37.大都会
椿の記録が確かなら、ここが11つ目の駅になるだろうか。
我ながら、ザラ半紙を綴じた本を作ったのは正解だと思う。初代の本は燃やされたため、新しいものを作り直した。作り直した2冊目の前半には、記憶をほじくり返して1冊目と同じ内容を書き起こした。まあ、足りなかったり間違っていたりするだろうけど。
すでに、3冊目も準備してある。
備忘録も兼ねるこの本は、日記ほどではないが経過を記している。
今日で15泊目になるはずだ。地球では明日、202×年の1月9日を迎えるはずだ。糞王子に斬られて、糞兵士達にピーされた後、記憶が途切れている。そこに時間経過があれば、この限りではない。経過がない事を祈るばかりだ……
この世界に拉致られたとき、カバンや手荷物はすべて床に置いていた。その結果、身体ひとつ、靴もひとつ、と言う状態でやってきた。今頃はスマホも、玄関でバッテリー切れしていることだろう。あぁー…… ケーキやら、チーズやらは、どうなっただろうか…… 冬場だし、ウィスキーは無事だろう。もし帰ることができたなら、恐らくカビ塗れになった床の掃除から始める事になるな。いや、戻る場所によっては家から閉め出される事になるぞ。
まあ、先のことを考えても仕方ない。まだ、帰る道がないのだ。
駅は商隊の面々で溢れていたが、念のため訪ねた宿ではあっさり部屋を確保できた。女性は優先されるらしい。ありがたいが、追い出された人には申し訳ないことをした。
食事を終え、部屋でタライのお湯を使って落ち着く。
さて、早急の課題がある。革の強化を試すのだ。
素材は、カミラの手紙を保護している革の袱紗である。こいつの端の方を削ぎ、糸のように長い断片を作った。それを強化して、引っ張って千切れないことや、強化した木製ナイフで切れないことを確認する。そして期待通り、強化を解除しても崩れなかった。革は生物由来だし、血管が伝う後が残っているくらいだものね。強化のイメージも湧きやすかった。
続けて、袱紗本体を強化しても大丈夫であることを確認する。うむ、そして外套も大丈夫だ。うむ、うむ。
外套を強化して、ひとつ気付いたことがある。綴じ本の糸だ、これも植物由来ぽい。強化できる。なんかさ、手で持って魔力を篭め続ける限り切れない糸とか、中二病心をくすぐらないかい? 流星鎚とか作ると面白いかも。重りの小ささに油断した大男が、一発で気絶するくらい威力があるんだよな、あれ。
ちなみに、糸が強化できなかった場合、外套の強化を解くと糸が崩れてバラバラになっていたはずだ。危なかった。迂闊すぎた。教会のベンチのようにするところだった。
明くる日、夜明け前の駅を散策して、気付かなくていいものに気付いてしまった。
教会があった。
小さいが間違いない、天辺に例のブツが乗っかっている。こっちの方向を目指すに当たって危惧した通り、教会の文化圏に突入したのだ。その上、本拠地に向かっている可能性だってある。
うーむ……
今なら、商隊の人達が居る。護衛の冒険者達も居る。彼らは椿の黒髪を忌避する様子はなかった。いっちょ、教会に乗り込んで、襲いかかってくる人の特徴を観察してみようか? 商隊や護衛達が介入してくれると思うんだ、甘い考えかな?
いざとなったら、このうっすい壁の建物は根こそぎにできる。教会を破壊して、騒ぎにまぎれて逃げてしまおう。
鼻息荒く教会に向かう椿だが、数歩で後ろから肩を掴まれ止められた。振り返ると、護衛隊を指揮していた渋いお兄さんがキレ気味の表情で立っていた。椿の髪や、教会を交互に指差し、何やら説教地味た口調でツバを飛ばしてくる。顔は完全に「その形で教会に近付くなんて馬鹿か?」だ。
これは、ひとつ勉強になった。襲ってこない人達も、黒髪は騒動の元だとと認識しているようだ。
それならと、発展型の身体強化魔法を施し、白くなった髪を渋兄さんに示してみせる。
あ、なんか考え出したぞ…… 兄さんは腕を組み、首を捻って考え出した。数拍経って椿を見た兄さんは、やっぱり止めとけ、って感じで手を振って見せる。むしろ、黒髪だった時より面倒な事になるぞー、って顔をしている。
こう言う忠告は素直に聞くに限る、外套のフードを被ってその場を離れることにした。
椿は、自分の予想が当たっているか確認することにした。今の内だけだからな。
渋兄の袖を引いて、教会を指さしてみせる。今度はなんだ、あ? って顔をする兄さんに、次は道の先を指さしてみせる。上手く伝わらないな。もう一度、教会を指さして、これから進む道の先を指す。この先、教会だらけじゃないの?
渋兄さんが渋い顔をする。この反応を見る限り、やはりこの先は教会が増えるようだ。
そのまま流れるように、渋兄に馬車に押し込まれてしまった。明らかに、木を隠すなら森の中って意図を感じる。なぜなら、馬車は日に焼けた赤髪のおっさん達で一杯だったのだ。黒髪を目立たなくしたいのだろう。
袖擦り合うのも多生の縁とか言うし、折角なので行程を共にさせてもらおう。
道中は、徹底して単語を教わった。
揺れる馬車も、魔ッチョを座布団代わりにすれば問題ない。浮いているようなものだから、イラストを描くのも苦にならない。取り敢えず、積荷を片っ端からイラストにして単語を教えてもらう。とは言っても、イラストの数はそんなに増えていない。
積荷は小麦を始めとした穀物、香辛料に香料、布に毛皮などだ。内陸の生産品という事かな? 今向かっているのは、海辺の街だと想像できる。布に、瓶に、見てくれが殆ど変わらないからイラストに起こすのが難しいのだ。
しかし、ここまで出会った異世界人達がそうであったように、異常に察しの良い商人達だ、椿がやりたい事はすぐ理解してくれた。革を並べて順に名前を教えてくれたりする。とにかく、名前は網羅して、それに色や手触り、厚さ、柔らかさなど、椿が感じた特徴を記しておく。瓶などは、色付きで中身が分からない。それでも、名前だけはとにかく控えておいた。
ちなみに、椿の外套が馬の革であることが分かった。革のひとつを手にとった商人が、馬車を引く馬のお尻をポンポンしていたのだ。続けて椿の外套をつまんで、革を並べてみせる。たしかに、特徴が似ている……
ますます外套は大事にしないといけないな。
そのまま商隊とは、延べ2日を共にした。
12つ目を超え、13つ目の駅で一泊する。全員が騎乗だし、2時間置きに馬の休憩が入る。随分とお気楽な道中で、ゴブリンの驚異を知っていなければ、護衛など必要ないだろうと思うほどだ。
そんな行程も、2日目に護衛たちの雰囲気がガラリと変わる。理由は直ぐに分かる、2時間ほど進んだところで小汚い集団に襲われたのだ。盗賊か、今更かよ、と思ったが納得するところもある。つまり、大きな街が近いため化物が少ない、かつ人通りが多い、しかし治安を守る兵達は少ない、うってつけの距離がこの辺りなのだろう。
商隊に女性が加わることが珍しいのか、スカート姿の椿を見つめる盗賊達の目が血走っている。
アホみたいに殺到してくれたよ。渋兄を含めた護衛たちは、これも折込済らしい。囮がいるとやりやすいぜ~、みたいな悪い顔をしていた。椿も序でとばかりに、新たな対人兵器「投石」の威力を試す。一度に投げつける石は、2つ3つだ。我らが地球には野球と言う球技で、物を投げるのに究極に効率化されたフォームが存在している。椿もアスリートの端くれだ、投球フォームと、その理屈は知っている。頑張って再現して投げるよ!
強化と熊モードのフルセットでせっせと石を投げつけたところ、有効射程は50m程である事が分かった。この笑えるくらいの射程でも保たれる命中精度には、何らかの魔法的な力が加わっているのかもしれない。歪な形の石が真っ直ぐに飛ぶはずがないからな。50mまでは放物線どころか、ほとんどレーザービームのような軌跡で飛んでいくのだ。
対する盗賊団は、お楽しみのために椿を殺したくないのだろう、殆ど矢が飛んでこなかった。おかげで護衛達は無傷と言っていい戦果を上げた。椿は、逃げ出す盗賊達の背中にも容赦なく石を浴びせていく。騒ぎが収まると、商隊の人数と同じ30体ほどの死体が残された。
記念すべき1投目の犠牲者が盗賊団の頭だったようだ。胸に風穴が空いた遺体を、なぜだか馬車に積んでいる。衛兵に差し出すのだろうか? 残りを弔おうと、穴を掘る椿を渋兄が止める。なんと、死体は野ざらしにするようだ。獣が人の肉の味を覚えたら大変じゃないのかな? まあ、すでにゴブリン達がそうだから、今更なのかもしれない。
そして辿り着いた14つ目の駅は高台にあった。
眼下には海が広がる。異世界の海! 感動……!! するわけない、地球の海と何ら変わらない。むしろ、水が黒くて綺麗さが欠片もない、冬の日本海かよ。
……深いんだろうか? 塩味するのかな? うん、興味はある。
それよりも、この大きな入江になった湾の対岸には街が広がっていた。視界いっぱいに家、家、家だ。王都なんか比べ物にならない規模で、まさに都市がそこにあった。
この駅は、入江の端にある。対岸は半島になっているのだろう。こちらの岸よりもずっと広い。
壁は半島の入口にだけ敷けばいいのだ、確かに都市を築くのに合理的だ。
半島の先端には、立派な建物が見える。王城か、はたまた教会か。
昼飯を終えた商隊は、行程の最後を進んでいく。
やっとこ現れる異世界の文明の一端




