第10話
かっ、かっと。
【季節の塔】の頭頂で無事に【冬の治め】を終えた【冬の女王】は、一歩、また一歩と塔の螺旋階段を下り始めていた。
かっ、かっと。
軽快な足どりで、サファイアの青や白に彩られたドレスを気分良く揺らし。
「ふぅんっ、ふっふぅ~んっ!」
などど、鼻唄なんかまで歌いつつ。
その隣には、【冬の女王】の【エルダー】になることを決めたツムギが、寄り添うようについているのが見られた。【冬の女王】は、
「ツムギ」
と、時おり彼の名前など呼びながら、小さく微笑むようにくすりと笑う。
しかし。
それほど機嫌の良かった【冬の女王】も、いざ螺旋階段を下りて塔の出入り口ーー観音扉ーーまでたどり着くと、途端に気がくじけてしまったらしい。
この扉の向こうには、【冬の治め】で冬の終わりを迎えた″外の世界″が待っている。
それは、今年度に初めてお役目を果たし終えた【冬の女王】にとって、全く想像のつかない未知の世界なのである。
本当に、″冬″は終わったのだろうか。
無意識に恐がるのも、無理からぬことだろう。
「やだ・・・・・・」
と、【冬の女王】。「出たくない、よ」と隣に寄り添うツムギの腕の陰に隠れてしまいたそうにしつつ、
「きっと怒られる。いつもの年より、何日間も冬を長くしてしまったから。皆、私のこと・・・・・・っ!」
その小さな身体を震わせた。
「ユキネ様」
と、ツムギ。そんな彼女と目線が合うよう、床に膝をつくようにして、
「王様は、【冬の女王様】がお役目を務めておられること、たいそうお喜びでした」
この間【ハーネス王】直々に声をかけられたことを、彼女に語って聞かせる。
「【春の王女様】も、ユキネ様が【季節の塔】から出てくるのを、楽しみに待っておられることと思います」
ここ数日の【春の王女】とのやり取りを、いくつか挙げる。何か思い当たったのだろう、「全く、コハルちゃんは・・・・・・!」と、【冬の女王】の口から思い出し笑いがこぼれた。
「それから」
やや間を空けてから、ツムギが続ける。「私も、です」と。【冬の女王】が、ハッとしたようにツムギを見つめる。
「ユキネ様と、新しい季節をお迎えしたいです」
「・・・・・・っ!」
今、自分が彼女に対して抱いている、思いの丈を口にした。
彼女と、【ハーネスの国】の色々なところを歩いてみたい。これまで【季節の塔】にこもっていた分、彼女はほんの少しくらいは自由にしても良いだけの働きをしたはずだろう。
次の、″春″の季節は、まさに自由気ままな散歩日よりの時季なのである。
「それ、は」
と、【冬の女王】。提案は素晴らしい、しかし″お父様″ーー【ハーネス王】ーーがお許し下さるか・・・・・・と。「お城の庭くらいなら、ともかく」と、やはり消極的な様子は変わらずにいた。
「では」
ツムギは続ける。では王様が出した布令、【冬の女王】を【季節の塔】から出した者に褒美を与えると言われたので、私はユキネ様との散歩を望みます。ユキネ様に、お役目を果たした褒美を差し上げたいのです。
「それなら、きっと・・・・・・」
ツムギの言葉は、しかし最後までは続かなかった。
ぎゅ、っと。
【冬の女王】が、ツムギの細っこい身体を、両腕で折らんばかりに抱き締めてきたからである。
「欲が、なさ過ぎよ・・・・・・!ツムギは」
あなたのための褒美なのに、と。そう言って、しばらくそのままの姿勢で時を過ごす。
やがてーー
「ここで恐がってても、仕方ないわよね」
と息を継ぎ、
「・・・・・・行きましょう」
ツムギの手を引き、【季節の塔】の観音扉を、ぐいと外に向かって押し開いていった。
カチャリ、と。
扉が開いていき、外の世界の空気がバッと二人の肌を取り巻くように吹き抜けていく。
ふわ、り。
ほんのりと、二人の頬に暖かい風が触れる。
そう・・・・・・″冬″が、終わったのだ。
「おおっ!!」
と、誰かの声。すると【季節の塔】を出たツムギと【冬の女王】に、辺り一面からワッという万雷の歓声がわき起こった。
「【冬の女王様】~っ!!!」
とお城の騎士が言えば、
「【冬の治め】、まことに感謝致します!!!」
と文官が言う。
【季節の塔】の前、開けたこの場所には、【ハーネス城】に務める者達が出迎えるように勢ぞろいしているようだった。
「素晴らしいことです・・・・・・っ!!!」
と、ツムギが向こう側に目をやると、給仕長や、調理場で働く面々らの、なじみ深い顔ぶれがそろっているのを確認する。どう見てもこれは【冬の女王様】のための出迎えだというのに、何度か「ツムギぃ~っ!」と呼ばれるのは、背筋のこそばゆくなる思いがした。
と、そのときーー
「どぉ~んっ!!!」
たったった、と。
不意に、出迎えの列の中からツムギと【冬の女王】目がけて突進してくる者の姿があり、ツムギが「危ない!」と防ぐ間もなく、【冬の女王】もろともその突進してくる者に吹き飛ばされてしまった。
「えへへ~っ!」
なんとまあ(ある意味、予想通りとも言うべきか)、【春の王女様】である。彼女は【季節の塔】から出てきたツムギと【冬の女王】を交互に見やりつつ、その二人に思いきり抱きついた姿のまま、ゴロゴロと甘えたがりの猫のように頬ずりなどしてくるのだ。
「二人とも!!」
にこり、と満面の笑顔を浮かべつつ、
「おかえりなさい!!!」
そう言って、全力の愛情表現をし始めたのである。
「は、【春の王女様】っ!?」
驚き、ツムギは声を上ずらせる。「コハルちゃん、苦しい・・・・・・」と【雪の女王】も参っていることだが、しかしツムギの方にまで頬ずりしてくるのは、さ、さすがにマズい。
どうしたものかとツムギが悩んでいると、それを止めさせるだけの人物の声が、皆が集まる広場にこだました。
「静粛に」
【ハーネス王】その人である。
【季節の塔】の前でもみくちゃになるしかないツムギたちの方へ、王様はゆったりした足どりで近づいてきた。
「これ、コハル。はしたない行動は慎みなさい」
「むう、っ!?」
と、王様のしごく当然的な注意を、【春の王女】は明らかな不満顔で聞き流してしまう。まるで、自分は悪いことなどしてないと言わんばかりに。
これにはツムギや、【冬の女王】ーー【春の王女】の妹のユキネーーさえも驚きを禁じ得なかった。
「反抗期、というやつだな・・・・・・」
と、″娘″から″けんもほろろ″にされた【ハーネス王】より。なるほど、それなら【春の王女】の態度にも頷けるが。
ツムギや【冬の女王】ーーユキネーーが【春の王女】の変わりように呆然とする間に、
「こほん!」
と【ハーネス王】は気を取り直して、周りの者に傾聴するようにと、何度か呼びかけた。王様がそこまでもったいをつけたことで、【春の王女】もようやくツムギ達から離れてくれたようなものである。
特にツムギは心からホッとした。
「【冬の女王】よ!」
と、王様は【冬の女王】ーーユキネーーを呼んだ。
「こたびの務め、まこと大儀であった」
「・・・・・・はい」
無事に、務めを果たせた安心感からか。「っぅ、っはぃ・・・・・・」と【冬の女王】はそう返事をするなり、またもや涙を流してしまう。「ゆ、ユキネ!?」と、人前にも関わらず【ハーネス王】が慌てふためく。
その様子は、まさに″娘″を心配する″父親″の姿であった。
そっ、と。
すすり泣く【冬の女王】がツムギの腕に寄り添い、うろたえながらもツムギが彼女の頭に軽くポンポンと手を置いてなでてやると、間もなく彼女は落ち着きを取り戻していった。
「ほ、ほほう!!」
と、【ハーネス王】より。【冬の女王】が落ち着きを取り戻してホッとしているような、しかし″娘″が″父親″より先に頼った者に対してムッとしたような、そんな反応をする。
「ど、どうやら。【冬の女王】を【季節の塔】から出てくるように仕向けたのは、あの者に間違いないようだな」
ツムギと【冬の女王】とを交互に見やりつつ、そういう微妙な表情で裁定を下してきた。
「そなた。ここへ!」
と、その【ハーネス王】より直々のお召しがあったので、ツムギは一旦【冬の女王】を腕からはがそうとして・・・・・・出来なかったので、その姿のまま、【ハーネス王】の面前まで進み出ていく。
「ツムギ、と言ったな。そなた」
ツムギの顔を間近で見た、王様。この間声をかけられたのと同じ優しげな思いと、【冬の女王】ーーユキネーーからの信頼をツムギが得ていることへの羨望の思いと、まあ何とも言えない表情を向けられている。「ははっ!!」と、ツムギは深々と頭を下げてそれに答えた。
「こたびのこと、まことに大儀であった!」
「ははっ!!」
本来なら、膝まずいて拝礼しなければならないのだが・・・・・・【冬の女王】がもう″おむずがり″の赤子も同然の状態だったので、立ったまま拝礼という何とも失礼な状態に。しかし、【ハーネス王】は話を進めていった。
「【冬の女王】を【季節の塔】から出てくるように仕向けた者、給仕師ツムギ。この功績を讃えて、余がそなたに褒美を与えてつかわそうではないか。さあ、ツムギよ。ひとつ、何でも望みの褒美を言いたまえ!」
いち庶民なら、恐らく誰もが夢に見るほどの幸運に恵まれた状況なのだろう。ツムギも、いざ褒美がもらえると聞くと、何でも自分の好きなものを~と欲目が出そうである。
しかし、未だに自分の腕の辺りをぎゅ、っとつかむ【冬の女王】の存在があって、そんな欲目は間もなく小さくなっていった。
「ボク・・・・・・いえ。私、は」
【季節の塔】にいた頃よりずっと考えていた″褒美″について、間もなくこう口を開いたのだった。
「私は、【冬の女王様】に笑顔でいて頂きたい。お役目を果たされ、休暇を楽しまれる。そして将来は、【冬の女王様】が最もお慕する相手と、結ばれてほしい。それが、私の望む褒美なのです。どうか、王様!この望みを叶えて下さいっ!!」
「・・・・・・なるほど」
ツムギの言葉に耳を傾けた王様は、うむと頷き、
「ユキネよ」
と、ツムギの腕の陰に隠れる【冬の女王】に、目を向けた。
「それで、良いか?」
「・・・・・・はい」
王様の言葉に、【冬の女王】は消え入りそうなほど小さな声で肯定し、
「ツムギは、私の【エルダー】になると、そう宣誓してくれました」
と、ツムギの決意のほどを【ハーネス王】に告げた。「″お母様″・・・・・・いいえ、先代【冬の女王様】にも、そうお伝えしました」と言うと、「そ、そうか。″先代″は、″もう″認めたのか・・・・・・」と、多少うろたえたような様子を見せつつ、
「う、うむ」
しかし気を取り直し、威厳を以て頷かれた。
「では。ツムギを、【冬の女王】の【エルダー】として正式に任命しよう。これをもって、給仕師ツムギへの褒美とする。この場に集まった皆・・・・・・それに、異存はないか!?」
あらためて、ツムギに辞令を下されたのであった。
わっ、という歓声。「ありがたき!!」と返事をするツムギの声など、かき消されそうなくらいに、皆の喜びようは大変なものだった。
「ユキネちゃん!!」
と、ツムギが振り返った先で。嬉しそうにはしゃぐ【春の王女】が、【冬の女王】に飛びつくように寄り添っているのが見えた。
「おめでとうっ!」
【春の王女】ーーコハルーーが言えば、
「ありがと、う・・・・・・っ!」
【冬の女王】ーーユキネーーが、涙を見せながら笑う。「コハルちゃんの、お陰よ」と、【春の王女】ーーコハルーーの手を取る。「いやいやぁ~」と、【春の王女】は照れ笑いを返す。そしてーー
「今度は」
今度は私の番ね、と【春の王女】ーーコハルーーが言う。【冬の女王】ーーユキネーーを見つめ、そしてツムギの方にも「行ってきます!」と、声をかける。
ツムギが【春の王女】に「はい!」と返事をすると、「ぅ、あ・・・・・・」と、何故だか彼女ーーコハルーーは気がくじけてしまったかのように、彼女らしくもない様子でモジモジとしてしまう。「ま、待っててね!お兄ぃちゃん?」と、何かを念押しするかのようにツムギを見つめるのだった。
「ユキネちゃんと、その・・・・・・えっと、″そういう″ことをするのは、【春の治め】まで、だ、ダメなんだからね!?」
と、頬を真っ赤に染めてそう言い募るのだった。「は、はあ・・・・・・?」と、ツムギは困惑しつつ頷く脇で、「ちょ、コハルちゃんっ!?」と、【冬の女王】ーーユキネーーは、【春の王女】ーーコハルーーと同じく頬を真っ赤に染めて大声を上げるのだった。
「″今″だけだからね?ユキネちゃん!」
と【春の王女】ーーコハルーーが言えば、
「ぅ、あ。だから、私は″そういう″の、どうでもいいんだって!」
と【冬の女王】ーーユキネーーが返す。何故だか、″きょうだい″ゲンカが始まってしまった。しかしーー
「ウォッホンっ!」
と【ハーネス王】のひと声が上がり、二人の言い合いはすぐさま収まる。
「皆のもの。宜しいかな?」
特に、二人の″娘″の方を見やりつつーー
「では」
と【ハーネス王】が両手を広げ、宣誓する。
「ただ今より、次代【春の女王】の叙任、並びに【春の根づき】を、正式に執り行う運びとする」
わっ、という聴衆らの歓声。皆、「【ハーネスの国】、万歳ぁ~いっ!!」と、自らの郷土を誇らしげに唱和する。
紆余曲折を経て、ようやく冬が終わりを告げたのである。
そして。
【ハーネスの国】の、″春″が始まった。




