82.旧跡
海面が遥か眼下へ遠のき、波音すらも届かなくなったころ、そこに辿り着いた。
ニジニ大陸から降り立った際に使った段差と、同じような地形があった。崖を、まるで豆腐のように切り分け積み重ねた階段だ。こちら側での断面は古く、風化した崖肌は自然のものかと見間違うほど。それでも魔王のおっさんの仕事であろう事は分かる。うん、ここから先が、黒いヒトが居る大陸になるのだ。
『懐かしいな、かれこれ200年は経つ』
各段の天面は、凹凸になっていた。コンクリートなどではない天然の石材だ、硬いところもあれば柔らかいところもある。一枚岩でもないので、砂や土だって交ざってくる。風化が進むにつれ、その性質の違いが段差になって現れるのだ。
『こっちの仕事は細かいな』
カザンが指摘するように、ひとつの段は歩いて上がれるほどの高さしかない。中国の物語に出てくる寺かなにかのように、石段は視界が届かない遥か先まで続いている。
何故か誇らしげな顔をしている魔王、どうせ勢いに任せて造っただけだろうに……
しかしだ、凄く気になる事がある。
石段は、中央付近が特に低くなっていた。まるで古い神社や寺の石段のようだ。そう、往来が激しいと、歩く人の足ですり減って凹んでしまうのだ。
『誰かが使っている?』
すでに覗き魔女ポーシャが、その魔法で階段の行き着く先を調べ始めている。
シェロブが魔女に教えを受けたように、ポーシャも魔王に覗き魔法のコツを教わっていたらしい。ありきたりだが、鳥に意識を移して飛ばすようなイメージを盛り込んだそうだ。これまで歩くより少し早いくらいの移動速度であったものが、文字通り飛ぶように移動できる。
飛んで高く上げた視界から俯瞰し、気になった場所に滑空して迫る。同じ時間で得られる情報量は、格段に多くなった。
『石像がある、気味が悪いくらいの数』
そうして、すぐに異常は見つかった。魔王に目を向けると、静かに首を縦にふる。同じような魔法が使える魔王だ、彼も石像とやらを見つけたのだろう。2人が確認したのなら見間違いではない。
この階段の先に、ヒトの形をした石像が数多存在するらしい。それらは、階段の脇に立っていたり、半ば壁に埋まるように半身だけで存在しているそうだ。
『儂の仕事ではないぞ。
あんな物を作った記憶はない』
となれば、それが何かはだいたい想像できる。
『どれくらいの規模ですか?』
『上を取られているのが厄介だな』
『雷は効くんでしょうか』
殿下にカザンと言った戦い慣れした連中が、即座に対策を打ち合わせ始める。茜は石像と聞いてすぐに雷が効くかを心配し始める。つか、石像を敵と認識するってことは、石像が動いて襲ってくると認識しているって事だ。ゲーム慣れした現代っ子の茜が即座にそう考えたのは分かるが、他の連中は何故そう考えるに至ったのだろう。
動く石の魔物でもいるのか?
『あら、石像に魔法を掛けて警護に使う。
割りと一般的なものよ』
ふむ、ファンタジー文化か……
『全員、左の壁際に沿って進んでください』
イケメン眼鏡のマーリンが、まるで状況を見てきたかのように指示を出し始めた。流石は眼鏡を掛けているだけはある、椿なんか石像がどこまで動けるのかも想像できないのに。
そうして、即座に編成が進む。
殿は茜と殿下、そのサポートにマーリンとオリガ嬢だ。先頭は壁役としてカザンを配する。魔王のおっさんと魔女グラディスが、その脇から斬り込む形になる。
壁際に寄って進むのは、落下してくるだろう倒した敵に巻き込まれないためだ。階段は5間(約9m)ほどの幅がある。片側に寄っていれば、そうそう巻き込まれないはずだ。
マーリンが椿を中央に配しようとしたが、岩場では身体強化魔法をばら撒けない。先頭のカザンの後ろに付くべきだろう。3馬鹿もフォローに付いてくれれば尚よい。ポーシャが中央に気を配れば、奇襲があっても対応できるだろうし。
階段を眼前に、伝達が全軍に行き渡る。例によってニジニ兵から、精鋭中の精鋭である20人ほどが選抜された。魔力持ちの彼らの内の半分に及ぶ。2列縦隊で壁際を進み、階段の中央寄りに盾を持つ兵が、外側は槍を構える。数人間隔で兵站を担う者も配する。
階段の登り口には、シェロブのタペストリーと、魔女が魔法陣を刻んで残した。
上には少数精鋭で進み、あとから残りを魔法で引っ張り上げる算段だ。
ほんの数分で準備を整えた一行は、すぐに階段を登り始めた。
先頭のカザンと、それに隣立って魔王が進む。魔女はその上に居る。魔女が箒、ではなく杖に腰掛けて浮かんでいるのだ。あぁ、飛べるんだ……
魔女が登場してから、ギリギリ椿の許容範囲に入っていたファンタジー具合が、一気に振り切ってしまった。この魔女、元の世界でもオタク気質だったに違いない。
でも折角だし、飛ぶ方法は後で教わろう。
呑気に考えながら歩く椿に対して、全員が階段で地味に体力を奪われていく。武装したニジニ兵は尚の事だ。歩いて登れるとは言っても、ひとつの段差は50cmほどある。
それに、岩場では植物が根を張れない。魔力を伸ばせず、身体強化魔法を全員に届けることができないのだ。
登り口が霞んで見えなくなるくらい登ると、その石像が現れた。
ずらっと並んだそのすべてが、同じ顔をしている。
気味が悪いほどリアルに作り込まれた顔と、裸身に武器を持つ姿だ。石を削って作ったと言うより、ヒトを石に変えたような感じがする。
手に持つ武器は、どれも石材ではない。本物の剣などだ。しかも錆びていない。
『動き出したりしませんよね』
怯える神官スターシャが、手に持つメイスで石像を突付く。カツ、カツと高い音を響かせるそれは、間違いなく石のようだ。
てっきり近づけば襲ってくると思ったが、石像は動かないままだ。考えすぎだろうか。
カザンが手近な一体を掴むと持ち上げて、地面に叩きつけた。ゴスンと、低い音を立てた石像だが、見かけほど重くはないらしい。しかし石像は、その衝撃で首が折れてしまった。哀れな首が、ゴロゴロと階段を落ちていく。
『ひっ!』
スターシャの悲鳴で、落ちた首を追いかけていた視線を戻す。兵達からも悲鳴があがっている。なんと、石像の首から血が溢れ出しているではないか。
次々と上がる悲鳴、精鋭たちがらしくないと見回してみると、隊列が崩れ始めていた。何が起きたのか分からないまま、カザンに襟首を掴まれ壁際から引き剥がされる。
『馬鹿! 下がれっ!!』
ヒュガッ―――!!
椿の鼻先を槍が掠る。
地面から槍が生えてきた!
魔王の固有魔法ではないか、ここにきて、やっぱり罠だったのか? まんまと誘い込まれちゃいましたか?!
視線を向ける先では、次々と生える槍を切り払う魔王の姿があった。
『昔、これを参考にしたのだよ』
なるほど、……じゃない! 知っていたなら周知しておけよ!
槍は壁からも生えるため、一行は階段の中央に釘付けされる。当たり前だが、これでは敵の思う壺だろう。その証拠に、階段の上から、複数の石像が転がり落ちてくるのが見えるのだもの。
『チッ!
面倒だ、まとめてやるぞ』
魔力を寄越せと、カザンが乱暴に椿を抱き寄せてきた。おおっと、男性にこんなに力強く迫られるなんて初めてだから、緊張してしまう。
『馬鹿なことを言ってる暇はないぞ!』
カザンに歯の浮くような台詞は期待していないが、それでも言い方があるじゃないかと思う。
気を取り直し、カザンに身体強化魔法を施す。直接触れれば、魔力を通せる。スターシャの離れた仲間を強化できる魔法も便利だと思うが、この世界のヒトの燃料たる魔力を、ガソリンのごとく注いで燃やせる椿の身体強化魔法にだってメリットはある。
それは、白い魔力の特性なのかもしれない。椿の魔力を、他の魔法の扱いに長けた強者達は、己の魔法を使うために転化できるのだ。
つまり、カザンはこれから大技を繰り出すということ。
『動くなよ!!』
カザンは叫ぶと同時に、地面に手を付き魔力を籠め始めた。
――――なんだ?!
階段脇の壁が低くなっていく。
同時に、飛び出そうとしている槍などがピタリと動きを止めてしまった。おおっ、すごい! 何をしたのかはよく分からないけど、もっとやれとばかりにカザンに魔力を注ぎ続ける。
カザンが起こした変化が、目に見える形に現れ始めた。
階段がひとつずつ、真っ平らになっていく。ニジニの上下の街を登る階段のように、きれいに整形された石段に変わっていくのだ。
『ほう、疎密を操る黄色の魔力か。
巧いこと使うものだ』
魔王が刀を鞘に納めながら関心している。
カザンは、岩という岩を圧縮したのだ。階段の両壁すら、それを材料にして槍が作れないくらいに硬く圧縮してしまったようだ。ついでに、昇りやすく石段も整形してしまった。
地人も真っ青な仕事っぷりだ。
『お前ほど魔力があれば
誰だってできるさ』
転がり落ちてくる石像ごと、地面を固める材料にしてしまったカザンが言う。
しかし、石像が取り込まれた段は、血に濡れている。石の中には漏れなく、血が詰まっていたのだろうか。悪趣味過ぎるだろう。それとも、ヒトが石に変わったのでは、の考えが正しかったのか。
大量の石像が石段に変わり、その中身がざばざばと流れ落ちてくる。血の池ならぬ、血の滝か。
結局、石像はなんだったのだろう。本当に動いて襲ってくるものだったのかすら、定かではなくなってしまった。
カザンの背丈は椿より少し高い程度だけど体が分厚い。




