72.出立
買い物は概ね成功で、魔法の水筒を各自1つ持ち歩けるようになった。椿と3馬鹿でそれぞれ1つずつだ。これには、覗き魔女ポーシャが殊の外よろこんでいる。シェロブは仕事で料理をするが、ポーシャは趣味で料理をする。いつでも新鮮な水が得られる魔法の水筒は、宝物なのだ。
しばらくは水汲みをシェロブに頼ることになるが、この先、日常生活に戻ることになれば1tもの水を頻繁に使うことなどなくなる。十分に役に立つ。
他にも、薪がなくても火を熾せるように、焜炉の魔法具も手に入れた。と言うか、行商くんにその場で作らせた。仕組みを知りたかったからね。流石に一からという訳にはいかず、ある程度できあがった部位を組み立るレベルであったが。
3分クッキング宜しく、ここに出来上がった部品があります、とサクサク説明が進むので大変わかりやすかった。
教わるところによると魔法具は、心石を飾るその意匠で魔力の流れを制御して、目的の効果を得る仕組みである。具体的には「意味を持つ」模様を描く。それらを繋げて目的の効果を得るのだ。
割と正確に模様を描く必要があった。魔力を流す道筋の意匠は、その量に応じて太さを変えたりもする。人を選ぶとか聞いていたが、上手に図形を描くのは練習すれば何とかなり、特別な才能が必要とは思えない。どちらかと言うと、模様の配置や繋ぎ方などのセンスが必要な感じだ。なんせ飾りを兼ねる、デタラメな配置でも動きはするが、みっともない。
更に、魔力の道筋は環にして閉じる必要がある。魔法陣かな? とも思ったけど、別に円形でなくとも良いようだ。なんせ、立体物に這わせているのだもの。
こじつけだが、電気回路に近いかもしれない。流れるのが電気ではなく、魔力になったようなものだ。おかげで、椿でも簡単なものは作れると思う。
焜炉の魔法具は、火こそでないが熱が出る。電熱線コンロみたいに働くが、そこは電気と違う魔力さん、熱量が思いの外すごい。
火は、燃やすもので温度が変わる。対する魔力は、流した量で温度が上がる。なんかこう直接、設定された位置の温度が上がるのだ。そこに物があれば熱せられるし、なくても空気が温まる。焚き火のように、暖を取ることもできるのだ。
さすがだぜ、異世界パワー!
焜炉の心石には、もちろん椿が魔力を籠めた。大火力が期待できる。
そして出立の日を迎え、朝も早くに目を覚ました。
手早く準備を済ませて部屋を引き払う。
出る前に、王様とかに挨拶をしておいた方がいいのだろうか? この国の作法が分からない。まだ日も昇っていないのだ、面会を申し込む訳にもいかない。流石にまだ寝ているだろうし。
まあ、いいか。とっとと出よう。
餅を降りるまで、軽く30分は掛かるからね。
さて、岩山の裂け目まで降りてきた。門前には兵達が出立の準備を始めている。ぱっと見たところ、ロムトスでの行軍と規模は変わらない。弟君の同行はなくなったのだろうか。
椿を見かけた兵達が挨拶を寄越してきた。いい加減、椿の容姿も見慣れてきたようだ。
ニジニでは「おはようございます」に対して、「良い朝ですね」などと返す。雨が降っていようが、嵐だろうが良い朝として扱う。常套句なのだ。「ありがとう」に対する「どういたしまして」みたいなもの。
流石にこれだけ一緒に居るのだ、挨拶くらいの単語なら嫌でも覚えてしまう。
英語も話せないのに、ロムトス語を覚えてしまい、遂にはニジニ語まで足を突っ込んでしまった。帰ってからはまったく役に立たない知識ばかりが増えていくよ。
いや、ロムトス語をネタに使って小説でも書くか? WEB小説の投稿サイトでも使ってさ、世界のどこにもない本物の異世界語だ。リアリティでるかも。
『ツバキサン! 魔法※※! オネガイシマス』
見た顔の兵が声を掛けてきた。ニジニの間諜こと御者くんと一緒に居たのを覚えている。どうやら、強化魔法をくれと言っているようだ。準備が遅れているのか、それとも楽をしたいだけか。まあ、待たされるよりは早く済ませてくれた方が良い。ここは素直に施してあげよう。
周りを見渡してみると、砂っぽいが土もある草地だ。森の中ほどではないが、地中には菌類など魔力を伝播させる結構な数の植物達がいる。目の届く範囲には魔法をが行き渡るだろう。
ふふふ、今日は魔法銀の薙刀があるのだ。鞘まで作らせた一品だ。鞘には透かし彫りがあり、刀身に魔力を籠めると光っているのが分かる創りだ。
魔法の行使にはイメージが大切で、できないと思ったことはできない。このような精神的な働きは、魔法を受ける方にもある。凄そうだと思った魔法は、実際に高い効果が得られたりする。つまり、雰囲気を作ってあげれば、効果が上げ上げになるのだ。この魔法銀の薙刀は、その役割を果たすに十分だと思われる。
鞘袋を取り払い、鞘のままで薙刀を掲げた。
魔力は薙刀を経由してから、地面に伝える。足元から広げる形で強化魔法をばら撒いた。ロムトスの行軍では、幾度となく得た強化魔法の感覚だ。兵達はいっせいに椿を見て、何やら声を掛けたあと、張り切って準備に戻っていった。
うむ、頑張ってくれたまえ。
新しい薙刀は、柄だけで6尺(約180cm)ある。刀身が1尺半弱(約44cm)なので、前より手首から先ひとつほど長くなった。これを軽く掲げるだけで、椿の身長も相まって3mは上から周りを照らす形になる。目立つ目立つ。
下餅の職人たちだろうか、門前には出勤中と思われるヒト達が集まっていた。出立の準備を見学しているのだろうか。人垣を作って兵達と椿を眺めている。その中から、声を掛けてくる者が居た。
『……何をなさってますの?
それ、目立ち過ぎですわよ』
おお、オリガ嬢だ。見送りに来てくれたのだろうか。
……?
オリガ嬢の格好は、明らかに旅装だ。何処かに出掛けるのだろうか。お連れのお2人さんも、しっかりと動きやすい格好だ。大きな鞄までぶら下げている。
『いくら新しい武装が嬉しいからって、
はしゃぎ過ぎですわ』
誤解だ!
抗議の意味をこめて、オリガ嬢たちを強化に加えてみる。連れのお2人さんなら、すぐに何をしていたのか理解できるだろう。
ほら、不思議そうに軽くなった(と感じる)鞄を持ち上げて眺めている。
『これが噂の身体強化魔法?』
『準備が楽になるかな、と』
『呆れた……』
ええーっ? 合理的でしょー?
これに頼りきりになったら困るでしょう、と正論で畳みこまれてしまった。まあ、そうだけども。
パンパンと手を叩いて兵達に指示を飛ばし始めるオリガ嬢、やけに様になっている。普段から慣れている感じだ。あれ? でも学生さんでしょう? 委員長キャラは学外にも通用するのかしら。
そこに続けて現れたのは弟君、それに眼鏡と茜だった。
どうやら、弟殿下の同行は叶ってしまったらしい。
オリガ嬢もついていく。それが陛下の出した条件だったっそうだ。
今後は夫婦2人だけで、有事に対処する必要がでてくるかもしれない。今がそうだ、やってみせろ、と叱咤激励があったようだ。陛下もその昔、何か熱い体験があったのかもしれない。あの雰囲気だものな。自身を鑑みて、可愛い子には旅をさせろと言うところか。
幾ら霊穴の対処が難題だとしても、この同行する顔ぶれ的にはEasyモードだと思うぞ。
夫婦2人、そう夫婦、オリガ嬢は弟殿下の婚約者なんだと。信じられない、と言うか勿体ない! うーむ、将来の国母か。すでに侍女が一緒なあたり、納得できるところもある。委員長気質なのではなく、そう在れと育ったのだ。
しかし、しかしなぁ、あの弟君にオリガ嬢は勿体ないだろ……
結局のところ、ロムトスの行軍には4人が増えるに留まった。
弟、オリガ、チンチクリン、ノッポだ。
それと、例のセバスチャンあたりがこっそり付いてくるだろう。うちの白侍女シェロブが居るので、身の回りは心配ないでしょうよ。過保護ですよ。
今回からは道中、お湯だって気軽に使えるし。
総指揮を執る眼鏡に、オリガ嬢まで加わったからか、出立の準備は日が昇りきる頃に完了する。イケメン眼鏡のマーリンは、編成まで済ませてしまった。
隊列は変わって、殿下を中心に据える。その後ろに椿が付く。カザンは殿となった。椿も殿が良かったのだが、場所によっては強化魔法が全員に届かなくなってしまう。まあ、中央にはオリガ嬢も居るので、良しとするか。
全体としては二列縦隊で、ロムトス行軍時より密集する編成となった。
この理由は、首都の鏡餅が据えられた平原を抜ける頃に直ぐに分かる事となる。
ロムトスでは散発的に現れた亜人が、ニジニでは隊を成して現れたのだ。
現れたのは犬頭の亜人だ。コボルトだっけ? ゴブリンと同じで精霊に分類されているものではなかったか。犬らしく、集団で連携された行動を見せる。しかし、ブサイクだ…… ゴブリンは、犬面から可愛らしさと毛を取り除いたようなブサイクだった。
犬頭は、まんま犬だ。しかも可愛くない犬だ。亜人はみな、白目のない黒目勝ちの瞳をしている。しかし、この犬頭には白目が確認できる。斜視の気があるのか、両目がそれぞれ明後日を向いている。肉食のくせに草食動物のようだ。視野を広げる必要はないだろう、正面を見たまえ。ブサイクでブキミでクサイ、最悪だ。
けれども、絶対に独りのときに遭遇したくないな。武器の心得がないヒトが襲われたら、ひとたまりもないだろう。ゴブリンよりずっと俊敏に襲いかかってくる。
ニジニ兵達が集団戦を得意とするのは、必要があっての事だった訳か。
まあ、しかしだ。こちらには茜が居る。
彼女の雷の魔法がある限り、犬頭に出来る事はなにもない。
隊を成して襲ってくるという事は、まとめて殺してくださいと言っているようなものだ。ニジニ兵達が訓練の成果を披露する間もなく、犬頭たちは焦げた犬頭に変貌して地面に転がっていく。
ロムトスでそうだったように、馬車は速度を緩めもしないで進んで行った。
向かうのは、ニジニ大陸の西側だ。
ロムトス東部の霊穴の場所、あれと海を挟んだ反対側にニジニの霊穴があるそうだ。船で通り過ぎた場所へ引き返す形になる。1000m級の山を登ることになるらしい。
道中、弟殿下とオリガ嬢の(将来の)夫婦は、椿の身体強化魔法に感心しきりだった。まず、馬が休憩なしで走り続けるのが凄い。兵達が武装をすべて着たまま移動するので馬車の数が減り凄い。お腹が減りにくいのが凄い。何より1日ずっと効果が続くのが凄い、と褒め通しだ。
効果は続くのではない、続けているのだ。椿的にはしんどいけども。これだけ褒めてくれるなら、やり甲斐がある。なんせ、茜を始め、眼鏡やニジニ兵が感想をくれたことはない。当初こそ、おお、すげー、みたいな反応をしていたが、それきりだったし。
この行程も3日目となった。
ロムトスの神都からの距離だと仮定すると、今は教会の街スペンチアを超えた辺りだろうか。前方には、南から北へ峰を連ねる山が見える。あの山の何処かに霊穴があるはずだ。近づけば分かる、地面の下を椿と同じ白い魔力が流れているのを感じられるからだ。後はそれを伝えばよい。
ロムトスの東部がそうであったように、向かうニジニ大陸の西側には駅がない。首都が据えられた平原の西にある砦を最後に、ヒトの住む場所はなくなってしまった。
そんな移動中は、食事の回数が増える。悠長にお茶なんぞできないため、昼にも休憩を兼ねた食事をするのだ。
魔法の焜炉が加わったので、大きなかまどを組む必要がなくなった。鍋を保持できるだけの石組みでよい。人手が増えたのも良かった。ノッポとチンチクリンが、食事の準備に加わってくれたのだ。
王族付きとは言え、神殿侍女の方が社会的地位は上らしい。3馬鹿にだけ働かせる訳にはいかないとばかりに、パン焼き作業を買って出てくれた。折角なくなったかまどを作る手間を増やしてどないすんねーん、とは言わないでおく。若い精鋭たちの士気が上がるだけでめっけ物だし。何より、かまどは兵たちが挙って作るようになった。椿的には、焼きたてのパンが食卓に加わるメリットだけ享受できる。
椿は相変わらず、シェロブが馬車から引っ張り出してくる机で食事を摂っていた。
そこに、当たり前のように弟君とオリガ嬢が加わってくる。
『そう言えば椿さん
殿下の苦手意識、消えました?』
『彼の意識がオリガ嬢にいってるときは大丈夫だよ』
今では茜のからかい半分の突っ込みも、軽くいなせる。
あの陰鬱な表情と雰囲気にならなければ問題ない。今の弟殿下は年相応の男の子だ、ちょっと責任感の強い熱血委員長タイプだな。ザ・糞とは別人だ。
そんな殿下は、椿から嫌われていたと思っていたようだ。まあ、外れてはいないが黙っておこう。有能で、人望があって、美形で、王族とか、死ねとしか思わないさ。ハハッ!
そんな、楽しい食事の時間に、カザンが顔を見せた。
『おい』
うん、分かっている。
新しい魔法銀の武装を試すときが来たようだ。
犬頭も槍で武装しています。
ニジニ兵も槍ですが盾を持ち、剣も弓も魔法も使います。




