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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 元ヤン事務員の心霊事件簿 ローラー作戦編
15/84

15 木内奈津子



  ◆長野市民病院

 善光寺や長野県庁などがある長野市街を西に見据え、長野市北部の巨大な団地群の南に位置する巨大な病院に、日本赤十字病院に並ぶ長野市民のメディカルステーションに木内奈津子は救急搬送されていた。


 コーヒータイムでアルバイトをしていた江森美央の元に、奈津子の母からかかって来た電話の内容はこうだ。

『美央ちゃんのバイト先に帯を届けると言って奈津子がそちらに向かったが、今警察から電話が来た。スクーターの運転中に転倒して市民病院に搬送された』


 親友が事故を起こして病院に搬送されたとなれば、心配するどころの話ではない。

 心臓が飛び出してしまうのではと思うほどに高まる鼓動の中、気が遠くなるのを必死でこらえながら、平静を保とうとするのだが、まるで産まれたての仔牛のように足をガクガクと震わせ顔面蒼白もそのまま。

 見ていて痛々しいのは誰もが感じるところであり、マスターはこのまま終業時間まで美央を働かせるのは酷だと判断した。


「美央ちゃん、仕事はいいから早く病院に行ってあげなさい」


 マスターの計らいに恐縮する美央だが、彼女の弱り切った姿を見ていた客の池田祥子が待ったをかける。


「美央ちゃん、一人で行くの? 」

「はい、私スクーターなんで」

「ダメ、ダメよ美央ちゃん。あなたは今運転しちゃいけないわ」


 マスターにお礼を言いながら、慌ただしく帰り支度を始めていた美央を制すると、祥子はおもむろに自分のスマートフォンを取り出して、何処かへ連絡を取り始める。


「美央ちゃん、あなたは今酷く動揺してる。そんな人が運転なんかしちゃいけない。私が今車用意するから……あ、お父さん? 今すぐ車でコーヒータイムに来て。知り合いを病院に連れて行きたいの……」


 こうして江森美央は、いきなり呼び出されても怒りもせずに、全身から「娘を溺愛してます」オーラを放つ高橋英樹にそっくりな祥子の父が用意した車に乗せられ、祥子と共に市民病院にたどり着いたのであった。


 商業施設の適度に冷えた室温ではなく、ファストフード店のようなキンキンに冷え切った室温でもなく……患者の体調を気にするような冷えながらもどことなく蒸す病院の棟内を進み、緊急・夜間外来の窓口で説明された個室の病室に向かう美央と祥子。たどり着いた先で待っているはずの奈津子は、予想を遥かに上回る元気さを持って二人の見舞客を元気に迎えた。


「美央ごめんねぇ。あっ、池田……さん!? ホントもうすみません、お騒がせしちゃって」


 拍子抜けで済んだ事で安堵する二人が見詰める先にはベッドで横になる奈津子の姿が。

 左足にフルではなく簡易ギプスが添えられているが骨なヒビが入っただけで完全骨折ではないとの事。それと、ヒジや顎などもガーゼが当てられているのだが全て擦過傷……つまり擦り傷。

 この病院に救急搬送されて直ぐに全身CT検査を受けるも、内臓破裂や脳内出血の兆しは皆無で、不幸中の幸いだったそうなのだ。


「お馬鹿、心配したよ……心配したんだからね」

「ごめんごめん、完全な自損事故でやっちまったなあ! って感じよ」

「奈津子の親御さんたちは? 」

「私の着替えを取りに一旦家に帰った。三日は入院しなきゃいけないみたいで」


 「明日のびんずる祭り……これじゃ無理だねえ」と落胆する美央と奈津子。元々二人は浴衣で明日の祭りに参加する約束になっており、お気に入りの帯が無いからと奈津子に帯を貸して貰う手はずだったので、病床の奈津子を置いてけぼりに美央だけ祭りに参加する訳にも行かない……。

 今年の祭りはキャンセルだねと落胆する二人であったが、池田祥子もせっかく見舞いに来てくれているのに、湿っぽい雰囲気で場の空気をシラけさせる訳にもいかないと、美央は祥子の話題に切り替える事で沈鬱な空気を払拭させようとする。


「奈津子、池田さんのワンちゃん可愛いのよ! 」

「奈津子、池田さんのお父さんめちゃくちゃダンディなのよ! 」


 とまあ、この調子で明るく振る舞うのだが、奈津子もまんざらでもないのか二人してはしゃぎ始め、やがて一番歳上の祥子が持ち上げられ過ぎの照れ隠しでノリノリになる時間が流れていた。


「奈津子、さすが池田さん大人だよ。病院来た時入り口とか全然分からなかったのに、池田さんが夜間入り口や緊急外来はこっちだってテキパキ案内してくれたの」

「あは、褒め過ぎだよ君たちは。この病院は結構ダチがお世話に……ゲフンゲフン! 後輩たちがお世話になっててね。それだけの事だよ」


 “……ダチって言った……”

 “……今ダチって言わなかった? ……”


 何か、池田祥子の闇に触れた様な気がした二人は必要以上にそれをサラリと受け流し、なるほど池田さんが通ってた訳じゃないんですねと、全く理由が分からないポイントでテンションを無理に上げる。


「それにしてもあれだね、入院したばっかりってのは殺風景だね。何か飲み物とかお菓子を買って来よう」


 お気になさらずと言う二人の声を背に、近所にコンビニがあるからと、半ば強引に祥子は外に出て行った。どうやら、彼女の中でも人に悟られたくない事柄があり、ボロを出さない様に一旦退散したようだ。


 二人きりになった病室。

 腹の底に何かを隠す関係の二人ではないので、調子が狂ってしまった事を苦笑いしながらも、奈津子の表情はどんどん暗くなって行く。

 それは親友が駆け付けてくれた事で事故の恐怖が和らいだ安堵の表情では無い。事故が起きてからこの病室に連れて来られた一連の時間の中で、大丈夫かと声をかけてくれた事故の通報者や警察関係者、そして病院関係者や両親に言っても信じてもらえない話を抱え込んだまま、やっと話せる人に出会えた安心感と、抱え込んだ話の異常さに恐怖する表情だったのだ。


「ねえ美央……こんな話したらあなた信じる? 」


 信じるも何も、あんたが腹割って話す事を偽りだと騒ぐ訳ないだろと、美央は真剣な顔で付き添い用の椅子に座って奈津子が話し始めるのを待つ。

 安心したのか奈津子が語り出した内容は、春先に心霊体験をした美央にとっては、全身が総毛立つ恐怖の体験談であった。


 奈津子が事故を起こした場所は、長野市の北部に広がる巨大な団地群を南北に縦断する県道荒瀬原線と、東西を縦断するバイパスの交差点信号から三十メートルほど南側。

 長野市街方面から県道荒瀬原線に乗って下り、バイパスの信号を左に曲がってしばらく西に向かうとコーヒータイムがあるのだが、奈津子はその信号の手前でいきなり運転中に転倒したのである。


 急にハンドルを左に切った拍子に転倒した奈津子は、その勢いで道路から歩道側の植え込みに投げ出されたのだが、幸いそれがクッションとなって大事故には至らず、駆け付けた警察の事故処理と現場検証では、奈津子の単独事故である事が確認された。

 と言うのも、第一通報者となったサラリーマンは奈津子の後方を走っていた営業車の運転手であり、搭載していたドライブレコーダーで全てが確認されたのである。


 ーースピードも制限時速範囲内、壊した公共物も無し。スクーターの左側面がキズだらけなのと、乗っていた私が軽傷だった事から大ごとにはならなかったけど、私見たのーー


「スピード出してもないし、よたっても無かったし……普通に左側走ってたら、いきなり視界の右側から、道路を渡って来る白い影が見えたの」

「それで慌ててハンドル切ったのか。白い影って……どんな感じの影だったの? 」

「顔ははっきり覚えてる、間違い無く男の人だった。服とかが白くぼやけて、ひどくあやふやに見えて交通量も多かったのに、すぅ〜って右から」

「やっぱりあれなのかな? ……幽霊なのかな」


 それだけならまだ良いと奈津子は言う。

「いきなり鉢合わせ一回こっきりの遭遇」ならば諦めはつくのだが、その白い影の話には続きがあると言う。


「私がね、吹っ飛んだショックでうずくまってたら、ぼうっと白い足が見えたの。うずくまる私の事を見下ろしてたのよ……」


 そしてその白い影は奈津子にこう吐き捨てた


 “……何だ死ななかったのか。死ねば良いのに……”


 美央の背筋に冷たい汗が滴る。

 死神とまでは言わないにしても、生きている人間の命を狙うなんて尋常な状況ではない。

 偶然その場で起きた事なら、奈津子を執拗に狙っていたストーカー的な霊でも無さそうだし、逆に考えれば手当たり次第にその場所を通る者の命を狙っている事になる。


「じ、地縛霊って言うんだっけ? 強い恨みを抱いたまま、その場所にだけ現れる霊って」

「でもそれって、例えば自分を裏切った恋人とか親とかもそうだし、自分を殺した明確な相手がいてその人だけが憎いんじゃないの? 何で関係無い奈津子が狙われなければならないの? 」

「だよね。そうなれば、何でも有りになっちゃうから、被害者は私だけじゃないのかも知れないよね」


 むむむ……。あの場所は昔からそういう怪奇現象の多発地帯だったのかな?

 あまり北部団地の歴史やサイドストーリーに詳しくない二人がそう言って首をひねっていると、病室に戻って来たではないか。ーー北部団地の歴史に詳しい人が。


「ゴメンね、先に奈津子ちゃんの好みを聞いて買い物行けば良かったのに」


 そう言って病室に入って来た祥子の両手には、パンパンに膨らんだコンビニのレジ袋が。

 私払います、払いますからと恐縮する奈津子に向かい、学生さんは社会人に甘えなさい、今がその時だよと満面の笑みで奈津子からお金を受け取ろうとはしない。


「コーラとスプライトは冷蔵庫に入れとくとして、みんなでメローイエロー飲みましょう、美味しいのよ。それと、ポテチやチョコとかはこっちの棚に置いといて……ビスコ! ほら奈津子ちゃん、これは美央ちゃんの分。ビスコ美味しいんだよ」


 三日間の入院で食べ切れるかどうかも怪しいほどのお菓子の多さに、ポカンとしてしまう美央と奈津子。病室自体が何やらメルヘンチックなお菓子の国に様変わりしてしまう勢いだ。


「別にここで女子会やろうって訳じゃないけど、無くて寂しさを感じるよりは賑やかな方がましでしょ? これ飲んで食べたら私たち帰るから」


 スケールのデカい人だ。なるほどこんな素敵で懐の広い人なら、学生時代は後輩から慕われただろうし、百合系のお姉さまだって有り得るかも知れない。そもそもバレンタインデーの日は荷物をいっぱい持って帰宅したタイプなんじゃないか……。

 美央と奈津子が憧憬の視線を祥子に投げかけていると、祥子は思い出した様にレジ袋の中からコンビニ限定のコミックを数冊取り出し、一人で退屈でしょうからこれ読んでと奈津子に渡した。


「あっ、あっ、かさねがさね申し訳ありません。これは……えっと……」


 渡されたコミックのタイトルを見て一瞬ギョッとする。それは「わあ、奈津子だけいいなあ」と羨ましげにその光景を見ていた美央も同じだ。


「……病院でおきた本当に怖い話……廃病院恐怖の探索……」

「コミック版都市伝説・死体安置所の恐怖もあるね……」

「最初はレディースコミックとも思ったんだけど、ほら、病室で悶々としちゃえば奈津子ちゃんも可哀想だと思ったから」


 それに、私怖い話って大好きなのよねと無邪気に笑う祥子を前に、あんた知ってんのか、ここ病院だぞ! と盛大なツッコミを入れられない二人。


 “天然だ、この人のこれは天然だと信じたい”

 “生きて来た土壌が違う……この人はガチだ”


 話せば話すほど、身近に感じれば感じるほどに謎が深まる池田祥子の本性。

 幸せえと呟きながら、まるでリスの様に両手でぽりぽりとビスコを食べる可愛い祥子を前に、それはそれで可愛いから許すけど、おやつタイムが終わったら質問に答えて貰うぞと心に誓う、美央と奈津子であった。




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