第四十八話 豹変したライムを殺す
「ライム……」
アマリアは、複雑な感情を抱いているようだ。
ライムのしてきたことは、許せるはずがない。
だが、ライムを殺しては、ならないはずだ。
なのに、アマリアの心は、揺れ動いていた。
「ヴィオレット、少しだけ、時間をいただけませんか?」
「……わかった」
アマリアは、ヴィオレットに懇願する。
ヴィオレットの邪魔をするつもりではない。
だが、傷が癒えれば、ライムは、ヴィオレット達を殺そうとするだろう。
ゆえに、アマリアは、懇願したのだ。
少しだけの時間でいいと。
ヴィオレットは、うなずき、ライムに宝石の鎌を向けたまま、アマリアをライムの方へと近づけさせた。
「何?聖女様」
「なぜ、このような事を?なぜ、貴方は、変わってしまったのですか?」
「……」
「答えてください!!」
アマリアは、どうしても、知りたいようだ。
なぜ、ライムは、豹変してしまったのか。
ライムは、本当に、良い子だった。
誰からも、好かれる可愛らしい子だったのだ。
それなのに、なぜ、こんな残虐な性格に変わってしまったのだろうか。
アマリアは、それを知りたくて、尋ねたのだ。
だが、ライムは、答えようとしない。
黙秘するつもりのようだ。
アマリアは、声を荒げた。
焦燥に駆られた様子で。
「こいつが、変わったのは、宝石のせいだ」
「え?」
「侵食が始まったからだ」
ヴィオレットは、ライムの代わりに答える。
ヴィオレットの答えを聞いたアマリアは、驚愕していた。
なぜ、宝石のせいで、性格が豹変していると言えるのだろうか。
思考を巡らせたアマリアであったが、やはり、見当がつかなかった。
「侵食?」
「そうだ。宝石の力を使う度に、精神が宝石によって浸食されていたんだ」
「どういう意味ですか?」
ヴィオレット曰く、宝石の力を使用する度に、性格が、変わっていったらしい。
それを侵食と言うのだろう。
だが、アマリアは、やはり、理解できていないようだ。
なぜ、宝石の力を使う度に、精神が侵食されているのだろうかと。
力に、溺れてしまったというのだろうか。
「魂を吸い取られてるのが、原因なんだ」
「え?」
ラストが、続けて、説明する。
魂を吸い取られているのが、原因だと。
アマリアは、なぜ、魂が、宝石に吸い取られているのか、知っていた。
宝石の中に宿っている神の力と魂を融合させるためだ。
それは、神を復活させることにつながる。
つまり、神に魂を捧げる儀式・神魂の儀につながるのだ。
だというのに、宝石が、彼女達を変えてしまった。
その事を聞いたアマリアは、衝撃を受けた。
「魂を吸い取られた影響で、ヴァルキュリアは、心が、崩壊しかけている。魂と心は、一心同体なんだ」
「だが、魂がかけているから、心は、壊れかけている。こいつのようにな」
ラスト曰く、魂と心は、つながっているらしい。
だが、魂が、心から離れてしまうと、心が、精神が、崩壊してしまうというのだ。
おそらく、魂が、神と力と融合しかけているからであろう。
力を得た彼女達は、欲におぼれてしまっているのだ。
ゆえに、心と精神が、制御できなくなっている。
ヴィオレットは、心が壊れかけたライムを見ながら、説明した。
「心が壊れるとどうなるんですか?」
「壊れる前に、魂を神様に捧げるんだ。そうすれば、侵食の事は、誰にも知られない。けど、もし、間に合わなかったら……」
アマリアは、恐る恐るヴィオレットに問いかける。
もし、心が、完全に壊れてしまったらと。
心配しているのだろう。
だが、ヴィオレットは、意外な言葉を口にする。
帝国は、それを隠蔽する為に、神魂の儀を行っているというのだ。
そうでもしなければ、アマリアは、止めるであろう。
帝国は、アマリアに気付かれるのを恐れたのだ。
魂のほとんどが、神の力と融合している。
神魂の儀を行えば、融合は、完全だ。
だが、間に合わなかった場合、どうなるのか、ヴィオレットは、答えた。
「妖魔になる」
「っ!!」
アマリアは、ショックを受ける。
ヴァルキュリア達も、妖魔になってしまうのだと。
たとえ、帝国にいてもだ。
逃れる術はないのだろう。
「まあ、そうなる前に、こいつを殺してやればいいだけだ」
「で、ですが……」
ライムは、心が壊れかけている。
その前に、ヴィオレットは、殺すつもりだ。
だが、アマリアは、ためらった。
ライムを殺してはいけないと。
だが、その時だ。
ラストが、短剣をアマリアの首に突きつけたのは。
「聖女サマ、悪いけど、動かないでくれよ。こいつを殺すチャンスを逃したら、また、あんたも、操られるぜ」
「……」
ラストは、脅す。
内心、焦燥に駆られているのだろう。
もし、このチャンスを逃せば、ライムは、再び、復活する。
また、アマリアを操ろうとするはずだ。
アマリアは、体を硬直させてしまった。
精神が崩壊し、アマリアは、操られているからだ。
ライムの魔法により、妖魔には、ならなかったが、それでも、悪夢と言っても過言ではない。
ゆえに、アマリアは、抵抗できなくなった。
その間に、ヴィオレットは、宝石の鎌をライムの宝石に近づけた。
「ま、待ってよ。いやだ、死にたくない!!」
「待たない」
「な、なんか、方法があるんでしょ?」
「ない」
ライムは、涙目になりながら、首を横に振る。
懇願したのだ。
待ってほしいと。
だが、ヴィオレットは、待つつもりもない。
ライムを元に戻す方法もない。
ゆえに、ヴィオレットは、ライムを殺そうとしていた。
「い、いやだ!!死にたくない!!死にたくない!!」
「だろうな。だが、お前に殺されて奴らも、そうやって、頼んだはずだ。殺さないでくれと」
「……」
ライムは、叫び始める。
狂いながら。
だが、ヴィオレットは、冷酷な表情をライムに向けて冷たく突き放した。
ライムも、同じことをしていたのだ。
殺されかけたレジスタンスのメンバーは、ライムに懇願したはずだ。
今のライムと同じように。
だが、ライムは、容赦なく、彼らを殺した。
ヴィオレットに指摘され、ライムは、愕然とした。
何も、言い返せなくなったのだ。
「もう、時間がない。死ね」
「っ!!」
ヴィオレットは、そのまま、鎌を振り下ろした。
鎌は、宝石を貫き、ひびが入る。
その瞬間、ライムは、目を見開いたまま、動かなくなった。
ライムは、ヴィオレットに殺されてしまった。
「ふぅ。なんとか、なったな」
「そうだな……」
ラストは、額の汗をぬぐいながら、ライムに迫り、しゃがむ。
ライムが、死んだかどうか、確認しているようだ。
だが、ヴィオレットは、ライムから、遠ざかる。
まるで、感情を押し殺しているかのように。
その時であった。
床が揺れ動いたのは。
「おっ。結界も、解除されたか」
「みたいだな」
「……」
床が揺れ動いたのは、結界が解除されたかららしい。
どうやら、クライド達が、結界を解いてくれたようだ。
結界が解かれ、安堵するラスト。
ヴィオレットは、相変わらず冷静だ。
だが、アマリアは、うつむいていた。
何か、考え事をしているかのようだ。
「ヴィオレット」
「なんだ?」
「本当に、ライムは、元に戻らなかったのですか?」
「……方法はない。だから、殺す」
アマリアは、ヴィオレットに尋ねる。
どうしても、気になったのだ。
ライムを元に戻す方法は、なかったのかと。
ヴィオレットは、堂々と答えた。
方法がない。
だからこそ、彼女達の存在は、危険であり、殺さなければならないと。
答えを聞いたアマリアは、反論しなかった。
反論できないのだろうか。
「逃げるぞ」
「ああ……」
アマリアの様子を知っていながらも、ラストは、逃げるようヴィオレットとアマリアに、促す。
逃げなければ、帝国兵が、来てしまうからだろう。
床が揺れ動いた事で、彼らは、結界が解除されたことを去っと他かもしれない。
そうなると、自分達が、ライムを殺したことも、悟るだろう。
ヴィオレットは、静かにうなずき、走り始めた。
アマリアも、黙って逃げ始めた。
――私がしてきたことって、一体……。
アマリアは、悩み始めていたのだ。
彼女達をヴァルキュリアにしたのは、アマリアだ。
自分の持つ特別な力で。
それは、世界を守るためであり、彼女達を守るためでもあった。
だが、彼女達の精神や心が壊され、危険な存在となってしまうのであれば、自分のしてきたことは、本当に、正しいことだったとは、言いきれないのではないかと。
それに、帝国が、この事を知っていたとしたなら、なぜ、放置していたのか。
自分に隠していたのだろうか。
アマリアは、帝国を信じられなくなっていた。
その後、帝国兵が、殺されたライムを発見。
ライムの死は、瞬く間に、帝国兵やカレン、セレスティーナにも、広まった。
「クソ!!」
偶然、王宮エリアの部屋にいたカレンとセレスティーナ。
実は、ヴィオレットを殺すために、作戦を開こうとしていたのだ。
だが、ライムは、来ないため、不信感を抱いたらしく、帝国兵に、ライムの様子を探るよう命じたところ、ライムの死を聞かされたらしい。
しかも、ヴィオレットに殺されたと。
それを聞いたカレンは、拳をテーブルにたたきつけた。
テーブルが割れ、血が出るほどに。
それほど、怒りを露わにしているのだろう。
「あーあ。残念、ライムまで、殺されちゃったぁ」
「黙れ!!」
セレスティーナは、怒りを露わにしていないようだ。
まるで、他人事のように話す。
カレンは、さらに、苛立ち、声を荒げ、セレスティーナをにらんだ。
「ふふ、怖い顔ねぇ。まぁ、仕方がないわよねぇ」
カレンに睨まれたというのに、セレスティーナは、笑みを浮かべている。
気にも留めていないようだ。
カレンが、なぜ、激怒しているのかも知っているからだろう。
「でもぉ。私は、殺さないわよぉ。ヴィオレットは、私のものだものぉ。誰が何と言おうとね」
セレスティーナは、カレンが、ヴィオレットを憎んでいても、殺す気はないようだ。
ヴィオレットを自分のものにするためだ。
たとえ、カレンに責められることになっても。
それほど、セレスティーナは、ヴィオレットに執着していた。
愛おしいほどに。




