第五十一話 血に濡れたカード
レジスタンスのメンバーの死体が、広場にさらされている事は、すぐに、クライドの耳に入った。
クライドは、十分な情報を手に入れた後、ヴィオレット、ラスト、アマリアを呼び寄せ、事件の事を話した。
「それ、本当なのかよ」
ラストは、信じられないと言わんばかりの表情で、尋ねる。
予想できなかったのだろう。
まさか、殺人事件が起こるとは。
セレスティーナが、そのような事をするとは、思えない。
ヴィオレットに執着はしているが、そこまで、狂ってはいないのだ。
むやみに、帝国の民を殺す事はないと、予想いた。
「そうだ」
「しかも、殺したのは、ヴァルキュリアか、ヴァルキュリア候補かもしれないってさ~」
クライドは、冷静に答える。
もちろん、クライドも、最初は、驚いていた。
彼にとっても、予想外だったのだから。
アトワナは、いつものように、説明する。
もう、犯人の目星までついているようだ。
さすがと言ったところであろう。
「なぜ、そう言いきれる?」
「これ」
ヴィオレットは、なぜ、犯人の目星がついたのか、尋ねる。
もちろん、彼女も、セレスティーナか、彼女に仕えるヴァルキュリア候補ではないかと、推測していた。
アトワナが、そう語るという事は、確定と見て間違いないのだろう。
情報屋が、曖昧な情報を流すとは到底思えないのだから。
ヴィオレットに尋ねられたアトワナは、ヴィオレットにある物を見せる。
それは、血に濡れたカードであった。
「これは、カード?」
「そうそう」
「広場の所に置いてあったそうだ。殺された奴らと一緒にな」
ヴィオレットは、カードを手にする。
カードを目にしただけで、彼女も、確信を得たようだ。
クライドは、ヴィオレットに説明する。
なぜ、自分達が、このカードを手にしたのか。
帝国兵に見つかる前に、回収したのだ。
カードを見れば、帝国兵も、誰が、犯人なのかは、わかってしまう。
ゆえに、隠蔽されてしまうだろう。
ヴァルキュリアやヴァルキュリア候補が、殺人事件を起こしたなどと、知られたくないはずだ。
「けど、殺害現場は、広場じゃない。裏路地っぽいよ~」
「なんで、そう思ったんだ?」
アトワナは、さらに、話を続ける。
確かに、死体が置かれてあったのは、広場だ。
だが、クライド達は、殺害現場の特定まで、できているようだ。
さすがと言ったところであろう。
なぜ、裏路地だと思ったのか、ヴィオレットは、尋ねた。
「裏路地に大量の血がついていたからです。広場よりも、大量の」
「しかも、引きずられた後まで、残ってたし~」
「なるほど」
ラセルが説明する。
裏路地にもあったのだ。
大量の血痕が。
しかも、広場よりも、大量であった。
何者かに引きずられた後まで残っていたらしい。
アトワナが言うのだから、間違いないだろう。
それを聞いたラストは、納得した。
「なぜ、そのような事を……」
「私をおびき寄せるためだ」
「え?」
アマリアは、理解できなかった。
仮に、セレスティーナか、ヴァルキュリア候補の少女が、犯人だったとして、なぜ、このような事をしたのだろうか。
いや、もう、確信は、得ている。
なぜなら、カードを目にした瞬間、アマリアも、気付いてしまった。
彼女達のどちらかが、殺人犯なのだと。
罠にはめられた可能性もあるが、ライムやベアトリスの様子からして、それは、あり得ないと思っていた。
ならば、なぜ、殺人事件を起こしたのか。
ヴィオレットは、確信を得ているらしく、語った。
「セレスティーナは、私を欲しがっている。だから、あえて、同士を殺して、私をおびき出そうとしているんだ」
ヴィオレットは、セレスティーナの犯行と見ているようだ。
当然であろう。
ヴァルキュリア候補が、単独で動くとは、到底思えない。
ゆえに、セレスティーナが、自分を欲している為、あえて、殺人事件を起こしたのだ。
カードを置いたのも、自分が、犯人であるとわからせるためであろう。
「もし、ヴィオレットが、出てこなかったら……」
「他の奴らが、犠牲になるだけだ」
「そんな……」
アマリアは、恐る恐る尋ねる。
このままだとどうなるのか。
答えは、簡単だった。
ヴィオレットが、出てこないのであれば、殺人事件は、続くだけだ。
つまり、他の帝国の民が、犠牲になるだけ。
セレスティーナなら、やりかねないだろう。
アマリアは、愕然としてしまった。
ショックを受けているのだろう。
「中々、面白そうなことになってきたよね」
「何を言って……」
「ああ」
「え?」
ラストは、笑みを浮かべて、呟く。
彼の笑みを目にしたアマリアは、とても、理解できなかった。
なぜ、面白そうだと言えるのだろうか。
自分達の同士が、殺されたというのに。
それも、身勝手な理由で。
だが、ヴィオレットも、同じことを思っていたらしい。
アマリアは、驚き、動揺した。
二人は、何を考えているのか、全くもって、理解できない。
「ちょうどいいかもしれないな」
クライドも、何か、いい案が思いついたらしい。
殺人事件を止め、セレスティーナを殺すための案が。
何も知らないセレスティーナは、頬杖をついて、外を庭を眺めていた。
もちろん、対策はとっていない。
ヴィオレットを殺すなどするわけがないのだから。
楽しそうに庭を眺めているセレスティーナを見たハスネは、彼女の事を心配していた。
「ハスネちゃーん」
「あ、はい」
「紅茶を用意してくれる?」
「はい。ただいま」
セレスティーナは、ハスネに、紅茶を頼む。
頼まれたハスネは、嬉しそうに頭を下げ、ハスネに背を向けた。
だが、その時であった。
「ちょっと、まってぇ」
「え?」
セレスティーナは、ハスネを呼び止める。
何かに気付いたようだ。
ハスネは、立ち止まり、振り向こうとするが、セレスティーナは、すでに、ハスネの元まで歩み寄っていた。
セレスティーナは、ハスネの腕をつかむ。
ハスネの腕には、血がついていた。
「怪我、しているみたいだけど」
「あ……その……」
セレスティーナは、ハスネの腕に血がついているを目にして、彼女を呼び止めたようだ。
この血は、怪我したからではない。
殺したレジスタンスのメンバーの返り血なのだ。
ハスネは、戸惑い始めた。
どうやって、答えようかと。
「こ、転んで、花瓶を割ってしまって、その破片で、切ってしまったんです」
「そう。痛かったわねぇ」
「は、はい……」
ハスネは、戸惑いながらも、ごまかす。
セレスティーナに知られないように。
セレスティーナは、ハスネの嘘を信じたようだ。
だが、ハスネは、心が痛んだ。
大事なセレスティーナを騙してしまったのだから。
「紅茶の前に、手当て、してきなさぁい」
「は、はい。すみません……」
セレスティーナは、ハスネに手当てをするよう、促す。
ハスネは、うつむきながらも、頭を下げ、急いで、背を向けて、部屋から出た。
まるで、逃げるかのようだ。
「……」
ハスネが部屋から去った後、セレスティーナは、鋭い目つきをしていた。
まるで、何かに気付いているかのようだ。
時間が経ち、夜になる。
ハスネは、セレスティーナに気付かれないように、宮殿から出て、裏路地へと入った。
「さて、レジスタンスは、どこにいるかな……」
ハスネは、警戒しながら、あたりを見回す。
今夜も、レジスタンスのメンバーを襲撃するつもりだ。
目的は、ただ一つ。
ヴィオレットをおびき寄せ、殺すために。
その時だ。
フードをかぶった二人組が裏路地を歩いていくのを目にしたのは。
「やっぱり、宮殿の侵入は、無理かぁ」
男性が、呟く。
それも、大声で。
まるで、聞こえるかのようにだ。
違和感を持ってもいいはずなのだが、ハスネは、何も、違和感を感じず、尾行する。
情報を手に入れたのだ。
何も、疑う余地はなかったのだろう。
いや、自分をおびき寄せるためだったとしても、ハスネなら、返り討ちにしてしまうはずだ。
彼女は、ヴァルキュリア候補。
それなりの実力はあるのだから。
「このままだと、セレスティーナを殺すのは、無理かもしれねぇなぁ~」
男性は、再び、大きな声で呟く。
セレスティーナを殺すというワードを聞いたハスネは、拳を握りしめた。
「やはり、ヴィオレットは……」
ハスネは、怒りを露わにしている。
ヴィオレットは、セレスティーナを殺すつもりなのだと確信を得たのだ。
ゆえに、許せなかった。
大事なセレスティーナを殺そうとしているのだから。
――このまま、生かしてなるものか!!絶対に、殺してやる!!
ハスネは、決意を固めた。
ヴィオレットを殺すと。
セレスティーナを守るためだ。
ハスネは、すぐさま、行動に移した。
もう一度、レジスタンスのメンバーを殺して、ヴィオレットをおびき寄せると。
ハスネは、カードを投げる。
カードは、回転しながら、フードの二人組の首を切り裂こうとした。
だが、その時だ。
フードの二人組が、短剣で、鎌で、カードを切り裂いたのは。
「え?」
ハスネは、驚き、呆然としていた。
予想もしていなかったのだ。
自分の攻撃は、あっさり、はじかれてしまうとは。
「やはり、お前だったか」
女性の声がする。
しかも、聞いたことのある声だ。
その声は、ハスネが、最も、憎んでいる人物と同じ声であった。
ハスネが、フードの二人組の正体に気付いたのと同時に、二人組は、振り向き、フードを外した。
「ハスネ」
フードの二人組は、言うまでもなく、ヴィオレットとラストであった。