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28 木内浩太郎



「藤巻さんって、SNSやってるんですか? 」


 世の中の夕飯時が終わり、いよいよ大人の落ち着いた時間が始まった時に、江森美央は何気ない質問をカウンターに座る客に投げかけた。

 客の名前は藤巻博昭、美央がバイトに明け暮れるこの喫茶店『コーヒータイム』の最大の常連にして最大のめんどくさい者。藤巻探偵事務所の所長だが、社員からは敬意を持って社長と呼ばれる男だ。


「あはは、俺がやってると思うかい? 」

「……ですねえ、やってるとは思えません」

「当たりです、な〜んにもやってません」


 手元にあるジャックダニエルの水割りで乾杯する仕草をしながら、笑顔で真っ向からそれを否定した。

 だが、それだけならまだしも良かったのだが、SNSと言うキーワードが何か藤巻の琴線に触れる部分があったのか、いよいよ藤巻は美央にからみ出すーー屁理屈タイムの始まりだ


「なになに、美央ちゃんは俺とグループなんとかになりたいの? 」

「そ、そんな事言ってません! ただ単に気になったから聞いてみただけで……」

「なんだあ。グループになりたいなら、アプリをインストールしてみようかと思ったのに」

「えっ? やってみます? インストールしてみますか? 」

「ブッブー! いやです。ぜってー入れません」


 “……ふ〜じ〜ま〜き〜……”


 洗っていたスプーンのアタマがユリ・ゲラーの能力並みにポキンと折れて、側からそれを見ていたマスターが顔を真っ青にしながら心底美央の怒りに恐怖する中、藤巻は美央の怒りなどお構い無しにSNSについて語り出した。


「SNSでワザワザ連絡しなくても、要件あれば電話で済むし、俺スーパー現金主義だからネット支払いもしないし、持ってるスマホなんて電話するか目覚ましアラーム鳴らすしか使わないよ」


 ーーだってSNS利用しててもさあ、どうせ社会人なんてドラマチックな毎日じゃないんだから、疲れたくらいしかコメントないでしょ。それかリアルが忙しくて低出没ゴメンの言い訳アクセスとか。


「でも、全くの他人じゃなくて、友達ともグループ作って連絡取り合ったりしてますよ? 」

「それ逆に、四六時中繋がっている事が、その内自分の恐怖感に変わると思うんだ。反応無くなったらどうしよう? 裏で別グループ作ってるんじゃないか?とかね」


 ーーあと、いちいち写真撮って他人に見せて、イイネを貰う必要あんの? 友人からリアルに共感貰えないヤツが、ネットで簡単に承認欲求満たしてるだけにしか見えないんだよね。

 俺はもともと友達少ないから孤独には慣れてる、リア充じゃなくて孤独充を楽しんでるから、わざわざSNSで慰めてもらう必要も無いし、写真撮ってイイネを貰う気にもならない。


 めんどくせえヤツだなと、表情をムズムズさせる美央なのだが、だからと言ってそれは違うと藤巻に噛みつこうとはしていない。

 何故か藤巻の言う事が真実のようにも聞こえてしまうからだ。ーーまんまと藤巻のペースに巻き込まれたと言う一面もあるが


 そして藤巻はジャックダニエルの水割りをゴクリと一口飲んで喋り過ぎて乾いた喉を潤しつつ、満足そうなドヤ顔の笑みで締めの言葉を吐き出した。


「美央ちゃん、綺麗な景色や美味しい食事は記憶の中で生きるんだ。忘れるって事は自分が更新されて必要な情報じゃなくなった証だ。そしてもし、人にその素晴らしさを伝えるなら、画像じゃなくて言葉なんだよ」


 人とコミュニケーションを図るならば、生きた言葉を使うべき。そして常に繋がる安心感など必要無く、孤独も大切にするーーそう言う事なんですか?と美央が質問すると、藤巻はうなづきながら最後に一言加える。


「フォロワーの多さ、グループの多さ、イイネの数で人は判断されるべきじゃ無いって事さ」


 良い事言ってるんだろうけど、この人が言うとどうしてイラっと来るんだろう? ……先程小馬鹿にされた怒りもどこかに消えて、苦笑しながらもその時間を楽しみ始めていた美央だった。


 マスターの大好きなジャズが店内を心地良く滞留する中、後ちょっとで閉店時間かなと……マスターも美央も、そして藤巻もそう思い始めた時、この三人が驚く事態が起こったのだ。

 何と、ドアベルをカランコロンと鳴らしながら、お客が二人も入って来たのである。


「い、いらっしゃいませ! 」


 珍しい……こんな時間にお客さんが来たと、動揺を押し殺して挨拶するマスターと美央。

 だが、入店して来た二人の人物を見て美央は素っ頓狂な声を上げる。美央にとってはあまりにも見慣れた人物であったからだ。


「奈津子! ……それに浩太郎君! こんな時間に二人してどうしたのよ!?」


 現れたのは美央の親友である木内奈津子と、美央が木内宅にお泊りする際、ゲームの相手をしてくれる奈津子の弟で高校一年生の、木内浩太郎の二人であったのだ。


「すみません、こんな時間に」


 奈津子は閉店前なのに訪問した事を、まずマスターに謝った後、美央に目配せをしながら藤巻の前に立った。


「奈津子ちゃん、こんな時間に珍しいね」

「藤巻さん、弟の浩太郎です」

「木内浩太郎です、藤巻さんはじめまして」


 身長は姉の奈津子よりも遥かに高いのだが、体育会系とは思えない線の細さは彼が文系である事を物語っているのだが、それでもこの体育会系のような丁寧な挨拶とキチンとした礼は、この弟が礼儀正しい少年であると言う事を物語っていると言うよりも、初対面の藤巻に対して何かしらの理由をもって悪い印象を与えないようにしようと言う努力にも見える。


「お、おお……はじめまして、藤巻です」


 “おどけ笑顔”を作って軽く会釈するも、もうこの時点で藤巻の腹の中では不穏な気配が渦巻き始めている。

 自分を見詰める奈津子の瞳が普段以上に力がこもっている事と、弟の浩太郎が店内に視線を逸らしたり遊ばずに見詰めて来る事で、コーヒータイムにお茶しに来た訳ではないのは明らかなのだ。


「……藤巻さん」


“奈津子ちゃん、言うなよ。言わないでよ”


「藤巻さん、浩太郎の話を聞いて頂けませんか? 」


“弟君の方か、言うなよ。お願い言わないでよ”


「藤巻さん、初めてお会いしていきなりなんですが、相談に乗って頂けませんか? 」


“……心霊やめろよ、心霊やめろよ……”


「友達の家に出るんです、それで彼女悩んじゃって……。お願いします、心霊探偵の藤巻さん! 彼女を助けたいんです、お知恵を貸してください! 」


 頼られて気を悪くする者などそうはいないが、藤巻は何故かこの時涙目になりながら奈津子に無言の抗議を送っていた。ーー誰が心霊探偵やねんと

 そして無言のままこのやり取りを見守っていた美央は、全力で表情を押し殺しながらも、鼻をピクピク震わせていたのであった。


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