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30 成田家 前編



 香り立つ真新しい畳が照明を反射させ、品のある和室が更にピカピカに輝くその中央、簡易ガスコンロが乗ったテーブルを数名の男女が囲んでいる。

 ガスコンロの上に乗っているのは大きな土鍋で、囲んでいるのは江森美央と木内奈津子、そして奈津子の弟である浩太郎の三人。


 ここは長野市北部の巨大団地群の北端、新しく造成された小さな区間の新築一軒家、成田家のお宅。美央と奈津子、そして弟の浩太郎は、成田家にお邪魔した上に夕飯をご馳走になっていたのである。


 事の経緯とはこうだ。

 奈津子と浩太郎がコーヒータイムに駆け込み、藤巻に事件の解決を依頼した際に、藤巻から依頼を受ける代わりに宿題を言いつかったのである。


 『その情報では薄い、俺が動く前に詰めてくれないか? 』


 今週はちょっと忙しくて週末金曜日までは全く動けない。そして浩太郎君から聞いた話だけではさすがに情景が見えて来ない。

 幽霊が出現する前段階のラップ音の音色や、音の高低。そして出現した女性の幽霊の姿形、身長や表情などを詳しく聞き直して貰いたいんだ。

 ーー見た、聞いただけでなく、幽霊の正体とその排除を目的とした情報収集を課したのである。


 そして今日は金曜日、藤巻が動いてくれる明日までに情報を集めようとした浩太郎は、姉の奈津子経由で“心霊探偵”藤巻が事件解決に尽力してくれる事を成田礼子に告げて、その前段階として幽霊の詳細を聞き出そうとしたら、成田礼子はあまりの恐さに詳細を思い出せず、何なら金曜日に泊まりに来て自分で確かめてみないかと浩太郎に申し出たのだ。


 さすがに男子が一人で女子の家に宿泊する訳にはいかない。ーー内面では心拍数がうなぎ昇りに上昇してその誘惑に負けそうになるも、それを口にしてはいけない状況である事は浩太郎だって重々承知している。

 まだ自分は未成年だからと言うもっともな理由を前面に、自分に帯同する保護者役を付ける事を申し出て宿泊調査の件は成立。

 浩太郎は姉の奈津子に同行をお願いし、奈津子は奈津子で一人で浮くのも嫌だと美央を誘い込み、結果的に三人で成田家へ宿泊する事が決定したのであった。


 夕方五時を過ぎればあっという間に太陽が西の山々の稜線に隠れてしまい、宵の明星が夜の始まりを告げる頃。

 初心者マークを付けた軽自動車……奈津子が母親から借りた車が真新しいカーポートに収まっている。その成田家の客間では今、賑やかな鍋パーティーが始まっていた。


 美央と奈津子、そして浩太郎が絶賛するのがこの、テーブルの真ん中に陣取った鍋……ムラサキシメジがたっぷりと入った味噌ベースのきのこ鍋。成田礼子の母の実家が新潟県との県境の町にあり、季節ものである採れたてのムラサキシメジを大量に送って来てくれたとの事で、美央たちはほっぺが落ちそうなもてなしを受けて、テンションは上がりに上がりまくっている。


「ごめんなさいね、ちぐはぐな料理になっちゃって」


 急に決まった話であまり準備が出来なかったと言う割には、きのこ鍋の他に野菜の天ぷらや餃子など、礼子の母親はこれでもかと料理をテーブルの上に乗せる。


「ちょうど良かった、主人が東京に出張で心細くて。みなさん、自分の家だと思ってゆっくりしてくださいね」


 母親の安堵の表情からして、深夜に現れると言う幽霊の話は信憑性が増しており、ゴーストバスターズとは言えないが今日のこの夜に、その正体を出来る限り掴もうと覚悟を新たにする美央たちであったが、それにしてもこの夕飯が美味い……。


「押しかけた上に、ご馳走まで頂いて、申し訳ありません」

「いいのよ、いいのよ。普段は大人数で食事なんて無いから賑やかで楽しいわ。ねえ礼子」

「う、うん。木内君も皆さんもゆっくりしてください」


 美央は完全に食の虜となり、味噌と豚バラ肉で仕上がったきのこ鍋に夢中になり、ムラサキシメジがシャキシャキだの鶏団子がホクホクだのばくだん(煮卵)味が染み染みだのと歓喜に打ち震えている。

 浩太郎は浩太郎で何を意識しているのか、くつろげと言われているのに正座のまま背筋をピンと伸ばし、正座の苦痛に耐えながら極力音を立てずに上品な食事姿を見せようと額から冷や汗を垂らしている。

 奈津子はそんな弟を眺めて苦笑しながら、母親の手伝いで台所と和室を行ったり来たりする礼子を観察し、お前にゃもったいないくらいの良い子じゃないかと、しきりにからかっていた。


 ーー幽霊の正体を探る。記録を撮って存在を証明したいーー


 浩太郎はそう言って小型の録音機とビデオカメラを用意して、やる気満々で成田家に乗り込んだのだが、それは美央に止められている。過剰なアクションで“相手”を刺激するべきではない、我々はあくまでも探偵藤巻が判断する為の情報収集に抑えるべきで、ミイラ取りがミイラにならない方法で探ろう。

 昨晩コーヒータイムにおいて、美央が成田家へ泊まる事を藤巻に話した際にそう言われている。それはスティグマータ事件の悲劇を二度と繰り返してはならないと言う理由が根幹にあり、無防備な素人が首を突っ込んでも良い深度を美央に伝えていたのである。


 やっと夕飯の段取りが終わったのか、成田礼子も席に着いて改めて食事が始まった。

 クラスメイトの男子と、初対面の年上女性が二人もいる食卓はやはり緊張するのか、元気もりもりご飯が美味いとがっつく姿は見せない礼子。それが単なる深読みで元々彼女は大人しい性格なのか、楚々として品良く口に運ぶ礼子の姿を、……奈津子は何気ない素振りで観察し始める。

 浩太郎から聞いていたほどの焦燥感は彼女から見ては取れない。事件解決に向かって尽力してくれる仲間たちが現れた事は、間違い無く彼女が安堵するところなのだが、意識している異性が隣にいる事は彼女の元気にもなっているのかな? ……奈津子は浩太郎と礼子の微妙な距離を保つ関係を見つつ“初々しいなあ”と微笑んだ。(独り身イコール実年齢の自分を棚に上げておいて)


「ねえ、礼子さん。うちの浩太郎とは結構長いの? 」


 奈津子にしてみれば、クラスメイトの中でも浩太郎とは仲が良い方なの? と聞いただけの他愛ない質問であったのだが、聞く者によっては弟と付き合ってるのか? 姉である私も知らなかったがどれだけの期間付き合っているのかと言う断罪の質問にも近く、礼子もそう捉えたのかか細い声で緊張しながら、木内君とは一年の時から不思議と隣の席同士で、いつも雑談する程度でと、顔を真っ赤にして答える。

 すると礼子を庇おうとしたのか、姉ちゃん失礼な質問すんなよと、浩太郎が鼻息を荒くする。


「勘違いさせてごめんね礼子ちゃん、何も取り柄が無くてニヤニヤしながらネット小説書いてるような弟だけど、これからも仲良くしてやってね」

「やめろよ姉ちゃん、ニヤニヤなんかしてねえし! 」

「“異世界に飛ばされた俺はチートでゴリゴリ押しながら世界を敵に回してハーレム構築”だっけ? ニヤニヤしながら書いてるじゃん」

「な、何で姉ちゃんが知ってんだよ! いつ見たんだよ! 」

「あんたリビングでのんびりしながらスマホで書いてるでしょ、後ろから丸見えだっちゅうねん」

「ひでえよ姉ちゃん……」


 ガックリと肩を落とす浩太郎、勝ち笑いに胸を張る奈津子。礼子も緊張の糸がほどけたのか、やがてカラカラと可愛らしい笑いで場に打ち解けるのであるが……


「シメはやはり、うどんかな? それとも玉子雑炊かな? ねえねえ奈津子、あなたならどっちが合うと思う? 」


 恋バナとか場を盛り上げるための大人の会話に一切参加せずに、一人目の前のご馳走に夢中になる美央を見て、“実はこの人思春期すら通過していないのじゃないのか”と首を傾げる三人であった。




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