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4 風水エージェンシー

 この、明らかな銃刀法違反の女性はなんなのでしょうか。こんな物騒な方が晴次朗さんのお客様なのでしょうか。


 ちなみに、源岩月院には多くの日本刀や薙刀を多く所蔵しておりますが、それは、銃砲刀剣類所持等取締法第十四条の規定により、美術品及び骨董品として県の教育委員会に恙なく申請をし、ご審査いただき認可を受けています。私が相続する際には、再度の手続きが必要になり、大変でございました。源岩月院は、法律を正しく守っております!


 余談でございますが、重要文化財に指定されている建物は、相続の際に評価額の7割が控除されます。源岩月院が田舎で、しかも寝殿造等の家屋の財産評価額が低くなかったら相続税を払えず、手放さなくてはなりませんでした!


 相続税を安く抑えるコツは、安易に美術品の鑑定評価を依頼しないことです。晴次朗さんの朝食用に使っている茶碗。日常で使う分には趣のある茶碗ですが、一度鑑定に出してしまえば、天目茶碗として大変な価値となってしまいます。そんなことをしたら、相続する際に大変なことになります。うっかりそんなことをしてしまったら、非課税となる国立の美術館や博物館に譲渡するしかなくなってしまいます。家の財産を守るには、ある程度知恵を働かせねばならないのです! 


 と、私はさっきから何を考えているのでしょう。逃げなくてはなりません。助けを呼ばなくてはなりません。


 それにしても、日本刀を右手で持ちながら、微笑み、私に近づいてくる美人な人。とても怖いです。鬼の形相をした夜叉が日本刀を持ってこちらに向かって走ってくる方が逆に怖くない気がします。


 恐ろしくて声が出ません。怖くて動けません。


 どうして祖父は財団法人を設立するという方法を選ばなかったのでしょうか。理事を親族で固めてしまえばよいのです。そうすれば相続税などで頭を悩ませずに済んだのです!


 と、どうして私はこんなときに何を考えているのでしょうか。本当に逃げなくてはなりません。



 これが本物の日本刀であるのならば私は斬られてしまうのでしょう。まるで全てがスローモーションになったかのようにはっきりと見えます。どう見ても本物の日本刀です。


 日本刀の刃紋まではっきりと見えます。木目の種類でいえば、鶉杢(うずらもく)に似た模様です。江戸時代後期に作られた八雲肌と呼ばれる刀紋の特徴ですね。同様の日本刀を山平家も一振り収蔵しています。

そういえば、鶉杢(うずらもく)は屋久杉の別名でしたね。晴次朗さんが今日、作業すると言っていらした遠雷庵は、屋久島の杉を使って建築されています。縄文杉のように瘤が多く曲がっていない厳選された屋久杉が使われています。天井などに貼られた板は、美しい鶉杢(うずらもく)の木目です。それを楽しみながら茶を楽しむ。


わざわざ遠い、海で隔てられた屋久島から杉を取り寄せて、道楽としての茶を楽しむための建物を建造する。そんな繁栄を極めた時代がこの山平家にもあったのでしょう。ですが、それも私が後継を産む前に殺されるということであれば、ここで歴史長い山平家も途絶えてしまいます。


晴次朗さんは、遠雷庵の天井の鶉杢(うずらもく)を見ながら作業をしているのでしょうか。

そして私は、鶉杢(うずらもく)の刀紋の日本刀で殺されるのでしょうか。


「風華!!」


私の後ろから声がしました。晴次朗さんの声です。ですが、その声が遠く聞こえます。女性は私に向かって日本刀を振り下ろそうとしているところです。


 私を助けに来てくれたのでしょうか? でも、もう間に合わないでしょう。


 ・


 ・


 カッ。キッリン。


 ・


 ・


 斬り殺されると思ったら、空中で日本刀が折れました。


花貫千波(はなぬきせんば)がぁあああああ!!」と、女性が折れた剣先を見つめながら叫んでいます。見事な日本刀だと思っていたら、名のある剣だったようです。花貫千波(はなぬきせんば)というのは日本刀の名前でしょう。

日本刀は美しさを追求するあまり、実用に耐えないものがあります。この日本刀も、鑑賞用のであったのでしょうか。


「風華、大丈夫か!」


 その声と共に私は二つの腕に包まれました。誰の腕なのかは直ぐに分かります。昨晩抱きしめられたのと同じ感覚。そして、同じ香りが漂います。晴次朗さんです。


「晴次朗さん」


 私は、晴次朗さんの顔を見上げようと顎を上げたら、私の頭がコツンと晴次朗さんの顎にあったようです。そしてそれで、私は強く晴次朗さんに抱きしめられているということに気がつきました。まるで、晴次朗さんが私を大切に両腕で守っているようでした。


「秋帆、なんのつもりだ?」と晴次朗さんは女性に対して言います。やはり、この女性の肩が晴次朗さんのお客様だったのでしょうか。


 それにしても、晴次朗さんの声は私に話しかけるような声ではありません。とても怒っているようです。いえ、怒っているのでしょう。自分の妻を殺されそうになったら、誰でも怒ると思います。それに、当主は一族を守るものです。それも当主の責任の範囲です。一族の者を殺めようとするということは、当主を侮っているということと同義です。晴次朗さんは自分が馬鹿にされたのだと思っているのでしょう。


「リクルート活動よ。有能な風水師は貴重な人材。あなたも晴ちゃんと同じように、エージェント登録しなさいな。あなたの腕なら、晴ちゃんと同じ報酬額で良いわよ?」と秋帆という名前らしき方は、折れて地面に落ちた日本刀を拾いながら言いました。


「話が違うだろう? 俺への依頼の件できたはずだ」と晴次朗さんがいいます。やはり、この方が晴次朗さんのお客さんでしたか。晴次朗さん、自分のことを『俺』と呼ぶときもあるのですね。『僕』と呼ぶのかと思っておりました。新しい発見をしました。


「ペアを組んで対応しなきゃいけないときだってあるのだし、夫婦ならうってつけじゃない」と、秋帆さんは言いますが、大きな勘違いをしています。私は「あなた、もう大丈夫そうだから」と私をきつく抱きしめている晴次朗さんにいって、その腕をほどいてもらいました。


「あの、秋帆さんでよろしいのでしょうか。初めまして、私は山平風華と申します。山平晴次朗の妻です」


「初めまして。私は、秋帆 香と申します。風水エージェンシーの代表取締役を務めています」とポケットから名刺を出してきたので私はそれを受け取ります。社名、人名、住所、電話番号、FAX番号、Eメールアドレスが書かれた、いたって普通の名刺でした。特徴的なことと言えば、名刺の左上の方に太極図がプリントされていることでしょうか。


「どうしてあのようなことを?」


 あのようなこととは、言わずもがなです。


「突然だったことは謝るわ。でも、気になるじゃない? 山平家の娘の実力。晴ちゃんもそんなに怒らないでよ」


 あまり誠意を感じない謝罪です。晴次朗さんはため息を吐きました。許したというより、諦めたというような感じです。もしかしたら、秋帆香さんはこう言った性格の方なのかも知れません。


「勘違いをされています。私は、風水師などではありません」


「嘘おっしゃいな。唱えず、手印だけで九字を切って式神呼んでおいてそれはないわよ。無言護身法ぅーいぇんふーしぇんふぁは、真言を発しないだけあって、かなりの上級術。一流と呼んで差支えない水準ね」


「きっと、晴次朗さんが守ってくださったんですよ。夫は易部家出身ですし、一流の風水師ですから」と私はきっぱりと言います。実は、夫がどれほどの風水師であるのか私は知りません。ですが、夫を立てるのは妻として当然のことです。


「またまた。あれ、どうみてもあの正門を守る玄武だったじゃない。それに、どれだけ硬いのよ。あの玄武の甲羅。術が少なくとも八陣ほど見えたわよ? 隕石の鉄を混ぜ込んで霊性を高めた花貫千波(はなぬきせんば)をあっさり折るなんてさ。修理代だけで赤字よ。赤字」


 修理できると聞いて私は少し安心しました。それにしても、八雲肌の刀紋は、種類の違う鉄を混ぜることによって出来るのですが、隕石鉄を混ぜるとは随分と酔狂なことをしたものです。


「それにこっちは山犬ね。見てよ、私の一張羅が術式ごと食い破られているわ」と、右腕を見せます。秋帆さんが着ていた黒色のジャケット。その腕の部分が、水に溶かしたトイレットペーパーのようにボロボロになっています。ただ、腕に怪我をしてはいないようです。


「大安吉日に絞めて血抜きしたムナジロオオコウモリの、しかも皮をナメしている間、術者三人が九字を切り続けて護法を施したものなのに。それをこんなにあっさり食い破るとか。あぁ~しかも、ムナジロオオコウモリはワシントン条約で保護動物になっているから、二度と手に入らないような貴重な材料なのよ? 身を守りつつ、反撃もする。良い腕じゃないの。エージェント登録しなさいな」


 どうやら話がかみ合っていないようです。


 それに、蝙蝠の皮で作ったジャケット。あまりセンスが良いとは思えない代物です。それに絶滅危惧種である蝙蝠を材料に使って、この秋帆香さんという方は大丈夫なのでしょうか。突然、日本刀で斬りかかる人です。風水エージェンシーというのは会社の名前でしょうが、ちゃんとした会社なのでしょうか。晴次朗さんが働いたとしても、給与の不払いとかするのではないでしょうか。


「とりあえず、本題に入ろう。仕事の依頼だろう?」と晴次朗さんが言います。晴次朗さんはこの人から仕事を受けるつもりなのでしょう。正直、不安がありますが、晴次朗さんがそういうご意志があるなら、私からは何も言うことはございません。


「あなた。では、私は遠雷庵で昼食の準備をしておきます。お茶も淹れておきますね」と私は言います。仕事のお打ち合わせにまで顔を出すというのは少し出しゃばり過ぎであるように思えます。


「そういえばもうお昼どきね。昼食は何? 私の分もあるの?」と秋帆香さんは言います。私は、秋帆香さんは少し図々しい方だと思いました。


「握り飯ですが、あなたの分は用意しておりません。申し訳ありません」と私は、全く悪くないですが、建前上、謝ります。


「まぁ、次の楽しみかな。できれば具材は、シーチキン・マヨネーズでお願いね」


 私は何も答えず、ただ一礼して源岩月院の中へと戻ります。意味のない問答をして晴次朗さんのお仕事の邪魔をするわけにはいきません。それにしても、握り飯の具に、シーチキン・マヨネーズとは、どうやら私と秋帆さんでは味の好みが合いそうにありません。握り飯の具は、梅干し一択です。毎年、源岩月院に実る梅を収穫して、梅干しています。そういえば、晴次朗さんの好きな握り飯の具はなんなのでしょう。


 

 ・


 晴次朗さんと昼食を食べました。どうやらお仕事の話は纏まったようで、三日ほどご出張されるようです。気を付け行ってください、と私は晴次朗さんを送り出します。晴次朗さんは、きっと帰ってきてくださると私は信じています。

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