表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 元ヤン事務員の心霊事件簿 ローラー作戦編
16/84

16 池田祥子と江森美央



 『魔の交差点』ーー長野市北部団地を南北に縦断する県道荒瀬原線と、北部団地を東西に縦断するバイパスが交差するその中心の交差点を、知る者はそう呼んでいる。

 元々ドライブマナーが全国最低ランクと囁かれる長野県民。片側二車線のバイパスと、長野市の北側にある市町村から市街地に向かう主要幹線道路の県道荒瀬原線が交差するポイントはまさに、醜い争いの中心地と呼んでも過言ではなかった。


 対向車の列が直進を続けているのに、その車間距離を利用して右折する奇跡に頼る運転。

 充分な減速も面倒臭いからと、スピードを出したまま左折するために右に膨らんで、本線を走る車に重なって急ブレーキを踏ませる傍若無人。

 青信号は進め、黄信号は注意して進め、赤信号は切り替わった段階でアクセルを踏めばセーフ。

 ……ほぼそう言うメンタリティでハンドルを握る地域であれば、重大事故があってもおかしくはない。


 地元生まれの地元育ちで藤巻博昭も頭の上がらない存在と言われる「池田祥子」ならば何か知っているーー

 奈津子が遭遇した幽霊らしき存在について、過去の出来事を線で結んでその真相に近付けるのではないかと判断した二人は、奈津子が起こした事故現場周辺についての「悪い噂」を聞き出した結果が、この魔の交差点と言う回答であったのだ。


 空けて次の日の土曜日、エアコンで心地良く冷えた室内にもセミの大合唱が届いて昼寝の邪魔をする、怒りのやり場に困る炎天下のお昼過ぎ。

 ここコーヒータイムは、カツサンドと各種ドリンク&スウィーツのAセット又は、特性ドライカレーと各種ドリンク&スウィーツのBセットを選べるランチタイムサービスが終わり、太陽がやけに近く感じる長野の夏から避難して来た客がチラホラと店内に居座る中に、池田祥子はカランコロンとドアベルを軽快に鳴らして入店して来た。


「いらっしゃいませぇ」


 マスターの優しげな挨拶と、夏休みを利用して長時間バイトを重ねる美央の軽快な挨拶で応対すると、祥子は「あづい」「あづいねえ」を繰り返しながら迷う事無くカウンターに座る。マスターの真正面、藤巻の定位置にだ。


「昨晩は美央のためにありがとうございます」


 叔父であるマスターのお礼に恐縮しながら、ガムシロップとコーヒーフレッシュ無しのアイスコーヒーを頼むと、それを先ずはとゴクリゴクリ……一杯目のビールの様に豪快に飲み干し、サッカー実況者の様に満面の笑みで「くうう〜っ! 」と小さく奇声を発すると、唖然とするマスターと美央にアイスコーヒーのおかわりを頼んだ。

 マスターは笑顔でおかわりのアイスコーヒーを作りながら、気持ちばかりですがと、ランチタイムに提供したスウィーツの一つ、苺と杏のタルトを差し出して逆に祥子を恐縮させる。


 昨日の今日ですっかり打ち解けた三人の社交辞令的な雑談も終わり、やがて祥子も真夏日で火照った身体が冷えて来た頃合いを見て、昨晩美央と奈津子に語った『魔の交差点』についての続報を語り出した。


 魔の交差点では確かに事故は頻発している、だが、だからと言ってそれが心霊現象であると直ぐに結論付けするのはあまりに乱暴。奈津子の病室から引き上げる際に、更なる情報収集を行う事で奈津子が見たものは一体何だったのか突き詰めようとしていたのだ。

 つまり奈津子と美央は昨晩、白い影について洗いざらい祥子に話した。信じてもらえるかどうかは別として、集めたい情報があるからと彼女たちなりに誠意を示したのである。そしてそれに対して祥子は怪訝になる事も無く、心霊なんてと馬鹿にする事も無く、「よっしゃっ、お姉さんに任せとき! 」と胸を張って快諾した。


 その池田祥子が、情報を携えてコーヒータイムに来店したのである。

 掴み所の無い性格かも知れないが、人の頼みに対して有言実行でしっかりと結果を出して来るその姿勢は、美央が好感を持つどころか賞賛に値する人物であるのは間違いなかったのだ。


「地元の友人や後輩たちを通じて情報を集めてみた結果よ。……魔の交差点は噂が一人歩きしてるだけではなく確かに事故は頻発している。車同士の接触や歩行者に対する人身事故など、様々なケースがあるわ」


 日中と言う事もあり、洒落たパンツルックの祥子はポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、カウンターを挟んで耳を傾けていた美央にそれを渡す。目撃談が主になってしまうが、年代順に事故の内容が書き記されていた。


「新聞記事とか警察の発表を元に集めた情報ではないけれど……美央ちゃん、そのメモを見てどう思う? 」

「そうですね……結構な数の事故件数があるのに、死亡事故が一件だけ」

「うん。昨晩の奈津子ちゃんの話だと、謎の影は死神みたいに人を殺したくてしょうがない感じだったでしょ? 」

「ええ。……その割には……ですね」


 祥子はメモ用紙の記述に上乗せし、更に口頭で情報を追加する。故人の名誉のためにあまり騒いで欲しくないと言うのがその理由なのだが、祥子からもたらされたその新たな情報は、更に美央を困惑させた。


「一件だけあるその死亡事故なんだけど、死亡したのは男性ではなくお婆ちゃんよ。今から二十年くらい前らしいけど、ニュースにもなったから間違いないって」

「それじゃあ、奈津子が目撃したのと全然整合性が取れませんね」

「そうなの。だから死亡事故の件は頭から外した方が良いかも知れないわね」


 厨房のテーブルにメモを置き、むむむと唸りながら腕を組みながら悩み始めてしまった美央。

 背筋が凍りそうなほどに殺気を放って来た白い影の正体とは一体何なのかーーそれが判明しなければ自ずと、奈津子は幻覚や夢幻を見てしまったのだとそこに結論が行き着いてしまう。しかし、それだけは避けたい、この春先に同じ恐怖体験をした奈津子の眼を信じているからだ。


 すると、そんな美央の苦悩を知ってか知らずか、お悩みのようねと微笑みながら、祥子が新たな着眼点を持って手を差し伸べる。


「そのメモに連なってる事故の情報、地図に書き起こしてみたらどうかしら? 」

「地図に……ですか? 」

「そう。地図に書き起こした事故地点を見て、事故の傾向を見て見ようって事よ」


  ガーンッ!

 たまたまマスターが手を滑らせて、鍋を床に落としてしまった音ではない。“ある意味”を抱いた美央の脳内で鳴り響いた衝撃音である。

 その“ある意味”とは、祥子の差し出した手……つまり千日手を打ち破る代案が、全く別人の手、全く別人の案に見えたからである。


 ーーその発想の置き換え方は間違いなくあの人! へっぽこ探偵藤巻博昭のもの。祥子さんには藤巻イズムが浸透しているのか、それとも昨晩! 藤巻さんと電話で連絡したのかもーー


 腹の底に正体不明の対抗心が灼熱色と化して湧き上がる美央。このまま祥子が出した代案をそのまま飲み込むのは何故だか腹立たしく感じ、「例の手法」を用いて真っ向勝負を挑んだ。


「つまり……本当にそこは“魔の交差点”だったのか、そう言う事ですよね? 」

「えっ? う、うん」

「魔の交差点と言うフィルターを通すと奈津子との繋がりが見えなくとも、多面的に見れば奈津子に関係のある事象がそこから見えて来るかもと」


 ーー何故、何で? この子が藤巻イズムを継承しているとでも言うの? ヒロくん、ヒロくんはいつからこの子に目をかけていたの!? 私知らなかった、私知らなかったよう! ーー


 美央の精一杯の切り返しを受けた祥子も、激しい動揺を覚えるのだがさすがは大人。「そ、そそそうね」と声が上ずりながらも何とか切り抜け、地図作成を進めようとする。


 美央がにらんだ通り、池田祥子は昨晩のうちに藤巻に電話していた。

 祥子が回りを気にせず颯爽と生きていても「得て不得手」がある。謎を解くのは苦手だから、そうなればもうこの人しかいないと、美央を送り届けた後に藤巻と連絡を取って話の進め方のレクチャーを受けたのである。ーーねえヒロくんと言った瞬間に一度通話を切られたが。


 やはり今日は『長野びんずる祭り』の当日。

 人々は酒の準備や衣装合わせに時間を費やしているのか、普段の週末以上に人の出入りは無い。

 閑古鳥の鳴くコーヒータイムにいる池田祥子と美央は、その時間を有効活用してどんどんと地図を作成して行った。

 事務員&女子大生の、異色のコンビ誕生である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ