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64.渡海

 結局の所、休暇はポーション作りにまみれて終わった。

 興味本位でポーションの疑問に突っ込んだのがまずかった。


 ポーションの薬効は異世界カビが行使する魔法により得られているのが判った。初めはポーションの素材となる植物が効くのだと考えていたが、それは間違いだった。

 湯煎などで温められてカビが活性化した状態であれば、彼らは魔力を受け取ることができ、しかもそれを自ら循環させて保持する。カビは素材の植物を糧に命を繋ぎ、溶液の栄養を喰らい尽くせば、いずれ死滅してポーションとしての効果は失われる。


 カビの種類で、餌となる植物が異なる。特性となる魔力で色が異なる。そして、行使する魔法により薬効が異なるわけだ。


 椿の作るポーションが白いのは、カビが命を繋ぐ行動に必要な魔力の量を超えて保持しているためだ。余剰を循環させ続け、少しずつ消費している。いずれ、白い魔力も食い尽くして元の色に戻ると考えられる。ただし、余剰があれば行使する魔法に注がれる魔力も増える。これが薬効が高まる秘密だったのだ。


 心石もないカビが魔力を? 色が? いやいや、椿にも心石はないぞ。カビ自体が心石の親戚なんじゃないの。




 先王であり、現在は隠居の後に趣味の錬金術に傾倒するイリヤお爺ちゃんは興奮の絶頂に居た。弟子であり、椿にポーション作りを教えたカミラを呼び出し研究を手伝わす程だ。


『ツバキは間違いなく錬金術の歴史に名を残すぞ!』


 いや、要らんし……


 あれからカビの研究が進み、新たに湯煎せずにポーションを作る方法も確立した。粉末の状態で魔力を籠め、ポーションの元をまず作るのだ。このメリットは大きい、とはカミラの談だ。

 複数の素材を混ぜた溶液に魔力を籠めると、強い方のカビがすべて魔力を奪ってしまうようだ。先に魔力を籠めたカビ同士であれば、それぞれの餌である素材を混ぜた溶液に投入しても奪い合うこともない、もう魔力は持っている。あとは餌である素材をゆっくり消費するのみ。

 これにより、複数の効果を持つポーションを作成することができる。


 お爺ちゃんとカミラは、2日でこの発明まで漕ぎ着けた。2徹の3日目である。新しい発見、新しい試みとその成功、そして徹夜がお爺ちゃんのハイテンションを作り上げた感じ。カミラまで同じ様子なところを見ると、本当に凄い発見だったのかも。


『錬金術が300年は進歩した!』


 お爺ちゃんとカミラにより次々と試作されるポーション、椿はカビに魔力を与えるマシーンと化した。

 結果、椿のポーション鞄には、色とりどりのガラス容器が収まることとなる。


 カミラとイチャイチャする暇もなかったよ。




 同じ学者として、イリヤお爺ちゃんに理解があり過ぎるイケメン眼鏡のマーリンは、椿の出立の準備をすべて引き受けてくれた。もちろん、白侍女のシェロブを引っ張り回して、だが。

 研究の成果を椿から引き出すつもりらしい。

 そんな事をしなくても、イリヤお爺ちゃんなら余さず公表するだろうに。


 気が付けば出立の日である。


 久しく見ていなかったザ・糞こと、ニジニの第一王子アレッサンドロス殿下を視界に入れてしまった。最悪の気分だ。


『薄汚い○○と一緒の船には乗れない』


 と、旗艦である1番大きな船に乗り込んでしまった。


 誰も○○の意味を教えてくれないが、魔王の蔑称か何かだろうか。通訳してくれた茜も、該当する言葉は日本語にないと言う。茜にまで気を使わせてしまうとは。


 船は3隻、旗艦を挟むように前後に少し小ぶり(椿にしてみれば十分大きく見える)船を配した船列を作り進むそうな。


 先頭の船にはマーリンと茜が乗り込む。お約束どおり、椿は後尾の船だ。


 まあ、糞と一緒の船に乗るよりは良い。


 椿の船には、シェロブを始めとした3馬鹿に、漢カザンも乗り込む。一応、ニジニ兵の中に椿を独りで放り込まない配慮はしてくれたようだ。




 ひとつ気付いたが、旗艦のニジニ兵達はあきらかにガラが悪い。育ちの悪さが顔に出ている。椿の嫌いな人種だ、異世界だとか関係ない。

 彼らは、糞と共に神都でお留守番をしていた兵達である。ようは、糞王子の太鼓持ちだ。あの糞は、ずっと王妃を捕まえ、お茶と歓談を楽しんでいたらしい。そして、糞の金魚のフン達も、神都で随分と好き勝手していたようだ。

 好感を持ちようがない王妃ではあるが、流石に同情する。初顔合わせの日も、糞のせいで椿に構う余裕がなかっただけかもしれない。あのイカレ王も、よくも我慢できたものだ。


 霊穴の対処に同行した精鋭達は、王子の船には乗っていない。前後に分かれて乗船している。彼らの雑談を拾い聞く限り、糞には良い感情を持っていないようだ。言葉が分からなくても、解るほどに悪辣とした雰囲気を放っているもの。


 やはり、彼ら精鋭たちは第二王子派であるとか、叩き上げの育ちであったりするのかもね。更には前後の船では、その運用を任された専門の船員がほとんど居ないことにも気付く。兵達が熟してしまうのだろうか? 海軍の兵達だから? いやいや、何でも出来すぎだと思う。

 そのニジニ兵達の椿に対する態度も、若干の和らぎを感じる。まあ、糞があまりにアレなので、相対的に評価が押し上げられたのかもしれない。とても複雑な気分だよ。




 そして特別な合図や、出港式の類などセレモニーも無く、船は静かに港を離れていく。帆船の船首を港から引き離す役割を持つ、手漕ぎの小舟の船員たちも、何やら休み前の最後の一仕事であるかのような雰囲気が見て取れる。「これでやっと解放される、とっとと出ていきやがれ!」そう顔に書いてある。よほど、お留守番組の心象が悪いのかもしれない。


 神都が乗る半島が作る湾から外洋に出てすぐ、船の帆は風を受けて船体を軋ませた。ぐんぐんと加速していくのが分かる。なんとも実感がわかないが、航海で外国に向かうのだな。椿は、海外旅行の経験など四国か九州くらいしかない。ええい、海を渡ったのだ、海外だ!


 呆然と帆船を見送っている、小舟の船員たちに手を降ってみた。何人かが椿に気づき、手を振り返してくれた。いやまあ、ご苦労さんでした、本当に。




 ロムトス大陸沿いに東に向かうと思っていたが、船はどんどん南に向かう。住み慣れた神都が遠ざかり、やがて水平線に隠れてしまった。


 倒れるように眠りこけるお爺ちゃん達には、別れるにあたり碌な挨拶ができなかった。ロムトスの霊穴を対処する際は、陸続きの安心感があったが、次は海の向こうだ。今度こそ会えなくなるかもしれない。ちゃんと言葉を交わしておきたかった。


 郷愁に似た気持ちに浸る椿の背後から、それを台無しにする無遠慮な声が掛かる。


『遠回りだと思っているだろ?

 ロムトス沿いは、西向きの風と海流があるんだよ』


 おっと、久々の御者くんである。ロムトス語を操るニジニの間諜だ。今はもう、ただの通訳くらいの役しか果たしていない。だが眼鏡も茜も居ないのだ、当然ながら、彼の出番になる訳だ。


『もっと南に降ると、季節風が吹く。

 それを使って東に進路を取るんだよ。

 まあ、魔王の居る大陸を廻る風なんだがな』


 さらっと恐ろしい事を言う御者くん。


 最終目標地を掠めて進むというのか。


『そう言えば、冬の間に船を見なかった。

 どんな理由があるの?』


『ああ、南側でも風が西に向くんだよ。

 ロムトスの北西に流される、

 海流も手伝って仕舞には帰ってこれなくなる』


 そんな馬鹿な……

 ロムトスの西部は険しい山脈が連なっている。崖ばかりで接岸できないのかな。帆船って向かい風でも進めたはずだが、この船にも縦帆が付いている。違ったっけ? 如何せん、船には詳しくない。もしくは、異世界海流がとんでもない速さなのかもしれない。


『それと、化け物が出る。

 温かい水が苦手らしくて、

 不思議と夏の間は姿を表さない』


 いや、端からそっちが原因ではないのか。


 やっぱり出ちゃうか、化け物さん。初めて海を見た時に思った通り、危険があったわけだ。近寄らなくてよかった…… しかし、この発言はフラグにならんかね。口にすると、招いちゃう的な。




 そんな椿の心配を余所に、船はぐんぐん進んでいく。


 馬車と違って休憩を取る必要がない船は、一日中進み続けることができる。それはもう、文字通りの一日中でああって、24時間休みなしである。1日に200kmほど進める期待があるらしい。帆船だけあって、風次第だが。


 出向前に茜に確認したところ、行きに要した時間は10日ほどであったらしい。日本列島を縦断するくらいの距離だろうか、青森から鹿児島とか。



・・・・・



 既に航海は5日を過ぎ、6日目を迎えている。

 今朝は、カザンが非番のニジニ兵と手合わせして暇をつぶすくらいには穏やかである。だが、昨晩は嵐に見舞われ、死ぬ思いであった。

 アニメでしか見たことがないような高波に揉まれ、船はグリングリンと向きを変え上下する始末だ。自由落下に近い船体の中で、体が浮いてしまい立ってられないのだ。必死に備え付けのベッドにしがみついてやり過ごすしかなかった。

 無表情をアイデンティティとするシェロブでさえ、きゃあきゃあ悲鳴を上げていたほど。眼福であった。

 それにしてもまあ、よく船がバラバラにならなかったものだ。


 そんな状況で、椿は殆ど眠れなかった。にも関わらず、目の前の男たちは棒切れを振り回して元気なこと。

 観察する限り、やはりカザンの実力は飛び抜けている。まるっきり、兵達に指導している形になっている。盾と木の槍を持ち出してきた若い2人組からも、難なく勝ちを奪ってしまう。うちのスターシャとは比べ物にならない手練の壁役と、短槍を操る若手の見事な連携であったが、あしらわれてしまった。

 盾に取り付いて、逆に槍をやり過ごしていた。盾の外側に脚を入れて、壁役が振り向けないようにするなど、なんとも小ずるい。右手の剣は左肩の向こうに居る相手を強く打てない。あの集団戦用の馬鹿でかい盾が、もう少し小振りなら違ったのかもしれないが。


 せっかくなのでニジニ兵達に混ざって、カザンに手合わせしてもらおうとしたが『はしたない』からと、端すみっこに追いやられてしまった。

 まあ、男の子の遊びに女の子が混ざると気不味きまずいいからね…… って、小学生か。


 納得行かない心持ちで、グッタリしている3馬鹿を看病していると突然、船が激しく揺れだした!


 ───! ───!


 この船だけではない、前方の2隻でも騒ぎが起きている。




 近づくなと言われたが、構わず船のヘリを熊モードの腕で掴んで下を覗く。途端、側面に張り付いていた人形の何かに、槍のような物で突き上げられた。

 鼻先を掠めて、額を深々と切り割られる。

 一瞬しか見えなかったが、人影の他に船へ横付けする黒い塊も見えた。


『近づくなと言っただろ!』


 カザンに首根っこを引かれ、船縁から遠ざけられた。間髪入れず、次々と甲板に飛び乗ってくる人影は、10を超える。ひょろ長い体躯に、肘や膝のあたりにヒレが見て取れる。そして、その体に乗っかっている頭がヒトでないことを端的に表していた。

 うわあ、気持ち悪い! 魚頭の亜人だ。しかも、揃って銛のような槍を携えている。体表は鱗に覆われ、テラテラとヌメリ気のある分泌物で覆われているのが、更に嫌悪感を煽る。


 これか? 冬に出る化け物って。


 確かに化け物だけど、ホラーに寄せて欲しくはなかった!


 カザンと手合わせしていたニジニ兵達は、木刀しか持ち合わせていないが、盾は本物だ。直ぐに陣形を整え、船室に続く扉を塞ぐ。既に伝令は中に駆け込んでいるようで、次々と槍が運び出されてくる。


 3馬鹿はすぐ、シェロブを先頭に船内に引っ込んだ。ちゃんと自分の状態を見極めて行動してくれている。あの徹夜明けで更に船酔い状態が、まともに戦えるわけがない。邪魔にならないよう現場から離れる、正しい判断だ。

 そう言えば、椿は自分が船酔いしていないことに気付く。そう言う体質なのか、身体強化魔法がそうしたのか、とにかく今はありがたい。徹夜は割と辛いが、この状況では流石に覚醒もする。


 だが、魚頭の亜人は、はっきり言って弱かった。ひょろひょろの見た目通りに、力が弱い。椿はまったく打ち合うこともなく、構える槍ごと首を落としていく。椿ひとりで、すべての亜人を片付けることができた。

 その後ろで、カザンが身体に魔力を循環させて、何かに備えている。

 まるで次に起こることが分かっているようだ。椿も、熊モードに更に魔力を籠めておく。何だ? 下にもっと居るのか?


 一息つく暇もなく、それが襲い掛かってきた。怪獣ならぬ、海獣だ。アシカやトドのようなフォルムをしているが、その大きさは5mを優にに超える。船べりに鉤爪付きの前足ヒレを引っ掛け、船をひっくり返す勢いで傾けてから、あっさりと乗り込んできた。先程、海面に見えたクジラみたいな大きな影はコイツだったようだ。

 その甲板の殆どを占める巨体の側へ駆け込み、脇を斬り上げる。しかし、器用にヒレを使って往なされてしまった。ヒレにも毛皮があるようで、上手く刃を立てないと斬りつける事ができない。


『おい! そいつはヤバい! 離れろ!』


 叫ぶカザンは、魚頭の槍を拾い上げ投擲する構えだ。いつの間にか、甲板に落ちていた槍がすべて無くなっている。このトドに投げつけてやり過ごす積もりだろうか。


 この余所見が命取りになった。


 次の瞬間、椿は自分が宙を舞っていることに気付く。前ヒレに気を取られて、後ヒレの薙ぎ払いに気付かなかった。まともに受けた椿の体は、ゴルフボールのように打ち上げられ海中に着水した。


「うあー! 私は海で泳いだことがないんだよ」

そう言う問題じゃない。

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