35.飛ぶ鳥を落とす
空を飛ぶ人頭鳥、おっぱい付きは3体ほど居た。
このモチーフは知っている、ハーピーとかセイレーンとか呼ばれる奴だ。商隊の護衛達が、空から急降下して振るわれる鉤爪を、必死に盾で防いでいる。振るう剣は簡単に避けられ、商隊の被害は増すばかりに見える。
どうしたものかと考えていると、あっさりと1体に目をつけられた。単独なので襲いやすいと見られたかもしれない。椿に気付いた護衛のお兄ちゃんが、逃げろとでも言っているのだろうか、椿に向かって必死な表情で叫んでいる。
取り敢えず強化した薙刀を振るって迎え討つが、あっさりと避けられた。その上、すれ違いざまに鉤爪で一撃を肩に残していく。普通に強敵だよ、コレ!
鉄砲があればなー、と思った椿だが、商隊を見て察する。地面に打ち捨てられた弓が見えた、すでに矢を射ち尽くしている感がある。なるほど、知能ある生物の立体機動を捉えるのは難しそうだ。素人の椿が鉄砲を持っても同じだろう。
折角の薙刀が活躍しないのは虚しいが、発展型の身体強化を試すのには良い機会だ。
椿は、少し大粒で重みがあり、数個をまとめて手で握れる程度の石を拾い集めていく。この人頭鳥、石を拾いに身をかがめた瞬間を逃さず狙ってくる。薙刀を突きつけ、牽制しながらせっせと石を拾った。
さて、数撃ちゃ当たるの実践だよ。発展型の身体強化魔法は、すでに展開済みだ。鳥がこちらに鉤爪を振るう瞬間を狙って、拳いっぱいに握り集めた石を投げつける。いわゆる、散弾だ。熊並みの力で投げられた石は、人頭鳥の翼や胴を貫く威力があった。
ふおー、これは対人や対ゴブリンにも効果てきめんじゃなかろうか! 新たな攻撃手段の確立だな。
ボトリと落ちてきた人頭鳥に駆け寄り、すかさず薙刀で首を切り払う。よし、まずは1匹だ。
護衛達が必死で残る人頭鳥の攻撃を防ぐ中、商人たちがポカンとした表情で椿を眺めている。気にしていたら死人が出る、せっせと石を拾い集める。カバンも使って3投分くらいの石を拾い集めると、商隊の中に突っ込んだ。
椿にヘイトを向ける人頭鳥が居ないため、護衛が襲われるタイミングで2投目を行う。人に当たらないように意識したためか、胴体に当てることは叶わなかったが、それでも数個は、翼を貫くことができた。
落ちた2体目は護衛達が始末するだろう、椿はすぐに3頭目を探して構える。2体目が落とされたのを見たのか、3体目は真っ直ぐ椿に襲いかかってきた。やりやすいじゃないかお馬鹿さんめ、3投目をお見舞いだ。
今度は、翼には当たらなかったが、頭と胴体に命中した。首を落とすまでもなく、絶命したようだ。ピクリとも動かなくなった鳥をひっくり返して確認すると、頭は堅いようで小石は貫通していなかった。割と頑丈な骨をしている、体も重みがある。良くも空を飛べるものだ。
人頭鳥を見分していると、護衛達の中では年嵩に見える男が話しかけてきた。30歳過ぎだろうか、護衛隊の頭らしい。
「※※※、※※※※※※※。
※※※※※」
「申し訳ないんですが、言葉が解らないんです」
「※※…… ※※※※※※※※※※※※※※、
※※※※※※※※※※※、※※※※※※※※」
お約束のこりゃ参ったの顔を頂く。
商人達も次々と馬車を降りてきて、椿に礼を述べているようだ。分からんが多分、礼だろう。
目を離した隙きに、もう人頭鳥が解体されている。この化物にも、心臓代わりの石が入っているようだ。ひとつを押し付けられてしまった。残りは、手で制した上で、激しく首を振って拒否しておいた。要らんよ、気持ち悪いし。
それにしても、バラバラにするあたり、食べるのだろうか? 腸やらは穴を掘って埋めているが、内蔵の一部は脚などの肉と一緒に袋詰めされている。首だけなら、人と区別が付かない頭もだ。ゴブリンや青鬼の例に漏れず、人頭鳥も白目のない黒目がちな目をしていた。でも、目を閉じていれば、人の女性にしか見えない。何に使うんだ……
ひと通り商人達が礼を述べて離れた後、先程の護衛隊長がまたやってくる。どうやらポーションを持ってきてくれたようだ。椿の肩を指さしてから、ポーションの瓶を手渡してくる。先程貰った肩への一撃、思ったより鋭い爪だったようで血が腕に伝うほどの深さであった。こっちに着てから、とことん右肩を打たれるなぁ…… ありがたく使わせてもらおう。
外套と、シャツも脱いでしまう。肌着を着ているので乳は露出しない。それでも、隊長含めて若い男たちは顔を真っ赤にしている。どうやらこの世界の男たちは純情らしい。まあ、商人達は王都の王子様よろしく、無言で食い入るように見てくるが。
傷は塞がったが、外套とシャツが傷物だ。シャツは換えがあるが、外套が残念でならない。椿が気に入ったものは、とことん壊しにくるな、この世界は。糞が。
替えのシャツに着替えた後、覗き見していた商人達に外套を繕う仕草をしてみせる。誰か繕ってくれ、見物料だぞ。
すると、商人達の中では割と厳つい男が外套を手にとった。そのまま馬車に頭を突っ込み、何やら道具箱を取り出してくる。どうやら繕ってくれるらしい。それを見た別の若い商人が、シャツを持っていく。
残った護衛や商人達は、何やら火をおこしたり鍋を火に掛けたりし始めている。完全に休憩モードに突入だ。
馬車には水樽も積まれていた、馬車を引く馬たちのものだろう。荷馬は背が低い代わりに、太い。道産子と言えば、想像できるだろうか? 如何にも働くお馬さんだ。ガフガフと水を飲んでいて、とても可愛い。馬車は、道から外れた下草の多い場所に移動させられる。お馬さんも食事タイムと言う訳だ。
外套の繕いは見ものだった。ちゃぶ台のように背の低い長方形の机を持ち出してきて、そこで作業をしていた。あてがう革と、裏地には布を使うようだ。トントンと器用に等間隔で穴を開け、地球で見知った革細工と変わりない縫い方で、見る見る縫い合わされていく。2本の針で編むように、くいくいと糸を引く。あてがわれた革は硬かったが、場所が肩だけに違和感はなかった。
縫いあてがわれた革がやけに横に長いと思っていたら、どうやら装飾をするらしい。焚き火に突っ込んでいた太い針で、器用に模様を刻んでいく。つる草の意匠だ。この世界ではポピュラーらしい。剣にもつる草が使われていたな。ドヤ顔する商人に、いや職人も兼ねているのかもしれないが、礼を言って外套を受け取る。
待ち構えていたように、若い商人もシャツを渡してくれた。こちらは、両肩のヨークと呼ばれる部位を覆うように、面積の広い布が上張りされていた。違和感がないよう、飾り糸を入れて装飾してある。ほんの少しの間に、よくもまあ綺麗に仕上げるものだ。革を繕ってくれた商人の真似をして、親指を立てて笑顔を送る。照れ照れの若い商人さん、チョロいな。
そう言えば、血も綺麗に取れている。どうやったのだろう? 見ておけばよかった。
そして、ご飯も頂いた。干し肉と、野菜とパンが崩れるまで煮込んである。こちらも短時間でどうやったのだろうか、魔法道具の鍋だったりして。ふと周りを見ると皆、自分の器を持っているようだ。椿が困っていると、更に別の商人が大ぶりの茶碗ほどの器をくれた。
うむ、うむ、美味しい。人頭鳥が早速煮込まれていることを想像して、食べるのを戸惑ったのは内緒だ。
同僚に山ガールが居たが、道具の話をもっと聞いておくべきだった。こんな体験をすると、自分も鍋やらを持ち歩きたくなるじゃないか。
魔法の鍋、やかん、スキレット、夢が広がる…




