58.帰途
行軍には所定の時間が掛かる。だが、逆に言えば進む距離から時間を割り出すことができると言える。例えば、ニジニ軍が神都に至るには10日の時間を要する。対して椿の場合なら、2日で済む。そう、8日ほど余分な時間が椿にはあるのだ。
……そんな風に思っていた時期がありました。
一行は、わずか一日でクッサイ集落の森を抜けてしまった。これだけで3日は短縮された。
木の生い茂る森を苦労して進んだ行きと違い、木々が避けて道となった進路を走って進めたのだ、そりゃあ楽に進める。森を抜けて、馬車を守り待機していた分隊と合流したのは、野営の準備を始めるには少し遅いくらいの夕暮れだった。
おまけに、完全に椿の強化魔法を当てにする兆しが見えてくる。翌朝、出発する前の打ち合わせでは、馬を強化したらどうか、などの意見が飛び出てしまった。もう、勝手に先行できる雰囲気ではなくなった。
でも馬車は無理だ、持たんと思うぞ…… 神都の街乗り馬車と違って軍が使う馬車なのだ、補強に金具を贅沢に使っている。なまじ馬ごと馬車を強化しようものなら、椿が寝た瞬間にバラバラになる。そもそも、300人かそこらを運ぶ数の馬だぞ? 無理だって!
そして、いざ試したお馬さん達の強化は、ニジニ側の期待通りにはならなかった。お馬さん達は、強化の有無に関わらず、常に同じ速度で駆けていく。群れで移動する動物の本能なのだろうか? 隊列を崩さない工夫だろうか? かわいい上に、賢いのだなーと関心する椿とは裏腹に、眼鏡のイケメンことマーリンは少し不満そうだった。心配していた馬車は、強化する必要すらなくなってしまった。
結局、馬車での行程は行きと大差ないペースに落ち着いた。
強化された馬なら、2時間置きの休憩は要らないと思った? そんな事はありませーん。疲れます、乗ってる人間の方が。
誰も口に出さないが、全員が馬を降りて走ったほうが早いと思っているはずだ。練習を兼ねて、全員に魔ッチョを仕込んでもいいかと考えたりもした。それなら、あっと言う間にフーリィパチに戻れるだろうさ。やらないけど。
ニジニ兵の誰も馬を降りて走ると言い出さないのは、白侍女シェロブの手料理が食べたいからかもしれない。世話好きの神官スターシャに、おっとりした見た目で料理上手な覗き魔女ポーシャも、ニジニ兵達は好意的だ。男の胃袋を掴むという現象を目の当たりにした茜は、シェロブの支度を手伝うようになった。まあ、目当てのマーリンに料理を振る舞いたいのだろう。常に上長として侍女たちの指導にあたっているシェロブに教われるなんて、贅沢な環境だよ。
すでに衛星都市フーリィパチまで、あと1駅分の距離まで迫っている。明日の午前中には、イオシキー大司教に報告が叶うだろう。いつもよりずっと早い設営だ、夕飯はゆるゆると時間を使って楽しめる。ニジニ兵達からも、弛緩した雰囲気が伝わってくる。
そんなリア充臭を醸し出す連中を尻目に、椿は少し離れた場所にかまどを構える。
椿はニジニ兵達から、何も手伝わずに飯だけ食って座ってる穀潰しを認定されている。すでに、そのかまどで何をするんだ? みたいな冷ややかな視線が飛んできている。馬鹿にするんじゃない、料理くらいできる。一人暮らし○年だ、それに祖母の手伝いで覚えた献立もたくさんある。
糞どもは気にしないでおこう。だって、うどんが食べたいのだ、突然に。だから、うどんを作るのだ。うどん好きなのはうどん県の人だけじゃないぞ。
軍の兵糧の中には小麦とそっくりな穀物がある、フーリィパチでパンを作るのに使った粉に近い。ついでに言うと、駅で手に入るくらいに広く普及している。この世界は、その小麦に似た穀物をやたら精製したりしないので、強力粉に近いものになっている。パンはもちろん、麺が打てる。ちょうどパンを作っているポーシャから、幾らかをかすめ取った。
それと、シェロブが捌いている鳥の骨も拝借する。出汁を取るのだ。ちなみに、この鳥の骨は食べられる。この世界の住人は骨ごと食べてる。
そうやって食べるはずの骨を洗って、お湯をぶっかけてまた洗い、煮込み始めた椿をニジニ兵達は奇人の扱いだ。料理もしない貧乏人どもには分からんだらうが、この世界でも普通にブイヨンに近い出汁でスープを作っているからな! 手間と金が掛かるので、金持ちしか作らないだけだ。
シェロブの料理に群がり始めた糞どもを尻目に、打ち上がった麺を茹でる。そして、こまめに骨の煮汁から灰汁を取り除く。煮ると香りの出る香草も縛って入れてある、しょうがやネギの代わりだ。悲惨な出来にならないか心配だったが、なかなか良い出汁になってきた、うどん用だからクドくならないうちに火から下ろしておく。麺を締める冷水がないが、どうせ汁で食べるのだ、煮たままで良いだろう。釜揚げうどん風さ。
さて、鶏ガラスープも出来上がりだ、割と良い匂いがする。醤油も胡椒もないのが悔やまれる。仕方ないので、塩だけで味を調整する。湯気と一緒に、出汁の匂いがあたりに広がる。
それがいけなかった。
『「うどん」ですか?!
ずるい! 私にもください!』
茜に見つかってしまったのだ。
何がずるいだ、厚かましい!
自分の料理に夢中で気付かないと思ったのに。さっきまで冷たい視線を投げていた兵達も、嗅ぎなれない匂いに釣られてこちらの様子を伺っている。シッシッ! 散れ!
結局、茜に3馬鹿まで手を出してきたので、用意したうどんは5分割して食べる羽目になった。くそぅ、物足りないよ。
『変わったパンですね。もちもちしてますし
煮ても形が残るとは、スープにも合います。
これっぽっちの材料で、よくも
こんなに重厚な味にできますね』
シェロブは分析しながら食べきって、名残惜しそうに器を見つめている。
まあ、野菜は出汁をとったままスープにするし、肉は焼いてそのまま食べるのがこの国の文化だ。住民は、わざわざ出汁をとって別の料理に使うことをしない。焼いた肉から出る油でソースを作ったりもしない。さっきも言ったが、手間なのだ。その手間ゆえ、凝った料理を作る人は少ない。
でも、貴族さまのお抱え料理人は、それこそ毎日凝った料理を作ってるんじゃないの? ニジニの糞王子を世話しているマーリンなんかは、しょっちゅうご相伴に預かっているんじゃないかな。うどんも興味なさそうだし。
食後は、テーブルを囲んで打ち合わせを終えた。明日のお昼頃には、イオシキー大司教に面会して事の顛末を報告するらしい。そこから、1日、2日は休養するそうだ。
シェロブが紅茶を入れた頃、茜の技能に話題が触れた。
『茜の固有魔法は、あの雷なの?』
天然娘のポーシャが悪びれずに聞く。
『雷ってどうやって起こすんだろう?
茜は4色持ちなんでしょう?
気流の青色と、粗密の黄色の複合かなー?』
これでも魔女の通り名が付くほど、魔法使いとして優秀らしいポーシャは、茜の魔法がどうやって発現しているのか気になるようだ。
そう言えば、椿も気になっていた事があるのだ。
『マーリンのメモに、茜の才能に火とか、
水とかの属性ってあったけど、ニジニでは
魔力の色をそうやって表しているの?』
『いえ、あれはわざと性質の方で表現した
のです。つまるところ、わかり易さ優先
ですね。茜が、魔法に明るいかは分かり
ませんでしたから』
なんと、マーリンの創作か。まあ、日本人のゲーム脳的には、ぴったりだったかもね。
『私は「ゲーム」のイメージで使ってました。
最初に見た魔法が、マーリンさんの火の弾
でしたし』
ああ、イメージ先行ってのは同意する。椿の身体強化魔法は、魔力を血液に見立てている。そのせいか、無機物を強化する事はできない。金属などは、血液の代わりに自由電子を動かすような見立てで強化に成功した。しかし、魔力を抜くと、強化したものは崩れてしまう。これ、なにかのアニメで見たイメージだったような。
『私は「気功」のイメージだったんだよね……
うちのおじいちゃんも魔法使いだ、きっと』
『ロムトスの人たちが使うのは、
魔法って言うより「超能力」って感じ
ですよね。超人系って言うか……
目からうろこでしたよ。
私なんて、何かを飛ばして壊すこと
ばっかりで』
それでも雷を飛ばす事に行き着いているんだから凄いもんだよ。
茜の固有魔法は、そうやって自分の知ってる魔法を創作できる、ってあたりな気がするな。なら、とっとと移動魔法あたりを開発して欲しい。ニジニまで船旅なんでしょ? 何週間掛かるんだ、御免だよ。
あの有名なゲームの移動魔法は、空を飛んでいたよな。屋内だと天井に頭をぶつける演出があった気がする。茜が会得したとするとやっぱり、ここにいる300人超えが空を飛ぶんだろうか? 途中で茜の魔力が枯渇して、落っこちてしまいそうだけど……
翌朝、ゆるゆると衛星都市フーリィパチに向かう。若い兵達が推す全員を強化して走る案は、マーリンを筆頭とした首脳陣に却下される。荷物はどうするんだ、荷物は。馬車は要るだろう。
ただし、お馬さん達の強化は続ける事となった。怪我したり、潰れる馬が減るだろうとのことだ。仕方ない、可愛いお馬さん達の為だ。ニジニ兵はどうでもいいが、馬は守ってあげよう。そもそも、ロムトスの馬だしな。
一行は、道中なんの問題も起きずにフーリィパチへ辿り着いた。
ゴブリンすら出現しなかった。




