第十三話 信じられない光景
信じられない話だ。
聖女・アマリアが、このエリアに知っている者は、ごく一部。
酒場にいたあの男性達だけだ。
だとしたら、あの男性達の中に、裏切り者がいるのだろうか。
「そ、それは、本当なのですか?」
「ああ、間違いない。聖女を出せって、屋敷に来てるんだからな」
「だとしたら、誰かが、情報を……」
メイドの女性は、声を震わせて問いかける。
信じられないのだろう。
彼女も、酒場にいた男性達の事を仲間だと思っている。
確かに、荒くれではあるが。
だが、間違いではないらしい。
今、屋敷の前に、複数の人間や精霊が、立っているのだ。
それも、聖女を出せと言って。
やはり、誰かが、聖女の居場所を言ってしまったのだろう。
「裏門は?」
「まだ、いない。あそこなら、逃げられるはずだ。ボスが、そこから逃げるようにって」
「わかりました」
メイドの女性は、裏門の前に人や精霊が立っているのか、尋ねる。
彼女の問いに、男性は、首を横に振った。
どうやら、まだ、裏門のには、誰もいないらしい。
当然であろう。
裏門の存在は、ごく一部の人間にしか知られていない。
そのため、レジスタンスのリーダーも、そこから逃げるようにと伝言を託したようだ。
メイドの女性は、うなずく。
ここから、出る事を決意したのだろう。
アマリアの方へと振り向いた。
「聖女様、申し訳ございませんが、ここから出ましょう」
「は、はい……」
メイドの女性は、アマリアを連れて、部屋を出る。
屋敷から脱出する為に。
アマリアは、メイドの女性についていくしかなかった。
しばらくして、ヴィオレット達が、屋敷に戻ってきた。
「あ、あれは……」
ラストは、戸惑っているようだ。
なぜなら、屋敷の前に人や精霊が倒れている。
それも、血を流して。
明らかに何かがあった後だ。
ヴィオレット達は、焦燥に駆られる。
アマリアは、無事なのかと。
ヴィオレット達は、屋敷の方へと迫ると、レジスタンスのリーダーが、剣を手にして、立っているのが見えた。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、ああ」
ラストは、レジスタンスのリーダーに声をかける。
彼は、戸惑いながらも、うなずいた。
どうやら、無事のようだ。
「何があった?」
「襲撃された。聖女の居場所が知られちまってな」
「……」
ヴィオレットは、レジスタンスのリーダーに尋ねると、彼は、答えた。
襲撃されたのだと。
聖女・アマリアの居場所が、知られたからだと。
それを聞いたヴィオレットとラストは、互いを見る。
何かを、知っているかのようだ。
「聖女は?」
「うちのもんが、逃がした。問題ねぇだろうな」
ヴィオレットは、冷静さを保ちながらも、アマリアの事を尋ねる。
メイドの女性と共に逃げている事を明かすレジスタンスのリーダー。
よほど、信頼しているようだ。
「……」
「ん?どうした?」
「実はな……」
ヴィオレットとラストは、黙ってしまう。
何か、複雑な感情を抱いているかのようだ。
レジスタンスのリーダーは、二人の様子に気付いた。
何かあったのではないかと。
ラストは、言いにくそうに、話した。
自分達を襲撃した者の事、そして、誰かがヴィオレットを捕らえれば、アメジストエリアを出られると教えられた事、そして、教えた者の特徴を。
それを聞いたレジスタンスのリーダーは、目を見開いた。
まるで、信じられないようであった。
アマリアは、メイドの女性と裏路地へ逃げ込んだ。
メイドの女性は、あたりを見るが、誰もいない。
どうやら、逃げ切れたようだ。
「も、もう大丈夫でしょう」
「は、はい」
メイドの女性が、安全だと感心したようだ。
アマリアは、安堵する。
だが、メイドの女性の表情を目にして、うつむいた。
「すみません」
「なぜ、謝るのですか?」
「え?」
アマリアは、謝罪する。
メイドの女性を巻き込んでしまった事を申し訳なく思っているのだろう。
だが、彼女は、なぜ、謝ったのか、わからないらしい。
アマリアは、戸惑った。
「謝る必要はないですよ。貴方をお守りするのが、私の役目なのですから」
「はい」
メイドの女性は、気にしていないのだ。
なぜなら、アマリアを守る事が、務めなのだから。
アマリアは、それでも、申し訳なく思っていた。
彼女は、何も悪くないのに、と。
「あの方は、無事でしょうか……」
「心配なのですね」
「ええ。私を救ってくださったお方ですから。私は、両親がおりません。孤児となった私を拾ってくださったのが、あのお方なのです」
メイドの女性は、レジスタンスのリーダーを心配する。
なぜなら、命の恩人だからだ。
両親は、彼女が幼い頃、命を落とした。
孤児となり、さまよっていた彼女を救ったのが、レジスタンスのリーダーなのだ。
だからこそ、彼女は、感謝しており、彼を支えようと心に決めていた。
「大切な方なのですね」
「ええ、お慕い申しております」
アマリアは、話を聞いてメイドの女性にとって、レジスタンスのリーダーは、大事な方なのだと、悟る。
メイドの女性も、微笑んでうなずいた。
彼を愛しているのだ。
自分を救ってくれた彼を。
だが、その時であった。
足音が聞こえてきたのは。
「また、誰かが、追ってきたようですね」
「え?」
メイドの女性は、警戒する。
何者かが、自分達を追ってきたのだと悟って。
アマリアは、動揺し、怯えた。
もう、見つかってしまったのかと、感じて。
「さあ、逃げましょう」
メイドの女性は、アマリアの手を引いて、走り始める。
アマリアを守るために。
ヴィオレット達は、アマリア達を探していた。
「なぁ、さっきの話、本当か?」
「ああ、俺達を襲撃したやつが、言ってたぜ」
レジスタンスのリーダーは、戸惑いながら、尋ねる。
まだ、信じられないようだ。
ラストは、確信を得たようにうなずいた。
先ほど話したことは、真実だと。
「けどよ、罠って事も……」
「それは、あり得ない」
「なんでだよ」
レジスタンスのリーダーは、未だ、信じられないようだ。
話した者が、嘘をついているのではないかと。
だが、ヴィオレットは、あり得ないと断言する。
なぜ、そう言いきれるのか。
レジスタンスのリーダーは、理解できず、ヴィオレットに問いかけた。
「こいつが、見抜けないはずないからだ」
「そういう事」
ヴィオレットが、断言した理由は、ラストが、嘘を見抜けないはずがないと、思っているからだ。
ラストは、観察力にたけている。
嘘を見抜くことさえも得意だ。
警戒しているとは、いえ、ラストの能力は信頼できるのであろう。
ラストは、堂々とうなずいた。
これにより、レジスタンスのリーダーは、うつむく。
やはり、真実を受け入れるのに、時間がかかるのであろう。
「さて、どこに行ったかな……」
ラストは、あたりを見回しながら、駆けていく。
彼女達を探すのは、至難の業だ。
どこに行ったのか、見当もつかない。
かといって、一刻も早く見つけ出さなければ、アマリア達の命が危うい可能性もあるだろう。
その時だ。
レジスタンスのリーダーが、前に出たのは。
「おっ?どうした?」
「この道を通ったかもしれん。あいつならな」
「そうか。悪いな」
レジスタンスのリーダーは、アマリア達が、どこに逃げたのか、察しているようだ。
道案内してくれるらしい。
ラストは、申し訳なさそうに呟いた。
まるで、彼の心情を察しているかのようだ。
アマリア達は、路地裏を駆けていく。
屋敷から遠ざかるように。
「さあ、もうすぐですよ」
「は、はい!!」
もうすぐで、たどり着ける。
おそらく、安全な場所を知っているのだろう。
メイドの女性がそう言うと、アマリアは、安堵していた。
アマリア達は、路地裏を抜け出した。
しかし……。
「え?」
アマリア達が出たのは、橋の近くだ。
それも、ルビーエリアにつながる橋の前であった。
しかも、橋の前には、複数の帝国兵が待ち構えていた。
アマリアは、思わず、立ち止まっていた。
「な、なんで……」
アマリアは、動揺している。
なぜ、帝国兵がここにいるのか。
なぜ、橋の前に連れてきたのか。
何がどうなっているのか、アマリアは、わからず、戸惑っていた。
「約束通り、聖女様を連れてきました」
「え!?」
メイドの女性は、帝国兵達に告げる。
アマリアを連れてきたと。
まるで、通じていたかのようだ。
アマリアは、驚愕した。
信じられなくて。
「あ、あの……どういう……」
「申し訳ございません。私は、貴方の味方ではありません」
「え?」
アマリアは、恐る恐る尋ねる。
どういう事なのか。
メイドの女性は、無表情で頭を下げた。
まるで、感情を消し去ったような人形のように。
だが、なぜ、彼女が、アマリアに対して、謝罪したのか、理解できない。
アマリアの味方ではないというのは、どういう意味なのだろうか。
「私は、裏切り者です。あのお方にとって」
メイドの女性は、淡々と、正体を明かした。
なんと、彼女こそが、裏切り者であった。