3. 名付けの妙
「んー、めっちゃ寝た気がする。」
のそのそと布団から出る。顔を洗い、歯を磨き、シャワーを浴びてテレビをつける。画面の端には13:42と書いてある。
めっちゃ寝たな!
なんでこんな寝たんだ俺。疲れてたのかな?そういえばなんか大事なことを忘れてるような
「ピキー!」
布団から飛び出してきたコイツを見て思い出した。ああ、やはり夢じゃなかったのか。
「名前もつけたし、飼うか。」
そういやスライムって何食うんだ?ピッキーをワシワシしながら尋ねる。
「ピッキー、お前一体何食ってんだ?」
「キュルーン」
ピッキーは気持ちよさそうに返事をしたが、多分会話にはなっていなかった。後でとりあえずお水と犬猫用の餌をあげよう。そんなことを考えていると、突然、ピッキーの頭上に光が集まり始めた。
「なんだなんだ?いよいよファンタジーだな。」
いや、スライムが押入れから出てきた時点で既にファンタジーだろと自分でツッコんだ。ピッキーの頭上に現れた光はやがてガラスの板のようになり、そこにはRPGのステータスよろしくピッキーの能力値が記されていた。
ーーー
スライム(ピッキー)【スライム族】
Lv 1
生命力 5
身体能力 1
知力 8
魔力 1
愛 6
称号
【命名】
【秀才】
ーーー
ほーん、わからん。本当にRPGみたいなことになってきたな。どうしてくれる。もはや一体全体が夢なのではないかと不安になってきた。とりあえず拓也に電話してみる。
「おい拓也、これは夢か?」
「は?寝言は寝て言え。そういうのは大輔担当やろ。……どうかしたんか?」
「いや、なんでもない。じゃあな。」
「なんや、らしくもない。じゃまた。」
うーん、夢じゃなさそう。それに
ぐぎゅる〜
腹も減った。最近の小説ではステータスが見れるなんてよくあることだし、気にすんな。うん。よし、とりあえず米を炊こう。俺がキッチンに向かうと、ピッキーもついてくる。かわいいなあ、こいつ。
釜に米を3合入れ、水を入れる。ジャバジャバ入れる。スライムも入る。
おい待て。
「ピキー!」
いつのまにかシンクにいたピッキーが、水を浴びまくっている。濡らしちゃ悪いので蛇口をピッキーから遠ざける。しかしピッキーもついてくる。まさかこいつ、水浴びが好きなのか?
「キュッ、キュキューン」
好きそう。まあスライムだし、大体水分で出来てるだろうから水は必須なのかもしれない。いいことが分かってよかった。ならば……
「よしピッキー、そこだと米が洗えないからこっちで水浴びしてくれ。」
俺は家で一番大きいサイズのボールに水を張って、それをシンクに置いた。
「キュッ、キュー!」
ばちゃん!
ちゃぷちゃぷ。
ぱちゃぱちゃ。
ピッキーは水に浮きながらクルクルと前回りをしたり、跳ねたりしている。うーん、なんてかわいいんだろう。ずっと見ていられる。ピッキーの様子を眺めながら米を洗った。しばらく見ていたので、洗いすぎてしまったかもしれない。
「えー、早炊きっと。」
空腹感がクライマックスなので早炊きをセレクト。炊けるまではピッキーと遊ぼう。ただ、このままピッキーを呼ぶと間違いなく床がびしょ濡れになるので、まずはタオルを用意した。
「ピッキー、そろそろ水浴びおしまいにしようか?」
「ピキー!」
ジャバっ!
案の定、ピッキーは濡れたまま飛び込んで来たのでそれをタオルでキャッチし、ワシワシする。棚から煎餅を取り出してそのままリビングに行き、テレビを見ながらゆったりした。ご飯に支障がない程度に煎餅を食べていると、視線を感じる。目があるのかはわからないが。
「……食べるか?」
「ピキー!」
ティッシュをテーブルに広げて煎餅を叩き割り、1cm四方くらいになったものをピッキーの頭上に置く。
「これでいいか?」
「キュ!」
返事をするや否や、乗せた煎餅の欠片が、すぽっとピッキーの体内に吸い込まれていった。体の中心に送られた欠片はぷかぷかと浮いていたが、しばらくすると消滅した。なるほど、スライムの食事とはこういう風に行われるのか。
「ピキー!」
「ん、おかわりか。」
今度は2、3かけを頭に乗せてやった。すぽすぽと吸い込まれていき、それらは消えていった。その瞬間ピッキーの全身が輝き始めた。
「うわ、まぶし!」
数秒の後に光が収まった。すると、先刻現れたピッキーのステータスがまた表示された。
ーーー
スライム(ピッキー)【スライム族】
Lv 2
生命力 6
身体能力 2
知力 9
魔力 1
愛 8
称号
【命名】
【秀才】
ーーー
「お、ステータス上がってんじゃん。」
「ピキー!」
大体のステータスが1増えていた。1増える、というのがどれくらいなのかはわからないが、ピッキーが成長したことには変わりない。
「えらいぞ〜!」
「キューン」
ピッキーを褒めながらワシワシした。煎餅を食べたくらいで褒めていたら、金輪際なんでも褒めてしまう。なるほど、これが親バカか。そんなことを思っていると、炊飯器があと5分ほどで米が炊けると主張してきた。
「よし、準備するか。ピッキーはちょっと待っててくれ。」
「キュー!」
ピッキーを座布団に乗せ、煎餅を片付け、キッチンへ向かう。冷蔵庫からウィンナー、卵、長ネギを取り出す。そして棚から鶏ガラスープの素と塩胡椒とごま油、そしてマヨネーズを用意する。そう、俺はこれからチャーハンを作る。先に米と卵を混ぜて焼く派だが、その際にマヨネーズも混ぜるとうまくなる。ネットで見た。米が炊ける前に具材をカットし、卵をよくかき混ぜる。
ピーッ
そうこうしていると米が炊けたので、適当なボールに米と卵、具、鶏ガラ、マヨネーズを混ぜる。そして、ごま油を引いて温めたフライパンにそれをぶちこむ。強火で一気に炒め、ガンガン混ぜるとそれっぽいチャーハンができる。最後に塩胡椒で味を整えれば、男料理鉄板中の鉄板の完成だ。皿を汚したくないので、フライパンのまま頂く。鍋敷きと箸を片手に再びリビングへ。
「ふぅ、いただきます!」
出来立てを熱々のうちに掻き込む。うん、うまい。ピッキーにもあげるか。
「ピッキー?」
「……」
返事がない。しかし、よく見ると微妙に膨らんだり萎んだりしている。
「寝てるのか、じゃあ起こさないでおこう。」
熟睡するピッキーを横目に、半分ほどチャーハンを食べた。味に飽きてきたので、ラー油をかけることにした。辛さは置いといて、結局はごま油なので入れれば入れるほどうまくなると俺は信じている。
「うは、辛い。あ、そういや飲み物を用意してなかったな。」
コップにお茶を注ぎ戻るとピッキーが起きた。
「きゅ〜ん」
「今寝ると夜寝れないぞ。……これ食ったら目が醒めるぞ。」
辛口になったチャーハンをレンゲ一杯分ピッキーの頭に乗せると、やはり吸い込まれていき、そして消えた。その時であった。
「ピギー!!!」
「やべ、流石に辛過ぎたか?」
ピッキーが今までで1番大きい声をあげた。そしてみるみるうちに体がラー油のような色になっていく。
「おいおい、これじゃラー油スライムじゃねえか!」
「ピギ!ピギ!」
なんてものを食わせるんだと言わんばかりに、俺の膝の上で跳ねる。悪かったよと思いながらワシワシしてやると、変わったことは見た目以外にもあるということが分かった。
「めっちゃあったかい。」
そう、ポカポカなのだ。どうやら食べたものによって性質が変わるらしい。ステータスも変わったのだろうか?そう思っていると、ピッキーの頭上にそれは表示された。多分、ピッキーに触れている状態で見たいと思えば見れるのだろう。表示されたステータスに、先程とは違う文言が追加されていた。
【エンチャント:火】9:59
つまり、ラー油で火属性?の方向に強化されたということか。火属性が何かは分からないが、方向性は間違っていないはずだ。全く、世界はいつからこんなファンタジーめいてしまったのだろうか。
「いよいよ誰も信じてくれないだろうな。」
エンチャントの脇に書いてある時間は持続時間だろう。減り方的にはおよそ10時間もこのままなのか。つまり寝る時に湯たんぽよろしくこの温かいピッキーとぬくぬくできるわけだ。……冬はこれで決まりだろう。
ーーー
大輔【人間】
生命力 215
身体能力 32
知力 25
魔力 0
愛 31
獲得称号
【バカ】
ーーー
拓也【人間】
生命力 198
身体能力 28
知力 34
魔力 0
愛 30
獲得称号
【インテリ】