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 「東西を南北に伸びる」日本列島であるからこそ微妙に時期はまちまちになるのだが、黄金色の稲穂で作られた絨毯が里を覆う時期が終わると、人々は豊作を祝って秋祭りを行い、神に感謝を捧げる。

 ここ長野市も賑やかな中心街から一歩外れた団地&農村のハイブリッド集落では、あちらこちらの公民館に集まった青年団の若者たちが、笛や太鼓でピーヒャラトンと秋祭りの練習を行っており、秋の夜長をのんびりと過ごす地域の家々に微妙に下手くそな祭囃子を届けていた。


 そして長野市の北部にある巨大な団地の集合体でも、各家庭では祭囃子と虫の鳴き声が秋の深まりを感じさせる風靡な時期の夜を過ごしながら、地域で行われる今年最後のイベントに思いを馳せていた。


 長野市北部団地の北端に近い小さな新興住宅地、街の工務店が進めた六棟分ほどの宅地が分譲されたほんとうに小さな宅地なのだが、分譲が始まって一年もしない内に全て契約が完了し、既に家は二件も完成して他の宅地もいよいよ年内に着工が始まる。


 室内灯が点く新居で新しい生活を始めた二つの家庭。

 片方は室内の電気全てが消え、その屋根の下で生活している者たちが静かな眠りに落ちた事を意味していたが、もう片方の“成田”と表札が掲げられた家の二階の一室だけは、室内灯が煌々とたかれていた。


 日付けは水曜日に変わってばかり、平日真っ只中ではあるので、もうこれ以上は夜更かし出来ない時間帯。

 その部屋の主もそれに気付いているのか、勉強机を前に大きなあくびで背を反らし、目尻に涙を溜めつつ口元を「むにゃむにゃ」と動かし、そっと英語の教科書とノートを閉じた。


 ーーもう寝ないと明日がヤバイーー


 未練たっぷりに勉強を切り上げ、勉強机のライトを消したのは思春期も後半に入った少女。勉強机の上に明日必要になる教科書とノートを用意し始めたのだが、その教科書の表紙を見るとどうやら彼女は高校二年生のよう。

 ガリ勉タイプと言う様相ではないのだが、彼女の中では高校卒業後のプランが出来上がっているのか、雑誌も読まず音楽も聞かずSNSで友人とのコミュニケーションに夢中になる事も無く、こんな時間まで勉強していても「やらされている感」を一切出さずに、充実の疲労感を持って席を立った。


「さて、歯を磨いて……」


 ファッション誌やコミックが並ぶボックス棚の上、目覚まし時計を手に取りセットすると、目覚まし時計を再び棚の上に置いたのだが、その隣にある写真立てに目が行く。

 それはどうやら修学旅行中に撮った京都の清水の舞台でのスナップ写真。彼女よりも一回り身長の高い男子を背後に、彼女がフレームインを狙った一枚のようだ。


 その写真を数秒見詰めながら少女が微笑んだ時だ


  ……ギィッ……ギィッ……ギィッ……


 何やら階下から壁を伝って聞こえて来る音が。

 少女はうん? と異音を気にしながら、一度部屋の扉を開けて廊下に顔を出す。


 それは生き物の鳴き声では無く何かしら木のきしむ音であり、誰かまだ起きているのかなと吹き抜けから階段の下を見下ろすも、何の気配も無く一階の電気は全て消えている。

 ーー日付けも変わらぬ早い時間に、両親は先に寝るよと彼女の隣の部屋へと消えて、当たり前の話部屋の明かりも扉の隙間から漏れては来ない。


「……気のせい、疲れてるのかな? 」


 少女はそう呟いて照明のスイッチを入れて、再びあくびをしながら階下に降りて行った。


 4LDKの新築家屋、玄関から左に客間用の和室、その奥にフローリングのリビングがあり、玄関から右側にはトイレと洗面所そして風呂がある。

 洗面所入り口の壁添いに階段を設けて二階は少女の部屋と両親の寝室、至ってシンプルな構造の家なのだが、共働きの両親が手に入れた念願のマイホームであり、それまでアパート暮らしだった彼女もこの新しい城と自分に充られた八畳ほどの広さの部屋は非常に気に入っていた。


 まだ新しい家の匂いを鼻腔で楽しみながら洗面所に赴き、歯ブラシを手に歯を磨き始めた。


 歯の表面と歯茎マッサージと、時間をかけ一生懸命に歯を磨きながらもその時間が手持ち無沙汰なのか、鏡に映る自分の顔を見詰め始める。


 眉毛の形が……前髪の揃え具合が……と、空いている側の手で触りながらチェックを繰り返すのだが、ある瞬間をもって彼女の動きはピタリと止まる、歯ブラシをもった手も、歯ブラシを咥えた口もだ。


 ーー背後の暗がり、鏡に映る廊下に、何か人影のようなものが見えたのだ。


 “今の何? ”


 恐る恐る振り返る少女、咥えたままの歯ブラシが彼女の強い動揺を表しているのだが、何かの存在に対する動揺は空振りに終わる。結局は物音も人影も無く、脳内では自分自身の勘違いと言う事で片付けてしまったからだ。


「……んふう……」


 口が歯ブラシで占領されているので、もう、と憤りの声を鼻から出すのだが、言葉らしい言葉にはなっておらず言い直す事もしない。少女は怪訝な表情のまま再び鏡に向き直り、歯を磨き始めた……歯を磨き始めようとした。


「……ひっ、ひい! 」


 今度はしっかり口から悲鳴を上げた結果、歯ブラシは床に落としてしまった。悲鳴を上げた本人も、あまりのショックで腰が抜けたのか、ドサリとお尻を床に落としそのままジリジリと後ずさりを始める。


「ひぎいいいいいいっ! 」


 静まり返った屋内にけたたましい悲鳴が上がる。もちろん彼女の異変に両親も飛び起きて下って来るのであろうが、彼女はしっかりと両親に話せるであろうか?


 ーー『女の幽霊がいる。恨めしそうな顔で鏡に映っている』と





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