表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/92

70.買い物

 さて、お休みの2日目である。

 オリガ嬢とのウキウキ・デートが始まる。


 出落ちになるが、2人きりとはいかなかった。例のチンチクリンとノッポがついて来たのだ。よほど良いところのご令嬢なのか、この2人は将来のオリガの侍女なのだと言う。2人ともいわゆる爵位に当たる称号を持つ良家の娘だ。そんな子たちが仕えるのなら、相対的にオリガ嬢のお家はよっぽど格が高いと言える。

 因みに、ここでの侍女とは、身の回りの世話をする職業ではあるが、召使いではない。秘書などの役割を兼ねており、携わるお世話のレベルがひと回り違うのだ。生活から仕事まで、多岐にわたり女性の主人を補佐する職業だ。幅広い職能が必要であるためか、優秀なヒトが着く職業であり、社会的地位も高い。


 ついでに言うと、椿にも神殿侍女達がついて来ている。まあ、あちら3人に椿が1人きりだと、少し息が詰まっていただろう。逆に良かったかのかもしれない。


 本当は、デートを邪魔されたくなかったので、3馬鹿には休んでいて良いと伝えていた。しかし、客分とは言え、侍女が主人を放ったらかして休めるかと怒られてしまった。たしかに、ニジニでは言葉も通じないし、休みも糞もないか……

 神官スターシャだけは、神殿にアレフ翁を訪ねていった。この国での神官の仕事を見学したいのだと言う。真面目な子やなぁ、それなのに、なんであんなに馬鹿なんやろか。




 さて、カザンと大暴れした昨日の午後、茜とオリガ嬢に上餅を案内してもらった。この大小2つが積み重なった岩山の上にあるニジニ国の首都は、まるで「エアーズロックの鏡餅」に見えるのだ。それで、上段の岩山なら上餅と呼んでいる。勿論、椿だけだが。

 船の上で街を案内すると約束してくれていたが、茜にしてみれば異世界での充実生活を椿に自慢したかったのだろう。ところが、オリガ嬢が簡素、簡潔に学校の設備や生活を案内してしまったので、茜の自慢話は消化不足に終わってしまう。結果、案内が進むに連れて、茜はむくれてしまった。


 そんな訳で、今日は茜が居ない。

 椿に付き合うより、イケメン眼鏡のマーリンとイチャつく休日を選択したようだ。でも、あの仕事人間のことだ、ロムトス遠征で溜まりに溜まった職務を片付けているに決まってる。十分に構っては貰えまい。明日の茜は、昨日より更に機嫌が悪いことだろう。


 弟君おとうとぎみよ、茜の面倒は頼んだぞ。




 昨日の上餅に続き、訪れたのは下餅だ。

 ずいぶん広いにも関わらず、この街には居住区がないそうだ。首都なのに!

 商店と職人街が殆どを占めている。東京と埼玉の関係のように、働く街と、住む街が別れているようで、人々は港町から通ってくるそうだ。その特性上、下餅に歓楽街はなく、日が暮れてからの外出は禁止されている。なんせ、夜間は誰も居ないはずの街だもの、夜中に徘徊するのは泥棒しか居ない。もう、問答無用で御用となる。言い訳は署で聞くから、である。

 朝方決まった時間に仕事に訪れ、夕方決まった時間に家に帰る、これはもうホワイトな街、ホワイト・タウンですよ羨ましい。見習え日本人よ!!


 ちなみに、オリガ嬢は学生寮に暮らしているし、彼女の両親などの貴族連中は上餅で暮らしている。王宮や役所が、職場を兼ねた集合住宅になっているようだ。すし詰めの暮らしぶりは日本を彷彿とさせる。まあ、日本のマンションに比べれば、十分に広いんだが。


 今はまだ午前の早い時間、職人や商人が最も活気付く時間だ。


 まずは女子らしく、雑貨屋や服飾屋を攻める。

 森林資源の豊富なロムトスと異なり、ニジニでは紙も服も高かった。その代わり、金属製品がやけに安い。それはもう、プラスティック製品かと見紛うばかり。

 ニジニでは、鉄資源が豊富なうえ、それを加工する人材も豊富なのだ。具体的には金属加工に適した魔力持ちが多い。黄魔力は疎密を司る、穴掘りは勿論のこと鉱石から必要な金属を選り分けるのもお手の物だ。赤魔力は熱を司る、精製と加工を担当している。魔法で加熱するため燃料要らずだ、産業革命はここにあった!

 店頭に並ぶ商品には、錫、銅、銀などの食器が並ぶ。店舗自体を見ても、その建具にステンレス鋼に見える金属が使われているのが分かる。合金の研究も盛んなようで、日本を含む現代地球と遜色ない。


 この世界の工業は電気ではなく、魔力を動力に稼働しているのだ。


 それにしても、オリガ嬢がいい笑顔をしている。連れの2人を含め、やけに楽しそうだ。聞くところによると、普段は上餅から出る機会がないらしい。生活に必要な品なぞ、勝手に商人が売りに来る。服でさえ、職人を呼び寄せて作るそうだ。


 店舗に、既製服が吊るされている様すら珍しいと言い笑う。

 ほんに可愛らしい娘さんだこと。




 随分とたくさん買ったようだが、ご令嬢たちは戦利品を何一つ持ち歩いていない。欲しい物を伝えておけば、勝手に寮や家まで届けてくれるそうだ。代金もその時に払えば良い。買い物の仕方まで庶民とは違う「顔払い」ですよ。


 椿は、この街で信用を築いていない。当然ながら真似はできず、先に対価を払う必要があった。ところが、オリガ嬢からアレフ翁の名前を出せと助言を受け、会計の煩わしさから解放される。神殿侍女のシェロブやポーシャが側に居るのだ、すぐに信じて貰えた。前も言ったかと思うが、神殿侍女の装いは世界共通で、それと見て分かるものだ。日本でも袈裟を見れば坊主と分かる、あの感覚に近い。

 実際の支払いにも心配がないようだ。椿の財産は、イオシキー大司教を経由して教会預かりになっている。これは銀行の預金と同じ仕組みで、どの場所にある教会であっても同じように預け入れや引き出しが可能だ。教会が金融機関としても機能しているのだ。なんせ女神が実在する世界だもの、しかもそれを祀る教会、お金を預けるのにこれほど信頼できるところはないだろう。


 日も高い刻限となり、一行は昼のお茶と洒落込んだ。まあ、ニジニではコーヒーだけど。たとえ下餅に住居はなくとも、食事を提供する店は数多にあった。

 普段は席に座るだけで、口の中まで食事を運ばれかねない身分のご令嬢たち。自分でサンドイッチ風の惣菜パンを選んで席に着く、庶民には一般的な店の仕組みに目を白黒させていた。

 コーヒーはだけは頼まずとも運ばれてくる。

 最低1杯のコーヒーが席料も兼ねているわけだ。ああ、しまったな、飲食店でも高貴な令嬢ご一行の顔払いは通用するだろうか? 椿は金貨こそ持っているが、これはロムトスの通貨だ。ニジニで使えるだろうか。


 心配を余所に、ご令嬢たちは当たり前に支払いを済ませずに席を立つ。おおい、周りを見ておくれ、みんな代金をテーブルに置いているだろう。

 どうしようかと思っていたら、初老の男性が音もなく現れて支払いを済ませてしまった。その相貌はただ一言、セバスチャンと呼びたくなるもの。間違いなく、オリガのお家の執事か何かだ。隠れて付いてきていたのか、過保護だなぁ……


『ふふ、お嬢さま方をお願いしますね』


 ロムトス語を操る上、茶目っ気も伺える。おまけに、椿が気配も魔力も感じなかったあたり、護衛に足る十分な実力の持ち主なようだ。有能な人材の無駄遣いですぞ。


 感心ついでに、ロムトスの金貨を取り出して見せる。ふふふ、カミラから貰ったウェストポーチには貴重品入れの役目を与え、肌身離さずにしているのさ。


 これを両替してくれないだろうか。


『貨幣の価値は、ほぼ変わりません。

 信用して頂けるなら、この場でご用意できますよ』


 二つ返事でこの提案を受ける。

 金貨1枚分を、大銀貨と銀貨に変えてくれた。街中なら不自由しない額だし、これ以上は初対面の人間を信用し過ぎで良くないから、と紳士過ぎな世話をされてしまった。


 セバスチャン(仮)に礼を言い、オリガ嬢を追いかける。




 さて、お腹もくちくなった。次は椿としての本命、武具屋さんに突入したいところ。しかし、ご令嬢たちには退屈かもしれない。お伺いを立ててみたところ、是非とも行きたいとの返事を得た。この様子ならもう、何処に行っても楽しんでくれそうだ。


 武具屋では、木薙刀の代わりを探すつもりだ。

 攻撃力の強化が昨今の課題である。木を強化しても、鉄ほどの強度しか得られないのだ。せっかくの魔法だと言うに、鉄を切れる効果があってもいいじゃない?

 ところが、それが可能な強化した鉄は1回こっきりで崩れてしまう体たらく。

 ニジニ国はこれだけ金属が豊富なのだ、魔力を通しても崩れない代物があるかもしれない。

 そう言えば、ロムトスの武具屋に魔法銀のサーベルがあった。あれは強化できたよね? 一般的ではないだけで、存在するんじゃないのかな。


 オリガ嬢に光る片刃の剣があった話を振ってみる。


『儀仗用の剣ね』


 詳しくは知らないけどもと前置きをして、次のように話してくれた。行事があると、アレを吊るして参加するのだそう。国王の号令で一斉に剣を掲げて光らせる、お約束みたいな儀式があるらしい。アレだ、光()れ~って奴だよ。


 それにしても、まあ、光るだけの代物らしい。ちょっと残念過ぎやしない?


 ロムトスの武具屋では、強化魔法のデモンストレーションを店主に見せたところ、あのサーベルに案内された。そんな武器だから、てっきり強化できる金属だと思っていたのに。


 だがしかし、こうは考えられないだろうか?


 そもそも、物は強化できないのが常識の中で、魔力が通り易い金属が存在する。籠めれば当然、魔力の輻射がある。それは光って見えるものだ。元から丈夫な金属だから、強化できていることに誰も気付かない、とか。


 とにかく、見つけて試すしかないか。


 兵士の身分ではないオリガ嬢にとって、武具屋は未知の空間だ。2人の共連れと駆け回る勢いで店内を物色している。高貴な血筋であるなら、女性であっても護身術くらいはたしなんでいそうだけど、そうでもないらしい。まあ、魔法があるからな。オリガ嬢の魔法の腕前は先日、見せてくれた通りだ。どれだけ鍛えても、女性の筋肉量で板金鎧に穴を開けるなんて不可能だ。魔法の腕前を上げたほうが良いに決まっている。


 椿が探すのはただ1点、例の光沢ツヤツヤな魔法銀の得物だ。


 あった。


 あっさり見つけた。店舗の最奥、飾り棚にその金属の剣が並んでいた。手にとって良いのだろうか? 店員の姿を探すも見当たらない。うーむ、値段が分からないな。強化魔法を試して、壊してしまった場合には弁償する必要がある。半年で貯めたお金は膨大ではあるが、有限である。後先考えないやり方は避けねば。


 おーい、店員さーん。


『なんじゃ、それが気になるのか?

 見たところ、とても縁があるように見えんが』


 びっくりした! 不意に声が掛かった。

 しかし、その姿は見えない。


『ニジニは初めてか、なら地人はどうかな』


 声はカウンターの向こう側からであった。脇にある跳ね扉から姿を現したのは、椿の胸に届かないくらいの背丈の髭面だった。ずんぐりむっくりだが、筋肉の塊のような体格をしている。おぉ、ドワーフさんですか? 髭は、想像しているものより随分と短い。ドワーフのあの髭は、鍛冶場で仕事をしたら燃えるんじゃないかと疑問だったが、このおっさんが答えをくれたようだ。

 いや、いろんな支族があったんだっけ? 髭を伸ばさない連中も居るのかも。


『いえ、実際に会うのは初めて』


 なんとか笑顔を繕って返事をした。森人と違って、襲い掛かってはこないようだ。


『ふっほ!

 彼奴等きゃつらは女神狂いだからな、伝承に忠実だ。

 その姿では襲ってくださいと言っているようなもんだ』


 黒髪の聖女(?)がロムトスから訪れてくることは、事前に知れ渡っていたらしい。その周知のおかげで、不意の驚きはなかったようだ。あなたが襲ってこなくて安心した、なんてニュアンスの失礼極まりない椿の言葉を笑って済ましてくれる。


 このおっさんもロムトス語を使っている。案外、外国語を習得するヒトは多いのだろうか? 椿としては、とても助かるのだけども。しかし、よくロムトス語が必要とわかったな。ああ、ロムトスから来るって周知されていたんだっけ。


 それにしても、まるで作り物のような姿をしている。その身体に満ちるのは黄色の魔力だ、太い声がそれを裏付ける。見るからに戦士タイプだが、すっごく無駄に魔力が多い。覗き魔女のポーシャに迫る量だ。あれか、カザンと同じ重機タイプか、きっと魔力をガソリンみたいにガンガン使って動きまわるんだろう。

 そう言えば、あの森人達はみんな判子を押したように同じ姿であった。聞くところによると、戦い方も使う魔法も殆ど変わらないとか聞いた。ケレなんとかさんは、例外中の例外だったらしいが。

 この地人も、似たような姿かたちで大量に居るんだろうか。


 おっと、おっさんよりも魔法銀の方が大事だった。


『これ、ロムトスで見たことがあります。

 魔力で光るやつですよね』


『そこらの鋼よりよっぽど丈夫だぞ。

 飾りにしとくには勿体ないくらいにはな』 


 どうやら、儀仗用の剣であるのは確からしい。例の魔法銀と同じ特性であるなら、軽くて丈夫な代物だろうに、どうして武器として使わないのだろう。


『希少じゃからな。

 お貴族様の見栄のために使う分しか確保できん。

 他には回らんのだよ』


 はー、希少なところも指輪物語と同じなのか。もう産出する土地に近づけないとか? 地人の国は滅んでしまったのだろうか。


『指輪?

 そんな物にする酔狂はおらんぞ。

 だが、うむ、見栄えはええかもな』


 いい加減、おっさんが仕事に戻りたそうにしている。引き止め過ぎたかな、そろそろ本題を切り出さないと。


『相談したいことがあるんです。

 少しお時間を頂けませんか』


 ロムトスでやったのと、同じデモンストレーションが必要だ。安い剣はどこだ、コンビニ傘ばりの値段の奴があっただろう。周りを見渡す椿に、すかさず声が掛かる。


『お嬢さま、見繕ってあります』


 流石だシェロブさん、長剣と肉厚のナイフを手渡してくれた。


『なんじゃい、会計か。

 いま婆さんを呼ぶから待っ……』


 アピールした。魔力マシマシで、光りだす強化をナイフに施したのだ。おっさんの視線が椿の手元に釘付けになる。よし、そのまま注目しておいてくれよ。


 包丁の実演販売みたく、逆の手で持った長剣をなます切りにしてみせた。


『ほぅ……!』


『私は、鉄にも魔力を通せるんです。

 で、ここからが相談なんですが』


 おっさんが注目してくれているのを確認してから、ナイフから魔力を抜いた。すると途端にボロボロと崩れだすナイフ、やっぱり駄目か。すごく質の良さげな品物だったので、ひょっとしたらた期待したんだけど。


『そのナイフは自慢の品だぞ。

 どんな無茶をしよった』


 ちょっと怒らせてしまったが、食いついてくれた。


 ロムトスで失敗したのは説明が足りなかったのだ、今度はくどく行こう。次に、木薙刀を強化して見せる。ここにきて、店主のおっさんがようやく状況を理解する。


『固有魔法か!』


 違うと思うけど、説明が面倒臭い。否定しないで話を進めよう。


 すぐに椿の魔法が武具を強化するものと理解したおっさん、あろうことか魔法銀の直剣で椿に打ちかかってきた。一合で剣を引いてくれたが、冷や冷やした。もし木薙刀で受けれなかったら、どうするつもりだ、このおっさんは!


『なるほど、木材であれば魔法を解いても崩れないと。

 それにしても、鋼に負けん強度があるな。

 粘りもある、それ自体が魔法銀に負けておらんぞ』


『これでは、鋼を斬れないんです』


『ふっほ!

 欲張りな奴だ、それでこいつを?』


 うむ、崩れるかもしれないが試して良いだろうか。ロムトスで試したとき、ほんの少ししか魔力を籠めていない。光るという、思いがけない反応があったから、そこから先に意識が向かなかった。


『買い取ってからやれと言いたいが、試すなら自由だ。

 金を払うのは、壊してからでええ』


 いやいや、何も製品でやらなくて良いのだ。

 端切れはないのか? クズ鉄ならぬ、クズ魔法銀とかが。


『なるほど、それが相談か。

 あるぞ、待っとれ』


 やったー! 来た甲斐があった。最初の店で当たりを引くとはツイてる。これで、ちゃんとした確認ができるな。

 おっさんも割とわくわくしていたのか、どたどたと走って戻ってきた。


 そこになんの騒ぎかとオリガ嬢も寄ってくる。


『ほれ、これを使え。

 不純物が多くて、再生待ちの粒塊だ』


 これなら惜しくないと寄越したのは、小指の爪先ほどの銀塊だ。小さくても白く曇っているのがわかる。


『あら、それが未加工の魔法銀ミスリルですの?』


 おぉ? ミスリルって言ったぞ。同音なのか、不自然なほど共通点が多いな。この世界を作ったのは○ールキンか、はたまた熱心な彼のファンかもしれないな。


 受け取った魔法銀は、金属らしい重みがあった。ひんやりと冷たいが、すぐに手の熱が伝わり心地よい冷たさは失われていく。この熱の伝わりやすさも、銀そっくりだ。その銀塊を親指と人差し指の2本で強くつまむ、そして輪にした指を循環させるように魔力を流した。


『ここからだな』


 おっさんがワクワクを隠さなくなってきた。


 知られている通りに、魔法銀が椿の魔力の色に光りだした。それと同時に、融けたハンダが表面張力で丸くなるように、涙型に整形されていく。

 その表面からボロボロと落ちるのは、魔法銀に含まれていた不純物だろうか? 薄皮が剥がれるようにゴミが落ちていく。


 輪にした指を循環する魔力の一部が戻ってこない。ほんの少しだが、魔法銀に吸い取られているようだ。ロムトスで魔法銀の剣を強化した時には気付かなかった感覚だ。


 魔法銀が魔力を吸わなくなる頃には、銀色に輝く綺麗な涙型の粒に変わった。最初に感じた金属らしい重みはなく、不思議な軽さをしている。


『地人が魔法銀を鍛えるとき、

 膨大な時間を掛けて加工するが……

 お前さん、一瞬でやりおったな。

 我らの秘伝を上回っておる、どうやった?』


 何かをやったと言うなら、魔力を流しただけだ。一応は強化魔法のお試しだから、籠めるというよりは、激しく流し込んだと言う表現が正しいかな。


『ふむ、力技か。

 参考にならんではないか』


『貴女の魔力って、割りと出鱈目な量だものね』


 うーむ、確かに無駄遣いできるほど魔力があると自覚をしているが、「多い」とは少し違うと思う。


 どうも皆は、個人が保持する魔力を容量で測るきらいがある。ヒトの体が魔力の入れ物で、そこに貯めておくものだと認識しているのだ。その認識では、言葉通りに入れ物の大きさ分しか魔力を貯めることができない。実際に魔力がなくなって魔法が使えない、なんて言っている状況を何度も見かけた。

 そして使った魔力は眠ることで回復する。または、ポーションなどで補うものらしいのだ。


 これに対して、椿は使うときに必要な魔力を作るに至っている。そもそも気功のイメージが、この世界で魔力を扱うに至る切っ掛けだ。当然、運用も椿が持っている気功のイメージに引っ張られる。

 前にも表現したが、気は肚から湧くのだ。

 魔法を覚えたての当初、熊モードなど規模の大きな魔法でごっそりと魔力を失う感覚があった。なんの事はなく、熊モードを解いて魔力を回収したり、追加で魔力を練って、再び体に満たすことができた。

 この魔力を練る、と言うのが新たに肚から取り出す行為に当たる。湧く量は、気力が許す限り無尽蔵だ。半年の魔法の研鑽しゅぎょうでたどり着いた境地と言える。


 話を魔法銀に戻すと、不純物を減らすのが軽くて丈夫な金属として加工する手段のようだ。そう言えば、あの錆びやすい鉄も、限りなく純度をあげると錆びにくくなると聞く。

 粗密を司る黄色の魔力で、ちょっとずつ不純物を取り除いているのだろう。椿のやった大量の魔力を通す行為が似たような効果を生んだのかもしれない。もしくは、流れる魔力で魔法銀以外の金属が崩れ落ちたのか。


 それはそうと、強化を解いても魔法銀は崩れなかった。ここまではロムトスの体験の裏付けだ。問題は強化魔法が働くか、だ。派手に光るのに魔力が使われてしまい、何ら効果が及ばないとかでは意味がない。


 椿の意図を読んだのか、はたまた自分で試したかったのか、おっさんが魔法銀の片手剣を持ち出してきた。ご丁寧に試し切り用のコンビニ剣まで抱えている。


 おっさんに手渡されたのは、刃渡り1尺半弱(44cm)の片刃の短剣だ。こいつ、もう椿がやりたいことを分かっているんじゃないか? いそいそと、木薙刀の刃にある反りの形を確かめている。


『この模造槍の実物を作りたいんだろう?』


 いや、その通りなんだけども……


『いいから、さっさと試しらどうだ』


 察しが良すぎる。おまけに、地人にしては表情が豊か過ぎるとシェロブが言う当たり、こいつはロムトス育ちじゃないのか? まあ、乗り気になった職人の機嫌を、わざわざ害することもあるまい。椿も早く試したい気持ちがあるし。


 受け取った短剣は少し肉厚で、わずかに反りのあるサバイバル・ナイフを連想させる姿をしている。刀身の長さにくらべて、両手で握れるほど柄が長い。片手で握って余る場所に派手な装飾がされているあたりが、その理由を示している。儀仗用だしね。


 最終確認を兼ねておっさんに視線を向けると、うむ、と頷いてくれた。外人がサムズ・アップを決めるときの、あの表情付きだ。うざい!


 そして、最初はゆっくりと短剣に魔力を流す。すると、持ち手から先端に向かい、伸びていくように蔓草の意匠が浮かび上がる。これ、凝りすぎだ! そのまま、自分の腕を伸ばしたかのように、全身を循環する魔力の流路の一部に加える。暴力的なほど、大量の魔力が流れ始めた刃は、蔓草の意匠が消えるほどの光を放つ。ピークを超えた光は、やがて地肌を晒すほどに落ち着くが、その様子は熱した鉄が赤く光るさまに近い。


『おい、やり過ぎるなよ』


 鈍く光る刃をコンビニ剣に突き入れると、柔らかい土に沈むように刃が突き立つ。突く、斬る、突いて裂く、コンビニ剣は見事にグチャグチャになる。強化した木で、木を削ったときよりも容易く刃が通る気がする。鉄を強化するよりも具合が良いぞ。


 そして、魔力を抜いた短剣は崩れず、元の形を保っていた。

 成功だ! 皆から歓声が上がる。


 けれども、柄の装飾などはボロボロになってしまった。これは、錫と銅の合金などを盛り付け、彫り込んだ装飾なのだそう。鉄以外の金属も、同じくボロボロになるようだ。


 崩れた装飾や、バラバラのコンビニ剣の断面を観察して、ひとつ気付いた事がある。これ、錆びているのだ。金属の強化をイメージするとき、電気が流れる理屈から着想して、電子が移動するかのような魔力の流れを考えた。これ、実際に電子が移動して、金属分子がイオン化してるのかも。イオン化する、つまり錆びたのだ。それで、ボロボロと崩れたんじゃないかな。金属を砂鉄に替えると言い換えたらいいだろうか。

 移動した電子がどこに行ったかは分からないけど。


 ともあれ、これで必殺剣(物理)の完成だぞ。相手を鎧ごと斬れるようになったかもしれない。これに名前でも付けて、叫んで振れば必殺剣(技)だな!


 おっさんが長い木の棒を持って、どたどた近づいてきた。


『ほれ、柄の太さはこれで良いだろう。

 希望の意匠を聞かせろ』


 まだ、作るとも言ってないし、報酬も相談していない。それでも、おっさんは作る気まんまんだ。折角の機会を逃さない方がいいとは思うけども、まだ1件目なんだよね。


『あら、いいじゃありませんの』


『ここらでロムトス語を使うのは儂くらいだぞ』


 オリガ嬢まで無責任に決めてしまえと言う。おっさんのアピールは確かにその通りなんだけれども。

 シェロブまでも作る方向で動いていた、持ち出してきたのはロムトスのお爺ちゃん宅に置いてきた、予備の木薙刀だ。参考に、おっさんに置いておく分を持ってきてくれたのだろう。


 うーむ……

 まあいいか、ここに決めてしまおう。




 おっさんには薙刀の概要を伝えておく。

 これは斬るための武器であること。重心は中央に欲しいので、石突が付いていること。この世界の武器の柄は断面が円形であるが、これは長円形(oblong)であること。鍔はあってもなくても良いが、魔法銀以外の金属が使えない以上はない方が簡単に作れるだろう。

 作るに足る事は、大体を伝えたと思う。


 最後に、使い方を参考にしたいと請われ、祖母ゆずりの形を披露した。室内向けの形なので、店内でも行えるものだ。ご令嬢たちが興味を持ってくれると嬉しいけど、まあ教える暇はないか。


 日が落ちる頃合いで、明日も訪ねると言い置き店を辞した。

 そう言えば、明後日には出立なのだ。間に合うのだろうか?

色々と確認が足りてないぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ