46.勇者
対談は「ロムトスがニジニを支援する」などの方向でまとまった。
勇者を擁立するニジニを、文字通りロムトスが支援するのだ。結局のところ、女神の加護のない椿は聖女と断定できず、その正体は謎のままとなった。そこで、召喚の儀に成功したニジニが主導権を握る形となったのだ。イカレ王など、期待していたのに残念だと露骨に嫌味をよこしてくる。流石にクズ王子の親だけはある。紹介すらされない王妃なんか、一度も椿と目を合わさなかった。
憂鬱な気分のまま、出立だと言う日を迎える。お爺ちゃんによると、茜の鍛錬とロムトスの実利のため、陸路で亜人の討伐をしながら衛星都市フーリィパチを経由し、ニジニに向かうらしい。ニジニでも同様に、大発生する亜人を減らしつつ魔王が居るとされる大陸へ向かうのだという。
椿は自分を連れて行く意味はあるのかと問うが、念の為と言う答えだ。もう神都に置いておく価値はないのだろう。それは、ニジニへの支援の仕方にも表れる。ロムトスが提供する支援とは、兵などの直接的な戦力ではなく、国内での行動の自由や各都市などの拠点での物資の準備だ。
何のことはない、ニジニの行軍に椿を押し付けた形なのだ。
態々ロムトスに訪ねた椿が、女神の加護を持たず聖女であるかも不明と判明した。ニジニ側は、これを無駄足を踏んだと言って憚らない。だが、最初にあった「我々が喚び出した聖女の引き渡しを」の要求をロムトス側が蒸し返した結果だ。
この行軍、居るかどうかも不確かな魔王とやらに、勇者である茜をぶつける算段らしいが。絵本では、魔王を退けても滅ぼす描写はなかった。聖女、正確には白い魔力がないと魔王を滅ぼせないんじゃなかったのか? どうなることやら。
椿の魔力は確かに白いが、お伽噺のものと同じものを指すのかは誰も分からない。それが、念の為なんて言葉を生んだのだろう。勇者が居ると聞いたときに、椿は自分がお役御免になるのでは、と期待したものだ。実現はしたが、こんな放逐は望んでいなかった。
言葉も覚えたことだし、行軍の途中で抜け出そうか?
しかし障害がある、言葉の壁だ。せっかく習得した言葉は「ロムトス語」なのだ、この世界のどの範囲までで使えるのか分からない。神都はこの大陸の西の端なので、まだ訪れていないのは北と東だが、東はニジニとロムトスを隔てる海がある。南も海だ。
ならば残るは北なのだが、学習で見た地図では途切れていて描かれていなかった。要は、この大陸のヒト達は北側を踏破していないのだ。なんとなく、あの耳長達の国がありそうな気がする。そうなら、殺されに行くみたいなもんだ。
私物など鞄に収まるしかない椿は、お爺ちゃんの下宿をあっという間に引き払った。
『ツバキが居なくなると、仕事の楽しみが減るな。
事が済んだら、またここを訪ねなさい』
『その提案は魅力的ですが、私は元の世界に戻りたいです』
お爺ちゃんの気遣いを断ち切るように、別れの挨拶を済ます。軽く抱擁して右頬を合わす、親しい人と交わす挨拶だ。門前の広場へ向かう椿の背中が見えなくなるまで、お爺ちゃんは見送ってくれた。
先王と言っても、所詮は先王だ。現王に意見するほどの立場ではない。そもそも、王の判断は正しい。聖女ではないかもしれない椿を抱えておくより、ニジニに押し付けて恩を売るのが正しい外交だろう。椿が本物であるかもしれないが、それを信じて手元に置くのは博打なのだ。ニジニが見事に魔王を滅ぼしたとしても、ロムトスはなんら損はしない。
乗り込む馬車は車列の最後尾だ。この馬車が運ぶのは椿と荷物のみ。
女神官スターシャは椿の教育係の任を解かれ、神殿に戻されてしまった。白侍女シェロブも、対談のあとから姿を見ない。ゴトゴトと進む馬車の中、なんとも寂しい気持ちで神都が遠のいて行くのを眺めた。
しかしまあ、殿も置かない車列の最後尾とは、襲ってくださいと言っているようなものだ。御者も、御者台に居こそすれ、馬車を引く馬には鞍が載っている。乗せる荷物も、予備だろう毛布やテントの幌が目立つ。完全に切り捨てて良い構成になっている。
ぞんざいな扱いは今に始まったことではない。ちょっと前に戻っただけのことだ。椿は勝手に馬車を降り、歩いて馬車に付いていく。そして、歩きながら石を拾い始めた。2、3個を片手で握れる程度の大きさのものを選ぶ。例の散弾用の石を集めておくのだ。身体強化魔法を施した状態であれば、片手に握った数個の石を投げつけるだけでも強力な攻撃になる。これだけで自分の身を自分で守れる、ニジニの世話になる気はない。
馬車にあった頭陀袋を勝手に使って、一杯になるまで石を集めておいた。時折、ゴブリンが現れたが、石を撒くだけで片が付く。この椿の行動に、ニジニの兵は誰も気付かない。時折、御者が後ろを振り返って椿の姿を確認するだけだ。それでいいのか精鋭たちよ。
何度かゴブリンの頭に石をめり込ませる機会があった。長らく生身で木薙刀を振るってはいたが、魔法はそう簡単に使って試せるものではなかった。シェロブやスターシャ相手に、身体強化魔法を展開して殴りかかるわけにはいかない。半年振りのこの実践は、努力の結果が見えづらい魔法の鍛錬の良い試金石となった。
魔力の繊維を筋肉のように編み込んで纏う魔ッチョに、それを肉襦袢か着ぐるみかのように厚く重ねる熊モードも、その展開までの時間は身につけた頃に比べて格段に早くなった。ゴブリンの接近に気付き、木薙刀を構えるまでの間に展開することができるまでに至っている。
投げつける石は、実際の腕よりも延長上にある熊の着ぐるみ部分で握っている。強化された筋力で、スリングのように遠心力が加わって投げつけられる石は、以前よりも威力が上がっていた。巧くゴブリンの顔面に当たると、頭部がザクロのように弾け飛ぶ演出を見ることができるほどだ。
これなら、青鬼が現れても牽制できるし、巧く行けば石だけで倒せるかもしれない。昔はなかった遠距離攻撃、遠近備わった立派な戦士のできあがりよ。
ところで後方にこれだけゴブリンが現れるなら、前方に出ていても不思議ではない。しかし、馬車の速度が変わらないところを考えると、後ろにしか出ていないのだろうか。ひょっとして、餌として機能しまくっていたりする?
そんな事を考えながら、一杯になった頭陀袋を担いで馬車に戻る。
行程は順調だ。この調子で馬車が進むとすると、衛星都市フーリィパチまでは8日ほどだろうか。途中で教会の街を経由するはずだ。そこまでの山間の道では、人頭鳥に青鬼とバラエティー豊かな危険があったはずだ。森が深いところには耳長も出る可能性がある。恐らく、この2、3日が山場になるだろう。
途中で、何度も馬を休ませる休憩が入った。それでもこの日は、駅を3つ分も進む強行軍となった。借り物の馬車のはずだが、ニジニの兵達の練度は高く、休憩の設営も、その撤収も手早く慣れたものだった。国レベルで考えれば、数千人の軍が動くこともあるはず。それと比べれば、300人ほどの行軍は身軽なものなのだろう。
衛星都市フーリィパチから12つ目、神都からなら3つ目の駅で宿を取ることになった。そう、宿をとった。勝手に馬車を降りて、とっとと宿で部屋を確保したのだ。見張りも兼ねているだろう御者が、椿の行方を確認してから馬車に戻っていく。ご苦労なことだ。そう言えば、ニジニの連中はあきらかに駅の許容を超える人数だ。どうするのだろうか? まあ、知ったことではないか。
部屋を確保したら、井戸で水筒の水を新しくする。魔法の水筒はシェロブに上げてしまった。そのため、椿は最初の駅で出会った男から貰った革の水筒を使っている。自作しようと調べはしたが、お爺ちゃんの家に関連する書籍は存在しなかった。書籍がないのだ、当然の事ながらお爺ちゃんも魔法の道具を作る知識を持たなかった。
街にも道具屋はなかった。シェロブがあれだけ喜ぶような代物なのだ、教会関係者ですら魔法の道具は珍しいのかもしれない。あの商人は何処から来たのだろうか。聞いておけばよかった。……うむ、あの頃は言葉が分からなかったし、どうしようもなかったか。
宿の食堂で食事を取り、お湯を貰って部屋に戻る。うむ、久しぶりの旅スタイルだ。お湯を使って身支度を済ますと、椿はとっとと硬いベッドに潜り込んだ。
初日は、何事もなく終わった。
・・・・・
翌朝、数日ぶりに顔を見せた眼鏡のイケメンことマーリンが椿の部屋を訪ねてきた。
ニジニに至れば、もう少しマシな待遇になることなどが伝えられた。それまでは、馬車で大人しくして欲しいとのことだ。この眼鏡にも、椿が付いていく意味を問うたが、やはり念の為という答えが返る。
勇者も聖女も記録はあれど、聖女に関する詳しい記録がないらしい。ないと言うか、あっさりしていると表現するのが近いだろうか。あの絵本と同じだ、「聖女の力で悪は浄化されました、チャンチャン」と。勇者には血湧き肉躍る冒険活劇のような逸話が数多、残っているらしい。この場合、「悪」ではなく「魔王」の表現が使われる。とどのつまり、万が一にも椿が聖女であり、かつ魔王が悪であれば特効薬になる。連れて行かない選択肢はないだろう、と。
好きな話題だったのだろうか、一頻り喋り終えた眼鏡はハッと我に返る。椿なんぞを相手に時間を使いすぎたとばかりに、足早に去っていった。
今日も良い天気だ。
ロムトスで最も景色のよいと椿が感じた、深い森に至る道の前後まで行程は進む。
以前ここを通ったときは、冬に向かう寂しい時期であった。これから夏を迎えるこの季節、道端は緑の絨毯に変わっている。まるでアルプスの少女なんたらの世界ではないか、日本とは少し違う雰囲気の森林が遠くに広がっている。
やさぐれそうな椿の心も、少しは持ち直す。
山の裾野を蛇行するルートに差し掛かった、山の上からは行軍が良く見える事だろう。なんせ今日は良い天気だ。こんな日には散歩をしたくなるものだ、それがヒトでなかったとしても。
見通しの良い山の上から車列を見つけたのだろう。数匹の人頭鳥が襲いかかってきた。
鳥たちは車列を前後で分断するように、中央付近の馬車と兵達に襲いかかってくる。ニジニ兵はすぐさま盾を並べ、その後ろから槍を立てる陣形を取る。素人が多かった商隊とは違い、滑空する人頭鳥の下に潜り込むように位置を変えて対応する。人頭鳥が真下に進路を変えたとしても、大した速度は出せない事を上手く突いている。
弓すら使わず数匹の人頭鳥を落とすと、ニジニの兵達は構えを解く。他の個体は逃げるに任せるようだ。流石の職業兵士だ、被害は馬車の幌くらいなもの、大したものだ。
椿が感心していると、前方が騒がしくなった。
長く伸びた車列の後方に居る椿から視線が通るほど、背の高い亜人が見て取れた。青鬼だ!
まさか、人頭鳥は陽動だったのだろうか? ともかく、ニジニの戦力を確認したい、それに壊滅するようならとっとと逃げる必要がある。椿は、前方に移動して兵達の動きを見守る事にした。
前方では4人の青鬼と、大量の部隊長クラスのゴブリンがニジニ兵に襲いかかっていた。
ニジニ兵は隊列を組み、先程の人頭鳥でも見せた盾と槍の二重の壁を作っている。亜人から見てすり鉢状に布陣するその中央には、茜と眼鏡の姿が見える。まるで、茜に向けて敵を誘導するかのような形だ。
その理由は直ぐに判った。茜がサーベルのような片手剣を振るうと、前方に居るゴブリンが細切れになる。耳長が見せた風の刃と似たような攻撃だ! ずるいぞ! 滅茶苦茶に強力な遠距離攻撃じゃないか! 必死に石を拾い集めていた椿の立つ瀬がない。
茜の射線を避けようとするゴブリンは盾に押され、槍衾に突っつかれ中央に戻される。そこに容赦なく叩き込まれる風の刃が、次々とゴブリンの数を減らしていく。眼鏡の放つ火の玉も着弾すると弾け飛び、ゴブリンをまとめて減らしていく。
『ア・カ・ネ! ア・カ・ネ! ア・カ・ネ!』
兵士達が茜を鼓舞するように声援を送る。鍛えられた兵士たちの地声だ、すげー迫力だ。なにこれ?
あきらかに苛ついた表情の青鬼が茜に切り込んでいく。なんと青鬼は、茜の放つ風の刃を大ぶりの剣の腹で払い、または身を捩っては避けている。やはり、あの青鬼は一筋縄でいかない。
そう思ったのも束の間、余裕の表情を崩さない茜が、剣の柄を額に翳すようにして魔力を篭め始めた。
茜が青鬼に剣を向けたその瞬間、──ガガーン──と凄まじい光と雷鳴が轟いた。茜に向かっていた青鬼は糸が切れた人形のように、走っていた勢いのまま地面を転がる。そのまま、ピクリとも動かなくなった。
雷の魔法か、ひょっとしなくてもアレは避けられないんじゃあ…… もう、ずるいとかのレベルを超えている。
残る、青鬼も難なく片付けられてしまった。あれだけ強力な遠距離攻撃があるのだ、武術をバカにする気持ちも分かるような気がしてきた。
しかし凄いな勇者、これが本物のチートか…… 椿なら、青鬼が4人も一度に来たら逃げる選択をする、間違いなく。
女神よ、こんな凄い駒があるなら、私は要らなかったろうに。何故に喚んだし。
勇者の出鱈目振りに呆れていると、椿のすぐ側で悲鳴が上がった。前方の茜に気を取られていた車列の中央に、別の青鬼が斬り込んできたのだ。青鬼は、椿との間に居た兵達を盾ごと蹴り飛ばして進路を確保すると、真っ直ぐ椿に斬りかかってきた!
椿は大上段で振り下ろされる剣をよそ目に、強化した木薙刀で青鬼が踏み出した足を脛から斬り飛ばした。支点を失った青鬼の体は、自分で振り回す剣に引っ張られ、ぐるりと仰向けに地面に転がる。すでにその傍らに近づいていた椿は、簡単に青鬼の頭を斬り落としてみせた。
ふふん、我ながら見事な薙刀捌きだ。一対一なら、そうそう遅れは取らない。うん、一対一なら。
周りに居た数人のニジニ兵が、椿を称えて見せた。が、ほとんどの兵はまだ茜に夢中なようだ。まだ、アカネ・コールが聞こえてくる。
『※※! ※※! ※※! ※※! ア・カ・ネー!!』
白い魔力を見せつけてニジニ兵を味方に付けておきますね、なんてイキってしまったのが恥ずかしい限りである。この場に、その発言を知るロムトスの人間が居ないのが救いだ。しかしなんだろう、この兵達の熱狂に対する既視感は……
ともかく、これで旅程は再開されるだろう。
椿は溜息をつきながら、自分の馬車に戻るのだった。
茜「勇者と言えば○イン系まほうでしょ」




