺も分からないです」


 質問された浩太郎もそう答えた。

 浩太郎からすれば、一番近しい女性の忌むべき過去であり、それを持ち出して白日の下に晒すと、誰が一番傷付くのかが分かっていたのである。


 そう。自分が住む街を、自分の愛する街を、自分の居場所を、それがいわくつきだとは思いたくないし、外の世界に晒されたくないのだ。


 憧れのユーチューバーを前に舞い上がってしまい、話さなくて良い事を話して彼らに協力する事は、自分の株を一時上げるかも知れない。しかしそれに応じて傷付く者も現れる事は確か。だが浩太郎は沈黙する事で男を上げたのである。

 冷や冷やしながら浩太郎を見詰めていた奈津子たちの安堵の表情が全てを語っていたーー“浩太郎、お前え男だな”と


「さて、俺は帰るよ。お会計お願い」


 柔らかな笑みを口元に浮かべながら、藤巻が立ち上がりレジの前へ。

 すると伝票を持ってレジに立った美央が「お早いお帰りですね」と、ついつい夜営業の感覚で藤巻に質問する。

 すると藤巻はニヤリと笑い、またまた反応するのに面倒くさそうな事を言い出した。


「モーニングはこんなもんだよ。あっ、さては俺をヒマだらけの独身野郎だと思って腹の底で笑ってるね? 」

「そっ、そんな事無いですよ! いつもはもっと店にいるなと思って」

「美央ちゃん、今日は日曜日、休日だよ? 俺は大人の休日を過ごすんだよ? 」

「えっ、えっ? 何か予定があるんですか? 」

「ぶっぶー! 予定なんてありません」


 “あっ、今私の体内で殺意の波動が生まれた!”


 瞬間的にイライラのゲージがマックス状態になり、頭から湯気が沸きそうになる美央だが、その姿を見て“してやったり”と、藤巻はカラカラと笑い出した。


「美央ちゃん、俺はフランス人気質なところがあってね、休みの日に計画は立てないの。休みの日は休むの」


 お釣りを受け取った後、その言葉を最後に店を出て行く藤巻の背中に「ア、ビョントット」と小さく呟いた美央。

 フランス人気質だとか急に言い出した男に向かいフランス語でまた会いましょうと言い返したのだが、それは間違い無く現実に変わる。何故なら今から八時間後に藤巻は夕飯を食べに現れるからだ。


 兎にも角にも、藤巻が店を出て直ぐに、奈津子たちも長野駅に向かうために会計を済ませて店を出るのだが、いけモンチャンネルの二人に挨拶して店を出た浩太郎には気がかりが一つだけあった。


 いけモンの二人がこれからどうしようかと真剣に悩んでいる時に、彼らの口から漏れて来た言葉がつい耳に入って来てしまったのだが、それが腹の底でふつふつと不安をかき立てているのだ。


 ーー仕方ない、裾野川ダムに行ってみるかーー


 遊び半分で行ってはいけない場所、自殺の名所として知られるそれは、高校生の浩太郎が仲間内の雑談であっても軽々しく口に出来ない“最恐”の場所であったのだ。




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