第5話
次の日も、その次の日も、ツムギは【冬の女王様】の元へ食事を運び続けた。
給仕の同僚や先輩方より「大丈夫か!?」などと心配されながらもーー今まで配膳を担当していた給仕師たちは、聞いた限りでは些細なことで【冬の女王】のご機嫌を損ねては魔法で凍りづけにされ二、三日は使いものにならなくなるという、そんな繰り返しだったらしいーーしかし何とか、ツムギは自分の役割をこなせていた。
それが、実績になりつつあるのだろうか。最近は、給仕長からの覚えも良いらしく、前より叱られることも少なくなっている。
「行ってきます」
と配膳台を準備したツムギが言えば、
「行ってらっしゃい」
と、給仕長始め調理場で働く面々からの返事も、前より増えたように思う。
まあ、皆内心では【冬の女王様】を怒らせる危険を犯さずに済むとのことで、ホッとしているのが本心なのだろうが。
さて。
ツムギは今日も、【季節の塔】まで食事を配膳しに向かう。
○○○○○○○○○○
ちょうど、ツムギが調理場で配膳の仕度に務めている頃。【季節の塔】の扉前にて。
「それで、それでねぇ~?″ユキネ″ちゃんっ!」
閉ざされた観音扉に向かって、嬉々として語りかける少女の姿があった。
【冬の女王】の姉妹でもある【春の王女】その人がーー何と、王族ともあろうお方が【季節の塔】の石段の上に直に座り込むという格好でーー先ほどから塔の中の【冬の女王】と、私的な会話に興じているというわけだ。
「昨日、″お父様″が、正式に私の【エルダー】の候補を見繕う許可を与えて下さったのよぉ~!」
『・・・・・・そう』
嬉しそうにそう話す【春の王女】に、【冬の女王】は素っ気ない返事をする。【春の王女】は、そんな【冬の女王】の応対に「もぅ~!」と不満げになりつつも、
「これで私も、次期【春の女王】としてのお役目に専念できるかな!?」
と、言葉を続ける。
『・・・・・・そう、ね』
と、【冬の女王】。相変わらず返事は素っ気ないものの、しかしその言葉には何かしら含みのあることが、彼女の親しい者には伝わるのである。
「もぅ~!」
そんな【冬の女王】の様子に、【春の王女】はやはり不満げな声を上げつつ、
「ユキネちゃんも、早く【エルダー】を見つければ良いじゃない!!」
と、もどかしそうにする。【冬の女王】は『別に・・・・・・』と前置きしてから、
『私は、″そういうの″・・・・・・どうでも良いの、よ』
と、呟くように言った。
「嘘つきぃ~!」
【冬の女王】の言葉に、すかさず【春の王女】が噛みつく。
「昨日もおとといも、ずぅ~っと不機嫌だったんだから。″お父様″の布令で塔に来た人達のこと、皆″魔法″で″吹き飛ばしちゃったり″して・・・・・・」
『あれ、は。あの人達が・・・・・・!』
言われて、【冬の女王】はそこで始めて感情的な声音を出す。『だって、″コハル″ちゃんだってイヤだって思うでしょう?』と、そこで息を継ぐようにため息を吐く。
「えっとぉ~昨日は・・・・・・今、街の皆に大人気なサーカスの人とかも来てくれたんだよね~」
と、【冬の女王】が息を吐く間に【春の王女】が言葉をつむぐ。
「動物使いの、″雪ウサギの集団行動″とか、あれはすっごく可愛いかったんだけどなぁ~」
『あれ、は。う、ん・・・・・・』
言われて、口ごもりつつも肯定的に返事をする【冬の女王】。
その雪ウサギたちの愛らしさに、悶えるほどのトキメキを感じてしまったのは【冬の女王】だけの秘密だ。
サーカス団の方には、ある程度大道芸など披露してもらってから、丁重にお帰り頂いている。
本当は、雪ウサギの集団行動などもっと見入っていたかったが。
『でも』
と、【冬の女王】。雪ウサギの愛らしさについて是非とも【春の王女】と語らいたい気持ちを、グッと抑えつつ、
『それ以外は・・・・・・』
と、呟くように言う。
『【季節の塔】を出たら、お役目を果たしたあなたに恋の魔法をかけて差し上げたく存じます!・・・・・・って。初対面の相手にそんなことばっかり言われたら、コハルちゃんはどう思う?』
「あ、アハハ~・・・・・・」
【冬の女王】の愚痴っぽい言葉に、普段は陽気な【春の王女】でさえ苦笑いをしてしまう。
さすがに、【冬の女王】の憂うつ具合を思いやった。
「でも。だったら、尚更だよ!」
と、気を取り直したかのように声を上げる。
「そのための【エルダー】なんだから、さ」
『・・・・・・』
言われて、【冬の女王】はシンと黙してしまう。【春の王女】が言わんとすることを頭では理解しつつ、しかし素直に『うん』と言えないのが【冬の女王】なのだ。
「あ」
と、【春の王女】。石段の上でうんと伸びなどしながら、ふと向こうなど振り返ったのだ。
「わぁ~っ!!」
急に、そこから立ち上がったかと思えば、『っ!?』と戸惑う【冬の女王】など尻目に、ダッと雪の降る庭道に飛び出していってしまったのである。
「お兄ぃちゃあ~んっ!!!」
城の方からやってくる、上質な銀色基調の配膳台。恐らく台の裏でそれを手押ししているであろう者の元へ、【春の王女】が突撃するように駆け寄っていったのだ。
「どぉ~んっ!!!」
聞こえてくる、【春の王女】の大声。それから「なあ、っ!?」という少年らしき者の声と、辺りに響く物々しい大音。
庭道の脇、庭師によって積まれた雪の山が、どさりドサドサと崩れるのが、塔にいる【冬の女王】の遠目にも見えた。
「えへへ~っ!」
雪の中より起き上がる【春の王女】。 そこから誰かを引っ張り上げるようにして一緒に立ち上がり、再びこちらまで戻ってくる。
やや遅れて、【春の王女】の後ろから銀色の配膳台がゆっくり【季節の塔】までやってきた。
「ユキネちゃんの、おっ昼ぅ~おっ昼ぅ~っ!」
まるで自分の料理が運ばれてきたかのごとくウキウキする、【春の王女】。『あげないわよ?』と【冬の女王】が一応言ってみると、「そ、そんな子供っぽいことしないもん!」と、図星を突かれたような反応をした。
全、く。コハルちゃんは・・・・・・。
『ツムギ』
と、【冬の女王】。気を取り直し、自分の昼食を運んできた給仕師を手招きするように、【季節の塔】に呼び寄せた。
「お、お持ち、しました・・・・・・っ」
塔の扉の前まで来て、軽く息を乱すツムギの姿があった。頭の横に雪のカケラがくっついていて、それをぱたぱた落としながらこちらに歩み寄って来る。
全、く。コハルちゃんは・・・・・・。
『ん』
頷き、『大儀であった』と【冬の女王】。『それと。今日の献立は何かしら?』と、続けて尋ねる。
「あ、はい・・・・・・っ!」
聞かれて、ツムギは昼食の献立をひとつずつ述べていく。ひとしきり聞いたあとで【冬の女王】は『そう』と言い、
『″冬″に採れるものばかりで、作ってあるわね。今日も』
と、深く息を吐くように呟いた。
「は、はい・・・・・・」
その【冬の女王】の声音に、ツムギはやはり恐々しつつ頭を下げる。料理が気に入らない、あるいは料理を下げろなどと言われると、給仕長からどんな大目玉を食らうことか。
『まあ。当たり前、か・・・・・・』
憂うような、何かをこらえるような、そんな様子で。何か深い物思いに葛藤する、【冬の女王】の声。
献立を伝えるツムギの後ろで、【冬の女王】の言葉を聞いていた【春の王女】が、何度かツムギと【冬の女王】のこもる【季節の塔】の扉とを、見比べるように見つめていた。
「ユキネ、ちゃん・・・・・・」
今日もまた、塔の扉の向こうにいるだろう【冬の女王】を、気遣うように呟き、
「・・・・・・ひし、っ」
かと思えば・・・・・・やおら静かな所作で、ゆったりと、ツムギの腰辺りに両腕を回すようにして抱きついてき・・・・・・っ! ?
「な、っな!?は、【春の王女様】っ!?」
それに気づいた、ツムギ。
え、っ。は。ええっ!?
わけが分からず、どうしたら良いかも分からず、ただただ慌てふためく。「ぎゅうぅ~っ!!」と、【春の王女様】は腕にこめる力を強められて、
「ねえ、ユキネちゃん」
と、【季節の塔】に向かって挑むような眼差しを送るのである。
「私ね。【春の根づき】を迎えて、正式に【春の女王】になったら・・・・・・この人を【エルダー】にしよっかなぁ~って、思ってるの!」
『っ!?』
「っ!?」
その【春の王女】のひと言は、ツムギはおろか【冬の女王】さえも驚かせるほどの威力を持っていた。
『こ、っこ、こ、コハルちゃん!?』
と、【冬の女王】のこの慌てようである。一方、ツムギは【エルダー】という言葉の意味が分からない身なので、またツいてない状況になったのか、とため息をつくだけだったが。
「だから、ね。ユキネちゃん!そろそろ、【季節の塔】から出てきてくれると、嬉しいなぁ~って・・・・・・思うんだけど?」
驚く二人にはお構いなしに、【春の王女】は話を進めていく。その場でくるりと回り踊るようにターンなどしつつ、「あぁ、楽しみだなぁ~!」と、一人嬉々として。
『なっ、な、っな!?』
それとは対称的に、どうやら【冬の女王】は驚きのあまり開いた口が塞がらないらしい。やはりお姿こそ見えないが・・・・・・【季節の塔】の向こう側で、果たしてどんな表情をされていることだろうか。
「じゃ、ユキネちゃん」
と、【春の王女】。【冬の女王】と似たようにポカンとするツムギの手を、するりと取って、
「早く素敵な【エルダー】が見つかると良いねぇ~!」
と言い残して、お城の方へ歩き去ってしまった。
○○○○○○○○○○
さくり、さく。
「ふん~っふ、っふぅ~んっ!」
城へと続く、雪の降り積もる庭道。無邪気な鼻唄など歌いスキップなどしつつ、【春の王女】はそこを行く。
ぎゅ、っ。
と。未だ困惑し、頭に疑問符だらけのツムギの手を、ずいずい前に引っ張りながら。
「あ、っと・・・・・・え、っと・・・・・・」
そんな状態だったため、王族に対する振る舞いや接し方がどうあるべきだったか、そんなことさえ混乱し分からなくなりつつ。
それでも何も言わずにいるのはさすがにツムギにとって限界だったので、「は、【春の王女様】?」と、思いきって【春の王女】に向かいそう呼びかけた。
「ん?」
無礼のあまり御叱りを受けるかもしれない・・・・・・そんなツムギの心配は外れたようで、ピタリと立ち止まりこちらを振り返った【春の王女】は、可愛らしく小首を傾げてツムギに目線を向けるだけだった。
「なあに?」
物言うことをうながされたので、ツムギはいち庶民・・・・・・使用人として更に思いきることにし、
「あの。えっ、と・・・・・・その、【エルダー】というのは、一体どのようなお役目になるのでしょうか?」
と、先ほど【季節の塔】で耳にした【エルダー】について、そう尋ねてみた。
「ん~」
しばし、答えを思案するように軽く上方の空に目をやった【春の王女】は、
「″お兄ぃちゃん″が、″コハルのお兄ぃちゃん″になるってことだよ?」
と、間もなく満面の笑みでそう言ったのだった。
え、っと・・・・・・はい。さっぱり、理解出来ませんでした。
「え、っと。その、【エルダー】の仕事の″お目付け役″は、誰がすることになるのでしょうか?」
それさえ・・・・・・つまり、仕事の上司さえ分かればとの思いで、差し出がましくもあらためて問いをするツムギ。
や、やっぱり・・・・・・給仕師より大変な務めなのだろうか。
そんな思いに恐れおののくツムギの心は、しかし間もなく、更なる驚きに襲われることとなる。
「え?えっと、【エルダー】の、お目付け役って・・・・・・ん?えっと、そんな人・・・・・・いないと思う、よ?」
「え」
そ、それって・・・・・・。
「えっと、ねぇ~・・・・・・ん?あ。もしかしたら、コハルがそのお目付け役、ってことに・・・・・・なるのかなぁ~?」
と、そんな情報もつけ加えて。「だって、お兄ぃちゃんがコハルのお兄ぃちゃんになって、ずぅ~っと一緒に過ごすんだし」と、その″お役目″の重要性について、ある意味トドメのひと言まで放ったのだ。
「え、あ・・・・・・っ」
じわり、じわと。
ツムギは、その【春の王女】の仰られた御言葉の意味を理解し始めて、
「は、はあああああああぁっ!?」
と、またもや王族の御前ではしたなく大声を上げるのであった。




