第十八話 失楽園は、堕ちる
帝国兵が、酒場に乗り込んできた。
ヴィオレット、ラストは、呆然と立ち尽くしている。
驚きを隠せないようだ。
「いつの間に……」
「やられたぜ……」
さすがに、ヴィオレット達も、舌を巻いている。
予想外だったのだろう。
ノラが、帝国兵を手引きした後、ジーリアが、密かに、侵入できないように、レジスタンスのメンバーに指示していたのだ。
帝国兵が、侵入したら、教えるようにと。
だが、帝国兵は、侵入してしまった。
それも、変装して。
おそらく、監視していた者達が、裏切ってしまったのか、殺されたか、どちらかであろう。
確認する事も、もはや、不可能であろうが。
「さあ、死んでもらうぞ!!」
帝国兵は、構える。
もう一度、魔法や魔技を発動するつもりだ。
ヴィオレットも、構えた。
その時であった。
「野郎ども、かかれ!!」
ジーリアが、命じる。
すると、レジスンタンスのメンバーが、帝国兵に襲い掛かった。
突進していったのだ。
まるで、恐れを知らないかのように。
「ジーリア!!」
「逃げるぞ!!」
ラストは、驚いているようだが、ジーリアは、ヴィオレット達に逃げるように、促す。
ヴィオレット達を逃がすために。
レジスタンスのメンバーも、同じ意思を抱いているようで、ジーリアの指示に従って、戦っていた。
その間に、ヴィオレット達は、酒場を抜ける。
帝国兵から、遠ざかるように。
「あいつら、大丈夫なのか?」
「あれで、死ぬ程度なわけねぇだろ?」
「確かにな……」
ラストは、レジスタンスのメンバーの事を気にかけているようだ。
だが、ジーリアは、彼らを信じているらしい。
彼らが、死ぬはずがないと、確信を得ているのだろう。
ラストは、納得したようだ。
彼らなら、大丈夫だと。
ヴィオレット達は、街中を走って、逃げた。
「いたぞ!!」
「殺せ!!」
「ちっ!!」
逃げていくヴィオレット達を目にした帝国の民が、ヴィオレット達に向けて指を指す。
どうやら、彼らは、帝国兵のようだ。
変装して、潜入していたのだろう。
ヴィオレットは、舌打ちをして、構える。
このまま、帝国兵を殺すつもりのようだ。
ラスト達を逃がすために。
だが、その時であった。
「おりゃああっ!!」
他の帝国の民が、帝国兵に襲い掛かる。
彼らは、レジスタンスのメンバーではない。
だというのに、帝国兵に、いや、帝国に刃向った。
「お、お前ら……」
「ボス、ここは、俺達がやりますぜ!!」
「だから、頼みます!!」
ジーリアは、驚きを隠せない。
まさか、ここのエリアの帝国の民が、帝国兵に刃向うとは、予想もしなかったからだ。
帝国の民は、ヴィオレットに託したのだ。
帝国を滅ぼして、変えてくれると信じて。
ジーリアは、静かにうなずき、ヴィオレット達を共に逃げた。
それにより、アメジストエリアは、帝国兵と帝国の民の戦いとなり、乱戦所帯となった。
「ここは、もう無理だ。出るぞ!!」
「わかった!!」
ジーリアは、アメジストエリアから脱出することを決意する。
もう、ここで、隠れる事は無理だと判断したのだろう。
ヴィオレットが、ここにいる事は、知れ渡っている。
本当なら、作戦会議が終了してから、出るつもりであったが、致し方なしに、今すぐ、脱出するしかなかった。
ラストも、うなずき、アメジストエリアとモルガナイトエリアをつなぐ橋へと向かった。
だが、その時だった。
大きな爆発が起こり、浮島が、揺れ動いたのは。
「っ!!」
「な、何!?」
「なんで、爆発が……」
アマリアは、バランスを崩し倒れそうになる。
だが、ラストが、アマリアを支えた為、倒れなかった。
爆発が起こり、ジーリアは、戸惑いを隠せない。
それは、アマリアもだ。
なぜ、爆発が、起こったのか、見当もつかなかった。
「まさか、ここを落とすつもりなのか?」
「そ、そんな事、できるのかよ!?」
ヴィオレットは、察してしまったようだ。
爆発を仕掛けた理由は、このアメジストエリアを落とすためだと。
だが、ジーリアは、信じられない。
帝国は、神の力で浮いていると言われている。
ゆえに、爆発で、アメジストエリアが、落ちるとは到底思えなかった。
「橋と浮遊石を壊せばな」
「浮遊石?」
「この浮島を浮かせてる神の石さ」
ヴィオレット曰く、橋と浮遊石を破壊する事で、アメジストエリアを落とすことができるという。
だが、浮遊石の話は、ジーリアも、聞いた事がないようだ。
それも、そうであろう。
浮遊石の話は、ヴァルキュリアと皇族、帝国兵にしか伝えられていない。
浮遊石は、浮島を浮かせている神の石であり、それが、破壊されるという事は、この浮島が、沈むことを意味していた。
「てことは、ここの奴らを……」
「殺すつもりだ。私を殺すためにな」
ラストは、察した。
浮島を、アメジストエリアを落とすという事は、このアメジストエリアにいる帝国の民を殺すつもりなのだろう。
それも、帝国兵を巻き込んで。
全ては、ヴィオレットを殺すためだ。
そのためなら、手段は、選ばない。
帝国は、帝国の民さえ、犠牲にしようとしているのだ。
アマリアも、いるというのに。
アマリアは、絶句した。
関係ない者達まで、帝国は、巻き込むのかと、嘆いて。
だが、その時だ。
再び、爆発が起こり、アメジストエリアが、大きく傾いたのは。
「きゃっ!!」
アメジストエリアが、大きく傾いたことで、アマリアが、バランスを崩す。
だが、ラストが、アマリアを支えた。
「石が破壊されたか……」
「逃げるぞ!!」
ヴィオレットは、察した。
浮遊石が破壊されたのだと。
おそらく、橋も、破壊される。
このままでは、ヴィオレット達は、アメジストエリアと共に、落下し、死ぬだろう。
生き延びるには、ここから、脱出するしかない。
ラストは、焦燥に駆られながらも、逃げるよう促し、ヴィオレット達は、再び、走り始めた。
乱戦状態の中で、ヴィオレット達は、逃げていく。
傾き、落ちかけているアメジストエリアの中を。
走り続けたヴィオレット達。
すると、橋が見えた。
まだ、橋は、破壊されていない。
逃げるならチャンスだろう。
「もうすぐだ!!他のエリアに逃げれるぞ!!」
もうすぐで、橋にたどり着く。
幸い、帝国兵の姿は、見当たらない。
いや、もう、すでに息絶えている帝国兵しかいない。
帝国の民が、殺したのだろう。
帝国の民も、血を流して倒れていた。
立ち止まるわけにはいかず、ヴィオレット達は、橋へと向かった。
だが、ヴィオレット達の背後から、帝国兵達が、追いかけてくる。
それも、十数人の帝国兵が。
「まじか、やばいな……」
ラストは、焦燥に駆られていた。
あれだけの数の帝国兵を相手にしている時間はない。
一刻も、早く、抜け出さなければならないのだ。
このまま、逃げ切れると思えない。
彼らは、いかなる手段を使っても、ヴィオレット達を殺すつもりだろう。
もはや、万事休すであった。
その時であった。
「仕方がねぇな」
「ジーリアさん?」
ジーリアが、前に出る。
まるで、覚悟を決めたかのようだ。
彼の様子を目にしたアマリアは、戸惑っていた。
「ここは、俺が、食い止める。だから、生きな」
「お前……」
ジーリアは、覚悟を決めたのだ。
自分が、ここに残り、時間を稼ぐと。
つまり、自分を犠牲にしようとしているのだ。
ヴィオレット達を逃がすために。
ラストは、何も言えなかった。
もう、方法が、それしかないのだから。
「で、ですが……」
「さっさと、行けって!!」
アマリアは、躊躇する。
だが、ジーリアが、怒鳴り、アマリアは、びくっと、体を跳ね上がらせた。
「なぁ、聖女様。確かに、人殺しってのは、あんたにとっは、許されないことかもしんねぇ。けどな、殺さなきゃ、この世界は、救われねぇんだよ」
「それって、どういう意味ですか?」
「答えは、あんた自身で、見つけな」
怒鳴ったというのに、ジーリアは、すぐさま、穏やかな表情を見せる。
しかも、アマリアを諭したのだ。
ヴィオレット達のしている事は、許されることではない。
だが、殺さなければ、世界は救われないのだと。
アマリアは、どういう意味なのか、理解できず、問いかける。
だが、ジーリアは、答えなかった。
自分の目で見なければ、納得などしないとわかっているのだから。
「じゃあな」
ジーリアは、ヴィオレット達に背を向ける。
ヴィオレット達は、静かに、うなずいた。
ジーリアに全てを託して。
「行くぞ!!」
ヴィオレットは、ラストアマリアと共に、橋を駆けていった。
ジーリアを残して。
ジーリアは、笑みを浮かべ、構えた。
「おおおおおっ!!」
ジーリアは、敵陣に突っ込んでいく。
ヴィオレット達の為に。
命を賭して、帝国兵達を戦いを繰り広げ始めた。
その間に、ヴィオレット達は、橋の中を走っていく。
このままいけば、モルガナイトエリアにたどり着けるはずだ。
だが、その時であった。
爆発が起こったのは。
「きゃっ!!」
橋が揺れ動き、アマリアは、バランスを崩しかけるが、ラストが、アマリアの手をつかみ、強引に、走らせた。
そうでも、しなければ、間に合わないからだ。
先ほどの爆発により、橋が、崩れ始めている。
走り続けなければ、ヴィオレット達は、落下し、命を落とすだろう。
だが、橋は、崩れ続けている。
このままでは、ヴィオレット達は、巻き込まれる可能性が高かった。
――このままだと……。
ヴィオレットは、焦燥に駆られていた。
このままでは、間に合わないのではないかと。
そのため、ヴィオレットは、宝石を握りしめた。
ヴァルキュリアに変身したのだ。
だが、その姿は、鎧を身に纏っていない。
紫のロングコートを身に纏い、黒の太いベルトを締めている。
白のスカートを履いているようだ。
実は、ヴァルキュリアは、二つの異なる力を解放することができる。
一つは、共通の能力であり、通常モードと呼ばれている。
ヴィオレットが、発動したのは、もう一つの力であり、ミラージュモードと呼ばれていた。
ヴィオレットは、一瞬のうちに、ラストとアマリアを抱きかかえた。
「捕まってろ!!」
ヴィオレットは、二人を抱きかかえると、一瞬のうちに移動する。
彼女の能力は、瞬間移動だ。
つまりは、回避に特化した能力であり、ヴィオレットは、この能力を利用して、脱出するつもりだ。
何度も、力を発動したヴィオレット。
だが、そのおかげで、橋を出ることに成功した。
「逃げ切れたか……」
「そうたみだな」
ヴィオレットは、息を切らしながらも、答える。
ラストも、安堵しているようだ。
だが、その時だ。
アメジストエリアが、大きく傾き、ゆっくりと、落下し始めたのは。
「アメジストエリアが……」
アマリアは、呆然としている。
信じられないのだろう。
帝国は、本当に、帝国の民を巻き添えにしたのだと。
ヴィオレット達は、落ち行くアメジストエリアを見ていた。