17 ダチ公
八月第一週の土曜日。
晴天にも恵まれたこの日の夜、長野市の中心部は一年を通じて一番の盛り上がりを見せている。長野市民にとって夏の一大イベントである『長野びんずる祭り』が予定通り開催され、繰り返される囃子のリズムに乗って人々は踊り狂い、その熱気を持って熱帯夜のダルさを弾き飛ばしているのだ。
アニメのオープニングテーマの様に、短いフレーズの祭り囃子に合わせながら「それ! 」「それ! 」と人々は掛け声を合わせて延々と踊り続ける、歩行者天国となった駅前の大通りは、踊る者、見る者そしてズラリと並んだテキ屋の屋台の列で騒然としており、まさにひと夏の夜の饗宴と呼んでも過言では無かった。
長野駅前、長野市街地の明かりが、いつにも増してぼうっと夜空を照らす……
周囲が高台になりやがて山々がそびえる長野盆地・善光寺盆地の外縁の至る所から、市街地の幻想的な光景を垣間見つつ、今ごろびんずる祭りは盛り上がってるんだねと納得する人々の中に、江森美央もいた。
ここ、長野市北部の巨大団地群もやはり長野市街地よりも標高は高く、ズラリと並ぶ郊外型店舗が視界を遮ったとしても、市街地方面の夜空がぼんやり明るく照らされている事は分かる。
時刻は夜の八時半。びんずる祭りがあるから普段よりも閑古鳥が鳴くであろうと、八時に閉店したコーヒータイムの駐車場には美央が立っている。
何故彼女が閉店後の真っ暗になった店の前で、街灯に照らされているのかには訳があった。昼間に来店した池田祥子と『白い影事件』について話を詰めて、いよいよその裏付け捜査を始めるために祥子と待ち合わせしていたのである。
祥子がもたらした情報を基に美央が出した結論とはこうだ。
ーー魔の交差点は単なる都市伝説に過ぎず、勝手に一人歩きを始めてしまったイメージの産物に過ぎない。別の要因が心霊現象を引き起こして奈津子を襲った可能性があるーー
祥子が持参した過去の事故情報を地図に書き起こした結果、興味深い事実が見えて来た。
長野市北部の巨大団地群を南北にぶった切る県道荒瀬原線に事故地点が点在し、東西を走る片側二車線のバイパスでは事故は起きていない。更にその二つの道路が交差する『魔の交差点』においては、ほとんど事故が発生していなかったのだ。
つまり美央は、魔の交差点に因縁があるのではなく、県道荒瀬原線そのものに何かしらの因縁があるとの結論に至ったのである。
確かに奈津子の自損事故も交差点から三十メートルほど南の位置で起きており、とてもではないが交差点の因縁によるものと結論付けるには、いささか乱暴な理論構築であったのだ。
『県道荒瀬原線に何かある』
ーーファイナルアンサーのような結論ではなく疑問程度の仮説で良い、その先に仮説が立てられるような疑問でも良い。そしてそんな拙い仮説が立てられたならば次の作業はもちろん決まっている。見えた道筋に沿って情報を集めて、肉付けをして行けば良いのだ。
大賑わいの長野市街地に目もくれず、江森美央はコーヒータイムの駐車場で池田祥子を待つ。
県道荒瀬原線に要因を求めたとしても、いかんせんこの路線は思いの外南北に長く、つぶさに観察するには美央一人では時間がかかってしまう。
昼間奈津子と連絡を取った際に、病院では何ら異変は無かった事の報告を受けている事から、白い影は人に取り憑くような存在ではなく、土地に縛られている可能性がある以上、それらを網羅するにはと美央が悩んだ時、祥子は何一つ曇りの無い笑顔で、協力を申し出たのである。
ーー美央ちゃん安心して、私もお手伝いするし、仲間に声をかけて人を集めるわ。手分けして徹底的に洗い出して、早く解決しちゃいましょーー
祥子の心強い申し出に甘え、彼女とその仲間たちの到着を待つ美央。
すると闇夜の県道に単眼ライトを煌々と点ける車列が美央の視界に入った。バイクの集団が向かって来たのだ。
「うわっ、凄い音! 」
バウンバウンとエンジンを鳴らして向かって来るバイクの集団が、深夜に爆音を轟かせて人々を不快にさせるあの集団だと思ったのか、「こんなところで一人立っていたら声をかけられてしまう! 」「乙女の危機よ! 」と感じた美央は、慌てて店の脇に姿を隠すのだが、何とそのバイクの集団が、コーヒータイムの駐車場に後から後から入って来て、整然とバイクを並べてエンジンを切ったではないか。
“これはピンチ、美央ピンチ! フェンスが邪魔で戦略的撤退が出来ません! ”
ヘルメットを脱ぎ、街灯に照らされたライダーたちを見ると、意外にも若気の至りを地で行く様な痛い者たちはおらず、どこかこう……二十代の中盤から後半を行く様な社会人の男性たちばかり。だからと言って不良ではないとは言い難く、各々がクシを取り出しヘルメットで崩れた髪をピーンと伸ばしてリーゼントに直している。
「あっ、あっ! 池田さん! お疲れ様です! 」
「あっ、美央ちゃんお疲れ様。ごめんね待たせちゃって」
美央はホッとした。
総勢で十二、三人はいるであろうそのバイク集団のライダーの中に、唯一の女性である池田祥子を発見したのだ。
だが、その場にいる男性ライダーたちは大抵がジーンズにTシャツそしてリーゼント姿で、自称和製ジェームス・ディーンを気取っているのだが、祥子だけは違う。
このクソ熱い熱帯夜の中で黒革のライダースーツを着込んで胸元を大胆に開けているのだ。ーーもうそれは、ほぼ峰不二子と言っても過言ではない。
その祥子に近付いて改めて挨拶する美央が(ブラ、ブラしてねえんすか!? )と心で驚き赤面しながらも、自称他称幼児体型の自分には絶対に似合わない姿である事を悟り、がっくりと肩を落としても不思議ではなかったのである。
「姐さん! その子ですか? 」
ライダーたちの視線は一気に美央に集中する中で、一人が祥子を呼ぶ。すると祥子は美央に対する優しさ溢れる態度を百八十度コロリと変えて「ああん? そうだよ! 」とドスの効いた声で返すではないか。
そして祥子の返事を受けた男たちは、祥子の素っ気ない態度に腹を立てるどころか、口々に感心し始めたのである。ーー「なるほど、その子が藤巻さんのお弟子さんか」と
“何? 何で!? どうしてこの人たちは私を尊敬の目で見るの? 藤巻さんの弟子って何? そもそも藤巻さんは何でこの人たちにリスペクトされてんの? ”
何やら藤巻伝説らしきものが脳裏にチラつく美央だが、もちろん藤巻の過去など知る訳が無く、何故彼が尊敬されているのか、何故自分が弟子だと感心されているのか、雲を掴む様なチンプンカンプンさ加減。
喜んで良いのか悲しんで良いのか全く分からずに絶句を続けていると、そんな事御構い無しとばかりに祥子は陽気に説明を始めた。
「美央ちゃん、コイツらが……ゲフンゲフン! この人たちが今日手伝ってくれる人たちよ。学生時代の後輩たちで、今もこうやって腐れ縁で繋がってるダチ公……ゲフンゲフン! 仲間たちよ」
“もうね……無理しなくて良いのよ祥子さん。何か私、祥子さんの過去見えちゃったから”
「昔はヤンチャだったけど、今はみんなまともな社会人よ。集まったってBちゃんのコンサートに行くぐらいだもんね」
「イェーイ、ロックンロール! 」
「ウィーアー、ロックンローラー! 」
“あっ、ロックンローラー参加だからローラー作戦だったのか。昼間の祥子さん、ヤケにローラー作戦を連呼して推してたけど、結構気に入ってたのね”
先行き不安に陥る美央ではあったが、奈津子の名誉を守るため、そして県道荒瀬原線の謎に迫り白い影の正体を暴くために、懐中電灯片手にローラー作戦を開始したのであった。




