第8話
しん、しんと。
【ハーネスの国】に降る、大粒の牡丹雪。
この国の名物とも言うべきそれは、いよいよ迎えた【冬の治め】の日にこそ、最も華やいで降り注ぐのである。
しん、しんと。
赤、桃、橙、黄、緑、青、紫・・・・・・そう、七色の彩りを描いて。
【ハーネスの国】の民は、その七色の牡丹雪を見上げ、冬の終わりを迎える支度をする。
雪を愛でて、温かい料理を口にし、家族と共に【季節の塔】への感謝の思いをあらわす。
【ハーネスの国】が代々つむいできた、季節を迎えるための伝統。
まあ、と言っても・・・・・・城下町で″お祭り″の賑わいが始まることこそが、多くの民にとっての【冬の治め】なのであるが。
「わ、あ・・・・・・」
城下町の、噴水広場にて。
降り注ぐ七色の牡丹雪に見とれて、感嘆の息を吐くツムギの姿があった。
「いよいよ、か」
と呟き、城下町で始まろうとする【冬の治め】をじっと見守っていた。時おり、道行く人から「城勤め、ご苦労様」と言われるので、「あ。そちらもご苦労様です」と、返事をしたりする。
もう昨日から休みをもらっているのに、給仕師の仕事着の上に防寒着を羽織る格好でいるのも、何だか変な気分だった。これを着ていると、自分が城勤めの身なのがすぐに分かってしまう。
まあ今から城に行くので、やっぱり普段着なれたこの格好が一番なのだろう。
「さて、と」
ひとしきり、【冬の治め】の祭りの気分にひたってから。
ツムギは【季節の塔】で待つ、【冬の女王】の元へ向かって行った。
○○○○○○○○○○
さくり、さく。
城門で許可をもらい、【ハーネス城】城内へと入っていく。お城の中も、今日は街のお祭り気分が伝わってくるみたいで、何だかいつもより明るい雰囲気に思える。
しん、しんと。
今は降り落ちる七色の雪が・・・・・・太陽の橙色のように暖かい色合いをしていた。
【季節の塔】へ続く庭道に出るまで、今日は少し遠回りな道を行っているのだ。それでもようやく、【季節の塔】が見えるところまで歩きつく。
「む」
と、そこに。
幸か不幸か、またもやこの場所で、″ミンスター家″の貴族の子と鉢合わせる羽目になったのである。
な、何て日だ・・・・・・。
「また、貴様か!」
と、向こうも似たようなことを考えていたのか、ツムギを見て忌々しそうな表情をする。
すぐ近くに、やはりお付きの執事の男性や、小間使いの者らも数人いた。
「何の用だ?」
と、貴族の子。ツムギがいつもの配膳台を手押ししていないのを、不審に思い尋ねてきたらしい。
どう答えたら良いか分からなかったものの、しかしツムギは正直に、「【冬の女王様】に、【季節の塔】へとお召されましたので」と答えた。しかし、どうやらそれは良くない答え方だったらしい。
「何っ!?」
ツムギの答えを聞き、そのミンスター家の男の子はサッと眉をひそめて、
「マードゥル!」
と、側に立つ執事の男性を手招きし、
「あいつを連行しろ」
と、何だか物騒な命令を下したのである。
「イクマ様・・・・・・」
執事の男性は、主をいさめる口調で、そう言ったものの、
「お前。休暇が欲しいのか?」
と仕事の立場を利用して、クビにするぞと脅しつけるように言い、「・・・・・・承知しました」の返事を強要した。
「申し訳、ございません・・・・・・っ」
そう言って、執事の男性はツムギの側まで来て、ツムギの両肩に手をやる。「どうぞ、こちらへ」と、あくまでも丁寧な扱いで、ツムギを【季節の塔】まで連れて歩かせていった。
「ふ、んっ」
そんな様子を、ミンスター家の男の子は小バカにした目つきで眺めつつ、自分もまた、その後ろをついて行くのだった。「平民風情が!」と、吐き捨てつつ。どうしてそこまで言われるのか、ツムギにはさっぱり分からなかった。
や、やっぱり自分は・・・・・・ツいてないのかな。
ツムギは不安になりつつ、やむなく執事の男性に連れられていく。
間もなく【季節の塔】にたどり着いた。すると貴族の子は、塔の観音扉までのそのそ歩み寄って行きながら、
「おい、【冬の女王】っ!!」
と、いきなり大声で怒鳴り散らしたのである。
「一体、どういうことだ!?」
ムカムカと、見ているこちらまでお冠になりそうな横柄な態度。「聞いているのか!?」としつこく繰り返しーー
『うるさ、い・・・・・・』
という、【冬の女王】の不機嫌な返事を引き出した。
しん、しんと。
すると、七色の雪が太陽の橙色から、くすんだような紫色に色合いを変えていく。
まるで、【冬の女王様】のご機嫌を、そのままあらわしているみたいに。
しかし、そんなことは貴族の子にとって関心のないことらしい。
「これは一体、どういうことだ!?」
と、ミンスター家の男の子。『何が?』と【冬の女王】が問いかけると、
「【冬の治め】に、こいつを!【季節の塔】に入れるとはまことなのか!?」
ツムギのことを指差し、怒りをあらわにするのだ。
『ええ』
ごくごく当たり前だという調子で、【冬の女王】は答え返す。「な、っ・・・・・・!?」と、ミンスター家の男の子は信じられないとばかりに目をまん丸にして、
「貴様、余という者がありながら!」
と、【季節の塔】の観音扉に食ってかかる勢いである。
「イクマ様っ!」
不意に、ツムギの後ろで執事の男性が大声を上げた。「【冬の女王様】に、何という言葉遣いを・・・・・・っ!」と、自らの主をいさめようとするも、
「黙れ、マードゥルっ!」
と男の子はこちらを振り返り、一喝する始末。それからまた、【季節の塔】へと向き直って、
「あんな平民を、【季節の塔】へ立ち入らせるおつもりか!?″それ″は、余の″役割″だ!!【冬の治め】に立ち合うのは、ミンスター家の後継者たる余に権利がある。それを、っあんな・・・・・・っ!」
と、男の子は怒鳴っているうちに抑えがきかなくなったのか、ずんずんとツムギの立つところまで戻ってきて、
「こんな、っ!」
ツムギの身体をつかみ、無理に雪の地べたに膝まずかせながら、
「平民風情にっ!!」
分厚い革靴の底で、蹴たぐるように押し倒したのである。ツムギはあまりのことに、地に蹴倒されても唖然とするしかない。
側にいる執事の男性も、主のあまりの振る舞いにただ立ち尽くすのみだった。
『ツムギ・・・・・・っッ!!』
とうとう、それが【冬の女王様】の逆鱗に触れる結果を招いてしまう。
ぴき、っ。
雪の地面。
そこがぴきき、とひび割れる音がする。次にはドンという爆発音がして、辺り一面が真っ白い雪けむりに包まれた。「の、あっ!?」という、貴族の子の情けない悲鳴が聞こえた気がする。
しかしツムギは、雪けむりに吹き飛ばされないよう自分の身を守るのに精一杯だった。
貴族の子の悲鳴がツムギの上の方より聞こえて、やがて・・・・・・どさり、とどこかに落下する音がしたかもしれない。
とにかく、何も見えないのである。
もやもや、と。
やがて、少しずつ雪けむりが晴れていった。
『貴様・・・・・・』
雪けむりが晴れた、その先で。
ミンスター家の男の子が、地べたに腰を抜かしている姿が見える。身にまとう立派な服はあちこちボロボロになり、まるで嵐にでも遭ったかのような有りさまである。しかも、
「んっ、んん~っ!!!」
と、息の詰まったような声を上げ、何やら苦しそうに口元を押さえていた。彼の頭上には・・・・・・恐らく魔法によるものだろうか、大きく手の形にかたどられた、雪の塊が浮かんでいた。
その雪の塊が、手を握ったり弛めたりするのと同じ動作をするたびに、貴族の子が「んん~んっ!!」と苦しそうにするのが分かる。
『王族に意見するとは』
それが【冬の女王様】の声だと、ツムギが認識するのにしばらくかかった。
いつもの、素っ気ない彼女のよりも更に冷たい・・・・・・氷のような声。
しん、しんと。
降り落ちる七色の雪が、真っ青な色合いに姿を変える。
ぶるぶる、と。
ツムギは、元々寒い外の気温が、更に下がったような気がした。
『それだけに飽きたらず』
と【冬の女王】。手の形をした雪の塊が、彼女の言葉でまた曲げ伸ばしされていき、
『民に、手を上げるとは』
手の形をした雪の指先が、そっと貴族の子の額に触れる。すると貴族の子は、「ん~っんん~っ!!!」とますます苦しそうにうなり、とうとう涙を流してしまうほどだった。
「ふ、【冬の女王様】・・・・・・っ!」
と、ツムギのすぐ近くから。
ミンスター家の執事の男性が雪の地べたから立ち上がり、ふらふらとした足取りで、貴族の男の子の側へと近づいていく。
「どうか、ご無礼お許しを・・・・・・っ!」
男の子の側に膝まずき、頭を下げる。「どうか、ご寛恕下され!」と、【冬の女王】の怒りを収めようとした。しかし、【冬の女王】はーー
『これが、この国の由緒ある貴族、ミンスター家の跡取りか・・・・・・』
深く、失望したようにため息を吐きーー
『血が。衰えたわね・・・・・・』
手の形をした雪の塊を、更にミンスター家の男の子に押しつけていきーー
『ツムギ・・・・・・』
男の子を握りつぶすーーすんでのところで手を止め、ツムギの方に気遣う言葉をかけたのである。
『痛く、ない?』
「は、はい・・・・・・!」
言われて、ツムギは雪の地べたから身を起こし、ゆっくりその場に進み出て行く。
ミンスター家の男の子への、冷たい態度とは真逆の声。
しん、しんと。
降り落ちる七色の雪が、真っ青な青色から薄い水色に変わった。
凍えそうな寒さも、少しながら和らいでいく。
『ツムギは、どうして欲しい?』
と、【冬の女王】。『許せる?この・・・・・・』と手の形をした雪の塊で、ミンスター家の男の子をツンと軽く突っついたりしつつ。「ひ、っ・・・・・・!」と、その男の子が恐怖におののく悲鳴を上げた。
「どうか、【冬の女王様】」
ツムギは、「許して差し上げて下さい」と彼女に懇願する。その貴族の子にはイヤな思いをさせられたが、しかしこれ以上責めることもあるまい。
どれだけ偉く振る舞おうとも、もはや自分ではどうにもならない痛みに、ぶるぶる身を震わせる貴族の子の姿。
怒りより、すでにその子をあわれに思う気持ちの方が強かったのである。
『分かった、わ・・・・・・』
そう言って、【冬の女王】がひとつパチリと、指を鳴らすような音を立てる。
すると、それまでミンスター家の男の子を苦しめていた手の形をした雪の塊がサラサラと、粉の舞うように崩れていき、やがて消えていった。
「っ、ぶは、あ・・・・・・っ!」
男の子は、まるで水の中から顔を上げられたみたいに息を継ぎ、ホッとしたように呼吸を繰り返す。
『ツムギなら、そう言うと思った・・・・・・』
と、【冬の女王】。「ありがたき」と、ツムギは頭を下げた。
『下がりなさい』
ミンスター家の男の子と執事の男性に、【冬の女王】が言い放つ。『その子がどういう大人になるのか・・・・・・まあ、私の預かり知った話ではないけれど』と、やはり冷たくつけ加えた。
「【冬の女王様】っ!!!」
と、執事の男性。「まことに、っ!まことに・・・・・・っ!!」と、許しを得て心からホッとしたようだ。
「私が、必ずや!」
ミンスター家の男の子を両手で抱えあげつつ、「主を、この国のお役に立つよう導いてみせます!」と決意し、
「私のっ、一命を懸けて!!」
そう声を張り上げたミンスター家の執事の男性は、主を連れて【季節の塔】を後にしていった。
「っ~・・・・・・っッ!」
ミンスター家の、男の子。
執事の男性に連れていかれつつ、ツムギに向けて最後まで歯噛みするような表情を向けていた。
ツムギが疎ましい、なぜお前が【冬の女王】に召されて自分の方はーーそんな相手に、情けをかけられるなどーー大方、そういう思いだろうか。
やれやれ・・・・・・。
ツムギは、努めて無心な思いを保ちつつ、そんな彼らの後ろ姿を見送った。
『・・・・・・はあっ』
【冬の女王】の、ため息。大声を上げて気が抜けたのだろうか、
『やって、しまった・・・・・・』
と素っ気ない物言いも、いつもより弱々しい。貴族を相手にあれだけ怒りをあらわにしたのを、悔いているのか。『お父様に、叱られるわ・・・・・・』と、それを恐れてうろたえているようだ。
「申し訳、ありません」
ツムギが、「私の、せいです・・・・・・」と雪の地べたに膝まずいて頭を下げると、【冬の女王様】はツムギの声にハッとされて、
『あなたに非はないのよ』
と、それが正しい自明として仰られた。
『さて、ようやく・・・・・・』
ようやく本題に入れると、【冬の女王】。『ツムギ』と、あらたまった口調で、
『これよりあなたを、【季節の塔】に招待したいと思います』
ツムギが夢にも思っていなかったような、″特別な″お召しをされた。『これは、命令ではありません』と前置きされつつ、
『都合は、宜しいかしら?』
と、あくまでツムギの意向を尋ねてこられる。もちろん、ここまで来たツムギは、
「はい」
の、返事をする。「喜んで」と続けると、降り落ちる七色の雪の色合いが、水色から太陽の橙色に変わっていった。
『大儀である』
【冬の女王】が言う。『さあ。こちらへ』と、その声に招かれたツムギは、【季節の塔】の観音扉まで近づいていく。すると、塔の扉のカチャリと開く乾いた音がして、間もなくその扉はゆっくり外に向かって開いていった。
『ツムギ』
いつも耳にする、【冬の女王様】の声がーー
「ようやく」
扉の向こうから、光とともに射しーー
「会えました、ね・・・・・・」
ひそやかに映える、サファイアの青や白に彩られたドレス。銀白色の髪をたたえた女の子が、一歩、二歩とこちらへと歩み寄ってきてーー
「・・・・・・はい!」
膝まずき、拝礼するツムギ。「手を、ここへ」と、【冬の女王】の求めに、自らの右手のひらを差し出した。
そっ、と。
【冬の女王】が、ツムギの手を召し上げて。
二人が、お互いの姿を見つめ合う。
ツムギはこのとき、″初めて″【冬の女王様】に巡り会えたのである。




