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31.怒り

 この頭の可怪しい連中に付き合う義理はない。

 直ちにここを立ち去りたいが、入口側に4人組の残りが陣取っていて難しい。


 幸いなことに、剣士の腕前は大した事がなかった。あの糞王子に毛が生えたようなものだ。こんな腕前ではゴブリン部隊長に勝てるかすら疑問だ。そんな、やたら振り回す剣を避けながら入口側を目指すが、立ちはだかる女神官に押し止められる。


 こんな、ヘッポコに見える連中でも青鬼の駅では、兵士や居合わせた人達にチヤホヤされていた。それなりの実力って奴を担保する、何らかの奥の手があるのだろう。異世界だし。


 椿の予感を肯定するように、女神官がムニャムニャと何かを唱える。剣士の体がボウっと青く光ったかと思うと、いきなり切り込みが早くなった。これは、身体強化だろうか? 色こそ違うが、剣士の体を魔力が巡るのが分かる。それにしても、目から鱗だ。身体強化を他人に掛けるのか、単独行動の椿には湧かない発想だった。なるほどなるほど、肉体労働が得意な前衛に、不得手な後衛がフォローするのは当然だ。


 残っている重装の大男は、狼狽えるばかりで戦列に加わってこない。


 段々と判ってきたが、黒髪を忌避する連中と、そうでない連中と二通り居るのだ。それは、ここの教会が教義とする宗教の信徒か、そうでないかの違いかもしれない。この教会は、どちらかと言うとこの国では異分子だと思う。糞ではない方の王子様は、対峙した椿にいきなり斬りかかることはなかった。


 二度目の召喚からここまでの道中では、宿の女将さんを始め、色んな人達に髪を晒してきたが、何の反応もなかった。逆に、あの糞王子やその国は、ここの教会と同じ教義が深く浸透していたのだろう。


 これだけガラリと変わるのだ、よっぽど遠くに呼ばれたのだろうか。


(※※※! ※※※※※※※※※※※※※!)


 突然、例の声が頭に響いてきた、女神様だ。長らく声を掛けてこなかった女神様も、この教会の中では影響が及ぶと言うことだろうか。それとも、単に声を掛けてこなかっただかもしれないが。


 叫び続ける女神の声が聞こえないのか、4人組を始め司祭ですらも何の反応も示さない。女神官が神託を受けたのではなかったのか?




 女神がギャーギャーと喚く中、とうとう女神官も鉄の棍棒を振るって襲ってきた。けれども、これで出入口側が手薄になった。


 このチャンスに逃げようと視線を向けると、忘れていた魔女がこちらに掌を向けているのが見えた。赤い魔力が渦巻き、ソフトボール大の炎が生まれる。初めて見るファンタジーらしい魔法は、自分に向けて放たれるものだった。


 魔女の放った炎を身をよじって何とか避ける。しかし、外套の一部と肩掛けカバンを吹き飛ばされてしまった。


「あぁっ! 手紙が!!」


 吹き飛んだカバンの中身が燃えている。カミラの手紙が入った革の袱紗も、ザラ半紙を綴じた単語帳も燃えている。状況も忘れて手紙に駆け寄り、何とか火を消そうと必死に両手で叩く。手を火傷しながら、なんとか消すことができた。


 糞剣士は、その椿の背中を容赦なく斬りつけてくる。また右肩から背中を袈裟に斬られてしまった。魔女の高い笑い声が聞こえてきた。何度も背中に剣が叩きつけられ、その合間に魔女が炎を飛ばしてくる。


 それでも、なんとか手紙の燃えさしをウェストポーチに仕舞うことができた。


 這いつくばって剣を避け立ち上がり、糞どもに向き直る。痛みと怒りで頭がクラクラする。よくも笑いながら人を害することができるものだ。それとも、椿はもう人間の範疇ではないのか?


 ならばもう、コイツらに遠慮はしない、ゴブリン部隊長と同じだ。全員、上下に分けてやる。


 魔ッチョに想像できる最大の魔力を流して、身体強化の魔法を重ね掛ける。

 自身の身体は斬られてよく動かないが、魔ッチョが代わりをしてくれる。まだ戦える!


 傍らのベンチに手を掛けた。ベンチは木製だ。一度、魔力を通してから、通した魔力を断つと、金具だけ崩れて細長い部材がバラバラに残る。そのうちの一本を手に取った。二人がけのベンチの長さは120cm程だ、木刀にしては長いが構わない。これに魔力を通す、手加減なしの全力だ。


 木片が白く発光する。加減なしの身体強化の魔力が身体を駆け巡る。肩越しに揺れる、自分の髪の毛も白く発光しているのに気付いた。魔力で編んだ筋肉繊維も白い光を放っている。椿は全身が淡い白色に輝く状態となった。


 椿の白い魔力を見た糞司祭と糞女神官の表情が変わった。椿の威圧に恐れをなしたか、この世界の顔芸文化を差し引いても大袈裟に狼狽し出す。そして慌てて何事か大声を上げだした。良く判らないが、今更になって糞剣士を制止しようとしているようだ。

 叫ぶそんな糞どもにも構わず、糞剣士が正面から斬りつけてくる。椿の背中を滅多打ちして気が良くなったのだろう、間抜けにも何の工夫もなく向かってきた、どこかで見たパターンだな。椿は振り下ろされる剣を、白い木片で払いなす。相手の得物の向こう側に、切っ先を入れて押さえつけた。


 必殺の形だ、後は右腕に沿って振り上げるだけで良い。

 白い木片は、糞剣士の右脇を深く斬り割った。致命傷だ。治療が遅ければ失血で死ぬし、生き延びても剣は二度と持てまい。


 なんだ、強化すれば木片でも斬れるじゃないか。もう鉄の剣を持つ必要はなさそうだ。

 返す刀で糞剣士の胴を薙ぐ、全力の魔ッチョがもたらす膂力に、糞剣士の体は錐揉しながら飛んでいった。まあ、ギリギリ生きてるんじゃないかな?




 女神官が必死の形相で足元に縋り付いてきた。もう遅いって。


 縋る糞を踏み潰してから、糞魔女に迫る。人の大切なものを台無しにして笑ってくれたお前は特に許さない。やけくそのように炎の弾を飛ばしてくるが、魔力を篭めた木片を振るうだけでそれを掻き消す事ができた。


 ここにきて、大男の方が割って入ってきた。大振りの盾で椿の進路を塞ぐ。剣士が残っていたら、魔女も合わせて良い連携ができたかもね。撫でるように木片を振るい、盾ごと大男の左腕を切り落とす。うずくまる大男を蹴りのけて、魔女の元まで迫る。今までのお礼にと、全力で魔女の頭に木片を振り下ろした。


 帽子に隠れて、殴りつけた頭がどうなったかは確認できないが、魔女はピクリとも動かなくなった。




 怒りに任せて、人間を害してしまった。気分は最悪だ。


 木片を石の床に突き立て、散らばったカバンの中身を集める。殆どが燃えてしまい、形が満足に残っているものはなかった。幸い、お金はウェストポーチに入っている。ポーチを持たせてくれた、カミラには感謝しかない。


 着替えは買い直せば済む。けれど、王都で積み上げたものをすべて失った気がして悲しくなった。




 泣きながら手紙を確認する。革の袱紗が焼けて、中身は蒸し焼かれたように真っ黒になっていた。崩さないよう、恐る恐る包みを拡げて確認すると、油紙と封筒までは焼けたが、便箋はなんとか読める状態を保っていた。


 安堵に思わず、手紙を胸に抱きしめる。


 涙を流す椿の姿に感じ入るものがあったのか、糞司祭が複雑な表情で居るのに気付いた。

 こいつまで片付けてしまうと、椿の正当性を証明する人間が居なくなってしまう。まあ、そうするとは思えないけど。忌々しいが、糞司祭は放置して、とっとと買い物を済ませて街を去る事にしよう。


 気付けば、女神の声はしなくなっている。やっぱり、あの女神官が窓口の役割だったのだろうか。それとも、やっと椿を諦めてくれたのか。どちらにせよもう、どんな事情があろうが協力する気は起きないが。




 突き立てた木片から枝が伸び、何枚かの葉が付いているのに気付く。女神の演出だろうか。そもそも、ヨモギの煮汁に魔力を通せば、傷が治る不思議なポーションに変化するのだ。存分に魔力を吸った木片が、生きた木に戻っても不思議はないような気もする。場所が教会だけに、ちょっとばかり神々しく見えるな。


 椿は、バラバラにしたベンチから別の木片を拾い取って教会を出た。




 追手が掛かる可能性がある、直ぐに行動しよう。ポーションを半分飲んでから、肩越しに残りを背中へかける。結構な深手だったのか、痛みが消えるまでは回復しなかった。背中だし、上手くポーションが掛からなかったかもしれない。


 愛着の湧き始めていた外套も、糞どもにボロボロにされてしまった。


 雑貨屋で手紙の保護をするものと、新しい単語帳の材料を買い集める。覚えている内にまた書き出そう。復習になってちょうどよい、そう考えよう。


 店員に血だらけの格好をやたら怯えられた。けれども、お金を受け取りながら心配そうな素振りを見せてくれる。基本的に、この世界の人間は善人が多いと思う。これまで居た糞どもはすべて宗教絡みだろう。


 続けて、革もの屋に向かう。薄くて背中にフィットする背嚢と、肩掛けカバンを購入した。さっそく教訓を活かすのだ、荷物を小分けにしておこう。大事なものは身体に密着させて携帯するのが良さそうだ。ボロボロにされた外套を見せて、手で繕う仕草をする。直せないかと問うてみたが、店主は首を横に振る。店に外套が無いところを見ると、同じ革でも服飾屋の領分なのかもしれない。


 服飾屋の店主には、やたらと親切にされた。今朝やってきたばかりの椿が、ボロボロの格好で空っぽの新しいカバンを携えてやってきたのだ。追い剥ぎにでも合ったと思ったのかもしれない。店の奥まった場所に案内され、年かさの店員と一緒に椿の治療をしてくれた。下の肌着まで血まみれになっていたので、これも脱いでしまう。久しぶりの全裸だよ。

 最後のポーションを店主に渡すと、ちゃんと使い方を知っていて、綺麗な布で背中の傷に塗り込んでくれた。


 それから替えの下着を揃えてくれ、元々着ていた服に近い着合わせを選んでくれた。そっくりな外套もあった! これは大きな成果だ。金貨で5枚にもなったが、外套の手入れ用のクリームやブラシをおまけしてくれた。


 もちろん、忘れずに靴下も揃えたよ。


 最後に、店主が鏡を持ってきた。鉄か銀を磨いたような金属製の表面をしていて、お盆より一回り大きいものだ。店主が構える鏡を見て、椿は愕然としてしまった。髪が白いままだ、今はもう身体強化を解いている。魔ッチョは残っているが、発光する要素はないのに。鏡ににじり寄って確認すると、眉毛や睫毛まで白い。


 ぐあー…… これ、元に戻るんだろうか…… つか、店主よ。よく同一人物と気付いたな。下着も靴下もシャツも、今朝買ったものと同じものを用意してくれた、間違いなく同一人物と認識しているはずだ。この世界の人間の察しの良さは異常だろう。




 さて、糞どものせいで、路銀が一気に半分になってしまった。ポーションも尽きた。ここからは、せっかく山沿いを歩くのだ、道中はヨモギを探してみよう。


 宿に戻り、遅い昼ごはんを食べる。


 お代を渡すとき、女将が「なんだ、今日は泊まらないのかい」って顔をする。この人も椿を、昨晩泊まった椿と認識している。異世界人の能力のひとつなのだろうか、それとも椿の顔つきがよっぽど一般的ではないのか。


 摘んで確認して見る前髪は、確かに白い。


 髪の毛の色がコロコロ変わる人種が居るとか? うーむ、異世界の不思議は尽きない。

司祭様とか回復魔法を使えそうだし、あの4人組がまだ追っかけてくる気がするんですが。

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