青天霹靂の大事件
「ええ! っていうことはこれはキャリーさんの力で?」
空中で手をふわふわさせながらリアが驚きの声を上げる。魔法とはまた違ったこの力は彼女にとっても衝撃だろう。ゆっくりと元の立ち姿勢に戻らされると安心して、ふう、とため息をついた。テレキネシスというやつらしい。さっきドアを閉めたのも彼女だろう。
「彼女もまたあの女神に連れて来られた被害者でな。俺とは違う世界出身らしい」
まあ、俺の世界でもそんな力はテレビでしか見たことがない。彼女の世界ではある程度の才能があれば使える能力のようで彼女はその中でも中々の実力者のようだ。だがあまり彼女から身の上話を聞いたことがないので詳しくは知らない。
連れて来られたのはいいが、どうやら重度のコミュ障らしく女神から解放されてからは誰とも話すことができずに野垂れ死に寸前だった。そこを俺が拾ってここの店番として雇っているのだ。彼女自身あまり客の来ない店は、好物の読書をするのに最適の場所であるらしく、文句一つ言わずにここの管理をしてくれている。何より彼女は俺と気が合う。積極的にコミュニケーションをとろうとしないところがだ。
「それで、まだ何かあるんですか?」
気だるそうだが言っておかねばなるまい。
「ああ、今回は結構な長旅になりそうでな。あまり薬のストックもないだろう? だからいっそしばらくこの店を休業にしておこうと思ったんだ。君にもしばらく休暇ということになるな。当面の間の生活費は渡しておく」
「そうですか、構いませんよ」
彼女にとっては願ったりかなったりだろう。
「あと、ハリーさんを預けたい。旅には連れていけないからな」
「いいですよ、ハリーさん。水が欲しくなったら声かけてくださいね」
彼女はハリーさんとは随分反りがいいらしい。ハリーさんも彼女には説教したりしない。その差は一体何なんだ。
「とりあえず奥でくつろがせてもらうぞ」
主によくこける精霊のお嬢様のせいで疲れた。
奥は倉庫兼控室になっている。部屋一杯に詰め込まれた棚には在庫の薬があり、入口付近に小さい机と椅子が置いてある。俺は机にとりあえずハリーさんを置くと大きく背伸びをした。リアは物珍しそうに棚に並んだ薬品をまじまじと見つめている。
「わ~、すごい数の薬ですね! これ全部テツジンさんが作ったんですか?」
「当然だ。他の薬師には到底作れないような薬ばかりだ。だから頼むからこけてダメにしてくれるなよ?」
「だ、大丈夫ですよ! こんな何もないところで転ぶわけが…」
「さっき転びそうになったがな。もうキャリーには見えていないから助けてはもらえないんだぞ」
そう言うとちょっと膨れたような顔になった。だが事実なので言い返せまい。そうするとリアは棚につかまる様にして一歩一歩慎重に歩き始めた。
「ちなみにこれは何の薬なんですか?」
そう言って黄土色の薬が入った瓶を指さした。こいつ話を逸らそうとしてるな。
「それは忘却薬だな。嫌なことなんかを忘れさせてくれる」
「記憶を消す薬ってことですか? すごい!」
「ただし五分前までしか効果がない」
「…それって意味あるんですか?」
「嫌なことがあったらすぐ飲めばいい。常に携帯しとくことだな」
納得できたようなできないような微妙な苦い顔をしている。
「えっと、じゃあ、これは何ですか?」
続いて隣の棚の瓶を指す。
「酔ったような症状になる薬だ。酒を飲まずに酔っぱらえる。人気の品だな」
「そ、そうなんですか…」
今度ははっきりと納得していないとわかる顔だ。
「じゃ、じゃあこれは?」
「体臭を消す薬だ。ただし口臭だけが強化されるから注意が必要だな」
「必要ですか、これ?」
「何かを治すには何かを犠牲にするしかない。万能な薬なんてこの世にはないという自分への戒めとして置いてある。一応嫌がらせなんかには使えるぞ」
さっきまでキラキラしていた表情がどんどん曇っていくのがわかる。
「こ、これは…?」
「シチューに入れると肉が柔らかくなる。なんと無味無臭だ。主婦に大人気の品だ」
「何なんですか! さっきから! 変な薬ばっかりじゃないですか!」
我慢できなくなったかのようにでかい声を張り上げる。
「何を言うか。使い方次第で人を幸せにできる最高の品ばかりだ」
「普通、薬屋さんって言ったら体力とか魔力を回復するポーションだったり、解毒薬だったりするんじゃないんですか!?」
「そういうのは大手のメーカーが市場を独占しているんだ。名も知れない個人が作っても誰も見向きもしない。例え効果がどうであれ、な。大事なのはブランドだ。だから俺たちみたいなのはアイデアで勝負するしかないんだよ」
俺は立ち上がって棚から一つ瓶を取り出す。
「これなんかすごいぞ? 性欲を魔力に転換する薬だ。個人差はあるが溜まった性欲に応じて魔力を強化できる。一時期かなり流行ったが、これによって高い魔力を持つ連中は性欲が強いという風潮ができてしまってな。それ以降廃れた」
「も、もういいです… なんか疲れました...」
そう言うとリアはふらふら入口に向かって歩き出した。
「どこ行く?」
「キャリーさんに挨拶して来ます… さっきはなんだかんだでできなかったので…」
必要ないと思うがな。キャリーの無愛想も相当なものだ。自己紹介しても一言で返されるのがオチだろう。
さて俺は旅のために買い出しでもするか。
「ハリーさん、ちょっと買い物に行ってくるよ」
「わかった、無駄遣いするんじゃないぞ」
ハリーさんはいつだって俺を子供扱いする。
そうして俺はゲンブくんを引き連れて街の商店通りに向かった。あまり長旅はしたことがないが、当座の食料は確保しておこう。主に保存のきく干し肉なんかがいいだろう。パンは最近高めなので少し抑えて。野菜はパス、アヌビスくんが食べられる草を探してきてくれる。
「ゲンブくん、何か食べたいものはないか?旅に出てしまうとあまり贅沢はできなくなるからね」
俺は甲羅を撫でながら尋ねた。
「いえ、私にそんな贅沢は必要ありませんから」
きっぱりと断る。
「いいじゃないか、たまにはわがままを言ってくれたまえよ」
ゲンブくんはとても慎しみ深い。なのでどうしても甘えてしまいがちになるので、申し訳なくなるのだ。
「そういうものですか。では前に食べさせていた海老が食べたいです」
この世界の海老は元いたところのよりも一回り大きく、頭に大きな角が付いているのが特徴だ。だが身の味は鶏肉に近い。この世界でも結構人気の品で、値段もそこそこだ。ゲンブくんはこれを殻ごとバリバリ食う。その姿は中々見応えがある。
「海産物か。あるかどうかは分からないが、探しに行くぞ」
貴重なゲンブくんの要望に応えるために俺は勇み足で市場の方へ再び向かう。心なしかゲンブくんは照れ臭そうにも見える。そんなところが彼の可愛いところだ。
市場の店を数件回ると、幸運なことに今日入ったばかりの品が残っていた。俺とゲンブくんは思わず声を上げて喜んでしまい、恥ずかしい思いをしてしまった。だが今は何より海老が手に入ったことが嬉しい。ゲンブくんには生で提供して、他はどう調理しようか考えながら店への帰路に就いた。
そんな浮かれた気分で店へ道を行く途中でゲンブくんが突然何かに気付いた。
「テツジン様、何か匂いませんか?」
そう言われて俺も鼻を利かせてみると、確かに何か匂う。
「これは何というか…」
「焦げ臭い、ですね」
遠くを見ると確かに黒煙がうっすらと上がるのが見えた。
「火事、でしょうか」
「大事だな… あの方向は…」
途端にはっと俺たちは顔を見合わせた。あれは店の方角だ。
嫌な予感がして俺たちは大荷物を抱えて走り出した。
俺は馬鹿だ。何故あの精霊女を置いて出かけてしまったのか、無防備にもほどがある。今わかった、いや確信した。あいつはトラブルメーカーだ。
走りなれない俺は息をぜえぜえ言わせながらやっとのことで店に到着する。ゲンブくんはとうの昔に着いていたようで、まさに呆然というように立ち尽くしている。
「テツジン様… 店が… 店が燃えています…」