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いつかの冬に  作者: 眠氷魔氏
9/11

第9話

しん、しんと。


雪は降る。降り落ちる七色の雪は、まるで(あかつき)のような黄金色(こがねいろ)


【季節の塔】に(まね)かれたツムギは、塔の内側の壁面(へきめん)を取り巻くように(きず)かれている螺旋階段(らせんかいだん)を、【冬の女王様】の先導(せんどう)()(したが)って(のぼ)っていた。


一歩、一歩と、塔の壁面(へきめん)沿()うように、【季節の塔】の頭頂(とうちょう)を目指している。時おり、ツムギの先を行く【冬の女王】から、


「足元、大丈夫かしら?」


などと、気遣(きづか)われたりもしつつ。「ありがたき」と、そのたびにツムギは答えた。


「ツムギ」


と、【冬の女王】。これまた時おり、ツムギの名前を呼んだりする。ツムギが「はい」と返事をすると、小さな声でくすりと笑うだけで、特に何かを言われることもない。


ツムギにとっては、何だかこそばゆい時間だった。


やがてーー


「着いた」


【冬の女王】とツムギは、階段の突き当たりにたどり着く。「ここに・・・・・・」と、【冬の女王】はその突き当たりに行き止まるよう(しつら)えてある一枚開きの扉に手をかけて、


「あなたを、招待したかったのよ」


と、開いた扉の先に、ツムギを迎え入れていく。ツムギは「失礼します」と一礼し、その扉の先へと足を踏み入れていった。


「わぁ、っ・・・・・・!」


驚きに、ツムギは感嘆(かんたん)()らす。


一面に広がる、銀世界(ぎんせかい)


ツムギの平凡(へいぼん)な言葉ではこの目の前の世界の景色をとてもあらわしきれないのだが、そこには″冬がもたらす(いとな)み″が、まるで自分自身がそこで息づいているように、肌身で感じられる世界なのである。


降り積もった雪に(おお)われた、真っさらな雪原。そこに色とりどり、冬の花木(はなき)が根づいている。


冬牡丹(ふゆぼたん)寒椿(かんつばき)、クンシラン等々(などなど)・・・・・・ツムギが何気なく見た向こうには、(ひいらぎ)の木が枝葉(えだは)に雪をかぶっている。


そこは、″誰か″にとっての、ひとつの″郷土(きょうど)″のようなものーー誰もが″冬″という季節を受け入れホッと出来る場所ーーなのだろう。


と。ふと、のこと。


ひゅっと何かが雪の(はら)っぱを横切ったような気がして目を追わせてみると、雪原を気ままに()()ねる雪ウサギの姿があった。


「う、あっ!」


その雪ウサギが急にぴょんと近づき、ツムギの足元にまとわりついてくる。その小柄(こがら)な生き物のくすぐったさに、ツムギは【冬の女王様】の面前(めんぜん)なのも忘れて、思わず無邪気(むじゃき)に笑い出してしまう。


そのくすぐったさに()えかね、たまらず雪の原っぱに膝をつき、とうとう寝転ぶまでした。()きのいい雪ウサギに、あちこち鼻やら押しつけられ、くすぐったくてたまらない。


やがてのこと。


そこまでしてからハッとして【冬の女王様】の方に目をやるが、【冬の女王】は「ふふ、っ」と可笑(おか)しそうに笑うだけで、特に彼の無礼(ぶれい)()(つの)ったりしなかった。


「その子、けっこう臆病(おくびょう)なのよ」


と雪ウサギの方を指し示しつつ、ツムギの方に近づいてくる。「私に()れるのにも、ちょっと時間がかかったのになぁ~・・・・・・」と、まるでツムギを(うらや)むような言い方をする。


「好きかしら?」


と、【冬の女王様】。寝転んだツムギの側にそっと姿勢を(かが)められて、優しげな目でこちらを見おろしてくる。


そんなふうに聞かれて、ツムギは「え、ぅあ・・・・・・っ?」と仰向(あおむ)けの姿のまま、あたふたしてしまった。何故(なぜ)だか、自分の(ほほ)の辺りが熱くなる。


しばらく、そんなツムギの顔色を面白そうに見つめていた【冬の女王】は、間もなく、


「雪ウサギ」


と言葉を(むす)んで、やはりくすりと笑いかけた。


「え、っと。あ・・・・・・っは、はい!?」


言葉をつかえさせながら、ツムギは慌てて身を起こして、【冬の女王】に膝まずき一礼する。


普段なら、こんな無礼な振る舞いをすればどうなることか・・・・・・今さらながら、自らの軽率(けいそつ)さを()じるツムギであった。


「私も、よ」


と、【冬の女王】。「【冬の根づき】で【季節の塔】にこもってからは・・・・・・」とその雪ウサギを抱えあげられて、


「この子だけが、私の友だちだった・・・・・・から」


少し(さび)しげに、微笑(ほほえ)まれる。しかしすぐに、その寂しさを微笑みの(おく)に引っ込められて、


「でも・・・・・・。それも、今日でおしまい」


と、ウサギを雪の原っぱに放されてから。間もなく、すっと引き締まった顔つきをツムギに見せた。【冬の女王】の・・・・・・それまで、無垢(むく)眼差(まなざ)しでツムギを見つめていた″ユキネ″の姿は、もうない。


「これより」


そう言って、ひとつ息を()ぎ、


「【冬の治め】を()り行う運びとする」


王族としての・・・・・・【冬の女王】としてのお姿が、そこにはあった。


「ツムギ」


と【冬の女王】は膝まずくツムギの方にそっと手を差し伸べてきて、


「私の側で・・・・・・どうか、【冬の治め】に立ち会ってもらえませんか?」


と、″命令ではない命令″で、そうツムギに願ったのだ。



○○○○○○○○○○


【冬の女王】の、″命令ではない命令″をツムギは聞き入れた。断るという選択肢(せんたくし)は、少なくともツムギの中にはない。【冬の治め】で何をどうするのかなど、無論ツムギは何も知らない。しかし、これだけは言えるーー


【冬の女王】のために、自分は今日ここに来たのだから。


(つつし)んで」


お受けしますと、ツムギは【冬の女王】の差し伸べられた手に、そっと自らの手を差し出していった。


(おもて)を」


面を、上げよと。そう言われて伏していた顔を上げたツムギが見たのは、優しげに微笑んで涙を流す、【冬の女王】の姿だった。


「っ・・・・・・さあ。」


その涙を見たツムギが、何も言えないうちに。【冬の女王】はその涙を引っ込めて、ツムギの手を取って彼を立ち上がらせ、


「こちらへ」


と、ツムギをともない銀世界の真んまん中へと歩みを進めていった。【冬の女王】とツムギがその場に立つと・・・・・・そっと、【冬の女王】が目を閉じた。


すると、ふと二人の頭上のーー天井(てんじょう)のない天上(てんじょう)。降り落ちる七色の雪が見える、【季節の塔】の″外の世界″からーーひとつ、また一つと七色の光の(つぶ)()()りてき始める。


それはやがて一つのまとまりとなり、段々と何かの形へと変わっていく。それが黄金色(こがねいろ)の光を(はな)ち、ツムギの目をくらませた。


「っッ・・・・・・っ?」


目を閉じ、光の(まぶ)しさをこらえようとする。しばらくするとその黄金色の光は弱まり、また目の眩しさにも慣れていき、ツムギはゆっくりと目を開けていった。


「・・・・・・っ!」


ツムギは、驚きに目を見張(みは)る。そこには、一人の人間の姿をした存在があった。黄金色の輝きを背にまとい、幻想的(げんそうてき)な(後で知ったのだが、【冬の女王】の″魔法″の作用によって)雰囲気(ふんいき)とともに、ツムギと【冬の女王】が見上げる(ちゅう)の中に(たたず)んでいる。


高貴なドレスを身にまとった、大人の女性。ツムギは、その女性が自分の隣で手を取る【冬の女王】ーーユキネーーと同じ銀色の髪をしていることに、間もなくハッとした思いを感じ・・・・・・。


『【冬の女王】よ』


と、その幻想的(げんそうてき)(たたず)まいをした女性が、静かな声音で語りかけてくる。


「は、い・・・・・・っ!」


【冬の女王】は、まるでその返事をするのに自分のありったけの力を()(しぼ)るかのをように、思いのこもった言葉を返した。


『今日まで、よくぞ″冬″のお役目を果たしてくれましたね』


その、幻想的な女性。『今日このときをもって、今年度(こんねんど)の【冬の治め】と(いた)します』と、宣言(せんげん)するように言い放った。


すると、辺りの銀世界に、少しずつの変化が現れ始めていく。雪の原っぱから、段々段々(だんだんだんだん)と雪が引けるように溶けていくのが分かった。


雪融(ゆきど)けの原っぱには、徐々に緑の(おか)が顔を出し始めて、また周りの花木に目をやってみると、″フクジュソウ″ーー春一番を告げる花ーーが芽を出し始めているのに、ツムギは気づいた。


ただ、【季節の塔】の外では、相変わらず降り落ちる七色の雪が降っている。


『【季節の塔】を出て、【春の女王】にお役目を()()ぎなさい』


御意(ぎょい)、に・・・・・・っ!」


そう女性に言われた、【冬の女王】の声。ツムギが何気なくそちらを見やると、なんと彼女は泣いていた。静かに、目から止めどなく涙を流すのみで。『御意、にっ・・・・・・っッ!!』と、そこで(おさ)えが()かなくなったかのように、泣き顔をぐいっとその女性に向けた。


「ママぁ・・・・・・っッ!!!」


少女の、心の底からの(さけ)び。それは一度、間もなく二度、三度と続き、そのたびに【冬の女王】ーーユキネーーの求めている思いの強さを、痛切(つうせつ)なほどにあらわしていた。


(わたくし)は』


と、その女性。【冬の女王】に向けて、


『″先代″【冬の女王】。かつて私が生きていた、その当時の私自身の仮の姿を、″現″【冬の女王】のあなたが魔法の力で呼び出した、一時的な存在に過ぎません』


(きび)しく(しか)りつけるように、【冬の女王】の言葉を拒絶(きょぜつ)した。


「ママ。わたっ、わたし・・・・・・私は、っ!」


『母はもう、死にました』


と、更に容赦(ようしゃ)のない言葉が【冬の女王】に()びせられる。『これからは、あなたが全てを一人で()していくしかありません』


「ママは今、ここにいるもんっ!!!」


【冬の女王】の、涙声(なみだごえ)が辺りに響き渡った。彼女は、まるで普段の王族としての振る舞いや言葉の使い方を忘れてしまったかのように、「だって!」とか「イヤ!」など、女性の言葉を懸命(けんめい)否定(ひてい)しようとする。『母はいない』や「違うもの!」と、 そんな()問答(もんどう)のようなやり取りが、しばらく続いた(あと)でーー


『お役目を、放棄(ほうき)するのか!!!』


女性のーー先代【冬の女王】ーーの大声の一喝(いっかつ)が、【冬の女王】ーーユキネーーに落とされた。「ひ、ぐぅ・・・・・・っ!」と、【冬の女王】ーーユキネーーの顔はもう涙でぐっしょりしており、見るに()えないほどのありさまなのである。『あなたが』と、女性ーー先代【冬の女王】ーーは、やはり厳格(げんかく)な口調で、


『あなたが冬を終わらせないと・・・・・・この国は?自然は?人は?どうなってしまうと、お思いですか』


「っ、うぅっ・・・・・・っッ」


すすり泣く【冬の女王】ーーユキネーーに、そう()うた。


『それが分からないのなら、良いでしょう。ずっと、この塔に閉じこもって暮らしなさい』


女性ーー先代【冬の女王】ーーの言葉に、【冬の女王】ーーユキネーーは「・・・・・・私、は」と、こらえるように前を向き、


「私は、【冬の女王】っ!自分のお役目を、しっかり果たします。絶対に、絶対に、絶対に・・・・・・っ!!だって、ママ・・・・・・いいえ、先代【冬の女王様】から(たく)された、私にしか出来ないお役目だから。今年も、来年も、再来年も、その次も・・・・・・他の誰にも、このお役目は(ゆず)りません!私が冬を始めて、そして最後に必ず終わらせます!!!」


問われたことに対して、力強い答えを返した。


「だから、っ・・・・・・っッ!」


と、【冬の女王】ーーユキネーーは、


「見てて、ね・・・・・・!?」


泣きながら、笑うのである。精一杯(せいいっぱい)、女性ーー先代【冬の女王】ーーに情けなく思われないよう、胸を張って。「ずっと、ずっ、と。ずっと、ずっ、と・・・・・・っ!!」と、また子供みたいに泣き出すことのないよう、ずっと、ずっ、とを繰り返しつつ。


『あなた、は』


女性ーー先代【冬の女王】ーーの声。【冬の女王】ーーユキネーーの決意を聞いたからなのだろう、先ほどよりずっと雰囲気が(やわら)らかくなり、


『一人じゃありません』


と、そこで女性が、初めてツムギの方に目をやり、


『ちゃんと、″見つけられた″ではありませんか』


微笑みを、初めてその顔に浮かべた。


『ツムギさん』


こちらを向き、ツムギの名前を呼びーー


『どうか』


真剣な眼差(まなざ)しで、うったえるようにーー


『″ユキネ″のことを・・・・・・よろしく頼みます』


子を思う親としての言葉を告げ、深々と頭を下げた。


「・・・・・・はい!!」


心から、ツムギはその返事をする。多分、ツムギにはまだ【冬の女王様】をお支えすることの意味など、本当には分かっていないのだと思う。


はいと答えるのは簡単だが、しかしこの選択にどんな意味がついて回ってくるのか。


そもそも、今の自分がどれだけ【冬の女王】のことを理解しているのか。理解していないのに、こんなふうに答えてしまって良いものなのか。ツムギには、正直自信がないままでいる。


・・・・・・それでも。


「″ユキネ様″を。お支えします」


その言葉を口にするくらいには、ツムギも彼女のことを思いやっている。【冬の女王】の名前を、このとき初めて口にした。


王族の、名前を呼ぶ。それは、本来ならば決して許されない無礼。しかしーー


「今日も、明日も、明後日も、その次も・・・・・・」


それを承知で、先代と現在の【冬の女王】の見守る中で、


「このお役目は、誰にも譲りません!」


と、高らかに宣言した。


「ツムギ・・・・・・」


【冬の女王】ーーユキネーーの声。もしも、ここで彼女から「無礼な!」と言われてしまえば、ツムギはそれまでの存在だった。


しかしもしも、彼女の気持ちに、少しでも自分の思いと相通(あいつう)じるものがあるのならば・・・・・・。


「ツムギっ!!!」


どぉん、と。


ツムギの宣言を聞いた【冬の女王】が取った行動は・・・・・・涙でぐっしょり濡れた顔を、ツムギのお腹に押しつけることだった。


「本当?本当に、本当にっ!?」


雪の原っぱに、ツムギを押し倒し。「あなたが、本当に・・・・・・私の【エルダー】に、本当になってくれるの?」と、期待と不安に満ちあふれた眼差しでツムギを見つめる。


「は、はい」


雪の原っぱから、少々雪にまみれてしまった頭だけを起こし、ツムギは何とか頷いた。


「ユキネ様が、″本当に好きな方″と一緒になられる日まで」


と彼女の眼差しに(こた)えつつ。「私が、そのときまでユキネ様をお支えいたします!」と、思いの(たけ)を口にした。


「・・・・・・ツムギ」


と、【冬の女王】ーーユキネーー。何故だかツムギの言葉に拍子抜(ひょうしぬ)けを食らったような、嬉しく思いつつも、しかしややがっかりしたような、そんな表情を見せて。「っぅ~っだから、それは・・・・・・っ!」と、何とももどかしそうである。『ユ、ユキネちゃん・・・・・・』と、女性ーー先代【冬の女王】ーーも、やはり何故だか″娘″に同情的な様子を見せていた。


「・・・・・・まあ、そうよね」


やがてのこと。


【冬の女王】は、何かを得心(とくしん)するかのように一人目線を外し頷く。「あのときの説明がーー」とか、「ツムギと私との″温度差″がーー」とか、「全く。前に、コハルちゃんが″お兄ぃちゃん″とか言うからーー」と、何だかツムギの理解の及ばないことを言いつつ。


「・・・・・・うん。分かったわ」


と、再びツムギを見つめるように向き直りーー


ちゅ、っ。


瞬間、のことだった。


ツムギの頬に、【冬の女王様】のお顔が近づき、近づき、そして二人の顔がそっと触れ合い・・・・・・って、はあああああああぁぁっ!?


「ふふ、っ」


と、【冬の女王】。まるで悪戯(いたずら)の成功した子供のように、(つや)めいた微笑みをしてみせて、


「最後はもう少し・・・・・・格好(かっこう)つけてみても良かったのに。ねぇ?」


ぱっとツムギから離れて、可愛らしく小首を(かし)げてくるのだった。


「っ?っっ!?っっっっっっっ!?」


と、ツムギはただただうろたえるのみ。【冬の女王様】に、というより″女の子″にこんなことをされたのは、もちろんこれが初めてのことなのだった。


しん、しんと。


そのとき、ハーネスの国中に降り落ちる七色の雪は、ツムギの頬に″口づけ″をした【冬の女王様】のほっぺたと同じ色・・・・・・桜のような薄桃色(うすももいろ)をしていたそうな。

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