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68.同じ穴の狢

 このニジニ国は、ロムトス国よりも南に位置しているそうだ。


 その割には、本格的な夏を迎えた、この時季であっても過ごしやすい。建物の中に入ればひんやりと涼しいし、常に吹くそよ風が暑さを忘れさせてくれる。さあっと木々の葉が揺れる音も、風鈴のような清涼感を与えてくれる。


 そう、こんなにも過ごしやすい天気なのに、これから本を読みながら優雅に過ごすはずなのに、暑苦しいヒト達に囲まれてしまった。


 現れたのは、皆して赤い魔力をした3人だ。脳筋の国ニジニを見事に体現している。中央に立ち椿を睨むのは、濃い金髪、吊り眉毛、海藍色の瞳をした幼さが残るも凛々しい美女だ。意志の強そうな目元に、真一文字に結んだ口元が知性を感じさせる。見るからに良いところのご令嬢だ。着ているドレスは少し活動的だが、上質で手入れが行き届いている。そしてその上品さを、腕組の仁王立ちと言う淑女らしからぬポーズで台無しにするあたりに性格が表れている。


 残り2人も美形だが、なんだかちょっと残念なチンチクリンとノッポだ。


 彼女らは、椿が与えられた客間に続く長い廊下を塞ぐように立っている。

 衛兵さーん、仕事してください!


 それにしても、茜はこの国で勇者としてヒロインてんこ盛り学園生活をしてきたらしいが、正直ずるいと思う。椿に訪れるのは厄介事ばかりではないか。


 はてさて、中庭のテラスで椿に視線を投げていたのは彼女たちだろう。どう見ても、ザ・糞や弟、男前の王様との血縁は感じ取れない。払ってもよい火の粉のようで、まずは一安心と言うところか。白侍女シェロブをはじめとする、神殿侍女である3馬鹿が後ろに控えたままなあたり、見た目通りに身分は高いのかもしれないが。


『貴女がロムトスから招かれた方かしら?』


 どうしたものかと考えていると、先に声を掛けられてしまった。


『え? いえ、招かれた覚えはない、かな』


 事実を伝えたのだが、嫌味に聞こえたらしい。無理やり連れてこられた、と表現するべきだったか?

 少し表情がきつくなるご令嬢、連れの2人もそれに吊られて怒りを露わにしていく。ロムトス語を使うあたり、お教育の糞行き届いた貴族の子女じゃなかろうか。残り2人は、何を言っているのか分からないが、怒っているのは分かる。ロムトス語が大体は分かるが、話せるほどではない。そんな、日本人の英語力に通じるものを2人から感じる。

 年の頃は茜と同じ高校生くらいだろうか、それなら学力は高い方じゃないかな。(自分が高校生だった頃の英語力に思いを馳せながら)

 こちらのご令嬢と、糞弟の頭脳が平均から突出しているのだろう。茜の多言語はチートだから、あの子の頭の出来については語るまい。


『霊穴の対処に同行されるようですが……

 貴女には少々、荷が重そうですね』


 いきなりの駄目出し!


 一定の力量に達した魔法使いたちは、相手の魔力を見ることができる。魔力の使い方を習得して1年も経っていない椿にだって出来るのだ、こちらから見ることができる相手であれば、当然ながら向こうも出来るだろう。

 そこで最近の椿はシェロブを参考にして、魔力が漏れないように工夫している。白い魔力は目立つ、隠したほうがよい。もっとも、アレフ翁には見破られてしまったが。


 頼りなく見えると言うことは、この令嬢ご一行に対しての隠蔽は成功している様子だ。つまるところ、ご令嬢たちの魔法的な実力はアレフ翁に劣っているわけだ。


『大切な席で居眠りなさっていたでしょう?

 陛下の御前だと言うのに』


 むむ、やはり見ていたのは彼女らで正解だ。

 てっきり弟殿下と一緒に居られるという、通常であれば役得な椿の立ち位置をやっかんでいるのかと思った。しかし始まったのは、ただのお説教だ。


 どうも責めている訳ではなく、椿の身の上を心配しての事らしい。


『殿下も同行されると聞き及んでいます。

 そんな心構えでは……』


 ええぇぇ、周知されるくらいに、弟殿下の同行は確度が高いのか。えぇ……


『貴女、その表情かお……

 どの道、同行は決定事項でしょうに』


 どうやら顔に出てしまったらしい。言い訳しておくが、誰だって自分を害した人間(と同じ顔)が一緒に居て、落ち着いて居られるはずがない。嫌に決まっている。


 連れの2人まで、困った人ねって顔をしている。

 なんで幼児扱いされるのだ、納得できない。


 このご令嬢は、いわゆる委員長気質のようだ。世話焼きとはちょっと違う。出来の悪い生徒が許せず、引っ張り上げたくなるタイプかな。あなたはこのクラスに相応しくない、だから高貴な私が導いてあげます、って少女漫画で見るようなアレだ。


『相談にのりますから、場所を替えましょう。

 付いていらっしゃい』 


 ほら、間違いない。


 正直、このご令嬢の実力的に教わることなど無いと思う。しかし、まだ見ぬニジニの技巧に邂逅するかもしれない。それと、この国でも味方を作っておきたい。このご令嬢は善人そうだし、仲良くなれると嬉しいかも。

 先に挙げておくが、眼鏡は駄目だ。友人としては最悪だ。アレの優先順位は国への忠誠が一番だろう。個人に肩入れをするまい。するとしても精々、茜ぐらいだろう。それも打算的なものだ。


 ここは素直に、ご令嬢のお世話になってしまおう。




 案内されたのは王宮の門前広場を東に抜けた区画である。茜の通う学校や寮が存在する場所と聞いている。あらら、茜に案内してもらう約束をしていたのに、先に着てしまった。これは気まずいな、なんて言い訳しよう。

 そんな心配を他所に、令嬢ご一行は学舎と思しき建物を素通りしていく。たどり着いたのは、上餅の北東のへりだ。上下の餅の縁が最も狭まっている場所で、下餅には建物を敷くほどの広さがなく、資材置き場のようになっている。運動場とか、訓練場とか、そのように使用する区画かもしれない。


 縁から望む首都の北東は、延々と畑が続いている。まだ青い小麦らしき作物が、風に穂を揺らしているのが見える。その遙か先には高い山が連なり、麓には深い森が広がっていた。見ていると不安になる景色だ。……答え合わせはしないでおこう。


『そんなに心配しなくても大丈夫よ。

 ここは自由に魔法を使って良い場所なのです』


 また顔に出ていたのか、気遣われてしまった。


 どうやら椿を生徒にして魔法の授業をするつもりらしい。そこへ、途中で居なくなった連れの2人が合流してきた。なんとも動きやすそうな格好に着替えている。なるほど、寮に寄って着替えてきたようだ。2人が身に付けているのはキュロットスカートだ。パンツではないのが残念であるが、良いものがあるではないか! 身分は学生さんだろうし、これはいわゆる体操服なのかもしれない。


『貴女の格好は、大丈夫そうね』


 そう言って、ご令嬢は2人に準備を言いつけて立ち去っていく。自分も着替えるのだろう。


 2人は縁にほど近くに備えられた杭に藁を巻いていく。最初はお墓かと思った十字の杭、これは胴人形だ。藁の上には毛皮、そして板金鎧を着せていく。

 でっかい、カザンよりひと回り大きな人形ができあがった。あの鎧、わざわざ作ったのかとも思ったが、例の豚頭オークが実際に着ていたものかも。ボロボロだし。


 3体ほどの人形を準備した2人が広場の手前に戻る。人形と対になるように、腰ほどの高さの壁があり、彼女らはその後ろに回り込んだ。なるほど、ここは魔法の射撃場なのだろう、壁が必要なのはマーリンの爆発する火の弾を思い出せば分かる。その壁は跳弾とか、破損した人形の破片から身を守るためのものだ。

 戦場のニジニ兵は体をすっぽり隠すくらいの盾を持ってマーリンの側で備えていた。あれは、マーリンを敵の武器から守る意味も勿論あるが、マーリン自身の魔法で被害を受けないようにする意味もあったんだな。


『ふふふ、何をする場所か分かったでしょう?』


 ご令嬢が戻ってきた、なんだか機嫌も少し上向いている。


 おお、ドレスよりもよっぽど似合う。2人と同じ丈夫な麻の長袖ハイネックシャツにコルセットベルトを合わせた姿だ。袖にはカフスボタン代わりにリボンが揺れている。ネクタイとお揃いなのが愛らしい。

 3人とも同じ格好なのだが、1人だけ目立つ。やはり顔とスタイルが良い人は様になるなあ、羨ましい。


 ご令嬢は楽しげに、1番ボロボロの人形の前に立って構えた。溜めこそはないが、ちゃんと心石を通して循環させた魔力を腕に集めている。

 ……ふむ? 腕の中でも小さく循環させているのが分かる、何の意味があるんだろうか。


 放たれたのは赤く光る弾であった。ポーシャやマーリンが放つ火の玉とは明らかに違う。光弾は音もなく進み、鎧に赤いシミを作ったかと思うと……


 ―――バシンッ!!


 小さいが、鋭く爆ぜた。


 すごい、これぞ工夫された魔法と言うものだ。威力もなかなかのもので、金属の鎧には穴が空き、内側の毛皮を通り越して藁まで燻っているのが見える。


 鎧を溶かす高熱の光弾と、マーリンやポーシャが使う破裂する火弾を一度に放ったのだろう。


『貴女、魔法はからっきしだと思ったけど、

 私が何をしたか理解るようね』


 椿が初見で魔法の仕組みを看破したのが嬉しいようだ。あの2人に理解させるのに随分と掛かった上、長いこと練習しているが未だに体得できないらしい。こちらにも、単純な仕組みの魔法をゴリ押しするのを好む馬鹿が居る。そのスターシャも同じように会得するのは難しそうな魔法だ。


 貴女もやってみなさいと言うご令嬢に頷く。良いものを見せてもらったのだ、これは椿としても余さず見せなくては礼を失する。


 魔力の繊維を筋肉のように編み纏う魔ッチョを肉襦袢のように厚く着込み熊モードを展開する。そのまま髪まで白くなるほど全身に魔力を満たす、発展型の身体強化魔法を施す。


『なっ…… 本当に白い魔力?!』


 いい反応を頂きました。


 しかしどれだけ格好を付けても、魔力を放出する事ができない椿である。弾除けの壁に近寄ると、熊部分の爪を引っ掛けてレンガのひとつを引き剥がした。余所様の施設を壊すなとシェロブが怒っているが、この位置から鎧を壊す方法がひとつしかないのだ。

 少し大きいので、レンガを半分に割る。

 行軍中には相当な数の石塊を、ゴブリンの頭にくれてやった。自分の腕より長い熊の手を、スリングのように利用して投げる方法も随分と板についてきた。まだ見ぬ豚頭を狙う積もりで、全力でレンガを放り投げる。


 ―――バシャーン!


 水風船が割れるような音がした。

 椿の投げたレンガは鎧をへこませはしたが、土に戻って人形にこびりつくに留まった。あーあ、駄目だな。このレンガは捏ねた土を乾燥させて固めたものみたい、脆すぎだ。代わりを探そうにも、広場は綺麗に整備されていて、石ころなど落ちていない。いま立っている岩山自体を削れば手に入るだろうが、怒られそうだ。


『呆れた……

 ロムトスらしい魔法ですけど、

 それなら直接殴った方がよさそうですわ』


 うん、ごもっともで……


 ご令嬢の正論に軽く落ち込むも、ロムトス流の対亜人戦術を請われて気を取り直した。まあ、白兵戦しかないので、木薙刀で豚人形を切りつけてみせる。残念ながら、椿の強化した木薙刀は鉄を斬るに至っていない。突きを上手く当てれば、鎧に穴を開けられるくらいだ。豚頭のものと思われる毛皮は簡単に切り裂くことができたが、これでは足りない。

 なんとか工夫をして、鉄ごと斬れるようになりたいものだ。一応のところ、鉄の剣を強化すれば、いっかいこっきりだが可能ではある。しかしながら、何本も剣を持ち歩くのは効率が悪い。


 続けて覗き魔女ポーシャに、循環から溜めて放つ技法を実践させてみた。驚きと好評で迎え入れられたが、すぐさま利用できるようなものではなかった。特にご令嬢には利用価値が低いようだ。まあ、少し考えたら分かるが、ご令嬢が行った腕の中で魔法を二重にする工夫とは相性が悪いもの。

 しかし、色んな技巧を知っていれば、いずれ何かの役に立つだろう。


 令嬢ご一行には、実践型で教示して魔力循環と溜めを指導する。まさに手取り足取り、うふふ、役得ですよ。


 ひとしきりお互いの手の内を披露したあとは、魔法談義に花が咲いた。このご令嬢は周りに話が合うヒトが居なかったのだろう、随分と多弁になっている。身分のせいで敬遠されているか、性格のせいで遠巻きにされているか、それとも誰も付いてこれない程に学生としてはずば抜けているのか。少なくとも椿としては、このウザかろうが裏表のないド直球な性格は好ましい。


 昼には少し早い頃、そろそろお茶のできる場所に移ろうかという頃合いで、にわかに広場を利用するヒトが増えてきた。そんな中に、見知った顔も混ざる。


『あれ、椿さんも訓練ですか?』


 茜だ。そうか、ここは学校の施設だったっけ。


『オリガ様まで、もう椿さんに目をつけたんですね』


『それはもう、目立ちますもの……』


 そう言えば名前を聞きそびれていたな、この美少女はオリガ嬢と言うらしい。

 何やらオリガ嬢は、茜とも交流が深いらしい。茜の後ろから、イケメン眼鏡のマーリンも現れる。ひょっとしてこの眼鏡、その老成っぷりでまだ学生なんだろうか?


「ひっ」


 びっくりした、そのマーリンの後ろに弟君も居た。こいつ、魔力の隠蔽ができるのか、その有能さは別の用途に回して頂きたい。つーか、なんで隠れてきた!


『魔力の相性が悪いという訳ではなさそうですね』


 眼鏡、この野郎、お前の差し金か。椿は弟君の魔力に怯えている、が眼鏡の分析だったらしい。何度でも言うが、その顔、姿が怖い。糞自体が怖くなかったのは、何の魔力も感じないくらいに弱かったからだ。そのスライムの中身に、今はブオーンが収まっている、怖いに決まっている。


『椿さん、いい加減に慣れてあげないと』


 殿下が可哀想、と仰る。

 いやいやいや、椿にも気遣ってくれてくれないかな。 


 茜は訓練しに来たわけではなく、椿を探していたらしい。それも、先程の眼鏡が考えた弟を椿にぶつける実験のためだと。糞ったれめ。


 もう、茜達には構わず、オリガ嬢と談笑するために移動する。

 学校施設だから、あるかなと予想していたが、案内された先にはやっぱりあったよ学食が。まあ生徒たちは、朝に自宅や寮でガッツリ食べているので、お茶のための施設だ。ニジニでも、ロムトス同様の食事習慣があり、朝が1番重く、昼と夕にお茶と軽食、そして晩はスープのような消化の良いものを摂る。まあ、お茶の代わりにコーヒーであったりと少なくない違いはあるけれど。


 そして、何故か付いてくる茜たち。オリガ嬢の手前、無理に巻くことも出来ないでいると、ちゃっかりと同じテーブルに着かれてしまった。

 眼鏡と弟まで居るが、こいつらは女子トークに混ざるつもりなのだろうか。まあ、先程まで熱心に語っていたのは、如何にして殺傷力の高い魔法を編みだすか、であったが。


 いま思い出したけど、破壊力と言えば茜の魔法だが、アレには教わらなかったのだろうか?


『アカネさんの魔法は参考にならないでしょう?

 教えるのも苦手なようですし……


 ……あれで、頭は良い方なんですよね』


 ふむ、なんとも歯に衣着せぬご意見だ。その通りであるけども。

 オリガ嬢とヒソヒソ話していると、眼鏡が眼鏡をくいっと中指で持ち上げながら、何やら喚きだした。


『では、殿下を迎えた場合の道中を段取りしましょうか』


 おいおい、正気か? やめましょう!

実力は不明ながら、弟殿下の魔力は茜を僅かに上回っている。

しかし、守り人相手に飛び道具は無用の長物、はてさて。

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