29.買い物
7つ目の駅は、最初の駅と同じように、人も馬も少なかった。大きな街が近いんだと思う。
1軒しかない宿に部屋を取る。慣れたもので、食事とお湯の入ったタライを貰ってから部屋に落ち着いた。宿泊代は3銀貨だが、更に1銀貨を食事とお湯に支払っている。ビジネスホテルと同じくらいの値段だろうか、物価と比べると安い気がする。
ちなみに、駅に入ってすぐのタイミングで例の視線が戻ってきた。諦めてなかったか、糞が。
でもこの視線、宿に入ると途切れてしまった。物理的に視線が通らないと見えないのかもしれない、ここに来てやっと攻略の糸口が見えてきたようだ。建物の多い街にたどり着けば、それだけで発見を遅らせることができるかもしれない。
ご機嫌で体を拭いてベッドに潜り込む。
結局、あの連中はなんだったのだろう。聖職者っぽい女が主体で追いかけてきている風だったな。他の連中は、付き合わされている感が出ていたし。特にあの魔女はそれが酷かった。男たちは雇われ冒険者で、魔女は弱みを握られて扱き使われていたりするのかもね。
そもそも、椿は召喚されて来たのだ。それは何のために? 勇者とか聖女とかの役割か? 当たり前だが、必要だから呼んだのだろう。1回目の召喚では、山田さんちの娘が一緒だった。セオリー通りに若い女の子が主役で、自分は巻き込まれたのだと判断した。斬られた上に色々されたしな。
でも、2回目の召喚があった。そう、2回目で呼ばれたのは椿だけだった。
4人組は逃げた椿を王都に呼び戻そうとしているのだろうか。召喚の術者をアレしちゃったのは許される程度の粗相だったと? それぐらい重要なのだろうか? でも、お決まりの勇者として、ってなら戦力外だと思う。あの青鬼が2匹きたら殺されてたぞ、間違いなく。雷の魔法とかの、勇者らしい能力を寄越してから召喚して欲しいものだ。
1回目の召喚で、糞王子と取り巻きにギャーギャー喚いていた女神っぽいの、アレは何だったんだろうか? 最初は女神に喚び出されたのかと思ったが、2回目の召喚で湯船の中から呼ばれたときには慌てていた。意図しない召喚だった可能性が高い。召喚自体は魔法の力なんだろうか。
女神が勝手に連れ出された椿を取り戻すために、あの女神官に神託でも下したのだろうか。ならば彼女だけが熱心だったのにも納得がいく。椿も体験しているが、頭に直接、声が聞こえてくるのだ。さぞや神秘的だろう。魔法もあるんだし、神の力とやらもあるだろう。
あの女神、まったく思い通りに事が運んでないんじゃないかな。ずっと絡んでくるあたり、勇者召喚の責任者でも押し付けられているのかもしれない。神様の役割と言う奴だ。女神の上には更に偉い神様が居て、女神くん首尾はどうかねとか責付かれていたりして。懐かしい社畜ビジョンが思い浮かぶ。糞王子に受けた傷を直してくれたとき、やけに必死に語りかけてきていたな。ほんのちょっとだけ親しみが湧いた。
しかし、宗教的な絡みがあるとしたら、かなり面倒な事になりそうだ。女神の意図など汲み取りもせず、熱心な信徒たちが暴走する。そんなシチュエーションは、色んな物語で見られる。
もう諦めて、別の勇者を召喚して頂きたい。自分、もう帰りたいんです。そろそろ休みも終わるし。
翌日は予想した通り、大きめの街に着いた。王都ほどではないが、石造りの城壁に大きな門を備える大きさだ。門番の兵達に愛想よく笑顔を見せながら街に入る。ここも、検問のようなものはなかった。そう言えば、カミラに挨拶を習っていないな…… 「お勤めご苦労さまです」とか、日本の文化が全開の挨拶は、この世界の言葉に訳せないかもしれないが。
『おはよう』は多分、判る。朝早くに商店通りを歩けば、嫌でも耳にするフレーズがあった。まあ、カミラからは聞かなかったので、商人だけが使うような挨拶の可能性もあるけど。
さあ、何はともあれ買い物だ。着替えを買うのだ。
あの4人が早々に追いついてこないことを祈りつつ、若干の焦りを持ってお店を探して練り歩いた。革を扱う店や、雑貨屋を先に見つけたが、場所だけ覚えて先を急ぐ。そして、遂に服屋さんを見つけたのだった。
肌着の上下を3枚ずつ、靴下は最初にそうしてもらって具合が良かった膝上までと、足首までの2枚履きにするため、6つずつ買う。ここにもパンツは無かった、体のラインが出るものが一般的では無いのだろう。そろそろスカートで走るのは嫌になってきたが、他は殆ど同じ作りのスカートばかりだ。取り敢えず、シャツの替えだけ買っておいた。カミラに借りて、普段着を洗濯中に着ていたワンピース、あれは恐らく寝間着だ。あれで外をうろつくと注目されること請け合いだ。
そこでひとつ閃いた。冒険者、特に女性の前衛なんかが着る防具とかないだろうか? なんとなく、パンツルックがあるような気がするのだ。2号を失って武器も無くなったことだし、武具屋さんを探そう!
武具屋さんの前に、雑貨屋に立ち寄った。椿にとってはカミラの手紙を保護する方が、武器よりも優先順位が高いのだ。物色した結果、油紙と革で出来た袱紗のようなものを手に入れた。これで濡れても大丈夫、燃やされない限り安全だろう。
更に街中をうろつくと、例の剣と杖と盾の意匠を持つ看板が目に入ったが無視する。まあ、その隣が武具屋だったのだ。考えたら、この配置はすごく合理的だよな。
入ってまず目に入ったのが、剣の展示の多さだった。殆どすべてが片手剣だ。次に多いのは、片手剣の相棒である盾だ。弓、槍、槌、斧などのスペースもあるが数は少ない。そして防具がほぼ無い。革の鎧しか無い。肘まである革の手袋や、膝上まで有るブーツ、それに革を板金で補強してあるタイプなど、革ばかりだ。
青鬼が驚異の最高峰ならともかく、まだ上が居ると思われる状況で、この品揃えは正直しょっぱいな。例えば、地球の歴史ではあるが、ブロードソードなどの片手剣は、銃器の発達とともに廃れていく。代わりに携帯性の良い、レイピアやサーベルに移り変わっていったと言う。
この世界では魔法と言う飛び道具がある、と思うのだ。それに対抗する防具が発達したり、武具が選択されたりするはずなんだが、それが感じられない。そう言えば、魔法と言えば一緒にイメージされる杖、こいつも無いな。看板の意匠にはあるのに。
ひょっとして、魔法屋さんとか、魔法道具屋さんとかがあるのかもしれない。
そもそもこの世界、建物なんかは木と石造りだが、2階建てはもちろん、3階以上の多階層の建物も見られる。ヨーロッパで今だ現役の古い建物と遜色ないものだ。お城や城壁も見事なものだった。カミラの家では、石壁はレンガではなかった。ひょっとしたらセメントみたいなものが発明されており、モルタルやコンクリートに発展しているかもしれない。
それに調理道具に沢山の種類があったのはもちろんのこと、熱効率の良い竈もあった。
これらの文化レベルに対して、武具の進化が遅くないかい? 平和な時代が続いており、武具は退化してしまったのだろうか。
けれども、隣の建物では武装した冒険者がひっきりなしに出入りしている。平和には見えないよねぇ……
取り敢えず、片手剣と槍を手に入れよう。
入り口近くに忘れ物の傘がそうされるように、樽に突っ込まれた多数の片手剣があった。手頃な一振りを手にして、店主に『幾ら』『銅貨』と聞くと、強い口調で『1銀貨』と言われた。見た目通りにホームセンターの傘レベルの値段だな。
樽を指さして『銅貨』と言うと、首を振られた。これ以上に安いものはなさそうだ。仕方ない、コレを使おう。もう1本を選んでから、2枚の銀貨を店主に渡す。
ここからが店主に伝えたい本題なのだ。言葉が分からないから実践するしかない。
必殺技の決めポーズのように、片手剣を水平に構えて切っ先に左手を添える。おっ、店主が興味を引かれたようだ。馬鹿を見る目をしているが注視はしてくれている。
そこで魔力を篭めて、剣を白く発光させた。あぁ、台詞があればよかったかな。
店主が驚いている、ここからが大事だ。もう1本用意した片手剣を、強化した片手剣で乱切りする。きゅうりのようにポロポロと切れて落ちる様子を、店主が口をあんぐり開けて眺めている。久々の顔芸を頂いた、掴みはバッチリと言えよう。
光る剣をちょいちょいと指し示すと、店主は地面に落ちた破片から強化した片手剣に視線を戻した。そこで、剣に込めた魔力を断つ。すると片手剣はボロボロと土のようになって崩れ落ちた。これ。これを何とかしたい。伝わってくれ! この魔法のある世界で、他にも剣を強化している人間が居るはずだ。なんか、強化しても大丈夫な素材の剣とか有るだろ。有るよね?
店主は腕を組んで俯き、難しい顔をしている。しばらく考えた後、椿に視線を戻し親指で店の奥を示す。「付いてきな」の仕草だ。素直に店主に導かれた先には、頑丈そうな飾り棚に入った片手剣があった。
ピカピカに磨かれた銀のような質感の剣だ。護拳がつる草を模してあり、派手にならない絶妙の加減で装飾がされている。
店主が先程の椿のように、剣を構えてムーンと唸ってみせる。そうしてから剣を渡された。魔力を篭めてみろと言うことかな? 高そうだし怖いんだけど……
心配そうに床で土に戻った1銀貨の剣を指さしてみせると、店主はドヤ顔でサムズアップを決めている。……大丈夫のようだ。やっぱり、武器の強化は実用されているんだな。
折角だから試してみるかと、剣にゆるゆると魔力を篭めてみた。
鉄の剣と同じように白く発光する。だがなんと、刀身に蔦が這うような模様が浮かび上がった。光の強さの差で模様を描いているようだ。魔力の通り易さが違う素材を組み合わせたのだろう。綺麗だが、凝り過ぎである。
「※※※、※※※※※※※、※※※※※※」
店主が零すように何事かを呟く。顔に似合わず、美しいものを愛でる質があるようだ。もしくは、ただの武器フェチだろうか。
怖かったが、ゆっくりと剣に通した魔力を断ってみる。そこには、元通りピカピカ光る銀色の刀身があった。
これはアレか、指輪物語か、ミスリルか、魔法銀か、間違いなく異世界アイテムだ! しかも反りのある片刃の剣で、両手で握れない事を除けば、日本人に親しみ深い形をしている。草蔓の装飾も気に入った、欲しいな……
絶対に高いだろうが、お約束なので聞いてみた。もちろん銀貨では数えるのが億劫になるほど必要だろう。『幾ら』『金貨』と問うと、15金貨と返ってきた。
駄目だ、高すぎる。手持ちでギリギリ足りるが、路銀が尽きてしまう。
落胆する椿に、店主は苦笑いだ。
「※※※※※※※※※※※※※。
※※※※※※※※※※※※※※※……
※※※※※※※※※※※※※※※※※、
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」
店主が何を言っているかは分からないが、滅多と使い手が居ないのだろうか。あっさりと剣を棚に戻してしまった。
結局、手頃な槍を1本と、樽から2本の剣を購入した。先程潰した2本を含めても、大銀貨の1枚にもならないリーズナブルさである。まあ、鉄で出来ている限り、どれだけ高価でも意味がない。崩れちゃうからな。
それに、道中でゴブリンからまた奪えそうな気もするし。
店主に礼を言って店を出る。もう少し、この街の土地勘を養っておこう。
兵士は槍と盾を持っていたし、腰には片手剣をぶら下げていた。




