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35 実りと収穫の季節



 江戸から伸びた道がやがて碓氷峠を越えて軽井沢を抜け、長野市の善光寺さんを目指す。そして善光寺さんが終点ではなく、その道は細く長く北へと伸びて、やがて日本海の青々とした海にたどり着く。

 古くから名のある『北国街道(ほっこくかいどう)』がそれで、この田畑だらけのドが付く田舎だった長野市も、この北国街道に沿って開けて来た過去がある。


 この団地の群れが一つになった長野市の北部地域も、昔は北国街道添いに出来た集落を村と呼び、その各村々にはささやかではあるが鎮守様が建てられたーー今現在、長野市の北部団地群のあちこちに点在する神社がこれである。


「僕の地区の神社では夜店が五つも出るんだ」

「いいなあ、私の地区の神社は毎年三つくらいしか出ないよ」

「だったら僕の地区の祭りに来るかい? 」


 子供たちはこうやってあちこちの地区を渡り歩き、秋祭りを心ゆくまで堪能すると、やがて季節は変わり厳しい冬が訪れる。

 長野市としては十一月最終週に『えびす講』の大花火大会があり、これが冬の訪れを知らせる起点となるのだが、長野市の中心部から逸れた各地区・各集落ではやはり、豊穣を祝う秋祭りが一年の締めくくりとも言えよう。


 曇天とまでは言えないまでも、綿菓子の様なちぎれ雲がそよそよと流れて行く秋の夜空。空に散らばった雲々が万華鏡に入れられたビーズの役目を果たすのか、地上に降り注ぐ穏やかな月明かりに様々な表情を与えており、結果好天に恵まれた事で人々が安堵する中で、無事に秋祭りは始まった。


  長野市北部の巨大団地群のとある地区。

 碁盤の目のような道に沿ってびっしりと建てられた戸建て住宅の中に、ぽつんと異彩を放つ小さな小さな林がある。

 乗用車同士がやっとすれ違える様な市街地の街路の電柱や民家に、ぽんぽんと等間隔に「本日今夜」と筆を入れられた行燈(あんどん)がくくりつけられ、柔らかい明りが足元を照らす中、その行燈に誘われる様に先に進むと、その小さな小さな林にたどり着く。

 入り口には近年建て替えられたばかりの、コンクリート製の大きな鳥居がそびえ、たった三十メートルほどしか無い参道の奥に古ぼけた神社の社がそびえていた。


 普段ならば人気の無い凛と静まり返った神社もその林も、一年を通じてこの夜だけは人々の喧騒に溢れている。


「うわっ、ここは結構夜店が並んでるのね」

「私も知らなかったよ。ダメだね、テンション上がって来る! 」


 鳥居をくぐった世界を見て、江森美央と木内奈津子は感嘆の声を上げた。

 長野市の中心部方面に居を構えている美央と奈津子が、何故北部団地群に点在する神社の一つに足を伸ばしたかと言えば、奈津子の弟である浩太郎たっての願いで奈津子が車を出したから。

 ここは成田礼子の実家がある地区であり、一緒に秋祭りに行こうと礼子に誘われ、土下座する勢いで姉の奈津子に車を出して貰ったのである。


「焼きそばにイカ焼きにクジ引き」

「参道挟んで反対側には、たこ焼きにリンゴ飴と金魚すくいか」

「町内会主催だからもっともっとささやかで哀愁漂ってると思ったけど、賑やかじゃない」

「美央、夜店は後で。先にお参りしなきゃダメよ」


 大きな鉄板で焼きそばを豪快に焼き上げるその様と匂いにつられて、美央がフラフラとそれに引き寄せられそうになると、奈津子がそれをたしなめながら本殿を指差す。

 すると奈津子が指差す方向で偶然目に入ったのは、本殿に据えられた大きな賽銭箱の前に立つ若い男女の姿。ーー木内浩太郎と成田礼子が肩を寄せ合いながらお詣りしている光景だ。


「にひひひひ、弟に先を越されましたなあ」

「うん? 先を越されたって何を? 」

「またまたあ、受け入れなきゃダメよ」

「受け入れるも何も、あの子たちはまだ未成年。私はこれからドロドロの恋愛をするのよ、話を聞いてる側が赤面しそうな大人の恋愛を」

「わあお。それで……お相手は? 」

「きいいっ! 今日車乗せて来てあげたんだから美央のおごりね、美央ちゃんのおごりですありがとうございます」

「ちょ、ちょっとお! 」


 大人びているのか幼いのか全く理解に苦しむ会話を重ねながら、参道を歩いて本殿に向かう二人。すると、お詣りを済ませて夜店に向かう浩太郎と礼子にすれ違う。


「姉ちゃん、九時から仕掛け花火やってその後に“引き神輿”が帰って来るらしいよ」

「花火があるの!? 礼子ちゃんそれホント? 」

「はい、仕掛け花火ですがとっても綺麗で、最後は周囲が昼間みたいに明るくなりますよ」


 先に夜店に行ってるよと、先に浩太郎が歩き出、礼子は美央たちに頭を一つ下げて浩太郎の後を追う。そして二人仲良く会話を始めるのだが、互いの呼び方が変わっている事に気付き、奈津子も美央も憧憬の瞳で立ち尽くした。


「先週末は、木内君成田さんだったのに……」

「今はもう、コウ君にレイちゃんとは……」


 浩太郎にしてみれば、一年生の頃から隣の席同士だった一番身近な気になる異性で、礼子にしてみれば修学旅行の際に浩太郎の前に入って隠し撮りすらしてしまう気持ちを持っていた。ーーそれが彼女の部屋に飾ってあったスナップ写真の正体だ

 以前から惹かれ合っていた二人が、心霊現象を体験したと言うイベントを経て心を許す関係となったとしても、不思議では無かったのである。


「甘酸っぱい……私も恋がしたいなあ……」

「奈津子は垢抜けてるから、合コンやれば一発で釣れるんじゃないの? 」

「合コンなんて絶対出ないわい! あたしゃね……仕組まれた出会いじゃなくて、運命的な出会いがしたいのよ」

「わかる〜! あれでしょ? “芋けんぴ、髪についてたよ"でしょ? 」

「美央……今私の両隣にボヤッキーとトンズラーがいたら、やっておしまい! って言う場面よ」

「ぷっ、それ負けフラグだよ」


 ゆるい喧嘩漫才を重ねつつも、二人は本殿の階段を上がり賽銭箱の前に。

 ここでお詣りを終わらせれば、後は夜店で心ゆくまで買うの食うのと騒げば良いし、やがてクライマックスの仕掛け花火が闇夜に盛大な花を咲かせる。

 そして子供の時間は終わりだとばかりに地元青年団で結成された“引き神輿”が地区中を祭囃子に染めた後に本殿に戻り、御神酒が振る舞われながら夜が更けるまで奉納の祭囃子が鳴り響く。


 さすがに祭りの最後まで付き合おうとする四人ではなかったが、祭りが始まる直前に起きた不幸が解決された事は僥倖(ぎょうこう)。誰もが不安や恐怖に頭を抱える事無くこの日を迎えられた喜びに満ちていた。


 成田礼子と両親は実家に戻り、“あの”夢のマイホームは諦めつつも、施工業者に対して徹底的に裁判で争う事を決めたそうだ。それと言うのも、明らかな建築基準法に抵触するような違反が確認されたそうで、礼子の両親はあの家を解体して新しい家が建つまでは闘うと、鼻息が荒いらしい。


 成田礼子は想い人と気持ちが繋がり、家に起きた不幸を物ともせずに、残り一年ちょっとの高校生活が充実する事に夢を膨らませている。

 自称アマチュアラノベ作家の木内浩太郎は、リア充になってしまったものの、自分のライフワークは小説にありと心に決めているのか、礼子に隠れて異世界転生小説を書き続けているらしい。ーーいずれ姉の奈津子が笑いながら礼子に暴露し、ひでえや姉ちゃんと毎度の負けパターンのケンカが起きるのも目に見えているが


 そして木内奈津子と江森美央は……今日も今日とて元気ですとしか言いようが無く、秋祭りが終わったら次はいよいよ『えびす講』の大花火大会だねと、二人でイベントを回り、山国の田舎ライフを満喫する日々が続くようだ。



 余談だが、実は成田礼子の住むこの地区に藤巻博昭の自宅がある。彼の自宅を中心として南側にコーヒータイム、そして北側にこの神社。どちらも歩いて五分の距離である。

 未だ頚椎捻挫で痛む彼は、コーヒータイムにすら顔を出さずに自宅でのんびりと休日の時間を費やしていたのだが、地区の中を練り歩く祭囃子に我慢出来なくなり、夜店の焼きそばが食べたいと家を出たそこで、池田祥子とばったり遭遇する。

 「あ、あ、私今ジャガーの散歩中で」と、愛犬のパグを抱き上げてしどろもどろの祥子に対し、「タバコ切らしちゃって裏のコンビニに」と逃げる藤巻。


 ーーこの歳になって祭りなんか行かねえよ、夜店の焼きそばなんて、目の前で今焼いてる焼きそばが食べたいのに、一つくれって言うと作り置きのぬるい焼きそば渡して来るんだぜ、誰がそんなぬるいの食うかってんだわははは! ーー


 と心にも無い事を言いながらコンビニでタバコを買って帰宅。


 そして時間も深まって来た頃に仕掛け花火が盛大に鳴る音と、神社方面から祭囃子が聞こえて来た事で祭りが最高潮になったのを知ると、御神酒がもらいたくてもらいたくて我慢出来なくなり、再び家を出る。

 するとまたもや家の前で池田祥子とばったり遭遇し、「き、帰宅したけど花火の音でジャガーが荒ぶっちゃって」と、半分疲れて眠りそうなパグを強引に抱き抱える祥子にそこはかとなく恐怖を感じながらも、「ギプス付けっ放しで首がかゆくて、あ、汗拭きシート買いにコンビニ行く」と、苦し紛れの一言で返す。


 とりあえずコンビニに行き汗拭きシートだけ買って帰宅し、御神酒にもありつく事も出来なかった。


 この日、藤巻はお祭りに行く事は叶わず、結局は自宅でジャックダニエルのロックをちびちびやりながら、手持ちDVDコレクションの中からスティーブン・キング原作のサスペンス映画「ミザリー」を鑑賞するだけの、代わり映えの無い夜に留まる。


 “世の中怖いのは幽霊じゃない、一番怖いのは人間だ”


 聞いた風なセリフを口にしながら、恐る恐る一度カーテンの隙間から外を見まわし、やがて安心したのか彼は眠りに落ちて行った。



  ◆ 無事故物件 編  ーー終わり





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