69.腕試し
『殿下を迎えた場合の段取りをしましょう』
イケメン眼鏡のマーリンが突然、トチ狂った事を言いだした。いや、要らないでしょうと言う椿の発言を、いつものように無視して進めていく。そろそろ、そのメガネを叩き割ってやらねばなるまいか。
もう参加する意味はあるまい、部屋で読書に更けようか。そうして席を立とうとすると、オリガ嬢に引き止められてしまった。
『ちゃんと踏み止まっておかないと、
本当に好き勝手されますわよ』
こうやって分かりにくい嫌がらせで当事者を遠ざけ、本人の居ないところで我慢の限界ギリギリを少しだけ下回るように調整するのが、あの眼鏡の常套手段らしい。ああ、なるほど、オリガ嬢も眼鏡が苦手なようだ。許すから、あの魔法をドタマに打ち込んでやれば良いよ。
はぁ…… 仕方がない、腹が立つがコーヒーとアップルパイで気を紛らわしながら耐えるとしよう。
しかし、こんな学食で話し合うのが、国の継嗣を危険な場所に送り込む段取りなんだよな。この国は少し頭が可怪しいよ。殿下の参加で、少数精鋭の作戦部隊から、英雄率いるミーハー団体に変わってしまいそうだ。
そう、目立つ奴が居ると、それに続く奴が現れるのだ。
ロムトスで霊穴の対処に当たったのは、祖国のため仲間のためストイックにひた走る愛国の士であった。殿下を救国の旗印に掲げて囃すと、勝ち馬に乗りたい下心の連中が増えていくに違いない。まるで糞の取り巻きと変わらないではないか、台無しだ。
そしてヒトが増えると、当然ながら馬や荷台も増えるわけだ。もう馬車を強化するにも魔法の範囲に収まらないだろう。ロムトスでやったような急行は叶わなくなる。
弟君の随伴は、間違いなく負担にしかならない。
ほら、置いていこう?
ぶつくさ文句を言う椿に、悲しそうな顔を見せる弟君だが、これも本人の為である。心を鬼にして当たらねばならない。そら、邪魔だから関わるな、と。
オリガ嬢も、眼鏡が曖昧に進めようとするところに切り込んでいく。
『実際に霊穴で対処にあたる人は限られているのでしょう?
戦力が変わらないのに人数だけが増えています。
これでは、旅程が伸びるばかりですわ』
現状、カザンと椿しか守り人に対応できない。なんせ、霊穴のそばでは魔力が霧散する、魔法は使えないのだ。ヒトを身体能力で上回る亜人の守り人に、魔法なしで挑まねばならない。そんなだからむしろ、ロムトスで随伴してくれた精鋭たちの方が役に立つだろう。なんせ茜も眼鏡も、白兵戦はからっきしなのだから。
『殿下って、ちょっとは使えるの?』
ようは、どのような戦力になるのか。弓、槍、剣盾、魔法と、この世界の兵たちが習得する武技は多岐にわたる。なんせ有事の際に、自分の得意な獲物が使えるとは限らないのだ。剣しか使えない兵士など、何人集まっても人頭鳥を一匹だって落とせやしない。
椿ですら薙刀の他に、剣道、槍道、弓道を齧っている。別に本格的に習った訳ではない、祖父の伝手で道場に集まる人から指南を受ける程度だ。それでも形を見せてもらったり、実際に立ち会いしたり、教わるは十分な密度ある。見て、聞いて、触れて、違いを知ることが大事なのだ。
出来るか出来ないか、得意か不得意かは別である。剣が得意な自分が、盾の得意な誰かと組むにしたって、盾役の動きを知っていれば得られる結果も変わってくる。
現代社会で競技として身に着けた椿と違って、この世界の兵たちにとっての武芸は生きる上での必須技能なのだ。椿とは比べ物にならない努力をしているはず。その兵たちを預かる将来の王として、弟君はどうなんだ、と。
そんな椿の疑問には、茜と眼鏡が代わる代わる教えてくれた。
殿下アピールだ。
魔法はマーリンに次ぐ実力だそうな。そして、剣技では並ぶものなし。槍は馬上でそこそこに、弓は魔法が得意なのであまり使わない。何よりも、亜人討伐に何度も兵を率いては戦果を挙げた経験があると言う。
おぉ? 割と使えるんじゃ。一緒に居たいかは別として。
そこへ、オリガ嬢がこう付け加えた。
数年前にカザンと手合わせしてコテンパンにされた。並ぶ者はなくても、上を行く者は居るんかい。
オリガ嬢は容赦ないな…… 王族相手に大丈夫なの? 不敬罪とか。
しかし、うーむ、カザンか。彼に勝てとは言えないが、少なくとも最低ラインの提示はできるんじゃないだろうか? なんとか眼鏡をやり込めたい、オリガ嬢と相談してみようか。
・・・・・
そうやって出てきた案は、こうだ。
『私達に必要なのは白兵戦力です。
道中は茜が居るので、そこには必要ありません。
霊穴の守り人、これに対する戦力を底上げしたい』
『もし殿下が同行されるなら、少なくとも……
守護される立場のツバキさんより弱くては話になりません』
椿の実力を上回らなければ連れていけないと告げた。本当のことだ、椿はロムトスではギリギリだったのだ。
弟君は、その提案に自信満々で応えてくる。
『どうやって証明すれば納得して頂けますか?』
『それはもう直接、私と手合わせしてください』
本当はカザンにぶつけたかったが、既にコテンパンにされたと紹介されている以上、そこに持っていき辛かった。だが、こちらの提案が却って殿下の希望に道筋を作ってしまったのか、ひっ、興奮気味でにじり寄ってくる。
ここで横合いからツッコミが入る。
『目も合わせられない相手に、何を言っているんだお前は……』
おっと、突然の登場はカザンだ。何処に居たんだろうか。ここは学食だぞ、学び舎だ、おっさんが居てはいけない。自分を棚に上げたが、カザンよりは皆に近い!
そんなカザンに親しげに語りかける弟君、コテンパンにされたと言っても数年前なら中学生とかそんな年頃だろうし、逆に憧れたのかもしれないな。
『久しいなカザン』
『ご息災で何よりです。
あれから随分と鍛えられておられるようで……』
いつか乗り越える壁、尊敬できる男、そんな感じの熱い視線をカザンに向けている。青春臭くて胸焼けしそうだよ。弟君のあの表情、なんか芝居掛かって見えるんだよね。
弟君はカザンと手合わせしてみせましょうと意気込む。
しかし、それでは椿の実力が示せない。
『カザンの実力は知っておられるのでしょう?
であれば、私とカザンの手合わせを見ていてください。
それで私の力も推し量れますでしょうし』
カザンは暇ができたら手合わせする、と言ってくれた事がある。いまが丁度いい機会ではないか。今日はポーションもたっぷりあるし、シェロブも居る。事後処理は万全だ。
それに、椿の手合わせが終わったら、弟君も相手をして欲しいと言っている。ほら、面倒事はまとめて済ますのが楽でしょう? そうな風に、満場一致で押し込められると、流石のカザンも折れてくれた。
意外なところで、オリガ嬢もカザンの模擬戦を間近で見れるなんて、などと喜んでいる。この男は、ニジニでも有名人なのだろうか? 妬ましいことで。
『ロムトスの鉄騎、実物が見れるなんて』
てっき! ブフフ、鉄騎!! 二つ名だ!
初めて生で聞いた、創作じゃなくて実際に使われたところを、だ。ウケる!
そして手合わせは、射撃場の南にある錬兵場で行う運びとなった。場が整うにつれ、カザンも乗り気になってくる。見た目通りに、体を動かすのが好きなんだろう。椿も、革の補強がある古着に替えて気合を入れる。
さあ準備は万端だ、練兵場の真ん中にカザンと進み出た。椿は構えた木薙刀に魔力を籠め、諸々の強化を済ませると正眼に構えたみせた。
対するカザンの構えは片手剣を体の前、正中に置くものだ。左手はボクシングのファイティングポーズのように胸元にある。そう言えば、カザンは馬に乗る騎兵でもあった。いつも片手剣なのは、左手で手綱を握る必要があるからかもしれない。
構えて向き合あい、お互いの気力が充実したタイミングで突きを放つ。椿は先手を取るのを好む、祖父に通用した試しはないが、それでも十数年この形を続けてきた。祖父が異常なだけで、現役の頃に同年代を相手して、遅れを取ったことはない。
ポーションの効力を当てにして、ほとんど殺すつもりで放った突きを、カザンはあっさりと避けてみせた。
想像して欲しい、電信柱の向こう側の相手に突きを届ける難しさを。
あのちっぽけな片手剣を払いのけられる気がしない。渾身の突きでも片手剣は微動だにせず、あっさりと薙刀は逸らされてしまう。後ろ足を半歩ずらしただけのカザンを捕えることができない。
カザンは薙刀の柄を掴み、剣を振るって反撃する。すぐに懐に入ってカザンの手首に肩をぶつけて斬撃をやり過ごした。間髪を入れず、カザンの掴んだ手を挟むように薙刀を掴み直す。そのままひねって、カザンの手から柄をもぎ取り、流れで石突を脛に打ち付ける。カザンはそれも、あっさりと飛び退いて避けた。着地際に足を狙って突きを入れたが、これは片手剣で払いのけられてしまった。
このカザン、デカくて怪力のくせに、身軽なので手に負えない。地頭もよく攻撃は多彩、感も鋭いため裏をかいてもギリギリで防がれてしまう。こちとら熊モードに、発展型の身体強化魔法を完備しているのだ、それに対抗してくるとか凄いの一言で済まない。
これはもう人間を超えてる、「超人」だよ。
模擬戦は競技ではない。カザンの攻撃は、当然のことに片手剣だけに頼るものではなかった。足を踏む、膝内を蹴る、左手で体を掴んで突いてきたり、掴んで投げを打ってくることもある。
投げられそうなときは、薙刀を両手でしっかり体に引き付け、石突を相手の股ぐらにつっかえ棒のように突き入れてやり過ごす。祖母に教わった投げ対策だ。何気に異種格闘とか、ハイカラな活動をしてはったんだなぁ。と、今になって思う。あの祖父にして、祖母であったか。
突いても、払ってもカザンには届かない。反してカザンの打ち込みは重く、こちらの重心に向かってまっすぐ落とされるそれは、受け流すことができない難儀なものだった。こうやって胸を借りると、カザンの方が1枚上手だと分かってしまう。くそう、悔しいなぁ。
『お前の形は綺麗すぎるんだよ』
これでも洛西の乱暴者って呼ばれてたんだけどなぁ。あぁ、椿にも二つ名があったじゃないか……
結局、二人とも汗だくのヘロヘロになるまでやり合った。鼻血は出るし、痣だらけだし、そんな状態でもお互いに決定打は得られない。強化魔法中は疲れないと思っていたが、そんなことは全然なかった…… いや、単純に負荷の大きさが問題だったのだろう。走るだけとは違う、超人を相手にしたのだから。
それにしても、カザンの強化魔法は神官スターシャが使っている、この世界の一般的なものとは違う感じがする。体に満たした魔力を循環させ続けているのだ。ある意味、椿の身体強化魔法に近いかもしれない。
『お前に魔力の使い方を教わってから世界が変わったよ』
ガザンがそんな感想を零す。
ふむむ、教えてから一月くらいしか経ってないぞ…… なんだよ天才かよ。
もう固有魔法を発現できるようになっていても驚かない。
しかしだ、カザンの実力がこれで全部とは思えない。幾ら攻撃を叩き込めたとしても、あのみみっちい片手剣で海獣トドを始めとしたデカブツ達に致命傷を与えられるとは思えない。まだ、何かを隠しているはず。
もっとも、椿の実力を弟君に見せつけるための模擬戦だ、最後まで見せてはくれないんだろうけども。
そう言えば、弟君を忘れていた。探して視線を向けた先には、椿が怯える度に悲しそうな表情を見せては思い詰めていた殿下が、何やら吹っ切れた顔つきに変わっていた。
『呆れた……
二人して、尋常じゃあない』
オリガ嬢に続いて、弟殿下にまで呆れられた。
『でも凄い!
貴女が亜人に打ち勝つというのは本当なのですね』
うむ、これでもギリギリだったのだ。守り人は強いぞ。
それにカザン、以前も強かったが今はそれに輪をかけている。そう興奮気味に話す殿下はとびきりの笑顔だ。そうか、あの思い詰めた暗い表情が糞と瓜二つなのか。青年らしい、明るい振る舞いが、彼本来の人柄なのだろう。まるで別人に見える。うん、あれなら怖くないな。
『守り人には魔法が効かなかったから、
椿さんに勝てるかが最低条件なんですよね』
『とんでもない実力じゃない!
偉そうに連れ回した私が馬鹿みたいですわ。
そもそも、女神に遣わされた方でしたわね……』
無理ゲーでしょ、と感想を零す茜にオリガ嬢まで同調する。
『貴女って、正体不明でしたけど
ちょっとは人柄が見えてきた気がします』
オリガ嬢が言うには、伝え聞いた椿という人物は、どうにも不明瞭だったらしい。
ひとつ、兄殿下に惨い仕打ちを受けた可弱い女性である。ひとつ、上質のポーションを作り得る錬金術師である。ひとつ、青鬼を一騎討ちで屠る槍術の使い手である。ひとつ、唯一無二の白い魔力で癒やしの力を持つ伝承の聖女である。
どうだろう、すべて別人の評に聞こえる。
いざ会ってみると、大体合っていたと言うのがオリガ嬢の感想だ。後ろではカザンが殿下と手合わせを始めている。ヘロヘロだったカザンは椿の渡したポーションをひと煽りすると、途端にピンピンして殿下の相手を始めたのだ。そのポーションからは白い魔力の輻射が確認できた、優秀な錬金術師であるところも窺い見える。
『でも俄然、興味が湧いてきたわ』
正直、オリガ嬢には引かれてしまうかと心配した。カザン相手にはっちゃけ過ぎた。けれども、明日も買い物に付き合うと約束を交わす程の仲になれたのだった。
それにしてもカザンだ、奴にはあっさりと魔法の工夫で追い抜かれた気がする。この世界の住人だから、椿よりも魔法に馴染みが深いとは言え、進歩が早すぎる気がする。ずるいぞ。
椿としても、なにかひとつで良い、奥の手が必要だ。カザンとの手合わせで痛感した。何か必殺技が欲しい! せっかく魔法があると言うのに、ろくに使いこなせていないではないか。
そうだ、今思いついたけど、相手の身体強化魔法は消せるのだろうか。霊穴の土俵に埋まっていた石版、あの中央付近で茜の雷は掻き消えてしまった。
しかし、椿自身が立っても身体強化魔法は消えていない。
できないのかな?
でも、相手の強化を消せれば、この上ないアドバンテージとなるぞ。守り人だって身体強化魔法を使っていた可能性がある。その他にも妨害できるものがあるかもしれないし。
椿の白い魔力で、放出された魔法を消せるのは知っているが、相手の体内を循環する魔力をどうやって消せば良いものか…… まあ、焦らず3馬鹿に協力してもらいながら探っていくか。
ああ、そう言えば強化した木刀をシェロブが通り抜けられなくなる事があったな。魔力を籠めた手や物で触れるだけでも良い気がしてきた。追々突き詰めていこうかな。
笑顔の弟君なら怖くない
だからずっと笑って居させてあげる!(茜あたりが)




