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ホムンクルス作成時における異物混入の危険性について  作者: 煙四十五
第一章:捗らない出発準備
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先行き不安の出発前夜

 街外れであることが幸いして他の家屋に飛び火することはなかった。そのうち燃えるものがなくなり鎮火したことを確認した。哀れ俺の第二の城とも言える店は文字通り消し炭となった。いつまでも感傷に浸っているわけにもいかず、俺たちはキャリーを連れて家に帰ることにした。


 帰り道ではゲンブくんは旅にための物資を背負っていたのでリアは自分で歩く羽目になった。これで家に帰るまでに何回尻を触ることになるかと思っていたのだが、リアがよろけて転ぶそうになる度にキャリーが支えているようだ。


「キャリー、随分あいつが気に入ったようだな」


「何がですか?」


 白を切るつもりらしい。


「いや、あいつさっきから何回もこけそうになってるだろ」


「な、なってませんよ! 嘘ついてまで触ろうとするなんて! どんだけ触りたいんですか!」


 分かりやすく動揺したリアが口を挟んでくる。


「さっきからこけそうになったらビックリして声出てるんだよ!丸分かりだ!」


 リアがハッとした顔になる。自分で気づいてなかったのか。


「すいません、テツジンさんの邪魔をしているつもりはないんです」


「まあ、君が謝ることじゃない。悪いのはいつまで経っても歩くことすらままならないあの常識はずれにドジ悪霊だ」


 チラリとリアの顔を見ると随分悔しそうな顔をしてらっしゃる。


「しかし何故君があいつにそこまで入れ込んでいるのかがわからん」


 彼女もまた自分と同じような、いや自分よりももっと人を避けて生きていると思っていた。まあ、人ではなく中身は精霊なのだが。


「いえ、何となくなんですが...放っておけないじゃないですか?」


 確かに放っておけば何をやらかすか分からんしな。

 

「彼女は不器用だが優しいんだよ、お前と違ってな」


 キャリーに抱えられながらハリーさんが皮肉を言う。


「俺だって優しいさ。見ず知らずの誰かさんのために家を燃やされても言うこと聞いてあげようってんだからな」


「…本当に申し訳ありません」


 そう言って萎縮して顔を曇らせた。てっきりまた強気に言い返して来るものだと身構えていただけに逆に俺が罪悪感を感じてしまう。


「言い過ぎだぞ、テツジン」


 それに対して俺は何も言えずに口を閉ざすことしかできなかった。


 家に着くとアヌビスくんが玄関にいて全力でお出迎えしてくれた。帰りが遅くなったために心配してくれていたようだ。ひとまず宥める頃には俺の顔はアヌビスくんの熱烈な歓迎で顔はべとべとになっていた。キャリーがその光景をおぞましいものを見るような目で見ていたのが印象的だった。


「テツジンさん!心配しましたよ!」


「す、すまんな… 店が燃えてしまってね… 後始末に時間がかかった」


「店!?」


 そりゃあ驚くよな。俺は事の顛末を話した。その間リアとキャリーは気まずそうな顔でこちらを見ていた。


「そうですか… そんなことが…」


「そうなんだ、そのせいで疲れてしまってね。今日の散歩は無しでいいかい?」


「残念ですけど仕方ないですね」


 尻尾がダラリと垂れ下がってしまっている。楽しみにしていたのだろう。すまない。


「でもみなさん怪我も何も無くて良かったです!」


 ああ、アヌビスくん。君はなんていい子なんだ。


 今日一日でどっと疲れてしまった俺たちはそのまま簡単に食事を済ませた。海老は全部ゲンブくんにあげた。とても喜んでくれたようだ。


 そうして明日の出発に向けてさっさと寝ることにした。俺とアイリのために用意していたダブルベッドはキャリーとリアが使うことになり、俺はアヌビスくんの寝床を借りることになった。流石に悪霊様とも言えどもあの姿であるからにはあまり冷たくできないのがつらいところだ。


 横でアヌビスくんが腹を見せて無防備に寝ている。野生であればこんな姿を見ることもないだろうなと思うと贅沢なような嬉しいような気分だ。


 すでに夜は更けて灯りを消したこともあり、部屋の中は一面の暗闇だ。身も心も疲れ果てているはずだが、考えることが多すぎて俺は中々寝付けないでいた。すると木造りの家の床がギシっと軋む音がして俺は目を開けた。すると闇の中を何かが動いているのがわかる。


「あいたっ!」


 その影は突然視界から消えて、バタリと大きな音を立てた。アヌビスくんが飛び起きる。リアが何故かこちらに来て、勝手に転んだようだ。


「どうした、尻を触られに来たのか?」


「ち、違いますよ! 暗いからです! ドジとかじゃなくて暗いせいなのでノーカンです!」


 必死に取り繕う。物音の正体がわかり、アヌビスくんは安心したようで大きくアクビをした。


「まあ、いい。で、何か用か?」


 まさか寝首を掻おうってんじゃないだろうな。


「いえ… その…」


 なんだ急に萎らしくなって。


「テツジンさんに謝っておこうと思って…」


「店の件か? もういいって…」


「それもあるんですけど… 私がここに来てしまったせいで本当にあなたに迷惑をかけてしまって… 私申し訳なくなってしまって…」


 また大粒の涙を零しながら泣き始めた。帰り道での俺の皮肉がよっぽど堪えたのだろうか。


「それでも私は自分の森をどうしても救いたいんです…」


「ああ、わかってるさ」


 キャリーがこいつを気に入った理由もなんとなくだがわかる。こいつには嘘や偽りがなくただ純粋な存在だ。子供のように無邪気で子犬の様に無力で花の様に可憐だ。人のつながりの煩わしさを嫌って人から離れた俺たちのような人間の心にも抵抗なく入っていける。


「ちゃんと行ってやるから安心しろ。だが救えるという保証はない。それだけは知っておいてくれ。俺は神様なんかじゃないんだからな」


「はい、わかっています。来て頂けるだけでも十分です」


 暗くてよくはわからないが、目を腫らしながらも笑ってみせているのだろう。そのけなげさに少し心打たれてしまったのが少し不覚だ。


「テツジンさんは優しいです」


 突然何を言い出しやがる。


「どこがだ。お前を奴隷にするような条件を叩き付けてるような奴だぞ」


「あなたが本当に拒否しようと思えばできたと思うんです。何せホムンクルスを一人で作っちゃうような人なんですから。だけどあなたはそれをしなかった」


 確かに麻酔で眠らせて監禁すればいつかどうかできたかもしれんな。


「何だかんだ言って店を燃やしたのに私には変な罰だけ。やっぱり優しい方です。少し不器用なだけで…」


 全身がムズ痒くなるような事を言ってのけやがる。少し気に食わない。


「そんなことはない。男ってのは単に女のお願いってのに拒否できないだけだ。ましてやそれがな…」


 自分の理想の姿形をしているとなれば、な。中身はどうあれこの女に一々心をかき乱されるのはきっとそのせいだ。


「ふふ… そういうことにしておきます。それでは夜遅くに起こしてしまってごめんなさい。おやすみなさい」


 立ち上がってリアはまた自分の寝床に戻っていったようだ。途中で聞こえた物音でまた転んだことがわかったが、追っかけて尻を触る元気もなかった俺は再びアヌビスくんの毛皮に触れながら眠りにつくことにした。

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