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62.後始末

『―――――!

 ―――――!』


 身体を揺すぶられているのが分かった。頬に誰かが手を添えている。


『(どうなったの?)』


 問いかけるも、応えはない。

 いや、聴こえない。自分の声が聴こえなくなっている。目も見えない。


 うわぁ、茜の雷か。目論見通りに、焼け死ぬことはなかったようだが、雷光と雷鳴にやられたのか。電気が流れた形的には、赤ゴブが光ったことになるんだと思うが。すごいな、見てみたい。失明したかもしれない光量だよ、蒸発しているんじゃなかろうか。


 誰かが腰をまさぐってきた。シェロブだろうか、ドサクサに紛れるあたり。


 などボンヤリ考えていると、目蓋をこじ開けられ液体を流し込まれた。あぁ、ポーションか、弄っていたのは腰のガンベルト風ポーション鞄だ。耳の中にも何かを突っ込まれたあと、ポーションらしき液体が、それを伝って入ってくる。刺されたお腹や、足首にも、遠慮なくポーションが使われていく。

 更に飲む分として、口角から流し込まれた。ちょっと、むせるよ。

 椿はポーションを飲み下したあと、素直に魔力を練って全身に巡らした。お腹や、足首の激痛が戻ってから、ゆっくりと引いていく。気を失っていたのだろう、身体強化魔法も解けていた。それも練り直す。


『お嬢様、聴こえますか!』


『聞こえる、聞こえるから静かに……』


 耳元で思い切り叫ぶスターシャ、ええい、加減を知れ。




 そして、なんとか落ち着きを取り戻した。


 3馬鹿に、赤く腫らした涙目の茜も傍らにいた。自分の魔法で椿が死んだと思ったのだ、と。なんせ、鼻から耳から口から目から、穴という穴から血がでていたらしい。酷いビジュアルだ……

 ともかく、心配要らないと4人に声を掛け、自分の身体の状況を確認する。

 視界はクリア、風が木々の葉を揺らす音も聞こえる。先程まで感じた、僅かな息苦しさも回復している。元以上に視力があがったり等はしないが、治癒には成功したようだ。ポーション凄いな。


 消費したのは、ケミカルなあの一品らしい。自分のために作ったわけではないが、結果オーライであろう。それに、すぐ作れるし。


 辺りが静かになったと言うことは、ゴブ共は片付いたのだろうか。


『お疲れのところ申し訳ないが、

 あっちに転がってる森人たちを

 治療してやってくれ』


 自分も傷だらけのカザンが、横たわる椿を見おろして言う。はぁ、あの何しに来たのか分からん連中ね。でも実際、これは無理だわ。守り人ゴブリン、強すぎだよ。カザンと茜が居なかったら、どうにもならなかった。


 立ち上がると少し頭がくらんだが、それもすぐに治まった。


 足首を固定していた添え木を取り外して歩く。

 あぁ、超お気に入りの革の編み上げブーツに傷が入っている……

 シャツには穴が空いているし、何より血まみれだ。


 ふと気付くと、土俵のヘリに人型のシミができていた。うおぉ…… 炭になったんか、赤ゴブ…… 雷の魔法、どんだけ威力があるんだ。文字通り、茜の全力で放たれたのか。


 隣りを歩くシェロブが目をシパシパさせていた。同じように雷光が目に入ったのかも。3馬鹿すべてにポーションを与え、治癒のために丸ごと強化しておく。

 ……こんな時にも関わらず、シェロブが必死で心石を通さない循環に挑み、白い魔力を保とうとしている。今は失敗しているが、いずれ、出来るようになってしまいそうだ…… あの女神の何が、シェロブを白に妄執させるんだか。


 既に耳長達は応急処置を受けていた。戦いに加わらなかったポーシャの手によるものだろう。スターシャに教わった通りに、卒なく熟している。ああ、元々は知的(?)な傭兵だったらしいし、お手の物だったのかも。

 さすがに腹から内蔵をはみ出させた耳長には、キラキラポーションを与えて治癒する。魔法が得意と言っていたし想像もできたが、シェロブ同様に、白い魔力が全身を廻る状況を感知して引くほど感動していた。女神様のお力がー、じゃないよ! 残念ながら私の魔力だ。ケレさんだけは恐縮し通しだった。


 最後に、カザンにもキラキラポーションを渡す。最初に受けた黒ゴブの爪によるひっかき傷の他にも、肩や脚に大きな裂け目が見受けられる。平気な顔をしているが、傷は深いはず。カザンは受け取ったポーションを一息で呷り、自分で魔力を練りはじめる。すでに魔力の循環を身に着けているようだ。すごいな、短期間でこんなに上達するなんて。

 もう独りで大丈夫だと言うカザンに、椿は魔力の循環を手伝おうと差し出していた両手を、慌てて引っ込めた。あわわって感じの、乙女のような行動をしてしまった。

 気が付くと、茜がニヨニヨしてこちらを見ている。

 くそっ、くそっ、見られた! 恥ずかしい。


『あのぶっきらぼうなお嬢様が……』

『頬が赤くなっていました』

『ああゆうのが好みなんですかー』


 おい、聞こえているぞ!




 土俵の中央では、頭が変な形になった黒いゴブリンが倒れていた。くそぅ、またカザンの決め手を見られなかったよ。この間の青鬼オーガといい、どうやったら片手剣で相手の頭が変形するんだ。


『こんな強敵が続くなら、いずれ見れるさ』


 いや、今教えてよ! しかし、割りとキザなところがあるよな、似合わないよ。

 って言うか、赤より黒の方が格上っぽかったんだが、独りで倒してしまったのか。


 守り人の心石は、黒ゴブのものしか残っていなかった。黄色いのはカザンが砕いたし、赤色のは溶けて炭と混じっていた。これはこれで珍しいものじゃないの?


『魔力が流れないので、もう心石の性質は失われていそうです』


 と、眼鏡のイケメンことマーリンが教えてくれる。こっちのイケメンは、耳長に比べたらちゃんと血が通っている感じがして幾分マシだ。椿的には、中性的な顔立ちがホモっぽく見えて好みから遠いが。

 話が逸れたが、心石や特定のモノ以外には魔力を流せないのが普通らしい。例外でぱっと思いつくのは、あの魔法銀とか。椿のは、固有魔法と言うことだろうか。自分的にはやはり、気功ってイメージなんだけどなぁ。それに、勘違いされているが、モノには流せない。生物か、それ由来の素材が対象なのだ。




 周りでは、ニジニ兵達が野営の準備を始めていた。


 流石に空気を読んだのか、マーリンも土俵の調査に飛びついたりはしなかった。よく見ると、周りにゴブリンの死骸が点々としている。どうやら伏兵が居たようだ。


 ニジニ兵達にカザンのような突出した人物は居ないが、全体的に手練だし、それが見事な連携をして巨大な個を作っている。熟練の軍隊だ、ゴブリンなど相手ではないだろう。青鬼も対処していたし。つくづく、あの糞王子に付いてきた意味が分からない。あんなでも、彼らは雑兵で、ニジニ本国には更なる手練がいるのだろうか。


 そして、着々と出来上がる野営地を見渡す。


 普段はシェロブが組み上げて料理する竈を、ニジニ兵達が挙って組んでいた。かわいいシェロブの手料理をあてにしているのだろう、若い兵達のお茶目さが垣間見える。

 くくく……、思い通りにはさせない、今日は私が作ってやろう。

 どんな顔をするのやら。




 ちなみに、椿の料理にニジニ兵達は何の反応も示さずであった。嫌がりも喜びもしない。シェロブの料理ではない事に、露骨にガッカリしてくれるのを期待していたのに、嫌な奴らだ…… 茜が対抗心を強めたのだけは判ったが。


『お嬢様が手づから料理を……』

『張り切っていました』

『カザンの気を引きたかったのではー』


 くそ、へんな誤解が!




 明くる朝、マーリンご期待である土俵の調査が始まる。


 石板は、進化していた。これが、霊脈を強烈に固定していたのだろう。形こそ同じだが、もっとつるつるして硬い素材になっている。刻まれた文字も、より文字らしくなっており密度を増していた。図形と思われる意匠も現れて、より魔法陣っぽくなっている。


 そしてそれが3枚!


 守り人と石板はセットなのだろうか。バージョンアップした守り人が、あの強烈なゴブリンだ、と。やはり、祠の真下にあったらしいし。


 3枚あるし、1枚くらいは残しておくかと確認すると、マーリンはそれを否定した。


『これで霊脈が傷ついたのであれば、

 同じ数で治癒したほうが良いでしょう』


 物欲に負けないとは、出来た男だ。また茜が勝手にマーリンの株を上げているし。


 土俵もすべて壊すような事はしなかった。確信があるように、祠の下だけを掘り返している。あのゴブリン達を見て、椿と同じ考えに至ったのかもしれない。それとも、土俵の周りを探っていた成果かも?


 前回と同じように、すべての石板に刻まれた文字や図形を写し取っておいた。3枚とも、殆ど同じであったが、1字、2字ほどの違いを見つけることができる。黄、赤、黒の違いだったりして。


 そして、石板に魔力を篭める試みは全員で行うも、反応があったのはやはり椿の魔力だけであった。魔王と同じだという、黒い魔力の茜に期待したが、これも何も起きなかった。

 椿が触れた石板は、前と同じように凄まじい光を放ったあと爆散している。しかも、爆発で広がった魔力に反応して、連鎖するように残りも散ってしまった。

 もし、マーリンが1枚を確保していたとしても、爆散していたであろう。欲をかいた男の末路を見てみたかったが、マーリンが自ずと回避してしまった。残念だ。


 石板3枚分の魔力は莫大で、深く高く大樹の森に広がっていく。この地を流れる霊脈が、よほど太くて流量も多いのだろう。

 椿はその魔力に同調して、この地に染み入るように集めていく。身体強化魔法で治癒するのと同じ、傷に集まるポーションの薬効を魔力で定着させる手順だ。集まった魔力はまるでパズルの最後の1ピースのように、この場にピタリと収まり消えていった。


 そして大樹の森は、その雰囲気をガラリと変える。神社の境内や、森林浴で訪れる低い山の遊歩道のような、なんとも神聖で爽やかな空気に満ちてくる。


 これでなんとか一区切りだろう。

 先の霊穴では、女神が狂喜して耳元で騒ぎまくってくれたが、今回は声をかけてこない様子だ。どうせなら、石板3枚分だけ茜を強化してくれたら良かったのだが。


 まあ、いいか。やる事はやったのだ。


 さあ、街に帰ろう。

 ちゃんとしたベッドで眠りたいよ。

被害:外套、ベスト、シャツ、スカート、靴 (ほぼすべて)

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