23.研究の成果
地球では年が明けただろうか。こちらの世界ではサバンナ風な景色とは裏腹に、穏やかな陽が差して過ごしやすい。延々と続く道の先には、左手から森が迫ってきている。その境目には低い灌木が茂り、奥を見通すことはできない。人の手が入っていないのだ。王都の周りの林は、下草が刈り取られ、木々の低い位置にある枝は薪にするのだろう、枝打ちされていた。それに比べて、あの森は下草は生え放題だし、低い木が密集して単純に歩き難そうだ。立ち入らない方が良いだろう。
周囲の草原には、ときたま鹿のような獣を見かける。こちらに視線を投げつつ草を喰んでいる。このような環境では、森が肉食動物の棲家になっていると考えられる。これも、立ち入らない方が良い理由だ。
緩やかに左に曲がる道の先は、木々に遮られて見えなくなっていた。
更に進むと、平原の端に辿り着いた。ずっと見えていた地平線は、高原の縁だったようだ。道は右手に下って見えなくなっていく。
幸いなことに、森から何かが出てくることはなかった。しかし、続く道は左右が斜面になって逃げ場がない。
これはもう、何か出てくるよね。
水筒で口を潤す、ただし飲まないでおく。走り回る事になるかもしれないからだ。そしてゴブリンソード2号は直ぐに抜けるように、固定のベルトを緩めておいた。
下り坂の左手は谷になっている。まさに河が削って出来た地形だが、その河は見当たらない。今では地下を通っているのだろう。谷のほぼ中央は天然の道のようになっている、下り坂のずっと先がそこに合流していくのが見えた。
……しばらく下った頃に、後ろから何かが接近してくる気配を感じた。
すぐさま走り出す、バカ正直に相手をするものではない。ただし、あれが襲撃者であれば十中八九、この先に待ち伏せが居るだろう。走りながら周りを警戒するが、左右は斜面で身の隠しどころはない。それに、谷の底まで下った先は開けていて、やはり誰かが隠れるような場所は見当たらない。どうやら後ろの連中だけに集中できそうだ。
肩越しに振り返って見ると、4人ほどが一列に隊を成して坂に入ってくるのが見えた。ゴブさんではなく人間のようだ。武装しているが荷物が多い、野営の装備も見受けられるし冒険者だろうか?
椿は、彼ら冒険者の実態を知らないので、このまま走って距離を開けることにした。ゴロツキとなんら変わらない性質であれば、襲ってくる可能性だってある。避けるに越したことはない。
それにしても、あの大荷物を担いだ連中に道中を追いつかれたのだろうか? 森から出てきたのかな。
靴の消耗を心配しつつも走り続ける。視界を遮るものがないため、お互いの姿は未だに確認できる。突き放したいが、地平線に隠れる頃には次の駅に着いてしまいそうだ。何より、この道は少し下っている気がする。まっすぐ続く限り、平らな道よりずっと長く視線が届くだろう。
このままただ走るだけでは駄目そうだ。良い機会なので、身体強化魔法の応用とか、発展について研究してみよう。現状判っているのは、次の効果だろうか。
・筋力増加
・疲労回復
・治癒(ポーション併用時のみ?)
単純かつ簡単に試せそうなのは、筋力の増加だろう。効果を上げて、時速60kmくらいで走れないものかと思っていた。ゴブリンくらい轢き殺せるかもしれない。
まずは、体を巡る魔力を増やすように意識してみる。これは効果がなかった、元が血液を流すと言うイメージなのだ。そもそも血液の流れる量なんて認知できない、上手く魔力の動きに落とし込めなかった。
次に、魔力を早く循環させてみようとした。これも、同様にイメージできない。血液を多く、早く流すと脳で血管が破裂するんじゃなかろうか、などの漠然とした不安や恐怖が浮かぶのだ。
身体の中で多く、早くできないなら、身体の外を流すのはどうだろうか? 例のなんでも願いを叶えてくれるボールを集めている内に、宇宙人と格闘戦を繰り広げるようになった漫画とかでは気を身にまとう描画があった。古今東西、気やオーラと言った表現の力を身に纏い、英雄たちが獅子奮迅の活躍をする物語がある。魔力も纏えば、不思議なパワーが発現しないだろうか。
まず単純に、体の外側も魔力が流れるように意識してみる。途端に身体は疲れを訴え、走るペースも落ちてしまった。魔力は確かに身体の外を流れているが、身体強化の魔法は解けてしまったようだ。直ぐに魔力の巡路を身体に戻して循環させる、身体強化魔法のやり直しだ。
そう言えば、身体強化の魔法を使うとき、特に身体に魔力を満たしたりする意識はなかった。普段から、魔力は身体に満ちているものなのかもしれない。
次に、魔力を増産してみる。身体を巡らす魔力はそのままで、新たに肚から魔力を生み出す。まるで当たり前のように増える魔力、意外と才能があったのか? それとも日々の鍛錬の賜物か。
身体に満ちる魔力が溢れるように、魔力は自然と外側を巡り始めた。
さて、これで身体強化魔法を保ったまま、身体の外側に魔力を巡らすことができた。しかし、こう、なんと言うか、存在感が増しただけだ。あと、ひょっとしたらちょっと光ってるかもしれない、ゴブリンソードを強化したときみたいに。なんかカッチョイイのかもしれないが、これがどのような効果を及ぼすのか分からない。バリアと言うか、障壁のような効果がありそうではあるが。とりあえず、身体強化魔法の効果が上がった感じはしない。
しかし、この纏った魔力だが、走りながら踏み込み、蹴り出す足と地面の間に何かを挟み込んだような感触がする。陸上の全天候トラックのゴムっぽい感触だ。これなら、更に疲労は減るかもしれない。まあ、欲しいのは疲労軽減じゃないが。
ゴムの感触で閃いたのだが、筋肉そのものを補助できないだろうか。パワードスーツとか、人工筋肉とか、そっち方面だ。身に纏った魔力を関節のあたりで節にして、体の外側を覆う筋肉のようにイメージする。身体の芯から何かがごっそり抜けるような感覚がして、魔力が更に濃く収束するのが分かった。幾つもの魔力の繊維を束ねた人工筋肉、これがイメージした結果、得られた成果だ。魔力の供給を止めても、身に纏った魔法の筋肉は留まっている。
そして、体の表面に筋肉のように形成された魔力は、身体強化の魔力を流すことができた。そう、魔力の筋肉はまるで元の筋肉が太くなったかのように、特に意識せずとも働くのだ。
これまでの身体強化が電動アシスト自転車だろうか、後ろから誰かが押してくれているようなあの感覚とする。対して魔力の筋力でマッチョ化したこれは、単車の加速のそれだ。普通に走ろうとすると、飛び上がりそうになってつんのめったり、転けそうになる。踏ん張りが聞かないのだ、本物の筋肉なら重さがあるが、魔力と言う不思議パワーで形成されたコレには重さがない。
足裏の魔力がゴムっぽいのを思い出し、なんとかこのゴムを硬くしたり、粘っこくしたりできないか試してみる。そうして遂には、この凄まじい筋力で正しく地面を蹴ることができるようになった。
スカートで単車に乗ったときの、あの身体に布が張り付くエゲツない突っ張りが再現する。誰も見ていないからとスカートは裾を絡げて、マントも前を合わせて風を入れないよう工夫しつつ、笑いが漏れるほどの速度で走る。
「うはははは!」
まさに超人! または変態! これは楽しい、単純な身体強化とは桁違いの速度が出る。マントの端が風を孕んでバタバタっと激しく音を立てる。ゴブリンもひと殴りでひき肉にできそうだ。魔力の筋肉を作るのに、初めてそれを消費するに至ったが、恐らく解除しない限りは追加の消費はないだろう。これなら、ドラゴンころしだって振れるぞ、きっと。
・・・・・
興奮で分かれ道に気付かなかった椿が、一向に駅に辿り着かないと気付いたのは夕闇が迫る頃だった。
これだけ立派に魔力を使いこなせるのだ、魔法使いを名乗って良いね。




