第6話
翌日のこと。【ハーネスの国】の冬季も、気づけば百日を越えていた。今なお終わらない、冬。
しかし冬がいつまで続こうとも、ツムギは今日も自分の務めを果たしに行く。
「は、あっ・・・・・・」
城から【季節の塔】まで続く庭道。昼間の、陽が照っているのに冷えの耐えがたい寒さに身を震わせつつ、ツムギは配膳台を手押しし運んでいる。
「は、あっ・・・・・・」
と、冷たい空に吐いた息が目の前で白くモヤに変わるのを、ただぼんやり見つめつつ。
頭の中では、昨日聞かされた【春の王女】の御言葉が繰り返されていた。
ツムギを、次の【春の根づき】で次期【春の女王】に就任される【春の王女】の【エルダー】に任命する、と。
要するにそんな情報が与えられたわけだが、話がもうツムギの理解力を越えてしまっている。
【春の王女様】ともあれきり、「またねぇ~ツムギお兄ちゃんっ!」と言われてお城の王宮の方へ行ってしまわれたし(ツムギの「はあああああああぁっ!?」など華麗に無視された)、日が変わっても、その【エルダー】のお役目について特に沙汰を受けているわけでもない。
まあ、その【エルダー】のお役目について【春の王女様】が言われたのは、″そうしようと思う″というお話だったので、ただのお戯れでそう仰られたという可能性も(むしろ、そうだろう)、多分に残っているものの。
「ん」
と、ツムギ。
【季節の塔】の方向から、いくつかひと影らしき集団がやってくるのが見え、その集団が庭道が通れるようにと、配膳台を一旦道脇に退けた。
「全く・・・・・・っ!」
ずんずん、足踏みするように近づいてくるひと達。その先頭を行く、見覚えのある男の子の姿が見えたので、ツムギは配膳台の側に膝をつき、伏せるように頭を下げた。
「【冬の女王】も、いい加減強情を張るのをやめて頂きたいものだな!!」
と、この間も見かけた″ミンスター家″の貴族の子が、苛立ちを発散するようにわめいている。「はっ!」とか「仰るとおりですな!!」などと彼を取り巻くようにその後ろをついていく者達が、機嫌を取るように愛想を振りまいている。
「この私が、二回も三回もわざわざ訪ねてやってると言うのに!」
やがて、そのミンスター家の男の子が、ぶつくさ言いながらツムギの側を通り過ぎていこうとしーー
「ん?」
と、やはりと言うか何と言うか・・・・・・平伏するツムギの姿に、目をとめたようである。
「おい、見ろ!」
と、周りの者達が注目するよう大声を上げて、
「王宮では、こんな身分の者でも給仕の仕事に就けるらしいぞ!」
明らかにツムギを卑下し、嘲り笑いなどする。「おお!」とか「仰るとおりで!!」などと、周りの者達も貴族の子に同調する声を上げた。「ウチの料理番の方が、もしかしたらまだキチンとしているかもしれませぬなぁー」と、心ない言葉も。
どうやら彼らは、″王様″の″布令″により【季節の塔】にこもられている【冬の女王様】の説得に来た者達なのだろうなと、内心ツムギは思った。
皆貴族らしく仕立ての良い正装を、その上から、これまた上等な防寒着を身にまとっている。
「しかと、感謝し働けよ。平民!お前のような者が城勤めなどしていられるのも、我がミンスター家の力あってのことなのだからな」
と、この上なく横柄な言葉を、ほとんど罵声のように浴びせつつ。
その貴族の男の子は、取り巻く者達を引き連れ城の方へ歩き去って行った。「ハッハッハ!」と、品のない高笑いなどもしつつ。
ぞろぞろ、と。
取り巻く者達が貴族の子についていく中で、
「申し訳、ございません・・・・・・っ!」
と、平に謝りを入れる執事の男性ーーマードゥルと呼ばれていたかーーが、やはり今回もツムギをその場から立ち上がらせてくれた。
「ご免・・・・・・っ」
そう言って、執事の男性は貴族の子の後を追っていった。
○○○○○○○○○○
行く道で気分の落ち込む思いをしつつも、間もなく【季節の塔】までたどり着くツムギ。
気持ちを切り替えて、「昼食をお持ちしました!」と【冬の女王様】に訪いを入れた。
『・・・・・・そう』
と、【冬の女王】の返事。お姿こそ見えないが、今日もやはり辺りに響き渡るように聞こえてくる。
今日は・・・・・・やはり、ご機嫌麗しくないようで。
『そこに』
言われて、昼食の載った配膳台をいつもの塔の観音扉辺りに置くツムギ。「今日の献立はーー」と、昼食の料理についてお伝えし、「失礼しました」とその場から下がろうとする。
「ツムギ」
と、【冬の女王】。呼び止められたツムギは「は、はいっ!」と姿勢を正し、その場に膝まずいた。【冬の女王】は『あなた・・・・・・』と物言いをとどめるような間を取りつつ、
『″コハル″ちゃん・・・・・・いいえ、次期【春の女王】の【エルダー】に就くという昨日の話は、まことに事実なのかしら?』
「え」
続けられた言葉に、王族の面前にも関わらずポカンと呆けてしまうツムギ。『あ、だから・・・・・・!』と、【冬の女王】。
何故だか忙しない口調で、
『王宮で、もう″お父様″の・・・・・・いいえ、【ハーネス国王】からの叙任を、あなたは受けましたか?と、尋ねているのです』
と、やや御言葉遣いもおかしくされつつ(無論、それをツムギが指摘するなどもってのほかだが)、ツムギの物言いを求めてくるのだ。
「あ、はぁ・・・・・・?」
今一つツムギの理解が及ばないものの、とりあえず決して軽々しく答えてはならないことを尋ねられているのだけは、よく分かった。
え、何。叙任って・・・・・・。詳しくは知らないが、そういうのは王様に直接お仕えする文官とか騎士とかが受けるものだろうと、無知な彼なりにも何となくそう思っていたが。
ツムギの場合だと、何だろう・・・・・・。給仕師の仕事で割ったお皿の枚数が王様に評価された、とか?
いや、そんなわけないよ・・・・・・ね。
「いいえ」
慎重に考えつつ、ツムギは事実を告げる。今朝も普通に調理場に出仕したし、 誰からも何も聞き及んでいない。
『そ、う・・・・・・』
ツムギから答えを聞いた【冬の女王】。そこにいるツムギには分からないくらいに小さく、何故だかホッとしたようにため息を吐く。
『【エルダー】になるのは、イヤかしら?ツムギ』
と、【冬の女王】。聞かれて、ツムギは「あ、いえ・・・・・・」と、曖昧な反応をしてしまう。
「どういう、お役目なのか。今一つ、存じ上げていませんので・・・・・・」
疑問に思った点を、とりあえず口にしてみる。
『それ、は・・・・・・』
しばし、どう答えたものかと思案する【冬の女王】。『えっ、とね・・・・・・?』と、やや普段の彼女より拙く口ごもりつつ、
『王族の、″執事″・・・・・・みたいなもの、よ』
「・・・・・・執事、ですか?」
と、簡潔に説明して下さる。『そう!』と、【冬の女王】は先ほどより気を取り直したのか、いくつか【エルダー】の仕事の内容にも軽く触れつつ、
『とっても、栄誉なお役目なのよ・・・・・・!』
と嬉しそうに″はにかみ″、微笑みをほころばせるようなコロコロとした声なども上げられる。しかし間もなく『あ、っ・・・・・・!』と、我に返られたのだろうか、
『よ、要するに。″そういうこと″よ!!』
と居丈高な、いつもの態度を取り繕うように押し出した。
「はは、っ!」
と、ツムギ。膝まずいた姿勢で深々と頭を下げて、【冬の女王】に傾聴の意を示す。
【エルダー】のお役目について、なるほど、おおよそのことは理解出来たと思う。しかしーー
「しかし。私のような者に、務まるお役目とは・・・・・・」
礼儀としての謙遜もあり、更には自分の能力面についても明らかな力不足を感じ、ツムギはそんな言葉を返す。
もちろん、この上なく名誉なお役目に違いないが、しかし・・・・・・いち庶民の自分にそのような話、まずあるわけがない。
『あら』
くすり、と笑う【冬の女王】。『それなら、簡単よ?』と、続けて、
『だって。″コハルちゃん″の、″お兄ぃちゃん″になれば良いんだもの・・・・・・ねぇ?』
「え、あー・・・・・・はは」
ツムギから、拍子抜けした素の苦笑いを引き出してみせた。
昨日の【春の王女様】の御言葉・・・・・・あれには、本当に驚いた。【冬の女王様】も『全、く。コハルちゃんは・・・・・・』と呆れたように呟き、間もなく、
『んん、っ』
と、ひとつ咳払いなどして、
『・・・・・・下がって良いわ』
と普段の、居丈高な言葉でツムギにそう命じた。
○○○○○○○○○○
さくり、さく。
(は、あ・・・・・・っ)
【季節の塔】から城の方へと戻っていく、ツムギの後ろ姿。そんな彼の背中を【冬の女王】ーーつまり、ユキネーーは見送る。
【季節の塔】の観音扉、その内側に身体を預け、さっきからもどかしげに身をよじらせたりしつつ。
(ん、うぅ~・・・・・・っ!)
右へぐるり、左へぐるりと姿勢を変え、まだ年端もいかない女の子に相応な、自分の思うようにならず地団駄を踏む思いを抱えているのだ。
(言い出せなかっ、た・・・・・・)
後悔の気持ちを、そっと呟き。次第に遠ざかるツムギの後ろ姿を、ただ見つめるしかない。
(何やってんのよぉ~私ったらぁ~っ!!)
やがてはとうとう、扉から床にほとんど倒れこむ勢いで、仮にも王女たる者がはしたなくも床をゴロゴロ転がり始めるのだった。
(もぅ~っもぅ~っもお~ぅっ!!!)
着ているドレスのあちこちがホコリっぽくなってしまうのも、お構いなしに。
気が落ち着くまで、ひとしきり床を転がり続けた。
(んぅ・・・・・・っ)
しばし、転がったその場でうなりつつ。塔の観音扉からーー魔法の力を通じて透視するようにーー外の庭道を、あらためて見つめる【冬の女王】・・・・・・いや、ユキネ。
ツムギの背中は、そろそろ遠目にも見えなくなりつつある。それでも、ユキネはしばらくその辺りを見つめていた。
(もう、時間が・・・・・・っ)
眉間にシワなど寄せ、子供ながらに物思いにふける様子は、さすがに王族の身であることを示している。
まあ、今しがた床を転がったせいで生じたドレスの乱れ具合が何とも子供っぽく、その威厳を台無しにしているものの。
自分自身さえ気にしなければ、まあそれをとがめる者もいない。
(ん、うぅ~っ!!)
と、再びもどかしさの悩みがやって来て、ゴロゴロ床を転がり始めるユキネ。
時間が、時間が、時間が・・・・・・。
いつまでも、【季節の塔】にこもっているわけにはいかず。かといって、このまま出ていくわけにもいかず。
そんな思いで、頭がいっぱいになってしまうのだ。
「コハルちゃんの、ばかぁ・・・・・・!」
自分よりやや年上の″姉″を思い、ポツリと呟く。ユキネは、この冬で九つの歳を迎えた。姉のコハルは、次の春で十の歳を迎える。
他にも【夏の王女】と【秋の王女】の位を授かる二人の姉がいて、つまり自分が末っ子というわけだ。
つまり歳が下の分、不安や悩みの種も多いわけでーー
(コハルちゃんが、あんなこと言わなければ・・・・・・)
そう。元々【エルダー】なんか、自分はどうでも良かったのだ。王族として、これから自分に与えられていく務めのひとつひとつを、ただひたすら果たしていく。
【冬の治め】を終えて【季節の塔】を出たら、自分はもう″大人″として″成人″するのである。【冬の女王】として、生涯添い遂げる″伴侶″を決めるのも、 そう・・・・・・果たさなければならないお役目なのだ。
【冬の治め】が終われば、そう間も空かないうちにそのお務めが回ってくる。
(でも、でも、でも・・・・・・っ!)
首を振り、手足をバタつかせ、全身で悩みと迷いをあらわにする。なぜならこのまま行くと、自分が生涯の″伴侶″として選べるのは王族の隣に立つのに相応しい身分の相手・・・・・・要するに、有力な貴族の誰かという話になってしまうのだ。
(そんな、の・・・・・・)
と、【冬の女王】ことユキネ。今日来ていた、貴族の者達・・・・・・特に、″ミンスター家の男の子″なんか、自分は絶対にお断りだった。
(偉そうに、しちゃってさぁ)
ムカムカしたものを思い出しつつ、フンと鼻を鳴らすユキネ。ミンスター家は確かにこの国屈指の由緒ある家系だが、しかし・・・・・・。
(とにかく、無理)
いい加減に塔から出てこい、お前のワガママで国を滅ぼすのか、等々。
ユキネの気持ちなど何ひとつ思いやってくれない、それこそ″ワガママ″なことばかり主張する輩だったのだから。
(そんなの、より・・・・・・)
と、ユキネ。思い浮かべるのは、ここ最近自分の食事を運んできてくれる給仕師の少年。
気の弱そうな、しかし自分の務めをひたすら果たそうとしている、芯の通った年上のーー
(別に、別にっ。そ、″そういう″風に思ってるんじゃないけど!)
ぶんぶんと頭を振り、一人否定する。最初は、自分が【エルダー】を選ぶなんてことはどうでも良いことだと、ユキネは思っていた。
生涯の伴侶を見つけるのも、王族である以上は避けられない務めなので、【エルダー】を就けて″猶予″を得るという″この国の決まりごと″も、自分のお役目から逃げる言い訳だろうとさえ思った。
しかしーー
「もう、っ!!!」
思い悩みが限界に来て、ユキネはひと声吐き出すように叫んでしまう。ぐいっ、と腕に力をこめ、その場から身体を起こした。
「どうし、よ・・・・・・ぅ」
ポツリと、弱気な思いを呟き。
しばしその姿のまま思い悩みを繰り返したユキネは、やがて一つの決断を下した。
○○○○○○○○○○
翌日のこと。
【ハーネスの国】、冬季の百二日目。
ハーネス城、城下町の噴水広場にて。
「見ろよ、おい!」
広場に集う、町の人々。そこの立看板に載せられた公示を目にしようと、朝から多くの者が押し寄せていた。皆「いよいよか!」と、興奮と喜びに高揚としている。
「さあさあ!″祭り″の準備を始めようぜ!!」
誰かが、言う。するとどこかで誰かが、「おう!!」と応える。
そんなかけ声は、やがて街から街へ、人から人へと、【ハーネスの国】にあまねく伝わり広まっていった。
″本日付けより三日の後、【ハーネスの国】の【冬の治め】を正式に執り行うものとする″。
いよいよ、【ハーネスの国】の冬は終わりを迎えようとしていた。




