38.不安の空振り
大都会には日が暮れる頃に辿り着いた。
街の入口は山を切り割ったような崖の間にあった。天然の城壁と言う訳だ。高台の駅から見えた街は割と近くに感じたが、実際は手前の山を大きく迂回するような形でしか近づけなかった。
日本の瀬戸内海沿いの街のように、半島の僅かな平地に家がひしめいている。建物自体が積み木のように、階段状に積み上がっているのだ。この世界では初めて見る、平地以外の街である。向かって左は高台からも望むことができた大きな入江の湾で、右手は高い岩山になっている。ひょっとすると、この山の反対側まで街が続いているのかもしれない。
大きな通りは少なく、家々を縫うようにたくさんの小道が走る。
商隊とは街に入って最初の広場で別れることになった。なぜなら、宿がその広場周りに集中しているのだ。護衛隊を率いていた渋い兄さんに、とっとと宿に押し込まれてしまった。何度も指さされ「面倒起こすなよ?」「もう助けてやれんぞ?」と言われたと思う、多分、表情的にも間違いない。
その言葉を裏付けるように、明くる朝に護衛隊は別の商隊にくっついて、あっさりと街を発ってしまった。
商人達も自分の仕事に戻り、街のあちこちに散っていった。
そして、独りに戻ってしまった。
街に入った安心感とは裏腹に、これだけの家とそこに住む人々の中に居ても消えない孤独感がある。
当初の計画では、何処かに腰を据えて言葉を覚え、送還魔法を手に入れるはずだった。
しかし、まったく見通しが立たないでいる。
この街でも追い出されたら、今度こそカミラの元に戻ろうか。そんな心情が働いたからか、椿は黒髪を晒したまま街を散策する。追い出されるなら早い方がいい、半ば自暴自棄な選択だろう。だが、これで追い出されるなら、隠していたっていつか見つかるのだ。
そんな散策では、予想通りに大量の視線が集まった。
襲ってこそこないが、王都の広場でストリーキングを繰り広げた際のように注目される。むしろ、避けられているな。さほど広くない通りでは、見事に人の波が割れる。路地に入れば、壁に背を着けるレベルで避けられる。本当にこの黒髪は、どう言う扱いなんだろう?
雑貨屋を見つけると、構わず突入した。しかし、商人達は強かなもので、最初こそ怯えはするが、ちゃんと応対してくれるのだ。品物の値段を聞くと、一瞬キョトンとした後で怯えが消えるのが分かる。意志の伝達ができると分かれば、恐怖は薄れるのだろうか。釣られて、椿の感情も和らいでいく。
そのまま買い物を続けて、綴じ本の材料に紙を買い足したりする。鉛筆もどきの黒炭や、筆入れも見つけた。これで、王都を出たときとほぼ変わらない装備に戻った訳だ。
散策を続けると、薄いパンに削いだ焼き肉と野菜を挟んだものを売る露天を見つけた、美味しく頂く。宿に戻って摂った昼食は、海辺の街であることがまったく生かされていない、野菜のスープと、濃い味付けの肉のみだ。肉が多いな…… まさか、ここでは漁が行われていないのだろうか? ゴブリンとかが居るファンタジーな世界なだけあって、海もことさら危険なのかもしれないな。近づかないでおこう……
昼を過ぎ、更に散策を続ける。
パンを頬張りながらフラフラ歩く椿を見慣れたのか、初見でない人達から怯えられることはなくなった。きっと話も広がったことだろう、刺々しかった空気も段々と弛んでいくのが分かる。
進む町並みには公園と、教会を一定間隔で見かけることができた。これだけ家が密集している街なのだ、公園は火除けと思われる。教会はこんなに必要か? 近づかないでおくが、遠くから観察する限り、人の出入りは多くない。ただ、お昼時にたくさんの人が集まるのを見かけた。お祈りの時間が決まっていたりするのだろう。
街の随分と高いとろこに、錬金術士の工房を見つける。薬屋と言った方がいいだろうか? カミラの工房とは違い、あきらかに売る目的で品物が陳列されているのが分かる。
それでも、壁いっぱいに吊るされた薬草や、数多の瓶が壁棚に並ぶ姿はカミラの工房を彷彿とさせる。
嬉しくなった椿は、そのまま店に突貫した。
年老いた店主からは、これまでの商人達より強い忌避が見て取れた。目聡く見つけておいた空き瓶を手に取り、すかさず値段を問う。うむ、攻略法が確立したと言って良い、他の商人達と同じように警戒が解けていく。声を掛ければ良いのだ。
となると、黒髪が忌避される原因を作った某かは、言葉を話さないのか? 声を掛ける、それだけで黒髪が持つイメージが遠のくのだ。
まあ、そのうち分かってくるだろう。
かねてより、自分でポーションを作りたかった椿は、釜に鍋、五徳や、薬研などの道具を物色する。値段はともかく、大きいし嵩張る、とても持ち歩けるようなものはなかった。これがゲームであれば、どんな大きさであれアイテム欄にひとつずつで済んだのであろうが、現実は優しくない。
唸らんばかりの椿に、店主が声をかけてきた。カウンターの奥にある鍋を顎で抉ってみせる、どうやら鍋を使わせてくれるらしい。椿が大量の瓶を買い、その背にヨモギを背負っているのに当たりを付けたのだろう。
すでに湯煎の釜に浮かぶ鍋にはヨモギの煮汁が入っている。どうしたものかと店主を見ると、無言で瓶を渡された。ついでに手伝えという事だろう。年寄りは表情が読みにくいな。まあ、それくらいで鍋を使わせてくれるのなら僥倖だ。
鍋ごとポーションに変えてみせると、店主に大層驚かれた。鍋から直接ポーションを注いで埋めた5本の瓶を、店主に手渡す。折角の機会なので、魔力の加減を工夫してみた。そして、白いキラキラが発生する原因は、身体強化魔法の研究のときに予想していた通りだった。魔力の流しすぎで発生する、つまり余った魔力の輻射があのキラキラなのだ。魔力の撹拌で中身が渦を巻き始めたら、魔力を流すのを緩めるのだ。それだけで十分、綺麗なポーションに変わってくれた。良し、コツを掴んだぞ。
椿は、店内から勝手に鍋やら布を持ち出し、煮汁を濾すのに使う。灰汁を取る行為も珍しいのだろう、最初の警戒心は何処へ消えたのか、年老いた店主の食いつきは強い。傍らから無遠慮に覗き込んできた。
最初の5本より、より鮮やかな発色のポーションが出来上がると、店主の興奮も最高潮だ。
カミラから教わった赤色やら、他のポーションの作り方を見る限り、材料に何かを足すことはあっても、引くことはなかった。不純物を取り除く、たったコレだけなのに、この世界では思いつく人間が居なかったのか。
新しいポーションの作り方を知ったのが嬉しいのか、店主もポーションづくりに加わってきた。一緒に、乾いたヨモギを薬研で引いたり、蒸して濾したり、湯煎する。カミラは火鉢を使っていたが、ここではガスコンロにそっくりな道具を使っている。燃料はガスではない、天面に無数の穴がある筐体の内側でなにかを燃焼させており、その穴から火が吹き出す仕組みになっている。煙がすごいし、少し油臭い。石炭か? 石炭の匂いは知らないが、間違いなく炭ではない。
コンロ良いなぁ。欲しいが、こんな嵩張るものを持ち運ぶことはできない。
まあ、そもそも持ち運ぶ必要は少ないのだ。野宿で使ったら便利だろうと最初は思っていた。だが、この世界の街道はやたら整備されていて、駅の宿で安全に眠ることができる。未だに、その野宿の経験はないのだ、ありがたいことに。
結局、日が暮れるまでせっせとポーションづくりに励む。ヨモギも5束をすべて消化した。
作ったポーションは、椿が自分で持ち歩く分の他を買い取ってくれた。王都でもそうであったが、需要が増えているそうだ。これが在庫だと示された入れ物には、わずか数本のポーションが残るばかりであった。店主としても渡りに船だったのだ、1本あたり銀貨4枚で引き取ってくれた。
店の空き瓶をすべて使った量を買い取るには、現金の持ち合わせがなかったらしい。代わりに、携帯用のポーション鞄を頂いた。剣帯のように、腰に斜めに掛けるカッチョイイ意匠だ。瓶も専用で、尻ポケットに入れるよう特殊な形をしたスキットルってものがあるが、そのような姿をしている。身近なものだと、鰻のタレを入れているアレだ。アレを少し薄く広くした感じ。
薄い鞄に、なんと24本も瓶が収まった。これは良い!
取引の成立にあたり、ガッチリと握手を交わす。
またおいで、優しい笑顔から紡がれた言葉は、きっとそう言っていたと思う。
夕暮れの中で店を辞し、急いで宿に戻った。
ここの宿の女将は、まだ椿を警戒している。食事の盆も手渡しできないほどだ。言葉を掛けても、目を合わせないようにする、余所余所しいままだ。商隊の紹介だから使っているが、別の宿を検討した方がいいかもしれない。女将のためにも。
今日は、違う部屋を案内された。いつもは一番手前の部屋に案内される。これは、どこの駅でもそうだった。逃げ場のない奥より、手前に女性を置くのだろうと勝手に予想していた。まあ、偶然だったのかもしれない。
おまけに、スープも何となく薄味で不味かった。
よし、明日は違う宿を探そう。
酸えた臭いのするベッドで眠りに落ちる。
おじいちゃんから字を教わればいいじゃない。




